緩やかに吹く風がサクラの髪を揺らした。口元に来たそれを横へを払い、彼女は一見異質なものなど何も感じない森を見上げる。 「おい、ここが待ち合わせってとこなのか?」 ついてきたシカマルの困惑した声にサクラは答えず、まぁ彼でなくともそう思うだろうなと、すぐ先にある演習場へちらりと視線を送った。 (余計な人は……誰もいないわね) 一般人や、闇鴉を探っている忍がいないかと警戒していたが、どこかに居るナギが何も言ってこないのだから問題ないのだろう。背後では、こんなところに闇鴉達がいるのかとシカマルが落ち着かないようすで辺りを伺っている。サクラが黙ったまま耳を澄ますと、かすかに気配が揺れる。どうやらナギが合図を送ったようだ…後は。 「それがどこまで役に立つのか、お手並み拝見といこうか」 面で顔を隠した、黒づくめの人影が現れる。 シカマルの顔が弾かれたように上がり、サクラは軽く頭を下げた。勿論自分の立場が知られぬようにとの演技なのだが、彼女の目の前に現れた人物はいつも偉そうなので軽く頷く仕草も様になっている(こんなことを思っていると知られれば、どんな報復が返ってくるかわからないが)。 覚眠の後ろにはもう一人、彼から一歩下がった位置にいる人物がいた。足下まで黒いマントで覆っているの覚眠に対し、彼のマントは膝より少し上ぐらい…その丈から彼が戦闘に長けている忍。つまり覚眠の部下でないことがわかる。イルカか、夕闇から借りてきたのだろうか、そんなことを考えながらサクラは彼等から少し離れた位置に着く。 「おい…?」 「まさか、何もなしに私達の一端に触れられる…と思っていたわけじゃないでしょ?」 困惑したシカマルの声に答えれば、やっぱりかといううんざりしたような顔。起き抜けなのに、一言いえよ、そんな愚痴が詰まった顔にサクラは笑った。 「殺されはしないわよ……多分」 「多分ってなぁ…」 「さて、こちらも暇ではない。始めようか」 問答無用の覚眠の言葉。彼の後ろに居た闇鴉が前に出てきたのを見て、シカマルもこれは逃げられぬと覚悟したらしい。二人の忍がクナイを構えて。 始まった。 シカマルが闇鴉に勝てないことはわかっている。それはシカマルが戦闘タイプではなく、作戦を立てそこから導きだした数多の方法によって戦うタイプの忍だからだ。だから純粋な強さでは劣る。しかし。 「なるほど、貴方が気にかけるだけはありますね」 サクラの隣で戦いを眺める覚眠が、面白そうな声で呟いた。 「似てますよね」 そう答えたサクラに覚眠は視線を落とす。誰と言われなくとも自分のことだとわかったのだろう、私は頭だけですよと答え、くくくと笑った。その笑い声にサクラと隠れて戦いを見ているナギの背筋が、ちょっと震えた。 「っ…!!」 シカマルが地面に落ち、苦しげな声を出す。彼が土まみれ、傷だらけになのに相手をしている闇鴉はまだ余裕…というより、完全に力を抜いて戦っていた。しかし油断はしていない。それは、奇抜とも思える作戦を取るシカマルを警戒しているからだろう。 もしここに彼が自由に動かせる駒があったら。 相手の状況を少しでも知っていたら。 場所が限定されていなかったら。 「さて、使いどころが肝心ですね」 それが覚眠の答えだ。 「使いますよ。いいですね」 「勿論です。私はそれを伝える係ですから」 「ついでにもう少し使えるようにしましょう。すぐ死なれては勿体ないですからね…」 「…えっと。誰がそれを?」 「ナギとヒサメは…」 「お断りします」 「「…」」 すぐさま返って来た答えに二人は沈黙する。いや、断るだろうとは思っていたのだが、こんなに早くなくてもと二人はちょっと思った。 「ではもう一人、つけましょうか」 「…はい?」 何を?と怪訝そうに顔を上げたサクラに、覚眠は面の下から彼女を見下ろす。 「貴方以外の例外なく、闇鴉は「雛」という時期があります。この里に見切りをつけかけた忍。だがここから出ていくことのできなかった彼等。まだ鴉になれない雛達が」 「ああ…あの」 「そろそろ雛達の飛ぶ練習も始めねばならないでしょう。丁度よい機会です、その中から貴方のところへ飛んでくる雛をお選びなさい。それを彼につければいい」 「…」 「不服ですか」 「いえ…そうじゃなくて…驚いて。急な話だったから」 「それは当然です。まだ貴方の知らないことは山ほどありますよ。いえ…私とてすべてを知っているとは言い難い」 「覚眠さん?」 覚眠の意識が遠くなったことに気づき、サクラは目線だけ彼へと動かす。彼が見ているものは何なのだろうと思いながら、視界の端に緑が映った時、図ったように彼は呟いた。 「我らを受け入れてくれた森と鴉。彼等の真意を知ることができるのは、きっと貴方だけだ」 その謎の言葉を呟くと同時に、シカマルが地面に倒れ込んでいた。彼の腹には容赦なく足が入れられ、息をごぽりと吐く音が聞こえる。 「うわ…痛そう」 思わず眉を潜めると、背後からは鼻を鳴らす音が。 「あれぐらい。これからはもっと酷い目に合うんですから慣れて貰わないと」 「「…」」 何だか妙にナギの機嫌が悪い。 振り向いて問いつめたい心境をぐっと堪えて、サクラは覚眠へと視線を上げたのだが、彼は笑いの気配を漂わせるだけで答えはくれなかった。 (なんなの?一体?) 先日の、くっつき過ぎの件がまだ尾を引いているとは思いもしないサクラは、一向に改善されることのないナギの機嫌と、理由がわかっていながらもそれを見て楽しんでいる覚眠にぶぅっと膨れるだった。 さくら (2004.2.2) |