なんとなく、これは墓穴を掘ったのではないのかと思った。 そしてそれが当たっていると、すぐに気付いた。 (…頭が重い…) 何時も以上に目覚めが悪い。シカマルは乱雑している部屋を眺め、何度かため息を零しながらようやく起きあがった。作戦部に異動してから一人暮らしを始めた為、小うるさいことを言う者はいないが、逆に家のことはすべて自分でしなくてはいけないので、ようやく母親のありがたみを感じてみたりする。だが、忙しい職場は泊まり込むことも多く、家に帰れるのは稀。いっそ、仮眠室を自分の家にしてしまいたいぐらいだ。 「あ〜くそ…」 意味もなくそんな言葉を吐いてのろのろと起きあがる。今はそれほど急ぎの仕事もないので、いつもどおり出勤すれば良いが…良いのだが。 「眠そうね〜シカマル。もしかして今起きたの?」 「…どっから顔だしているんだよ、お前は」 「やぁねぇ、ちゃんと考えてるわよ」 と、勝手に人の家の窓を開け、そこから上半身を覗かせているサクラはひらひらと手を振って笑った。 「で?朝から何の用だよ」 取りあえずサクラを中に入れて、着替えを済ませたシカマルは勝手に冷蔵庫から取りだしたオレンジジュースを飲んでくつろいでいた。そんな彼女を見て、そういえばサクラとまともに向かい合って話すのはあの時以来だと気付く。 (まぁ、どこでもできる話じゃねぇし、時間もなかったしな) 自分が『闇鴉』の一員であると言葉にせず認めた彼女だったが、サクラはそのことについて積極的に話そうとはしてこなかった。火影が中心となって捜している『闇鴉』。そのことが知られればただではすまないだろうに、自分がその秘密を知っても身辺で何かが変わったということもない。 (最悪拉致られるとか思っていたんだけどな) 『闇鴉』の中で彼女がどんな位置にいるのかは知らないが、秘密を知って即抹殺ということにはならず、内心安堵している。だが、ここまで何もないとなると逆に不安になってくるのが人の心理というもので。本当はサクラをひっつかまえて、その辺を問いただしたかったのだが、そう思い出した頃ぱたりとサクラの姿を見なくなってしまったのだ。 「あれから二週間よね、もしかして待った?」 「別に」 素直に認めなくてそう強がりを言ったが彼女にはお見通しなようで、これだから男は…とため息をつく。 「里の任務入っちゃったのよ。前戦じゃなかったけどね、本当はもっと早くにシカマルと話したかったんだけど。んで、この時間となったの」 「…朝の六時か」 「私も眠いのよ。我慢してよね。それで、今日来たのは…今から時間あるわよね」 「………おい」 「長くはかけないようには頑張るから。んじゃ、行きましょう」 「待てよ!俺は今日は仕事が…」 「私休み〜横で寝ていても気にしないでね」 「……てめぇ」 「あれ、んじゃまた今度の機会にする?何時になるかわからないけど」 シカマルの不安を見抜いているように、サクラは意地悪く言う。内心ぷつりと切れかかったシカマルだったが、何とかそれを押さえることに成功し彼は深いため息を吐いた。 「それじゃ、行きましょうか」 それが答えだと察したサクラはさっさと身を翻す。当然のように窓から出ていった彼女を見て、シカマルはドアから出ろよ…と呟いていていた。 「あいつが里のスパイって可能性もあるんじゃないですか」 むすりとした声で呟いたヒサメにイルカは苦笑する。前はあれだけサクラを嫌っていたのに、ずいぶんと変わったものだと思いながら。イルカの笑顔に何かを察したのか、ヒサメが視線を送ってくる。 「その可能性のこともわかっているだろう。だからこちら側の情報も限られたものしか与えない。守座様も承知している」 「……ですが」 「ところでヒサメ。君はサクラの傍に居なくていいのか?」 「覚眠様に今日は休みを取れと。自分が会う時騒々しいのは嫌だと…」 どうやら自分だけ追い払われたのが面白くなかったらしい。彼の気持ちもわからないでもないが、その采配は休むことなくサクラの護衛をし続ける彼等への休暇なのだろう。幾ら彼等が嫌がっているわけではないとは言え、二人にかけている負担は大きすぎる。 「…そろそろ雛達を本格的に鍛えるか」 「あいつらですか?」 「ああ、そうすればお前達の仕事も分担できる」 「俺達の為にあいつらを鍛えるのなら結構です。我ら闇鴉の守座を守る役目、羽ばたき始めたばかりの雛など邪魔なだけ」 冷え冷えとした目を向けるヒサメは、少し憤慨しているようだった。確かに元は命令から始まった仕事ととはいえ、今彼等は望んでその任についている。その中に、あの雛たちを入れるなど危ないどころか、逆に守座を危険に陥れる可能性も高い。 (しかし、二人だけで彼女の護衛から様々な雑務を行うのは苦しいというのも現実) 元々、ヒサメとナギはイルカの第一部隊の闇鴉だ。第一部隊は闇鴉の中でも戦闘に長けた忍が集まった部隊。二人は若かったが実力を認められ自分の部隊に組み入れた。だから彼等の腕は信頼しているし、一緒にいた分性格も良く知っている。サクラの護衛を安心して任せられる者達だ。だが、この二人もそろそろ部下を扱うということも教えていきたいと思っている。きっと将来自分達と同じ立場になり、サクラとともに闇鴉を支えていく存在になると思っているから。 (…今の様子じゃ、部隊長に格上げすると言っても断りそうだけどな…) 「夜斗様?」 「え、あいや…別に守座の護衛の任に加えるというわけではない。お前達の下につけ好きに使えばいいと思ったからだ」 「…別段、必要としているものはありません。誰かに頼むより、自分で行った方が早いですから」 ヒサメはイルカの思いを何となくは察しているようだが、彼の返答は冷たいものだった。まぁ急にこんなことを言われても困るだろうと、イルカはそれ以上何も言わなかったが、雛たちを鍛えることは本格的に考えなければならないと思う。 「そうだ。お前も参加してみるか」 「はい?」 「雛たちとのお遊びに」 一瞬何を言ってるんだ?という顔をしたヒサメだったが、イルカの提案に暇つぶしと八つ当たりができるとふんだのか、すぐに頷いた。わかりやすいなぁとイルカは苦笑しながら歩き出す。 「さて…どこまで遊べるのやら」 その呟き声は舞い降りてきた『夜斗』の翼によってかき消された。 鴉達が住む『死鴉の森』。 ここは彼等の聖域。彼等の縄張り。故に彼等の許可無くしては誰も入ることもできない。 そして出ることも。 何故彼等がそんな力を、意志を持っているのかは誰も知らない。しかし、傷ついた忍達にとって、その場所は傷を癒すには最適だった。そしてその中に匿われた忍達は選択を迫られる。 この森で生きるか否かを。 眠る、眠る我らの雛よ。 傷つき、絶望の闇の中で凍える雛よ。 お前達は我らに守られて生き続けるか、それとも己の翼を再び羽ばたかせるか、どちらを選ぶ。 我らの翼で休むことを望むなら、我らは永遠にお前の眠りを守り続けよう。 だが、自分に翼があることを思い出したなら、我らと違う翼を持つ鴉の元へお前を導こう。 雛よ、我らに選ばれし雛達よ。 我らの翼は安良かで孤独な永遠。 もう一つの翼は心を揺さぶり、同じ翼達と飛び続ける永遠。 さぁどちらを選ぶ。 だが一つだけ心に止めよ。 どちらを選んでも、我らの翼は共にあることを。 さくら (2007.2.5) |