その闇に抱かれ続けることを望む貴方。 その中で、身を守るように縮こまっているその人は、怯えきっている子供に見えた。 ねぇ一歩でいいから歩いてみようよ。 傍に居る人達が貴方を害する者だけでないことに早く気付いて。 顔を上げて見て。 その人達の先にあるものを。 貴方が来ることをずっと待っている愛しいの人が見えるでしょう? ようやく里についたのは、昼も過ぎた頃。 巻物を狙った敵との善戦を繰り広げたとは言え、疲れ果ててしまった体の為に隊の歩みを遅くしてしまったことにサクラは自己嫌悪に陥っていた。 (…(多分)活躍した分を差し引いてゼロってことかしら) 情けない姿を見せ続けることにどこか屈辱を感じつつ、自分を心配してくれるムスビとコウメに引きつった笑みを見せる。道中、二人はサクラのことを始終気にかけ、彼女の傍から離れなかったのだ。 「後は俺達が守りますから!安心していてください!」 そんな心強い言葉を頂いたが、本心は捕まえられなかった敵が何時襲ってくるのかヒヤヒヤしていた。もし彼等が来たら、自分は足手まといになることが分かっていたからだが、幸いにも敵が姿を見せることはなかった。 (…多分ナギとヒサメが何とかしてくれたんだろうけど) 最初に敵が現れた時も、すでに何人か相手にしていたのだろう。敵には中忍も居たと聞いていたのに、サクラ達の前に現れたのは上忍一人と下忍だけだった。もし中忍と上忍が組んで襲いかかってきたら、自分では対処できなかっただろうと、己の力不足に溜息が出る。 「じゃぁここで解散だ。ゆっくり休め」 「「はい!お疲れさまでした!」」 任務終了の合図にムスビとコウメはシカマルに向かって頭を下げる。二人はこの後サクラを送っていくと申し出てくれたのだが、彼女はそれを丁重に断った。 「大丈夫よ。後は帰るだけなんだから。二人ともお疲れさま」 「はい…では!」 これ以上情けない姿を見せられないというちょっとしたプライドと、歩き通しだった二人の体力を気遣いサクラは彼等と別れる。この後任務終了の報告に行くというシカマルと途中まで行くことにしたサクラは、里に入れば気が抜けるという状況に心から安堵するのだった。 「春野」 「え?」 いつの間にか足を止め、彼女を振り返ったシカマルは酷く真面目な顔をしていた。 任務の時以上の真剣な顔に、サクラは怪訝に思いながら、何よと返す。 「明日暇か?」 「………いきなりな質問ね」 彼の真意が見えず、サクラはむっとした口調で言葉を返す。だが予定は無かったので首を振ると、シカマルはそうかと呟き再び歩き出した。 「ちょっと!一体何…」 「明日。前のやつの続きがしたい。時間取れるか?」 「前のって…あの情報だけで作戦を次々と変えていったやつのこと?」 「ああ」 「そうねぇ…少しならいいけど。しばらく留守にしてたから買い物とか行きたいのよね!荷物持ちしてくれるんだったらいいけど?」 にやりと笑い返せば、これだから女って奴は…と苦々しく呟いたシカマル。だが自分から頼んだことだと仕方が無く頷けば、サクラは何か企んであるだろう笑みでシカマルの願いを承諾したのだった。 「じゃ、昼済んでからアカデミーの前ってことでいい?」 シカマルが頷いたのを見た後、サクラは私はこっちだからと彼に手を振り去っていく。それをしばし見送ったシカマルは、ふぅと一息つき、隊長としての最後の役目を果たしにアカデミーへの道を歩いていくのだった。 パキンと氷を折ったような音を響かせて、夜明は最後の結界を張り終えた。 それを後ろで見ていた夕闇は不機嫌そうに鼻を鳴らす。 「俺の部隊は全員戻ったか?」 「ああ。お前が最後だ」 「ったく…最近ちょろちょろと五月蠅くてたまらん。人が大人しくしているいいことに…」 闇鴉達が任務に出る度に、待ち受ける暗部には他の闇鴉達もかなり辟易しているらしい。そろそろ対策を考えて欲しいという夕闇に夜明も頷くことで同意し、森へと戻り始める。 「ところで守座はまだ戻らないのか?」 「そろそろ帰ってくるだろう。心配なら迎えに行けばいい」 「だ…!誰が…!!」 かっと顔を赤らめた夕闇は、動揺した自分の恥じるようにぎっと夜明を睨み付けたが、無表情が多い夜明はそれを特段ちゃかすこともなく、言葉を続ける。 「何時も迎えて貰うのだから、たまにはいいと思うが」 「…ならお前が行け」 「俺はここでいい」 自分をからかったわけではないとわかった夕闇は、夜明の言葉にふんとそっぽを向いた。元来素直ではない夕闇のこと、サクラを迎えに行くことなどは絶対にないだろうが、誰よりも突っ張っていた彼の変化には、夜明も驚かざるを得ない。 夜斗が迎えた少女はいつの間にか闇鴉達の心に入り込むと同時に変化を与えている。いや変化ではなく思い出させているのかもしれない。夜斗、夕闇、覚眠。闇鴉の隊長とも言える三人までもが今では彼女の味方だろう。だが自分はどうなのだろうと夜明は思う。 嫌いではないが、人の感情を捨て去った自分には気持ちを表現するすべがない。ただ、夜斗が信頼している者だからという理由で守座を迎えたという気持ちの方が強い。 何か、そう何かが足りない。 夜斗達が認めたような、そんなできごとがなければ自分自身が彼女を認める日はこないとそう思っている。 「………って夜明!聞いてるのか!」 「………なんだ」 「なんだじゃねぇだろうが…」 人の話を聞いてなかった夜明に呆れつつも、もういいと首を振る夕闇。二度言わないということは、さほど重要でなかったのだろうと判断した夜明も口を噤んだ為、二人は仲間の元に戻るまで無言で走り続けたのだった。 こちらを見、微笑む姿は変わりない筈なのに何故こんなにも危ういと感じてしまうのだろう。朝飛は無言で茶の支度をするイルカを眺めながら、この居心地の悪さが何とかならないものかと思案していた。 「ずいぶんと今日は静かだな」 「…夕闇がいないからだろう」 「それは…本人が聞いたら怒鳴り込まれそうなことを言うな」 くすくすと笑うイルカにやはり違和感があると朝飛は目を反らす。彼の傷を診るためとは言え、ここに来たのは失敗だと思いながら。その時、二人の様子を興味深げに見ていた二羽の鴉がぴくりと首を上げた。 「ああ。どうやら帰ってきたかな」 仕事を終えた鴉を迎える仲間達の声に、イルカは目を細める。そして彼等が此処に来るのを見越してか、イルカは人数分のカップを用意し始める。 「何だ朝飛お前もいたのか」 バタンと盛大な音を立てて中に入ってきた夕闇は、さっさと中に入り開いている椅子へと腰を下ろした。その後には夜明が忍らしく静かに続き、イルカは二人にタイミング良く茶を渡す。 「ところで夜斗。そろそろ里の奴らどうにかしてくれ。うざくてたまらん」 「また追い掛けられたのか?」 「今回は結構徒党を組んでな。奴らに捕まる馬鹿は俺の部下にいないが、毎度毎度嬉しくもない歓迎を受けるほど、こっちは暇じゃない」 ふんと鼻を鳴らした夕闇は、夜明の方へ顎を動かした。 「結界の術式を変えるペースが早い。奴らが気付いていちいち解読しているとは思わないが、何にせよそろそろ脅しをかける頃合いだろう」 闇鴉の中で、里の忍者に出し抜かれるとは誰も思っていない。 だが、その目こぼしもそろそろ我慢の限界。イルカは同意の言葉を告げると、後でサクラと話し合うと請け負った。 「ところで夜斗。怪我の具合はどうなんだ。もう動けるのか」 「ああ大分。朝飛のお陰でね」 そうかと頷き返した夕闇だったが、その話題に乗った本人は何故か無言で渋い顔。普通ならここで一言、二言返ってくる筈だがと、何時もと違う様子に夜明も気付いたらしく訝しげな顔をしている。 「朝…」 「…守座は何時来る」 「あ?」 思いも寄らぬ言葉に夕闇はぽかんと彼を見返した。今ではそれなりに闇鴉に受け入れられている少女だが、朝飛だけはまだ彼女に大して一線を引いて接している節がある。その為、彼女の話題になると何時も不機嫌そうに、そして口数の少なくなる彼からサクラのことが出るなど思いもよらなかったのだ。 「…さぁ。俺が知るわけないだろ。ナギかヒサメでも呼び出せばいいじゃないか」 「そろそろだと思うが。確認するか」 突き放した夕闇とは反対に、夜明が珍しくもそう提案し行動しようとする。それに一瞬躊躇したような表情を見せた朝飛だったが、彼はそうしてくれと頷き返した。 「どうしたんだ?朝飛」 夕闇同様、解せぬ表情をしたイルカがそう問いかけたが、朝飛はイルカと視線を合わせなかった。いや、逆に不快な─それに近いような顔をして、一人この部屋を出る。 「朝飛?」 「?何だ?アイツ」 戸惑ったイルカの声と不信そうな夕闇の声が聞こえたが、それに耳を貸さず朝飛は背後で戸を閉めた。 「……何が、どうしただ…」 ぎりっと唇を噛みしめた朝飛は苦々しげに呟く。そんな言葉を吐く彼が、その彼自身が気付いていないことに苛立ちを感じて。 「──ずいぶんと機嫌が悪いな」 「…覚眠」 まるでタイミングを計ったように現れた彼を睨み、朝飛はその場を後にする。それを見送って彼は目を細め、イルカの所へ向かおうとしていた足を別の方角へと変えたのだった。 さくら (2006.4.30) |