闇を切るような速さで走っているというのに、彼の足下の枝は愚か葉はぴくりとも動かない。まるで空気の中を移動しているように走る彼等は、ようやく終わった任務から解放され里へと戻っている所だった。 その先頭をひた走る青年は、面の下でぴくりと表情を動かし、僅かに足を緩めた。それだけで後続は何かを感じ取ったらしく、面の下で眉を潜めそれまで以上に静かに警戒心を高める。 「術式の変更は聞いているな」 「は。ロの段のハと」 「森に入ると同時に第二式通過後、ハの段のニに術式を変更しろ」 「承知しました」 「第三式後は第三部隊が受け持つ筈だ。油断するな」 夕闇の言葉に了解と答えた部下達は、四方に散っていく。再び足を緩め彼等の遠ざかる気配を感じ取りながら、夕闇は真っ直ぐ前を向き、元のスピードで里へと向かう。誰も居ない闇の中に、苛立たしい舌打ちの音が響く。 (…くそ。仕事後というのに面倒なことだぜ) 里に近づく度に感じられる複数の気配。通常の木の葉の忍びならば、訝しげながらもそれらには意識を払わず横を通り抜けられるだろう。しかし夕闇にはそれができない。 (毎度毎度待ち伏せとは、ご苦労なことだ) いつ任務を受け戻るのかわからない闇鴉達を、昼夜問わず待ち受ける木の葉の暗部達。前から探りを入れては来たが、『守座』が現れてからその正体を暴こうとやっきになっているようだ。 (一応味方の端に居てやってるんだから放っておけよな) それよりも真面目に任務を受けろと夕闇は言いたいが、火影の立場としてはそうもいかないのだろう。ふんと鼻をならして、待ち受ける暗部達へ嘲笑を浴びせる。 (お前らなんかに捕まるか) 途端にすぅっと夕闇の気配が消えた。 まるで空間からかき消えたように。 それに慌てたのは、近づいてきたと待ち伏せしていた暗部達だろう。僅かに乱した気配にまだまだ青いと、夕闇はこちらに向かってくる者達を軽蔑した目で見下ろした。 だが。 面の下の視線が鋭く細まる。 不快な、だがどこか高揚感がわき出すのを感じる。 夕闇は集まってきた暗部を後目に里へと向かい、彼等から十分離れたと思った頃足を止め、目に見えぬ速さでクナイを投げる。 カンッ!! 弾かれたクナイの行方など見向きもせずに、夕闇はその場所を見続ける。するとまるで彼の声が聞こえたように、そこから現れた一人の影。 「あれ。やっぱり見つかっちゃったねぇ」 のんびりとした口調。しかしすぐさま行動できる体勢をとりながら、木の葉の里でも珍しい銀髪を曝した男は、夕闇の前に現れた。 (その辺の暗部とは格が違うってことか) 冷静に彼の力量を推測した夕闇は、面の下で面白いとほくそ笑む。まだこんな力を持つ忍が木の葉にいたのかと、自分達の前に立ちふさがりそうな好騎手に夕闇の戦闘心が刺激される。 だが、前の彼であったならば面白いとすぐさま叩きのめしにかかっただろうが、今の夕闇は相手を見定める分別を身につけていた。それは自分の起こした行動の結果によっては闇鴉という価値が下がるのを恐れているからとも言えるだろう。 (…いつの間にか感化されたと言えなくもないが) 思い浮かべた少女に苦笑いを浮かべながら、夕闇は近づいてくる男を見続けた。初対面の相手同士が話すには十分で微妙とも言える距離で立ち止まった彼は、一言も口を聞かない夕闇に困ったように首を傾げた。 「え〜と、初めましてでいいのかな」 「…」 額当てで片目を隠すという怪しげな風貌で友好的な雰囲気を出そうと無駄な努力しようとする相手に夕闇は呆れ、くるっと体の変えると彼は慌てたように夕闇を引き留める。 「ちょっと…!!」 「お前達の望むものを与えてやる気はない。この状況に満足していろと火影に伝えろ」 低く押し殺したような声を出し、夕闇はこれ以上話す気はないとその場を辞そうとしたが、相手もようやく接触できた機会をむざむざと逃す気はないらしく、夕闇の前に移動し彼の進行方向を遮る。 「そうは言うけどねぇ。そちらの言い分ではいそうですか、とは言えないんだよね」 「ふん」 こちらとしても同じことだと思いながら、夕闇は取りあえず話を聞いてやるとその場に留まった。いつもなら関係ないと一蹴するのだが、相手側が何を求めているのか知るのも悪くないと思った為だ。 「それで?」 取りあえず会話をしてくれるらしい相手に彼はほっとした様子で、片目を緩ませる。 「じゃぁ用件だけ手短に。アンタ達は一体何?」 「ふん愚問だな。そんなことは火影が知っているだろう」 「同じ木の葉の忍なのに、火影様の意に従わないってのは俺にとっても不思議なんだよねぇ」 「理由は火影に聞け。知らぬなら相談役にても問うがいい」 険もほろろの回答に、彼は参ったね〜と頭を掻く。じゃぁ話を変えるよと彼は夕闇に向き直り… 「『守座』は誰?」 直球の質問に夕闇は面の下で表情を無くす。 いや冷めたというのが正しかったのかもしれない。夕闇は無言のまま彼に背を向け飛び上がった。 「ちょっと…!?」 追い掛けようとした彼にクナイを放ち、夕闇は走るスピードを上げる。 だが相手も負けじと夕闇の後をついてきた。 不快だった。 とてつもなく。 「ちょっと!」 夕闇は苛立たしげに舌打ちをし、パチンと指を鳴らし印を切る。途端に現れた炎は追い掛けてくる彼を襲ったが、それは難なく避けられ、水遁の術で相殺されたようだった。 (ふん) それを見て、ますます面白くない気分に陥った夕闇は、彼の機嫌の悪さを示すようにボンと駆け抜ける木の幹を叩いた。 「おい!!」 追い掛ける彼の声が聞こえたが、夕闇はもう振り返るつもりはなかった。しゅるりと鋼糸にクナイを絡ませ、空気を横から裂くように軽く動かす。 無数のクナイが四方に散っていく。同時に辺りから一斉に爆発が起き、煙が夕闇の姿を覆い隠す。 「ちっ…!!」 男の悔しそうな声を聞きながら、夕闇は今まで以上の速さでこの場からかき消える。やがて煙が収まった時には、当然彼の姿はどこにもなかった。 「…接触失敗だねぇ」 一瞬姿を見失っただけで 逃してしまった相手に、やれやれと肩を竦めた。任務を選び、火影でも容易に手を出せないという暗部の特殊部隊『闇鴉』。ずいぶんと偉そうな連中だと思っていたが、それに見合う分だけの実力を持っているのだと彼等の力を認めるしかなかった。 「でも話ができただけマシかね。結局一番知りたいことは何もわからなかったけど」 以外に若い声。 隠しもしなかった火影への嫌悪。 思った以上の実力。 そして…彼等にとっての『守座』の重要性。 先ほどの術のチャクラを感じ取ったのか、ちらほらとこちらに向かって暗部と思われる忍がやってくる。暗部が精鋭揃いとはいえ、成り立て程度の実力では彼等を捕まえるどころか、足取りを追うこともできないだろう。 「…これはちょっと作戦練らないとだめかもねぇ」 「はたけ上忍!今のは何ですか!?」 一番最初に到着した忍の言葉に、カカシはのんびりと振り返る。 「いやいや逃げられちゃってね〜」 「え!?」 「ま、次は色々聞けるよう頑張るよ」 カカシでも捕まえることができなかったのかと、驚愕する彼等に向かってカカシは頷いてみせる。 「ま、取りあえず火影様のところへ報告といきましょうか」 カカシは落胆する彼等を率いて里へと戻り始める。ようやく解決の糸口に触れたことに、何故かカカシはほっとしていた。 さくら (2006.3.2) |