日も昇り、小動物が動き始める時間になった頃、サクラはムスビとコウメともうち解けるようになってきた。ムスビは見るからに明るい少年で、サクラと同年代ということもあってか時々地が出て、やばいと何度も口を押さえている。 「そんなに気にしなくてもいいわよ」 「あ〜でも…ま、気をつけるよ」 一応階級を気にしているようだが、任務に支障がなければ別に構わないと思っているサクラは、僅かに肩を竦めてコウメへと顔を向けた。 「ね、二人は同期なの?顔見知りみたいだったけど、同じ班じゃないのよね」 「いえ。同期ではありません。ですが、私達の上忍師が顔見知りでよく一緒に任務をしていたのです」 最初は口数が少ないと思われたコウメも、言いたいことは言うし聞きたいことは聞いてくる。彼女の返答に頷き合ったムスビとコウメに納得したサクラは、前を歩くシカマルをちらりと見た。 「ちなみに私とシカマルは同期なんだけどね、彼は中忍の先輩ってことかしら。同期の中で一番早く中忍になったから」 「そうなんですか!凄いですね!奈良隊長は!」 「…人の話題で盛り上がるなよ…ったく」 「別にいいじゃないこれぐらい。隠すようなことでもないでしょ」 「へぇへぇ」 口答えしないのは己の為とばかりに、シカマルは適当な言葉を返して前を向いた。ぴくりとサクラの額に青筋が立ったのだが、何も知らないムスビとコウメが居るので我慢する。 (絶対わかってやってるわよね!こいつっ!) 後で覚えてなさいよっ!と内なるサクラが叫んでいることに気付いたのか、前を歩くシカマルの顔は僅かに青ざめていた。 「ん?ちょっと寒くなった?」 「気のせいだと思いますけど…」 下忍二人がぶるっと体を震わせながら辺りを見回したが、時々小鳥が飛び立つだけで、敵の気配も見つからなかった。 「ほら、二人とも足が止まってるわよ!」 ちょっと焦り気味にサクラが声をかけ、二人を促す。元凶がサクラだと気付かぬ二人は慌てて返事をして小走りにサクラの元へと駆けて来たのだった。 道は順調でシカマルが予定していた通り、5日で目的の場所へとたどり着いた一行。 「ここ…ですか?すごいのどかなところですね」 ムスビが田畑の広がる村を眺めそう感想を洩らす。確かにと、サクラは芽が出始めている畑を見回し、ぽつりぽつりと建っているわらぶき屋根の家を見つめた。 「その薬師の家はどこなの?」 「さぁな。その辺の人に聞けばわかるだろ…行くぞ」 さっさと先頭を歩くシカマルに着いていく三人。鳥が鳴き、蛙の声が時々響く。あまりにものどかな風景に気が抜けそうになる。 (こんなところでのんびりとしたら楽しいだろうなぁ…) 好きな本を読んでごろごろと。そんなことを思いながらぼうっとしたせいか、つまづき転びそうになる。 (あっ危ない〜) 最後尾を歩いていたせいか、ムスビとコウメに見られることはなかったが、シカマルはわかったらしく、何をやっているんだと振り向いてくる。目元を赤くさせながらそっぽをむいたサクラは、不機嫌そうに口を結んで彼等の後を追い掛けた。 田んぼに居た老人に聞くとその家は村の奥にあると教えてくれた。手を振る老人にムスビとコウメは何度も手を振りながら、彼等は薬師の家に向かう。何度か村人達を見かけ、時には挨拶を交わしながらやっとたどり着いた家は、この村の中でもこじんまりした家だった。声をかけようとしたシカマルだったが、その前に玄関が開き一人の老人が顔を出す。 「──おや珍しい。この家に客人だよ」 シカマル達の来訪に驚いたものの、すぐに人の良い笑みを浮かべた老人は首をくるりと家の中へ向けた。 「おおい。ばぁさんや、この方たちはもしやばぁさんの仕事の人じゃないかね?」 上がりなと、シカマルが説明する前に状況を理解した老人は玄関を大きく開けはなった。さぁさぁと彼等を迎える姿は、心待ちにしていた客人を迎えるような笑顔だった。少し戸惑いつつもそれに従った一行は、老人の後を追い80は過ぎている割にはしっかりとした足取りで歩く老人に置いて行かれまいと急ぐ。家の中は外見よりは広く、奥行きが深かった。庭に面する廊下を歩いている時に、サクラはそこに生えている植物を見てあらと呟いた。 (あんな所に…) 彼女が見つけたのは、ぐるりと小石に囲まれて、真っ青な空に向かって伸びる薬草達だった。丁寧に育てられている証のように、薬草の周りには雑草はなく、葉の色も青々として病気一つない。よく見れば花が咲いているのもすべて薬草だと、医療忍者の血が騒ぐ。 「春野中忍?」 「あっごめんね。今行くわ」 何時まで経っても着いてこないサクラをコウメが探しに来たようだ。気付けば皆は部屋に入ってしまったらしく、サクラは慌てて彼女の後に付いていった。 今回の仕事を請け負ったのは、先ほどの老人と同じ年頃の可愛らしい老女だった。真っ白な髪を丁寧に結い、にこにこと笑っている姿は今は亡き祖母を思い起こさせた。サクラはつられて笑みを返したが、それはムスビとコウメも同じだったらしい。だが、巻物はまだ完成していないらしくあと一日だけ待ってくれるよう頼まれた。それほど急ぐ任務でもないし、一日ぐらいなら急げば日程内に着けるだろうと隊長であるシカマルは了承した。 「なんなら泊まって行くといいな。部屋はたくさんあるからね」 老人の好意に甘え一晩厄介になることになった一行は、老女の仕事の邪魔にならぬよう部屋を辞した。その後泊まる部屋に荷物を置き、自由時間となったサクラは先ほどの庭に向う。 「うわぁやっぱり凄い…ああこれなんてこんなに育てられているの初めて見たぁ」 薬草の前にしゃみこみ、きらきらと目を輝かせてそれを眺めるサクラは、あれもこれもと一人はしゃぎながら小さな薬草園を歩き回る。そして一通り見終えた後、感動しているサクラの元へ呆れた声が降ってきた。 「…ガキじゃあるまいし」 「五月蠅いわよヒサメ」 壁というのか、余った板で取りあえず畑との境界線を引いたという感じの所に背を向けて、サクラは笑みを浮かべたまま言い返す。自分の護衛で彼等が来ているのは知っていたが、他の忍に気付かれては困るので、普段なら任務が終わるまで声をかけてこないのに。 「…何?」 「どうやら彼の懸念が当たったらしく、ちらほらと見慣れぬ影を見ました」 ナギの言葉にふぅっと溜息をつくサクラ。シカマルが変なこと言うからじゃないと、心で文句を言いつつサクラはわかったと頷いた。二人はサクラに注意を伝えた後、来た時と同じく音もなく消える。一体どこに潜んでいたのか感心しつつ、サクラは再び庭を歩き回る。 (まったく検討違いもいいところね。どこの奴らが来たのかしら) 恐らく夜になれば二人は詳細を伝えてくれるだろう。ナギとヒサメが居てくれるのは心強いが、今回の任務を受けたのはサクラ達。できれば彼等の手を借りられずにすむことを願わずには居られないサクラだった。 その夜、不意にシカマルは目を覚ました。危険を感じたわけでもなく、自分でも戸惑うような目覚めだった。 (…んだよ。明日も早いってのによ…) 巻物を受け取った早々出発を決めていたシカマルは、隣に寝ているムスビを起こさぬよう身を起こすと、部屋を後にした。 (は〜ぁ…こんなにゆっくりした任務でいいのかねぇ) 縁側に腰を下ろし、それほど冷たくもない夜風に当たりながら、シカマルはちらりとサクラ達が寝ている部屋を横目で見た。コウメはともかく、同じ中忍のサクラなら自分が目を覚ましたことに気付いたかもと思ったのだが、その心配はなかったようだ。それにしてもと、シカマルは今木の葉で行われている大改革を思って、少々げんなりとする。 (確かにくだらね〜面子の張り合いが無くなったのはいいけどよ、そのせいで俺の仕事が多くなるってのはいただけねぇよなぁ) どこをどう見込まれたのか、この任務が終わった後、シカマルは作戦部の主任の地位につくことになっていた。まだ早すぎると火影に辞退したのだが、結局は火影命令の一言で押し切られてしまったのだ。 「俺が人の上に立つ柄じゃないっての…めんどくせぇ…」 里に帰った後のことを考えながら、シカマルが深い溜息をついた時だった。ふっと何かの気配を感じて顔を上げると、家の傍にある高い木の上で影が動いた。すっと目を細め、さり気なくクナイに手を伸ばしたシカマルに落とされた声は。 「あら。シカマル起きていたの?」 「お前…何やってるんだよ」 音もなく地に降りたサクラは、シカマルの問いに答えず彼の傍へゆっくりと歩いてきた。シカマルの質問に答える気はないらしく、つんと顎を上げさらりと伸びた髪を手で払う。 「今日は気持ちの良い夜よね」 サクラはそう言った後、夜風に気持ちよさそうに顔をあてる。シカマルが黙っていると、それに満足したらしい彼女は、じゃぁと言って部屋に戻っていった。結局何をしていたのか、わからぬまま。 (…一体何時の間に出ていったんだ?) 確かにちょっとした疲れもあって、眠りは深かった。しかし、何かが動く気配を感じれば、自分の体は目覚めを促す筈だった。それがなかったということは…シカマルが悟れないぐらい、静かに出ていったということ。 (…あいつ?) 昔から頭の良い奴とは思っていた。自分と張り合えるのは彼女ぐらいだということも、漠然と感じ取ってはいたが、それだけだった。何時もサスケを取り合って、イノと馬鹿騒ぎしている少女。サクラという人物の骨格が、下忍のままの認識だったことにシカマルは今更気付く。 (…こりゃあちょっと考えねぇとな…だとしたら、やっぱり俺が今まで感じていたのも間違いじゃないってことか) サクラと会うたびに時々感じた、妙な感覚。それが何なのか、シカマルの頭を持ってもはっきりと答えが出せないで居た。思わず見逃しそうなぐらい、小さくて。気付かぬにいても何の影響もなさそうな、何か。 (つーことは今回の任務にアイツを入れたのは当たりだったことだな) それをはっきりさせるために、もしくは勘違いだったと自分に納得させるために、サクラを今回の任務に誘ったシカマル。彼自身どうしてここまで気にするのかわからない。 ただ。 面白そうな匂いがしたのだ。 自分にしては珍しく。 彼女の周りにある何かに。 近づいて見たいと思ったのだ。 さくら (2005.11.18) |