サクラは思わず出てしまった欠伸を慌てて隠したが、それは少し遅かったらしい、くすくすとヒナタが笑いサクラは顔を赤くした。 「サクラちゃん徹夜?目が少し赤い」 「え!?本当?やだなーもう」 最近になってようやく任務に派遣される数が減ったサクラは、ちょど良い機会だとばかりに医療関係の本を漁っていた。その時、偶然通りかかったヒナタと話が弾み、昼を一緒に取ることになったのだが、明け方までの読書はさすがにきつかったようだ。 「医療忍術関係?やっぱり医療部隊は大変なの?」 「う〜んまぁそんなところかな。でもやっとこの頃は任務に出る回数も減ったから少し楽になったわ。大きな戦がなくなったみたい。お陰でようやく、ゆっくりできるわ」 闇鴉達が持っている蔵書を読んでいたとは言えず誤魔化したが、ヒナタはそれ以上追求せず勉強熱心だねと微笑んだ。その後は自分の近況や耳にする友人の話になったが、久しぶりの日常はサクラに取ってもいい気晴らしになった。 「そういえば…作戦部今大変なんだって聞いた?サクラちゃん」 「詳しくは知らないけど、大改造が行われてるってやつかしら。ずいぶん人事異動があったって話しだけど…」 「うん。私もイノちゃんに聞いたんだけどね。最近の作戦部ってかなり無茶な作戦立てることが多くて殉職者が凄かったんだって。こないだもそんなことがあって、綱手様自らその大改造を指揮しているらしいの」 「へぇ…それじゃあ一騒動なんだ」 「うん。今まで上に居た人達はみんな移動になって、その人達に押さえつけられていた人達をどんどん起用しているらしいよ。一息つく頃はがらりと代わるって、皆安心している見たい」 「ならこれからは希望が持てるってことね!だって作戦一つで任務の成功率も代わるんだから、重大よ。さすが火影様ね〜じゃ、シカマルも安心してるんじゃない!?」 「あ、やっぱり気付いた?イノちゃんがシカマル君から聞いたこと」 「聞き出したの間違いよ、ヒナタ」 「そうだね」 ぷっと笑った二人はひとしきり笑った後、ヒナタは仕事がると戻っていった。一人食堂に残ったサクラは、窓の外を見ながら、先日闇鴉が関わった任務のような酷いことにはならないだろうと、少し安堵していた。 「よう」 「うわっ!?っとびっくりした…シカマル?」 数分前話しに出ていた人物が現れたことにサクラは慌てふためいたが、シカマルは怪訝そうに眉を潜めただけで何も言わなかった。 「こ…こんなところに居るなんて珍しいんじゃない?」 サクラの居るのは医療部隊が使う食堂で、作戦部に居るシカマルが偶然見つけたように顔を出す場所ではない。何かこちらに用事でもあって自分を見つけたのだろうかと思ったが、見かけただけでわざわざ挨拶にやってくる程親しい間柄ではない。 (まぁ、前回はわざと声をかけたけど) 作戦部がどれほど闇鴉のことを知っているのか聞き出す為に近づいたのだが、シカマルを相手にした作戦合戦は思った以上に面白かった。しかしあの後は忙しくそのことも忘れていたのだが。 「お前を捜してた」 「?私?」 「ああ。数日後、部隊長として任務に着く。その時お前にも参加して貰おうと思ってよ」 珍しい。 思わずまじまじと彼を見返すと、シカマルは嫌そうに顔を背ける。 「医療忍者が必要な任務なの?」 「少し遠出するからな。途中何が起きるかわからねぇ。一名申請したら医療忍者が暇しているから好きな奴を連れて行けって言われたんだよ。ま、俺も知らねぇやつより見知った奴の方がいいからな、お前が空いていたら頼もうと思ってよ、んでどうだ?」 「…暇してるってずいぶんな言い方よね…こないだまで目回るほどの忙しさだったから、休みはちょうど良かったんだけど、そろそろ動かないと鈍るかしらね。いいわよ」 「よし。じゃ前の日になったら詳しいことを知らせる。じゃぁな」 「わかったわ」 用が終わるとシカマルはさっさと食堂を後にした。それを見送り、サクラはいつ出発が告げられてもいいように準備を整えておくかと、立ち上がる。 (イルカ先生をあのまま放っておくのも嫌な感じなんだけど…今の私じゃ何もしてあげれないし…) ようやく起きられるようになったイルカだったが、自分を迎えてくれる笑顔は何時も弱々しい。どこか諦めのような色が入った瞳で見つめられると、サクラは居たたまれない気持ちになってしまう。そんなサクラを見かねか、夕闇達が時間を置いた方がよいと言ってくれるのだが、一日でも顔を出すのを止めればイルカが消えてしまいそうで首を振っていたのだ。 今回の任務は、逃げ出すわけではないか自分の気持ちにもいいきっかけになってくれそうで、サクラは気合いを入れる。 (さてと、じゃぁ任務までに覚眠さんから借りた本を読破しとかなきゃ。あ、ついでに少し特訓でもしとこうかしら。誰が一緒だか知らないけど、持久力不足で置いて行かれるなんてたまったもんじゃないし) 勉強も大事だが、体を維持することをも大切だとわかっているサクラは、ナギとヒサメに(無理矢理)お願いして特訓をしてもらっている。自分より強い相手が護衛として傍にいるのだ、これを利用しない手はないと脅し半分で頷かせたサクラだったが、始めは渋っていた二人も今では妥協を許さない先生となってちょっと後悔した日もあった。 (幾ら強くなる必要がなくても…やっぱり差を埋めたいと思うのは当然でしょ) 彼等に勝つことはできなくても、足手まといにならないよう自分の身ぐらいは守れるようにしなければ。そう決意したサクラは、行く前にイルカの様子見て、朝飛から新しい医療忍術でも教えてもらおうと、食堂を後にしたのだった。 まだ肌寒い空気が満ちる朝方、サクラは集合場所に向かってゆっくりと歩いていた。一般の人は勿論、忍でも任務のない者はまだ眠りについているだろう時間は、自然の気配が色濃く、人気のない森の中を連想させる。 「クァ」 バサバサとサクラの真上を飛んでいた華式が、散歩に満足したのか降りてきてサクラの差し出した腕に止まる。 「十分羽根を延ばした?当分会えないけど我慢してね」 「クァ!」 わかっているよと言うように一声鳴いた華式は、翼を一度ばたつかせその姿を変えていく。サクラの手の平に残ったのは、年期の入った紫色の紐。サクラはそれを手首に巻くと、再び歩き始めた。そして集合場所が近くなった頃、サクラは呟く。 「後のことはよろしくね」 「ああ。こちらのことは気にせず無事任務を果たして来てくれ」 「うん。ありがとう夜明さん。夜斗さんのことも…」 「わかっている心配するな」 力強い返事にほっと息を吐き、サクラはお願いしますともう一度呟き、走り出した。集合場所にはもうすでに人影が見えており、何人か集まっているようだった。それを影から確認した夜明は、視線を横にずらす。 「あの方のこと、頼むぞ」 「「はい」」 ナギとヒサメは夜明に軽く頭を下げてかき消える。彼等に任せれば彼女のことは大丈夫だろう。夜明はふっと顔を上げ、ゆっくりと辺りを伺う。サクラは感じなかったようだが、数人の忍達が里の中を動いている気配を感じ取った夜明は、彼等に見つからないよう身を潜めた。 (まだ諦めていないのか。やれやれだな) 闇鴉が表舞台に顔をさらした頃から、再び火影の守座探しが強化されたようだった。つねに里内を数名の暗部が走り回り、サクラの護衛をしているナギとヒサメがやりにくくなったとぼやき、里に帰ってくるたびに後をつけられると夕闇が舌打ちするようになった。 (そろそろ森を守っている結界の術式を変えておくか…) 森の結界を見破られるとは思っていないが、念には念を入れて置いた方がいいと判断した夜明は、暗部らしき気配が遠くなったことを確認すると、その場を後にした。 「今回の任務はある薬師のところから巻物を受け取る任務だ。中に書かれてあるのは薬草の効果をまとめたもので、一般的にも広く知られているものだが、これを重要な書と勘違いした他里の奴らに襲われる可能性がある。各自注意を怠らないように。んじゃ出発」 「「「はい!」」」 今回の任務はシカマルを隊長としたフォーマンセルで行動するらしい。任務内容を聞いて確かに重要任務ではないようだが、忍の足で片道5日となればかなり遠い。他里の忍が現れなければ命のやり取りもない任務だと、サクラは少しだけほっとしながらシカマルの後に続く。 「今日はよろしくお願いします春野中忍!」 「こちらこそよろしくね」 サクラの後に続く忍の一人が、少しだけかしこまった様子でサクラに挨拶をしてきた。歳はサクラと同じか、少し上ぐらい。まだ少年ぽさを色濃く残した彼はムスビと名乗り、サクラの返事にほっとした様子ではいっと笑顔を見せた。もう一人は12歳ぐらいの少女。亜麻色の髪を頭の上で纏めた彼女の名はコウメ。彼女はサクラの視線に気付いて小さく頭を下げた。二人は下忍になって数年経つという。今までは卒業してから組んでいたスリーマンセルで任務を行っていたが、他の忍とも任務を組んだ方がいいと判断され、シカマルに任せられたらしい。確かに今回の任務なら初めて組み慣れた仲間と離れ、不安と緊張で一杯の彼等にはちょうど良いのかもしれない。しかもその中に医療忍者のサクラが居るとなれば、例え戦闘になっても心強いだろう。 「ねぇ。シカマル。ずっと山道や森を通っていくの?」 「いや、この道を抜けた後は街道に出る。宿場町に一泊ぐらしした後は野宿ってことになりそうだな」 シカマルのことだ。ぼうっとした様子で歩いてはいるが、行程の地図は頭に叩き込んでいるだろう。そうと返したサクラは次第に明るくなってきた空を見上げ、いい天気になりそうと呟いた。 さくら (2005.8.19) |