さくら

第34話:待つ誇りを



目の前で重傷を負っている男を責める気にはならなかった。
彼の目が語りかける申し訳なさと、己の不甲斐なさ。しかし…客観的に見ればこの男のお陰で此処まで持ったのだと断言できる。

「…後は任せな」

つねに結果が重要視される任務。それを遂行できない者は、信頼を失うのだろうが。

「俺に任せな。一緒に帰るぞ」

アスマの言葉に、自分が恐れていた思いが含まれていないことを感じ、男は安堵とともに目を閉じる。胸の動きが止まり、男は永遠の眠りにつく。それを見下ろし、アスマは拳を強く握った。

彼らをこんな目に追い込んだ者達への憤りを押し殺しながら。



一進一退を繰り返している戦場に、アスマが数人の上忍とともに送り込まれて一週間たった。彼らが着いた時、木の葉が加担している側は正に追い込まれている最中で、幾つかの部隊は壊滅状態だった。散り散りになった仲間をなんとか集め直し、本陣へと帰った時、待っていたのは忍部隊を率いていた男の死に際と、あまりにも無謀な作戦内容だった。
作戦を立てた男は大敗とも言える任務の失敗に顔を青ざめさせていたものの、指揮官となったアスマの横に当然のように張り付いていた。内心ぶん殴ってやりたかったが、そんな姿を見せれば指揮官としての信頼を失うとなんとか留まり、部隊長達を呼び寄せ、現在の詳しい状況を確認する。

(ち…色々厄介だな。任務内容もだが、この地形もだ)

相手の本陣を叩き、混乱に陥れる。だが、そこにたどり着く前にいつも潰されてしまうのだ。
敵が本陣を敷いている地形は、正面には大きな森があるが、そこはトラップが張り巡らされており、抜けることは難しい。それを一つ一つ解除しているうちに敵に襲いかかられる為、真っ直ぐには突っ込んでいけない。裏は岩などがごろごろしており、見通しも良いのだが姿は丸見えになる。唯一無事に本陣へ行ける道は、当然警戒されており、味方さえ唸らせるほどの難所だった。よくもまぁこんなところに陣を敷いたものだと関心しつつ、早く敵を落とせとせっつく依頼主に、アスマは溜息ばかり出していた。

永遠と終わらない会議に休憩を言い渡し、一人外に出たアスマは、タバコを吹かしながら空を見上げる。生憎と雲が覆っているため、何も見えないが感傷に浸る趣味もない彼にはどうでも良いことだった。

(それよりも…どうするかだな)

アスマが思いつく作戦は一通り、前指揮官が試したらしい。そうなれば後は、参謀として派遣された作戦部の登場なのだが、生憎と彼が立てるものは全て犠牲が大きい。勿論、全員死なずになど甘いことを言うつもりはないが、下手をすれば半数以上の忍を失うと聞けば、アスマと言え素直に頷けない。

(…まぁそれも根拠や、納得できる勝算があればまた別なんだろうがな)

彼は幾つか作戦は立てたものの、実際動く忍の言葉を考慮するという気持ちがない。これが駄目ならこれと、あくまでも自分一人で立てた作戦に固執している。だが、任務を遂行する忍達にこれ以外の作戦が思いつかない以上、彼の言う通りに動かざるを得ないのだろうが。

「…久しぶりだな」
「こんなところで油売っていていいんすか?指揮官が」
「お前も参加していたとはなぁ」

にやりと笑って振り向けば、肩を竦めている昔の教え子が立っていた。背は伸び、中忍のベストも様になってきているが、その面影は変わらぬまま。

「でも俺だけじゃないっすよ。チョウジも居るし」
「ほぉ?じゃあ、さっきついた援軍に居たのか?」
「まぁ。それよりも何かやばい見たいっすけど?」

部隊の惨状を見たシカマルは、タバコを吸い続けるアスマにそう問うが、元上忍師は何も答えなかった。IQの高い教え子は己で状況を把握し、如何に危うい任務かを察したに違いない。だが、立場上肯定する訳にもいかず、アスマはそろそろ時間だと、足を動かす。

「そろそろ戻らねぇとうるさいんじゃないのか?」

終わりを告げる言葉に、シカマルは溜息をついた。彼自身も何時までも行方不明になっているわけにはいかないと思っていたのだろう。だが、彼は不意に振り返った。

「最近噂になってる忍達のこと聞いてますか?」
「ああ?何だそれは」
「知らないのか。まぁ…作戦部も良く思ってないから自分じゃ絶対に言わないだろうけどな。指揮官なら知ってると思ってた」

そう前置きして、シカマルは先を促すアスマに彼らのことを教えたのだった。

「…ほぉ…面白そうじゃねぇか」
「アスマならそう言うと思った。それに…捜してる忍に似てるだろうし」

カカシとアスマが一度だけ見た忍のことを、前にシカマルは相談を受けていたのだ。その時は作戦部の方でも情報がなく、首を振るだけだったのだが、最近聞こえてきたその忍達が似てるのではないかと思ったのだ。

「実を言えば…結構手詰まり状態だったからな。作戦はあるにはあるが…すぐに頷けるようなもんでもなくてよ」

作戦部に身を置いているシカマルは、派遣された頭脳が如何に無茶な作戦を立てたのか察したのだろう、何時も以上に疲れた顔で肩を竦めてみせた。

「そいつらに繋ぎを取る方法。お前知ってるか?」
「一応は。簡単ですよ。指揮官名で火影様に式を飛ばすだけっすから」

そうただ一言。

『鴉』と。







サクラは覚眠から火影からの要請文を受け取り、そこに書かれている指揮官名を見てぽつりと声を上げた。

「…あら」

ほんの小さな声だったのに、興味なさそうにしていた夕闇が此方へと顔を向けてくる。サクラはもう一度その文を読んだ後、何事かを考えるように宙を睨み、はいと覚眠に文を渡た。そして、彼が読み終えたのを確認した後どう?と聞いてみる。

「…どうとは」
「そのまま。どうだと思います?」
「…書かれている内容で察するだけでは、難しいものだと」
「そうですね。私もそう思います」

何かを期待しているらしいサクラの視線に、覚眠は珍しく戸惑いながら要請文を返すと、サクラの目がキラキラと輝いているように見え、顔を引きつらせた。

「覚眠さん。最近暇だとか思ってますよね。確かに…他の部隊は任務に出てるのに、覚眠さんの部隊だけが一度も動いていませんしね」
「…そんなことは」

そう一応否定はしたが、手持ちぶたさを感じていたのは確かだ。自分はまだサクラを鍛えるという目的ががあるから良いが、部下達はこの森にある蔵書を読み尽くし、自分達の間だけで行う討議にも飽き始めているようだった。

(…そういえばこないだ守座様の勉強会に参加したいとか言ってたな)

そう考えれば暇と言えば暇なのかもしれない。そう結論づけ、覚眠がサクラへ視線を向ければ、彼女はにっこりと笑って、その要請文をもう一度差し出してきた。

「任務は承諾」

そう言った後、自分達の会話を黙って聞いていた部隊長へと体を向けた。

「今回の任務は今まで受けていたものと違い困難が見受けられます。よって第五部隊も参加。第五部隊長の人選の後、それに従い部隊を編成します」
「…第五部隊からは二名派遣致します。守備を考える必要のない任務なので、部隊は第二、第三部隊から半数の二部隊編成。部隊長は人選をして下さい」
「何だよ、折角面白そうな任務なのに、俺達は不参加か?」

夕闇が面白くなさそうな顔をしたが、覚眠の決定に異論を唱えることはないようだ。だが、彼の言葉にサクラはしばし考える。今回の任務はサクラが守座となって初めての大きな任務。向こうにいる指揮官と対等に話す人物が居ても良いのかもしれない。


「…あ。じゃあ私が行けばいいっか」


その言葉に、その場に居た者達はしぃんとなった。いや、固まったと言った方が正しいかもしれない。
あまりに静かすぎる沈黙に、サクラは変なことを言っただろうかと焦り始めると…

「何言ってるんだ…お前」
「…夕闇さん。その馬鹿にしたような口調は…」
「さらりと爆弾発言ぶちかます奴に言われたかねぇ」
「ば…爆弾発言って…」

どういう意味だと問い返そうとしたサクラに、別の方角から頭の痛そうな声が。

「無謀だな」
「というか、わかってないだろ」
「…何げにすっごく失礼なこと言ってません?夜明さん、朝飛さん」
「私もその意見に同感ですが」

止めとばかりに、冷たい声できっぱりと覚眠にそう言われたサクラは、ようやく己の発言が静寂を生みだしたと気づき、むっとなった。

「確かに何の役にもたたないけど!!私が何時までも一人安全な所に居るわけにはいかないわ」
「おわかりに成られているならば、ここでお帰りを待たれている方が、任務に出るものも安心できますが」
「…覚眠…キッツー…」

思わず夕闇がそう呟いてしまうほど、覚眠の言葉は容赦なくサクラへ見えない刀を突き立てた。一瞬口ごもったサクラだが、こんなもので怯んでは覚眠の教えなど請えるわけはない。感情的になりそうな自分を押さえてサクラは戦術の師を睨み返した。

「確かに覚眠さんの言うことは尤もです。貴方達と私の実力の差は明らか。ましてや作戦に参加するなんて以ての外。でもだからと言って私一人危険がないこの場所でのうのうとするわけにもいきません」
「なら任務に行って何をする?ぼうっと突っ立ってるのか?」

夕闇の言葉に振り向いたサクラは、見つめられた彼がギクリと体を揺らす程強い色を秘めていた。

「ええ。私は何もできません。任務に関することは何も。だけど待つことはできる」
「…待つ?」
「はい。任務に赴いた貴方達のすぐ傍で、貴方達と同じ空気を感じながら、貴方達を待つことができる。この遠い森で無事を願って祈るのではなく、共に闇鴉の一員であるという誇りを持って私は貴方達を待ち続けたい。それが危険で困難な任務であればあるほど、私は共にそこに行きたいと思うんです」

信じてないわけじゃない。だけどここで待つ自分の気持ちもわかって欲しい。
周りに不安を洩らさないよう、自分の気持ちを押さえ込みながら、闇鴉の森で待ち続ける。手を握りしめて、今か今かと影達を待って。まるで自分が弱くなるような錯覚さえ持ちながら、ここで待っているのだ。
そんなのは嫌だ。そんな自分は。

「私に少しでも『守座』の役目を果たさせてください」

守座の名を出されては、それ以上反対することもできない。いや、ここまでサクラの思いを聞いたのだ、それでも駄目だと口に出来る者は居なかった。

「じゃあ、俺が護衛に付こう」
「夜斗!?」

今まで一言も発しなかったイルカが、顔を上げたサクラに優しい眼差しを送っていた。サクラの想いをくみ取り、彼女の成長を喜ぶ彼の目に、アカデミーの頃を思い出したサクラは、うんと頷いた。

「…では、今回の任務私もご同行をします」
「「は?」」

覚眠の突然の言葉に、イルカとサクラは同時にその人物の顔を振り返った。

「…何か問題でも?」
「…いえ。それは〜…ちょと以外で」
「ちょうど良い機会ですからね。実地訓練と行きましょうか」
(…それは嫌かも)

ひくりと顔を引きつらせたサクラだが、それは夕闇の言葉で更に深まった。

「なら、俺が就いてもいいってことだよな。久しぶりに骨のある奴らだといいけどな」
「いえ、貴方が来たら大げさに成りますから止めてください」
「はぁっ!?覚眠それどういう意味だよっ!!!」

ぎゃあぎゃあと叫きだした夕闇にサクラは額を押さえ、この場から離れた。話が終わった為、飛んできた華式が心配そうに鳴く。

「…保護者同伴の気分なんだけど」
「カァ」

答えた鳴き声が同情したように聞こえたのは気のせいだろうか。

さくら (2004.11.12)