さくら

第33話:もたらす者




「あ〜くそっ、やってられるか」

外に出た途端大きな欠伸を見せたシカマルは、隈の出来た顔で自分の出てきた場所を振りかえる。
そこは、木の葉の頭脳とも言われる作戦部。今いる部署は、シカマルの能力を発揮できる場所として放り込まれた場所なのだが。

「マジで、配置換え頼むぜ」

よくもまぁ、半年近くも我慢したものだ。そう自分を誉めてやりたいほど、ここの空気は合わない。

(いい加減、自分のプライドと手柄ばかり考える暇があったら、まともな作戦たてろっての!)

任務の奪い合い、他者の意見を聞き入れない傲慢さ、任務が失敗すると実行した忍への責任転嫁。なまじ頭が良いだけ、話術は上手く、そのお陰で作戦を立てた忍は処分されることもなく、次の間違いを繰り返す。
下忍と中忍は、雑用係のように使い、後任を育てるどころか、自分達を越えそうな者と目をつけられたら最後排除されてしまう。自分より後に来た人達が、次々と去っていく中、それでもシカマルが居続けたのは、もう一度あの人に会いたいが為。

「それももう限界ってとこか」

たった数週間しか居なかった、しかしプライドで凝り固まった上忍達を恐れの中に追い込んでいた人物。半年前、来たと同時に消えていった。
カクギという忍を。

「…何、黄昏てるの。シカマル」

空を見上げていたシカマルが視線を動かすと、風の中に桜色が揺れた。

「…お前こそ、こんなところで何やってるんだよ。医療塔はあっちだろ」
「用事で来てたに決まってるじゃない!シカマル見たいにさぼってるんじゃないんだから」
「へーへー」

膨れる彼女に、シカマルは面倒げに返事をした。

この少女は下忍の同期ではあるが、とりわけ親しいわけでもない。元スリーマンセルのイノとサスケを取り合い騒ぐので、彼女の名を覚えたようなものだ。そのお陰でイノと同じぐらい苦手な女の子になったが。時々同期が集まっても挨拶程度で話をするだけで、会話が続いたこともなく、その必要もなかった。それは向こうも同じだろうが。
それでも、サクラの現状を知ってるのは、イノが聞きもしないのにべらべらと話すからだ。ライバルとして反目してる癖に、誰よりも互いに詳しく、認めている。つくづく…女ってものは良くわからないとシカマルは思うのだが。

「シカマルはどこに行くの?帰り?」

目の下をトンと叩いたサクラは、シカマルの隈を指摘する。確かにここ3日ほど、働きづめでろくに眠ていない。しかし、この疲労感は別のものだった。

「お前、医療で正解だよ」

気付けばぽろりとそんなことを言っていた。怪訝そうに見返すサクラに、シカマルは肩を竦めてみせる。

「お前、頭いいんだろ。イノの奴が良く言ってるからな。でも作戦部なんかに来ない方がいいぜ。まぁ…医療はいつも人手不足だから、本人の希望がない限り配置換えってのはないだろうけどよ」

どこに配属されているかは言えても、内情までは吐露するわけにはいかない。アスマなど、ベテランの忍なら察してくれるかもしれないが、もう自分の上忍師ではない彼と会う機会は減ってしまった。だとしたら、この鬱憤した気持ちを言えるのは、全部を語らなくとも何かを感じてくれる誰かだ。

サクラはじっとシカマルを見返して、そうとだけ答え、後は何も言わず歩き出した。しばらく無言で歩いていたシカマルは、サクラの背を見て小さく溜息をつく。何故あんなことを言ってしまったのか、普段話もしない相手との沈黙が落ち着かない。

「…おい?どこに行くんだ?」

サクラに付いていけば、何時の間にやら道を外れ、人がこないような場所へと入り込んでいた。立ち止まったシカマルに、サクラはつんと顎を上げる。

「暇でしょ。シカマル」
「…はぁ?」
「もう少し行くと、座れるところあるから。がんばって歩きなさいよ」
「ちょっと待て。何で…」
「ほら早く!」

気乗りのしないシカマルの腕をぐいぐいと引っ張っていくサクラ。ずるずると付いていきながら、やっぱりこの女は苦手だと、内心で呟くシカマルだった。


ガリガリガリ…
先ほどから何やら地面に書いているサクラを、シカマルは今にも眠りそうな顔で見ていた。徹夜明けにこの陽気は敵だ。再び瞼が下がりそうになった時、サクラができたと叫んだ。

「さてと…ほら、シカマルこれ持って!」
「何だよ…」

細い木の枝を手渡され、シカマルは訝しげにサクラを見る。彼女は何を考えているのか、にやりと笑って地面を枝でつついた。

「さてと、問題です。今この部隊は囲まれ、この位置に敵が居ます。どうすれば突破できるでしょう?」
「…はぁ?」
「この部隊の周りは崖と森でできていて、通れる場所はこことここだけ、そして一人だけ、敵の後ろに味方がいます」

突然の問題に、シカマルは彼女の真意を測るように見つめたが、サクラは早く答えろと急かす。面倒だと拒否することもできるが、そうすればもっと五月蠅くなるだけだし、何より付いてきた自分が間抜け過ぎる。

「あ〜、こちらからの質問はありか?」
「地形と、状況だけなら聞いてあげるわ」
「忍の能力は敵も味方も同じと考えていいのか?」
「ん〜まぁそうね」
「じゃあ、崖と森の深さは?」
「情報では、上忍でも無理ね」
「この一人だけこっちに居る奴は?」
「この忍は…下忍と思っていて。だけど、敵はこの忍のことを知らない」
「味方の増援は?」
「それは無し。ただ、この下忍は敵が目の色を変えるほどの情報を持っているの。だけどこの忍を絶対に殺させては駄目」

さてどうやって味方を救う?
サクラの目が笑う。お前にこの任務を成功させることができるのか。
サクラの出した問題はかなり困難な任務だと思える。面倒だと呟きながらも、頭の中では幾つものパターンがはじき出され、その答えを導き出していた。

「ここで…一つ騒ぎを起こす。その隙に…」
「それは予想されていて、敵も部隊を数人散らしていたわ」
「だがこいつはトラップが得意だ。数人は引っかかる」
「それじゃあ…」

答えを導き出すのではなく、次々と変わる情勢にどう対応していくか。敵がこう動けば、こっちはこう動く。しかしその作戦が見抜かれていれば、こちらがこう動いて敵を撹乱させるなど。知らずのうちに白熱していた二人は、日の傾きが変わった頃、ようやく終わりを迎えた。

「…アンタしつこすぎ」
「お前こそ、悪知恵働くのやめろ」

互いに顔を見合わせ吹き出す。引き分けだと二人は大笑いをした。

「勿体ないわね」
「あ?」
「そんなに面白そうなこと沢山思いつくのに」

やはりサクラはシカマルが抱えていた不満を僅かながら感じ取ってくれたらしい。足を投げ出す座るシカマルは、空を見上げた。

「任務を請け負う部隊に移動しようと思ってる。ま〜イノ当たりがうるせぇだろうけど」
「案外喜ぶんじゃないの?」
「あ?なんで」

謎の笑みを浮かべるサクラを見返すものの、彼女はそれ以上何も言わずに立ち上がる。久しぶりに使った頭に疲労感を覚えるが、どこかすっきりとした気持ちの方が大きかった。まだあの人に会いたいという気持ちは残っているが、その為に色々なことを我慢するのは止めようと素直に思えるぐらいに。

「ねぇ。シカマル。こないだ耳に挟んだんだけど。木の葉に謎の部隊があるんだって。知ってる?」
「はぁ?…ああ。そういえばこっちでもちらっと聞いたことがあるな」

里に行く道を共に歩きながら、シカマルは上忍達が忌々しそうに話していた時のことを思い出した。

「難しい任務に時々顔を出す連中だろ。大体途中から任務に参加して、手間取っていた場面が終わるとすぐに居なくなる。隠してるってわけでもねぇけど、口外はするなと火影様から言われてるって聞くぜ」

上忍達がたてた作戦を修正するように現れる彼らに、要らぬケチをつけられたと上忍達が八つ当たりしていた。だが、後から調べて見れば、その修正は正しいもので、元々の作戦に穴があったことがシカマルの目でもわかったのだ。

「詳しいのね。で?どう思う?そいつらのこと」
「ああ?いいんじゃねぇの。別に。お陰で任務もやりやすく死人もでないんなら。医療部でも噂になってるのか?」
「さぁ?そっちで聞いたことはないけど。上は知っているかもね」
「じゃあどこから聞いたんだ…そういえばこないだナルト達が帰ってきたってイノが言ってたな」

そこからかと、察しをつけたシカマルにサクラは笑ったまま。この場合否定をしないのが返事だろう。

「今日はなかなかだったわよ。シカマル。次は負かしてやるわ」

気付けば人通りの多い道に着いていた。サクラの言葉でそれに気づき、またあるのかと嫌な顔をしたが、実際その心情は正反対。

「それじゃね!」

小走りに駆けていく少女を見送りながら、シカマルは思う。

何故あんな話をしたのだろう。話題を変えるのは…些か不自然とも思える…

ちりっと何かが頭に触れた。しかしそれ以上答えは出ずに、サクラとは別の方向に歩き始めた。


「楽しそうだったな」
「…僻み?ヒサメ」
「誰がだよっ!!」

人通りの中を歩きながら、サクラだけに聞こえてくる声。思わずくすくすと笑えば、すれ違った人が怪訝そうな顔で見返してきた。

(自分でもあそこまで夢中になるって思わなかったのよね)

毎日覚眠から作戦の講義を受け、状況を決め、そこから連鎖されるその後の行動を予想するのだが、格が違うというのかすぐに逃げ道或いは突破口をふさがれ、負けてしまう。

(だからあんなに何時間も夢中になったのよね)

同じレベルの人とやるのが楽しかった。
だけど。

(やっぱり作戦部はろくでもないことになってるわね)

あのシカマルが自分に愚痴をこぼしてしまうほど、内情は酷いことになっているらしい。任務に参加した闇鴉達が作戦を聞いて呆れるほど、緻密さが抜け、立てた者の傲慢さだけが見られるその作戦に、かける言葉もないようだ。

(…それで私の仲間が死んじゃうんなら…冗談じゃないわよ)

あおりを食うのは、任務をする忍達。ナルトやサスケは勿論…イノや同期の仲間達がそんなことのせいで死ぬのは許せない。

(私たちの存在は…どう受け止められるのだろう)

今だ噂程度に囁かれている自分達。それが表に出た時。

木の葉は変わるのだろうか。

さくら (2004.9.15)