(…やれやれ。今日はここらへんで身を隠しているか) 部下と別れ、明日それぞれ森に帰ろうとの話になったイルカは、木の上で体を休めていた。 (折角サクラが待っていてくれたのになぁ) 森の入り口で、任務に出た闇鴉達を迎えてくれるサクラ。 『お帰りなさい』 ほっとした笑顔でそう言われた時、部下達など呆然とした顔でサクラを見返していた。懐かしく、どこか照れくさい、始めは頭を下げるだけだった彼らも、何度もサクラに言われればぼそぼそと答えるようになってきた。 それを見て、何となく自分にも言って欲しいと思ってしまい。無理矢理任務に出てきたのだが…こんな目にあうとは。 「全く…運がないな」 ふと被っている面が煩わしくなり、外そうかなと手に掛けた時。 ザァァァと風が吹くような感覚が襲った。 (…!?誰か…) 「こんなところで何?怪我でもしたわけ?」 鬱蒼とした草を踏みしめ、こちらを見上げている一人の男。ポケットに手を突っ込んで、敵意がないことを示しながら。闇の中でもわかる銀の髪に斜めの額宛。そんな付け方をするのは…一人しか知らない。 そして忘れる筈もない。 (…カカシ先生) 何故こんなところに。何故この人が… 突然の再会にイルカは半ばパニック状態になり、その場で固まったまま動けなかった。 約2年ぶりに会うというのに、彼は変わっておらず、ただ無常に自分を見上げていたがその視線さえもなつかしくて。 切なくて。 イルカですと、声にならない叫び声が漏れる。 だが、カカシは何も気づかず、何も答えないイルカを訝しげに見ていた。 血の匂いはしていない、何か術を食らった気配もない。ただの休憩か、サボりか。そう結論づけたカカシは、興味を無くしたように顔を背け、里へと足を向けた。 カカシが他人に対して興味をもてなくなったから、イルカが己の雰囲気を完全に変えていたから。色々理由があるだろうか、カカシはイルカに気づかず去っていた。それを…見送ったイルカは。 「…カカシ先生っ…」 どうして。何故こんな… ようやく忘れかけていた。いや…心の奥底に封印した人に再び会わねばならないのか。ようやく箱に蓋をしめることができると、そう思っていた矢先に… 誰よりも愛しくて、忘れられない人。 己の弱さゆえに…手を離し傷つけた人。 「カカシ…さん…」 涙が滴り落ちて…止まらない。 悲しみに捕らわれそうで…体が全身で悲鳴をあげていた。 誰か…俺を… 助けて… ふと眼を覚ましたサクラは、自分が考え込んだまま眠ってしまったことに気づいた。 「…なんだろ」 殺気を感じたわけでもないのに、眼を覚ましてしまった。 「カァ」 「華式」 華式専用のカゴにいた華式は首を挙げ、ぴょんと窓の傍まで飛び立ち、コンコンと窓を叩く。 「どうしたの?」 外に何かあるのだろうか。 だが…それらしい気配があれば、護衛をしているナギとヒサメが何らかの合図を送ってくれる筈。だが、華式は窓を嘴で叩き続けている…まるで何かが来ると告げるように。 サクラはカーテンを開け、窓の鍵を外す。カラリと窓を開けた瞬間。 「!?」 窓の縁に立った黒い影。 まるで疾風のように現れた人物にサクラは目を開いた。 木の葉の精鋭と呼ばれる暗部装束に身を包み、影である証の面をつけて。 「イルカ…先生?」 だが、その気配はよく知っている…嫌な予感に導かれるまま、サクラの手は彼の面へと伸びていた。 そして外す。 「!!」 「カァ!!」 華式の声にサクラは我に返り、イルカを己の部屋へと引っ張りこむと、カーテンを閉めた。 「サクラ様!!いかがなされたんですか!!」 「何でもないわ!!」 ナギの慌てた声が響き、サクラは急いで答えるがもう一人の護衛はそれで納得しなかった。 「んなわけないだろう!!夜斗様が来られたんだ…森に何かあったのか!?」 「いいえ!そうではないわ!!」 上手い言い訳が思いつかないうちに、二人の気配がすぐ傍まで迫っていた。それはそうだろう、彼らの上司でもある夜斗が突如サクラの部屋に現れたのだ。緊急の要件だと思うのが当然だろうが… (見られるわけにはいかない!) 「カァ!!」 「うわっ!?華式…様っ!?」 カーテンに手を伸ばしたナギの手を、華式がつつき翼で威嚇する。守座の式神であり、象徴でもある華式は、サクラ同様特別な存在だ。無下に追い払ったりできないのだろう。 「後で説明するわ。とにかく、緊急の要件ではないの。安心して」 「…わかりました」 サクラの言葉に何かを悟ったのだろう、ナギが不服ながらも承諾し、まだ詰め寄ろうとしていたヒサメをつれ気配を断った。サクラは窓を閉め、鍵をかけるとカーテンがちゃんと閉まっているかを確認する。 「…ありがとう華式」 「カァ」 バサバサと自分の寝床に戻った華式は、その中に入ると丸くなって動かなくなる。 「…どうしたんですか。イルカ先生」 そんな小さな騒ぎがあっても、何も言わないどころか、ぴくりとも動かず、サクラに抱きしめられたままのイルカ。サクラの問い掛けで、のろのろと顔をあげたが…そこには先ほどと同じものが変わらず流れ続けている。 「何故泣いているの?イルカ先生…」 暗部の待ち伏せのせいで、森へと帰ってこられなかったイルカ達。五月蝿く網を張っているだろうから、今日はどこかで一夜を過ごすだろうと思っていたが…まさか里内の、しかも自分のところに来るとは思ってもみなかった。今、里が知りたいのは、闇鴉の住んでいる森と守座の存在。それを一番よくわかっているイルカが…その危険性を押してまで来るなんて。 「カカシ先生と…会った」 「え…!?」 それはイルカの口から聞くとは思っていなかった名前。自分からも避けていた言葉。 「偶然だ…俺も会うなんて思わなかった。あの人も気づかなかった…当然だ。俺は…死んでいるんだから」 震える手が、すがりつくようにサクラの体を抱きしめる。そうでもしないと、今にも倒れてしまいそうだった。 「変わって…なかった。あの人は…昔と同じように、強くて、自信に溢れていて、何もゆるぎない…信念そのものをもって…」 姿も、声も、見知らぬ暗部に声をかける優しさも。 「俺は…自分から手を離した癖に…なのにあの人を見たら、動けなくなった。体中が声を上げるんだ。カカシ先生ってあの人の名を呼ぶんだ…!!」 一つ。声をあげれば届いた距離。そうすれば…触れられたのに。 声を押し殺して、ただサクラの体を抱きしめることしかできないイルカ。すべては自分が蒔いた種と、己を責めてそれすらも罪だと思っている。イルカが何故闇鴉の一員となったのかは知らない。だが…その原因がカカシと離れることになったのだとはわかる。 カカシの中にいるのは自分ではないと言いくるめて、自分を騙して。こんなに苦しむ癖に、こんなに悲しむ癖に。こんなに後悔する癖に。 すべては逃げ出した為。立ち向かう勇気に眼を背けてしまった為に。 「…イルカ先生。嫌だった?カカシ先生と会ったの」 「嫌…?そんなわけはない…ただ俺はっ…!!」 「良かったね。無事で。カカシ先生。前戦任務が多いんだって」 後悔しているイルカは、カカシの姿そのものが自分の愚かさを責めているように見えてしまっただろう。しかし、それは違うと思う。忍は明日をも知れぬ身。その過酷な職業ゆえに、命が今消えたと聞いても誰も驚かない。だが、そんな日々をカカシは生き抜いて、イルカがその眼で見ることができたのだ。カカシが無事な姿を。 大切な人がまだ消えていない姿を。 昔のイルカなら、真っ先に思っただろう…その言葉を。 「…ああ…良かった。無事で」 「うん。私もカカシ先生が無事で嬉しかった!全然顔見せないからわからないのよ!!」 少し怒ったように言えばイルカはようやく笑みを見せた。サクラはイルカから体を離し、自分のベットに寝るよう彼の肩を押す。 「これで安心して寝れるね」 子供にするように、イルカの頭を撫でると彼は何かを呟いて眼を閉じる。すぐに聞こえて来た寝息。イルカが自分の前でこうも無防備になるなど… (よっぽど…ショックを受けたんだね。イルカ先生) それも仕方のないことかと、サクラは眠るイルカを見て小さく息を吐いた。心の準備もなく、突然目の前に現れたカカシ。いつもは隠しているが、毎日毎日恋焦がれているだろう相手。己から手を離したゆえに…その手を伸ばせないもどかしさと、カカシを傷つけた罪に耐えられなくてサクラのもとへ来たイルカ。 「…自分のことだけで精一杯なんて…言ってる場合じゃないよね」 そんなことを言っている間にも、イルカはどんどん傷ついていた。誰よりも光を求めていながら、それを取る資格はないとただ見ているだけの… 「許さないわよ。そんなこと」 眠る恩師を見下ろして、サクラは呟いた。 さくら (2004.8.16) |