「サクラちゃ〜ん!!!」 「っ……ぎゃぁぁぁ!!!」 がばりと抱きついてきて気配に思わず裏拳をお見舞いすると、ぐぇっと地面にひっくり返る音がした。 「あ〜ナルト」 「ナルトじゃないってばよ!!いきなり酷いサクラちゃん!!!」 真っ赤になった鼻を押さえ、涙目のナルトが抗議するが誰も擁護してくれる人物はいなかった。 「お前がところかまわず抱きつくからだろうが。ドベ」 「ドベって言うなっ!!!サスケっ!!」 「あ!サスケ君っ!お帰りっ!」 サスケを振り返り、満面の笑みを見せるサクラに、ナルトは地面に座り込んだままぶつぶつと文句を言っている。あまり無視すると、拗ねて五月蠅くなるだけなので、サクラは仕方がないとナルトの頭を軽く叩いた。 「はいはい。ナルトもお帰り。二人とも元気そうでよかったわ」 最後に会ってから半年ぶり。あれからまた背の高くなった彼らを見て、サクラは眩しそうに笑う。相変わらず意地の張り合いのようなものが続いているようだが、パートナーの相性は良いのだろう。下忍の頃とは違い、互いの目には信頼の色が浮かんでいる。 (…いいなぁ) サスケの傍にいたいとか、ナルトの五月蠅い声をたまには聞きたいとか。不意にそんな衝動に駆られる時があるけれど、自分と別れてしまった道は近づくことを許さない。もし自分に力があって、一緒に任務ができたらどんなにいいか。そう思わない時もあるけれど、それは自分も同じ事。 「今日任務はないのよね?じゃ、ご飯食べに行きましょう!」 「勿論だってばよ!サクラちゃんと一緒は久しぶりだってば!」 「はいはい」 ぴょこぴょこと自分の横を跳ねる笑顔は変わりない。だが、自分の頭一つ分追い抜かされた背は、嫌でも年月をサクラに告げてくる。広くなった肩幅だとか、不意に見せる真剣な顔とか。それは反対側を歩くサスケも同じ事で。 (自分は成長してるかな) そうであって欲しいと願ってしまう。 「え、カカシ先生と一緒だったの?」 「そうなんだってばよ。びっくりした」 大きな声では言えないがと前置きして、ナルトは恩師とこなした任務のことを話した。勿論、内容などは完全に伏せられ、幾らサクラでも知ることは許されないが。 「すげかったってばよ。カカシ先生。俺達が組んで居た時よりもずっとずっと」 「ああ…」 それはそうだろう。下忍を指導しながら受ける任務とは分けが違う。何しろ…暗部の任務なのだ。それは忍の力が以往もなく発揮させるところ。 実力がないものは、容赦なく消される世界だ。 「カカシ先生。元気だった?」 「元気ってか…前と変わらない感じだってばよ。話する時間はなくてさぁ…」 「え。そうなの?」 「…隊長だったからな」 忙しかったんだろう。そうフォローしたサスケだが、それが本当の理由でないことは三人もわかっている。 確かに任務中に、懐かしいからと言って声をかけることはできないだろう。しかし、そのことでカカシも自分達も何かを影響されるわけではない。やろうと思えば、任務が終わった後でも、一声かけるぐらいはできた筈。 何しろ、自分達はカカシの唯一のスリーマンセル。初めて受け持った下忍を気にしない上忍師はいない。皆、何らかの思いを持っている筈なのに。 (避けてるのかしらね…) 里から離れて任務をこなすカカシ。 懐かしい顔には会いたくないというように。特に…自分達を見れば。 思い出してしまうから。 (なんとかしたいと思ってるけど…私も自分のことで精一杯の状況だし) 「サクラちゃん?」 「え?何?」 「何じゃないってばよ。ぼーっとして…カカシ先生のこと?」 まぁねと、笑って誤魔化して。サクラは止まって二人の箸を進める。その話題から離れるために話すことはどこか不自然で、白々しい。折角会えたのに、何故こんな気まずい空気を味わうのだろうと、サクラが必死で別の話題を捜していた時。 「そうだサクラちゃん!里に妙な連中がいるって知ってるってば?」 「は?」 「ナルト!」 サクラが聞き返すと同時に、サスケからの叱咤が走りナルトは首を竦める。 「何だよサスケ。びっくりするってば…」 「そういう不確かなことを広めるなと言っているだろ。ちっ…だからお前は…」 「別にこれぐらいいいだろうってばよ!それに里にいるサクラちゃんの方が知ってるかもしれないし…」 「え?一体何のこと?」 体を乗り出し、興味津々のサクラにサスケは深い溜息をついた。どこかわくわくとしながらナルトは一言。 「俺達の間で広まってる噂なんだけど。謎の忍達が里にいるんだって!」 「………謎の忍達?」 「そうっ!火影のばーちゃんの手先とか、闇の始末人って言う奴もいるけど…強いんだってばよ!」 「らしいだろ。誰も知らないのに、どこからそんな噂が流れて来たんだか…」 「だから噂なんだってばよ!」 ぎゃあぎゃあと再び始まった二人の口喧嘩。いつもは止める筈のサクラが顔を引きつらせていた。 (や…闇の始末人って…何のテレビの影響よ。それ) 思い当たる集団に苦笑し、そして寒気が。 (…火影様の手先なんて…知られた時が怖いわ…) 彼らなら、確実に暴れる。 その為の対策を今から練らなければと、サクラは小さく震えたのだった。 「ああ。知ってますよ。私たちのことでしょうね」 「…覚眠さん。そんな冷静に…」 「別に何と言われようと私は気にしませんから」 「…貴方は大丈夫だと思いますけど…知られてはまずいかなぁと思う人物がちらほら脳裏に過ぎるんですが」 「でしょうね。ガンバって下さい」 全く変わらない口調のエールを送られ、サクラはがっくりとその場に項垂れる。しかし覚眠はそれ以上の興味を引くことなく、ぱらぱらと読んでいた本を開き始めた。 (絶対に夕闇さんが知ったら暴れる。いや…暴れるじゃすまないわ) 下手をしたら、部隊を率いて火影の元へ入ってしまうかもしれない。 闇鴉一、血の気の多い第二部隊長を思い浮かべ、サクラは小さく唸る。そんなサクラを知ってか知らずか、作戦の立案や暗号解読などを得意とする第五部隊長の覚眠がふと顔を上げた。 「…ところで、守座様。またいくつか火影より手紙が来てましたが」 「…手紙?また任務要請ですか?」 はいと手渡された手紙を見て、サクラの眉が不機嫌そうに中央に寄った。 「最近大きな戦がないと思ったんですが。また前戦要請…?」 サクラが闇鴉達に認められてから、小さな任務を定期的に受けるようになった。だが、それは様子見。サクラが出した条件を火影が本当に守っているのか、そして下の忍達に届いているのかを確認するためだ。 ほいほいと大きな任務を受けたのはいいが、自分達に指揮権を譲らず、戦場でうだうだと言われるなど冗談ではない。そんな一瞬の狂いが、任務を失敗に導くのだ。 (まぁ、火影様はちゃんとそのお達しをしているとは思うのよね。問題は約定を面白くないと思っているご意見番と、やたらプライドの高い忍達。チャンスとばかりに戦場で消されるなんて冗談じゃないわ) 言うことの聞かない道具を放って置くほど、ご意見番達は甘くない。サクラでさえわかるのだから、要請を受ける任務も慎重になってしまう。 (変な噂まで流して反感情を煽っている見たいだし?全く…大人のやることは) ナルトが流した噂は闇鴉達をあぶり出そうとするものだとサクラは気付いた。覚眠も頷いたのだから、その見立ては間違いではない。 里に裏切られた彼らが、火影の手先になっているなど、絶対に面白い筈がない。それを利用しようと言う腹なのだろうが、どうしてうまいつき合い方をしようとしてくれないのか。 「この二つは却下で」 「わかりました。そのように」 今ではサクラが里に居ない時、覚眠が代わって返事を出してくれるので、サクラの負担はかなり減った。そして、困った時には助言もしてくれる。一人で悩むことがなくなり、それだけでサクラの肩が軽くなった気がする。 「でも…時期が来てるとは思ってます」 「…そうですか」 リスクの大きすぎる任務を請け負うのは反対だ。だが彼らが物足りなさを感じているのも知っている。 確かに里から離れ、里の言うことを聞くのは嫌がっているが。小さな任務をこなすことにより、忍としての本性が段々と現れ始めている。 もっと大きな任務を。自分の力を十分に発揮できるものをと。 もとは一流の忍なのだ。それも仕方がないが。 「…難しい」 溜息が流れる。 「…そろそろ戻ってくる頃でしょうか」 「あ!そうだ。今日夜斗さんが戻ってくるんだった!」 イルカが任務から戻ると聞いて、少し元気を取り戻したサクラを見て、覚眠の目が和らいだことに、サクラも本人も気付かなかった。 「全く…こんな任務もできないんですかね。里は」 部下の棘の刺さった言葉に夜斗は苦笑しながら、里へと戻った。完全に気配を消し去り、森へと向かう。用心の為、会話は一時中断されたが、それもすぐに再開された。 「夜斗様が出るまでもなかったのでは?」 「たまには息抜きさせろよ」 自分が行くと立候補した夜斗は、意地悪く笑う部下に肩を竦める。自分達がこなしてきた任務に比べたら、本当に簡単な任務だった。いや…闇鴉などに依頼しなくても、里の忍で十分の。それをわかっていて出した火影と、受けた守座。 互いを諮っているのだと、イルカも容易に予想がつくが。 「守座様もお待ちだ。急ぐぞ」 「はっ」 任務を終えた忍を必ず待っているサクラ。口には出さないが、闇鴉達が密かにそれを楽しみにしてくれていることを、サクラは知っているのだろうか。 「…夜斗様」 「ああ」 ところが、今日はそうすんなりと彼女の元へは行けないらしい。部下の警戒した声に、イルカは立ち止まる。 「ポイントは」 「覚えています。ここでは5つ」 「殺すなよ」 「善処します」 止まった二人を囲むように現れた複数の影。それは…自分達と同じ装束。面をつけた木の葉の暗部。 「来て貰おうか」 隊長と思われる忍がそう言ったが、答える声はなく。彼は苛立たしげに目の前の二人を見据えた。 「妙な動きをすれば殺す。申し開きは火影様の前でせよ」 その言葉を聞いて、二人は面の下で笑う。 どうやら、反逆の疑いがあると捕まえに来たらしい。ことの真相を何も知らずに。 (滑稽だな) 夜斗は顔を上げ、彼らを見据える。部下も背を会わせるように動き、取り囲む暗部達が身構えた瞬間。 待たせするわけにはいかない。 二人の体は大きく飛び上がった。 「行くぞ」 「はい」 その一言で部下は印を生み出す。 彼の手元から小さなつむじ風が生まれじょじょに大きくなる。それを阻止しようと投げられたクナイはすべて夜斗の刀で弾かれた。 「たかが暗部など、百年早い」 「な…んだと…っ!!」 部下の言葉に、向かってきた暗部がいきり立つ。まだ若いなと、彼は呟き… 一瞬で大きな竜巻へと変化させた。 風に飛ばされないよう、それぞれが必死で木にしがみつく。相手の姿を捜したがあまりに強い風で視界が開けない。 「く…そぉっ!!」 「大丈夫だってば!?サスケっ!」 「るせぇっ!!お前も捕まっていろ!!」 ごうごうと吹き抜ける風の中で、二人は互いのことを気にかけていた。 そしてその声は、竜巻の中にいる二人にも届く。 (…サ…スケ!?あの声はナルトっ!?) まさかこんな所で会うとは思わなかった。しかも…暗部!? 思わぬ再会に動揺した夜斗だったが、部下が竜巻を消し去ろうとするのを見て慌てた。 「散らせっ!!」 「え…!?夜斗様?」 「写輪眼が居る!」 その一言に、余裕のあった部下の顔に緊張が走る。夜斗は、もう森近くに居るだろう、己の鴉へと呼びかけた。 誰も来るなと。 「写輪眼が居れば、ポイントが暴かれる。下手をすれば森の幻術を暴かれてしまう。離れるぞ!」 「はっ!!」 サスケがどこまで写輪眼を開眼したのかは知らないが、緊急避難場所として幾つも造っている、姿隠しのポイントの幻術程度ではすぐに見破られてしまうだろう。森には幻術や結界術を何重にも張り巡らしてあるが、油断はできない。二人は今日森に帰ることを諦め、来た道を引き返していく。その瞬間、支えを失ったように竜巻がぶあっと崩れていった。 「逃げられたか…追うぞ!!」 「はっ!!」 気配を追って暗部達が走り出す。当然サスケとナルトもそれを追っていった。 その報告を聞いた時、何故その可能性に気付かなかったのかと、サクラは後悔する。 (まさか、サスケ君とナルトが帰っていた理由が…闇鴉達の捕縛なんて) 『夜斗』からの報告を聞き、サクラは小さく唸る。追いかけられている二人は第一部隊でも指折りの忍。捕まらず、無事森に帰ってくると信じてはいるが… 「…一番の問題は私よね」 勿論、他の忍達もそのように待ちかまえられている可能性が高いが、問題は自分だ。幾ら護衛をされているとはいえ、いつも森近くまで修行と称し来ている。こんな警戒が続く中では、それすらも怪しまれるだろうし、何よりも自分でごまかせる可能性が低い。 (だからと言って…このことを火影様に言っても、あずかり知らぬか、こんなことも対処できないのかと馬鹿にされるだけね) 任務を選んでいる割には、そんなちょっかいも自分達で何とかできないのかと。闇鴉達についての権限は守座の方が上だ。そんなことを言えば舐められるのが落ち。 一番簡単なことは… 「来られるのを控えられては?」 サクラの横にいた覚眠が顔色もかえず、さらりと言う。 「…それが懸命だな」 「…っくそ。相変わらずムカツク奴らだな…」 夜明と夕闇がそれを了承し、それしかないだろうと朝飛が溜息をつきつつ言ったが。 「いや」 サクラはきっぱりと首を振る。 「…嫌ってなぁ。そう言ったって、奴らがうろちょろしてるところに出ていく馬鹿も居ないだろ」 「嫌なものは嫌なのっ!!!」 「…我が儘な」 ぼそりと言った夜明をサクラはじろりと睨む。もう意見の言い終えた覚眠は何も言う気配もないし、黙っていれば夕闇が切れかねない。 「…何でだ?」 仕方がなく朝日がそう言えば、だってと膨れた顔でサクラは言った。 「お帰りって言いたいから!!」 「…は?」 「帰ってきた時に一番に言うって決めているの!絶対にこれは譲れないわ!!」 ぐっと拳を握りしめて力説するサクラに、四人は呆れた(そのうちの一人は顔色一つ変えていないが)。だが、サクラに取ってはその言葉が言えなのは非常に問題なのだ。 目を離せば、すぐにどこかに消えていきそうな闇鴉。戻ってくる場所に、声をかける者が一人でもいれば、帰らなくてはいけないと思ってくれる筈だとサクラは思うから。一番に言いたいというのは、子供じみた考えだけど…お帰りというのは自分の役目なのだ。 それは絶対に譲れない。 呆れた雰囲気が漂う中、気まずげに彼らから目を反らし小さく頬を膨らます。 「じゃぁどうするんだよ」 「…取りあえず帰って考える。明日には夜斗さん帰ってくるかな」 時間だと立ち上がったサクラは、手を振った後、彼らに背を向ける。 「じゃ、またね」 そう言い残して。 さくら (2004.8.13) |