「おい、少し寝たらどうだ?」 「平気だってばヒサメ。心配しすぎ」 「…お前…」 一睡もせず闇鴉達を待つサクラに何度もヒサメが忠告したのだが、仕舞いにはうるさいと言われ、華式に追い払われたヒサメ。 (…無理しすぎだろうがっ!!) 任務が終わったばかりだというのに、休む暇もなくここに来て、第一部隊を送り出した後、ずっと待ち続けている。青い白い顔を見ても、疲労が溜まっているのは確かなのに、少女は彼らを待つと言って聞かなかった。 カァ。 「あ…」 華式が、少しづつ明けてきた空に羽ばたく。声に気付いた他の部隊長もやって来た。 こちらに近づいてくる二匹の鴉。 「帰ってきた…」 ほっとしたサクラの顔。だがすぐに引き締まる。 入り口に立つサクラを見て、夕闇の目が冷たい炎を灯す。横に立ち、自分より遙かに小さな少女を見下ろすと、少女はその目を睨み返して来た。 それに苛立たしい感情が浮かぶ。 「ただいま戻りました。ご命令通りに」 「…ありがとう夜斗さん。そして、お帰りなさい皆さん。無事で何よりでした」 深々と頭を下げたサクラに、夕闇は横から侮蔑の言葉を落とす。 「これで満足か?駒が無事で」 頭を下げていたサクラの肩がぴくりと動いた。 「それで?里にはどういう約束をしたんだ?ああ、もう任務を受けているのか。だから駒が足りなくて困ったか?勝手な行動に出られて予定が狂うとまずいだろうな。里から能なしだって馬鹿にされるだろうからな」 「夕闇っ!!!」 「お前は怒るがな、考えてみろ。そう思うのが当然だろ?密かに覚眠を助けて、里との窓口を自分だけにしておいて。俺達に隠して何をする気だったんだ?」 「夕闇!お前…」 止めようとする夜斗と、それを黙っている他の闇鴉達。ヒサメが拳を握ったが、それを夜明が無言で止める。 「俺達をどうやって消そうと我策してるんだ?」 里にとって邪魔な自分達。その始末をどうやってつけるんだ? 「…」 「なんだ?聞こえないぞ」 夕闇が腰を屈め、面のつけた顔をサクラに近づけた。真っ青な顔をしているだろうか、それとも言い当てられ震えているだろうか。 パァン! そう思っていたから、予想外の動きに反応できなかった。無様にも面が飛ぶほど頬を叩かれ、一瞬何が起きたのかわからなかった。 怪我をしなれている夕闇に、頬を叩かれたぐらいは痛みとは思わない。だが、自分より格下の蔑んでいた相手に殴られた。それを認識した途端、頭に血が上る。 「このっ…!!!」 「誰が死んで喜ぶのよ!!」 しかし、その前にサクラの声が遮った。顔を下に向けたまま、両拳を握りしめて、小さな体からは予想もできない声を出す。 「帰って来て欲しいと思うのがそんなのいけないの!?ただ無事で帰ってきて良かったって、また会えたって思うのがいけないの!?」 「…はぁ?」 「お帰りって言えて、ただいまって言ってもらえて、良かったって、本当に良かったって!!」 なんで…なんで…伝わらないんだろう。本当にただそれだけなのに。 「また会えたって。戻ってきてくれたって」 明日死んでも当たり前だって思われる忍が。形見とか、報告とか、そんなものでなく、ちゃんと暖かい手で。答えてくれる声で。自分の前に現れたことを。 「生きていてくれたって……良かったって……思うことって…そんなに…いけっ…ない……のっ……」 泣いちゃいけない。涙なんて卑怯だってわかってるから。 やっぱり女はすぐ泣くとか、子供は泣けばいいと思っているとか言われたくないから。どんなことを言われても、どんなふうに思われても、絶対に泣かないってそう思っていたのに。 何で彼らが死んで喜ぶなんて言うのだろう。そして、自らそれを望んでいることがわかるだけに。 苦しくて、悲しい。 死んだ方が幸せだと思う彼らが悲しい。 「ご…めんなさいっ!ごめんなさい、ごめんなさいっ…」 そんなこと言う資格なんてないのに、彼らを哀れむ資格なんてないのに。 「ごめんなさい…」 森の鴉が鳴き始める。カァカァと大音響のように、森から飛びだって。 「なっ…!?」 落ちる黒い羽根。ばらばらと闇鴉達の上に降り注ぐ。その声が飛び去り、一体何だったのだろうと訝しんだ後、たった一人だけこの場にいないことに気付く。 「…サクラ?」 ごめんなさいと泣いていた少女の姿は跡形もなく消えていた。 間違っていたのだろうか。自分のしていたことは間違いなのだろうか。 先ほどから部屋に響くのは、くぐもった声。自分のベットに顔を押しつけ、必死に声を殺しながら泣いている。それを心配そうに見る華式は、ただ静かに彼女を見つめ続ける。 情けなくて、情けなくて。涙が止まらない。きっと、いつか、多分。そんな未来に自分が賭けていたことを自覚させられた。 がんばればきっと、闇鴉達は心を開いてくれるなんて、子供特有の身勝手な未来を勝手に見て、勝手に思って勝手に傷ついた。 駄目なのだ、これだったら。そんなものに縋っていたら駄目なのだ。 自分のままでいてもきっと彼らは一生自分を認めない。そして…そのまま死んでいってしまう。あの悲しい気持ちのまま。 自分らしくなんて、通じない。自分のままじゃ彼らを理解できない。 「…酷い…顔…っ…」 どうやってこの部屋にたどり着いたのかは知らない。ただ漠然と華式と鴉達が助けてくれたのはわかったけれど。あの場から逃げ出した自分。きっと彼らの心はまた固まった。みっともない姿を見せたサクラに幻滅した。 近づかなきゃいけない。もっと彼らに。 だとしたら、自分がしなきゃいけないことは泣くことじゃなくて。 「…もっともっと…」 この手が、この身が彼らに近づかないと。 彼らと同じにならないと。 「もっと…」 ぼうっと自分の手を見続け、呟くサクラの目は、今まであった快活さが消えていた。虚ろな瞳でただ一つのみを考える彼女に、華式は悲しげに鳴いた。 「何?」 彼は自分の前にたつ少女に顔をしかめた。最近医療部隊へ配属された少女。今日は休みの筈なのにと思っていれば、突然こんなことを言われて驚かない方が可笑しい。 任務に行かせて下さい。 「…春野中忍。君は今まで連日任務についていた。さすがにこれ以上は私の権限を持って危険と判断したため、休暇を与えたのだが?」 医療部隊の権限を持つ彼は、そう言ってサクラを窘めるのだが、彼女は緩く首を振るだけだった。一体何があったのか、まだ彼の記憶にも新しい彼女は、どんなに疲れていても瞳だけは強い輝きを放っていたのに。今彼の前にいる少女の目は濁っていて、生気というものが感じられない。 (…得に酷い任務ではなかった筈だが) 昨日までついていたサクラの任務を思い浮かべたが、報告書には彼女の活躍のことは書かれていても、帰還途中に戦闘に入ったという文字もなかった。たった一日…いや半日で何が彼女を変えてしまったのか、彼には予想もつかない。 「…私はもっと強くなりたいんです」 サクラの言葉に彼は溜息をついた。それは、今まで彼自身も良く聞いていた言葉だったから。 「君も早く上忍に成りたいという口かね?いいかい。上忍になるには、力も必要だが、それなりの経験も必要なんだ。普段から知識を蓄え、いつ、何があってもそれを正確にこなせる状況を作っておく。それの積み重ねが必要なんだ。ただ力があれば上忍になれるわけではないんだよ?」 忍の上に立つ上忍。それは若い忍にとって憧れだ。誰もがそこに尽きたいと、力ばかりを求めるが、上に行くのは容易ではない。彼女もその一人かと、呆れかえったのだが… 「…上忍になんてならなくていいです…一生中忍でも構いません」 返ってきたのは予想外の返事で。 「ただ…力が欲しい。この腕に。誰にも負けないぐらいの腕と経験が私は欲しいんです。もっともっと腕を磨いて…もっともっと強くなって…」 誰にも負けない腕が欲しい。 どこか遠くを見たままそう呟くサクラに彼は探るような視線を向けた後、溜息をつく。 「…二日後。体調を万全に整え、子の刻に門の前に来なさい。その日は特別の任務がある。それに参加させる」 「ありがとうございます」 頭を下げ、去っていく少女。最後まで動かなかったあの表情が焼き付いて離れなかった。 誰もが無言だった。 一言の会話もなく、部隊長と思われる忍が合図をしただけで彼らは走り始める。一体何の任務なのか、どこに行くのか全く知らされぬまま、サクラはその後を追っていく。 誰にも何も告げぬまま。 「守座様が里を出た?」 ナギとヒサメが息を切らして森へ駆け込んでくる。どうやら護衛についていた二人を振りきって、任務に出てしまったらしい。 どうして。 イルカはサクラを見失い、責任を感じている二人よりも、そんな行動を取ったサクラが心配でならない。幼いながらも、守座を受け入れその立場を十分自覚している彼女が、護衛の二人を振り切ってまで一人で任務についた。一言も残さず、何も言わずに。 ぼろぼろと泣いていたサクラ。ごめんなさいと言って消えてしまった彼女の姿が頭に過ぎる。 しかし。 「夕闇」 「…なんだよ」 木の上に昼寝でもしそうな格好でいる夕闇。気怠そうな態度を隠しもしない、だが組んでいる足がいつも以上に速く揺れていることに気付いているのだろうか。 「『夕闇』なら華式の後を追えるだろう。行け」 「…なんで俺がお前の命令を聞くんだよ。『夜斗』でも終えるだろう。その護衛に貸せばいい」 「…うざいんだよ」 突然口調の変わった夜斗に、ナギとヒサメも驚く。ぎっと夕闇を睨み付け、鼻を鳴らす。 「いつも俺の傍をうろうろして。守座様の報告が来るのを待っていたくせに。違うなんて下手な言い訳は聞きたくない。俺はな、守座様を嫌いだって構わないんだよ。だがな」 まるで鬱憤を晴らすようにイルカは言った。 「自分より半分も下の女の子を泣かせて置いて、平気なゲス野郎は大嫌いなんだよ。それとも、お前はそんな趣味でもあるのか?」 「て…めっ…!!黙って聞いていれば…」 「言葉を綺麗に並べようと、やってるのは同じことなんだよ!んなことで優越感にでも浸ってるのか?しまったと思ってるからそんなところにいるんだろうがっ!!!四の五の言わずにさっさと行けっ!!!守座とか忍とかじゃなくて、自分を追いつめて無謀な行動に出てる女の子を連れ戻せって言ってるんだよ!!!」 今夕闇と睨みあっているのは、闇鴉の夜斗ではなく、里にいたイルカ先生そのもの。子供の心を傷つけた、馬鹿な大人を叱りとばすイルカ先生だった。 「子供ってのはな!思った以上に繊細なんだよっ!今までずっと張りつめて張りつめて、何とか自分を保っていたサクラが泣いたんだぞ!!誰よりもがんばりやで、泣き言なんて一つも言わなかった、闇鴉の殺気を受けても怯まず、真っ正面から向き合おうとしていたサクラが泣いたんだ!!それがどういう状況かわかるだろうがっ!!守座としてのサクラが気に入らないのは仕方がない!だかな!俺達を理解できないからと言って、サクラを傷つけて追いつめて、死なせる権利だってないんだよ!!!お前が一人の女の子を死なせる理由だってないんだっ!!わかったらとっとと行けっ!!言って、馬鹿な行動を取ったあいつを連れ戻して怒れよっ!」 はぁはぁと一気に叫んだイルカは、夕闇を睨み付けた。もしかしたら闇鴉達の前で感情を出したのは始めてなのかもしれない。ナギとヒサメがぽかんとイルカを見て固まっていた。だが今更自分を取り繕るつもりもない。 「見えなくなってるんだよ。いや…見えなくならなければいけないと思ってるんだよ!!サクラは…きっと、こう思ってる。俺達と同じにならなくてはいけないんだと」 自分の命を粗雑に扱い、力だけが抜き出ている壊れかけている精神。誰も信用できず、されず、互いに踏み込まない領域を作る闇鴉のように。 「こんな俺達にならなきゃいけないって…思ってるんだよ」 ここで止めないと…きっともう見れない。 あの笑顔。 ザァザァと突然吹き始めた風。遠くから聞こえる鴉の声。ただ冷たいだけの場所に来た、春風は…今消え去ろうとしている。 「夜斗…様」 「夕闇に任せておけばいい。あいつもわかっているんだから。そしてお前達も」 誰も居ない枝を見上げてイルカは微笑む。 「帰ってきたサクラを叱ればいい」 きぃんと張りつめた空気。 何も始めてではない、こんな空気は何度も嗅いできたつもりだった。だが、その空気にも種類があるのだと、改めて知らされる。 (…上忍を相手にすることがこんなに恐ろしいなんて) 任務の殆どが後方支援。幾ら場数を踏んでいるとはいえ、こんなに息が詰まる任務は初めてだ。自分の口から漏れ出る息が、潜んでいる葉を揺らす。それすらも気取られるのではないかと思えるほど、この場にいるのが恐ろしい。だが、これを乗り越えなければ自分は彼らの中には入れない。 任務のサポートとして数人の忍とともに来たが、仲間はどこにいるのかわからない。もしかしたら、全員が殺されているのかもしれない。それとも… ざわりと背筋を撫でるような風が吹く。反射的にその場から引いたのは、まさに奇跡としか言いようがなかった。しかし自分を誉めている時間などない、すぐさまその場から飛び退きクナイを飛ばす。 ギィィィン 弾かれたクナイの音。押しつけるような殺気がサクラの上に降り注ぐ。 ぴぃんと目の端に写った細い光。 (しまっ…) ドォォォォォン!!! (くうっ…!!!) 爆発系の罠だと見抜いたサクラは、その衝撃にのり、この場から大きく離れたが、体は悲鳴を上げ続けている。 「かはっ…」 背が焼け、ひりひりと痛む。体が悲鳴を上げていたが、何時までもこんなところに居るわけにはいかない。 任務に来た筈なのに、何の役にも立たない。自分の身を守ることで精一杯だ。悔し涙を流す変わりに唇を噛みしめて、準備した忍具を取り出す。 (っ…腕っ…) 爆発した中に何かが仕掛けられていたのだろうか、ざっくりと切り裂かれている。しかし血止めなどしている暇はない。無事な左腕と口を使って、トラップを仕掛けるための細い糸を伸ばした。 (まだ死ねないんだから) トラップを仕掛けながら、サクラは思う。ぎりぎりでいい。何としても生き延びて生き延びて、絶対にこの経験を役立てて、強くなって。 彼らと同じように強くなって。 闇鴉の一員になるんだ。 次々と発動するトラップ。しかしそれが致命傷になった様子はなく、殺気だけが届くだけ。ずきりと痛む右腕。死神が目の前に迫り、それを除けきれなかった肩が悲鳴を上げた。 唯一持っていたクナイも弾かれて、身を守るものが何もなくなったけど。 (…やっぱり無理だったのかしら) のんびりとそんなことを考えて、役に立つことができなかったと、あの人達のことを考える。それでも恥ずかしい死に方だけはしないと…懐に隠していた起爆札を思い返して。 笑おうとした瞬間に、死神が消えた。 「…死ぬなと俺に言ったと思ったのは気のせいだったのか?」 目の前に立つ背を呆然と見上げて、サクラはぺたりと座り込んだ。 何故彼がここにいるのだろう、何故彼が来るのだろう。そんなのはあり得ない、あり得る筈がないのに。 「それともそんなに死にたいなら、俺が殺してやろうか」 夕闇の足下には、自爆を覚悟してまで倒そうとしていた敵がいた。もう等に命の灯火は消え、ただのものになっている体。 彼を倒すことが精一杯で、それも一度だけしか使えない方法で。なのに彼はそれを糸も容易く行えて。 自分と彼らの間にある圧倒的な差。縮めようとしても…一生埋まらないような。 (ああ…そっか…) きっと見透かされていた。自分が彼らに届くわけはないんだと。自分が無茶な任務について、背伸びしようとしていたことに気付いていて。お前では無理なんだと。 そう告げるために彼は来た。 (…何かもう…どうでもよくなってきちゃった) 闇鴉達のことも、自分の忍の才能も。何も上手くいかなくて、どんなにがんばってもそれが実る日がないのなら。 疲れた。 振り返った夕闇に疲れ切った目をむける。ここで死んだなら、任務中に死んだと誰もが思う。誰も彼のせいだと思わない。 無意識に微笑むと、彼はサクラの思いを察したのだろう。無言のまま近づいて来て、膝をつく。 ゆっくりと伸びてくる手。そこに握られているクナイ。 (これで…) もう悩み続けた毎日から解放されるのだ。これは逃げなのかもしれない…でも…もう疲れて疲れすぎて。 何かを考えるのはもう嫌… 目を瞑り、冷たい鉄の感触が来るのを待つ。…しかしいつまで経ってもその時はこなくて。変わりに感じたのは。おそるおそる伸ばされた指先が、己の頬に触れた感触。 (え…?) 思っても見なかったことに驚いて目を開くと、間近に仮面の外された夕闇の顔があった。じぃっとまるで体の奥底までのぞき込むような鋭い視線。二本だった指先が三本に変わり…手の平に変わり…サクラの頬を包み込むようになる。 「…夕闇…さん?」 「…暖かいな」 そう呟いて、次にサクラの左手を取り、己の頬へと導いた。 「俺も同じように暖かいのか?」 その問いは。 今自分は生きているのだろうかと問われたのにも似て。 生きている。 自分は生きている。 手から伝わってくる夕闇の暖かさ。血の巡っている温もり、ここに存在しているのだと…自分も彼も… 「お前はお前であればいい。俺達と同じになる必要はない。なってはいけないんだ」 「…で…も…」 「同じになれば、後は落ちていくだけだ。際限なく、闇に引きずり込まれるだけだ。お前にそれは似合わない」 手を引かれ、立ち上がる。何故…彼はこんなことを言うのだろう。 だって私は… 「死ぬことを望んでいるのは今も同じだ。いつかこの身が動かなくなるほど戦い抜いて戦場で死ぬのが唯一の望み。しかし…お前はそんな死に方を認めないのだろう」 「…」 「生きていて良かったなど甘いこと。何時、何が起こるかわからないのが忍の世界だ。お前の言葉は、まだその恐ろしさを知らない甘い戯れ言」 追い打ちを駆けるよう突き刺さる夕闇の言葉に、サクラは言葉を出すことができなかった。ただぼんやりとした頭が、自分のすべてを否定する夕闇の声だけを聞いている。 「だが…そんな馬鹿なことを泣いて叫ぶ忍など俺は知らん」 突然柔らかくなった夕闇の声。ゆっくりと顔を上げれば、彼の視線がサクラを見下ろしていた。 「だから約束してやろう、俺はお前の前で死ぬと」 「夕闇…さん?」 「腕がなくなっても、足が吹き飛ばされても、体が半分になろうとお前のもとに帰ってきてやる。現実をみせてやるのさ。人間は簡単に死ぬんだとな。だからお前も約束しろ。必ず俺の死を見届けると」 「え…?」 「それが死を望んだお前への最高の嫌みだろ」 最後に鼻で笑って面をつける夕闇。 (…それって…?) 「ずっと同じ毎日で飽き飽きしていたところだ。くだらん余興に乗るのも面白い…行くぞ」 「きゃぁっ!?」 突然サクラを脇に抱え、飛びだつ夕闇。開いた片手が流れるように動いたかと思うと、その場に近づいていた敵の喉にクナイを投げつけた。 「さぁて…こそこそとする任務など今回で十分だからな」 俺は派手な戦いが好きなんだ。 サクラを抱えながらも、動きは鈍ることはなく、敵を難なく屠っていく姿を見せられてサクラは言葉もない。 (…すごい…) 「説教が待っているんだからな。とっとと戻るぞ」 「せ…説教?」 「ああ。お前の護衛。巻かれたとお冠だ。まぁ俺から言えば逃げられる方も情けないが…」 再び枝を蹴って空高く飛び上がった夕闇。 「お前の帰りを首を長くして待っているだろうさ。『守座』」 ようやく…認められたのだと。サクラはあの時のことを何時までも忘れない。 あの後、ぼろぼろと泣いて夕闇が慌てたとか、しがみついてしまったサクラに右往左往して体を強張らせたままだったとか。 死鴉の森に帰ると、ナギとヒサメからはたっぷりと説教を喰らったけど、それ以上に自分を迎えてくれた人達の姿を見て、また泣いてしまった。 情けないけど、どうしようもないけど、本当に嬉しかったから。 ありがとうと数え切れないほど言って。 また泣いた。 私はあの時を一生忘れない。 さくら (2004.7.15) |