さくら

第27話:火影の約定



「もう限界です!何故我らがここまで我慢しなくてはならないのですか!夜斗様!!」
「理由は述べている筈だ。ここから動くことは許さん」

一週間ほど前から始まっている押し問答。覚眠の部下が連絡の取れない彼を案じて、探しに行きたいと言ったことが発端。しかしそれを夜斗は許すことができなかった。彼が軟禁されていると、わかっているからこそ、彼らを里へと放つわけにはいかなかった。
入り口の前には夜斗と彼の部下がその道を塞ぐように立っている。闇鴉の第一部隊。実質闇鴉の中でも最強の部隊に、技術より頭脳が秀でる第五部隊は敵うわけはなかった。だからこそ起こる押し問答。しかしそれも限界にきているのを、夜斗は感じていた。

「じゃあ何時までか決めてよ。夜斗」

今まで口を挟むことがなかった夕闇が傍にある木に腰掛けながら夜斗に問う。第一と第五部隊の話だからと首を突っ込むことをしていなかった他の部隊の者も、あまりに長すぎる連絡の途絶えに、介入し始めたのだ。いつの間にか辺りには闇鴉全員が揃っていた。そして、夜斗の答えを待っている。
夜斗が異を唱えているから、部下は従っているが内心は彼らと同じ気持ちだろう。しかし、こんな状態の彼らを里に出し、軟禁されていると知ったなら、それが先日断った任務のせいだと知ったなら、彼らの憤怒は里と…サクラへと向ってしまう。何しろ覚眠はサクラの代わりに一時的にせよ、里の手足となったのだから。

「お前の気持ちもわかるけど、俺達は十分に待った筈だ。何もせず、大人しく。だが火に油を注ぐようなマネをしたのは里の方だ。多少の痛い目を見ても仕方のないことだろう」
「そうして、俺達の存在を知らしめるのか。そうなればどうなるかわかっているだろう。夕闇」
「……もともと、里への忠誠はすでにない。今更どうなろうと知ったことか。それよりも…里相手に暴れる機会なんて滅多にない。最後の一暴れも悪くないんじゃないか?」
「夕闇!」

死など怖くない。逆に望んでいるような台詞に夜斗は咎めるが、彼は鼻をならしただけだった。いつもどこかで死を望んでいる闇鴉。それは夜斗も同じだが…今死ぬわけにはいかなかった。

「…誰か来る」

それまで一言も発しなかった夜明が顔をあげた。それに釣られるよう、全員が入り口へと顔を向けた先には。

「…何かあったのか?」
「覚眠様!!!」

肩に対の鴉を乗せた覚眠が、不思議そうに集まった面々を眺めていた。わっと自分の周りに集まってきた部下に首を傾げ、夜斗達へと首を回す。

「お前…無事だったんだな」

朝飛が絶好のタイミングに関心しながら言えば、覚眠の目が怪訝そうに細まる。

「何を…?」

はっと何かに気づいたように覚眠は、考え込み、一度ぐるりと辺りを見回した。

(…そういうことか)
「どうした?」
「いや…何でもない。心配かけた」

夕闇にぼそりと呟き、覚眠は部下達にも同じことを言う。それが一しきり終わり、集まっていた闇鴉達が解散した中、覚眠が夜斗へと近づいていった。

「本当に無事で良かったよ覚眠。皆心配していた」
「…夜斗。話がある」

小声で内密の気配を漂わせた覚眠に頷き返し、夜斗は彼の後についていく。それに気づいた他の部隊長もさりげなく彼らの後をついていった。そして言う。

「俺を…助けたのは『守座』なんだな」



突然の召集に、ホムラとコハルはもとより、他のご意見番も中央に座る美しい火影が口を開くのを待っていた。
綱手は彼らを見回すと、一語一語を聞かせるようにゆっくりと話し出した。

「…先日、『守座』と名乗るものより手紙を受け取った。内容はこうだ。里には優秀な人材が多く、我が部下は大した役にも立てぬようであるから、即刻帰して頂くと」
「なんと!『守座』から!?」
「それでその者は一体誰だ!?」

気色ばむご意見番をよそに、綱手は表情一つ変えない。逆にじろりと彼らを睨み付ける。

「そんな者の為に、里に気を使わせるわけにはいかぬと…調べてみればあのカクギという中忍。二週間ほど前から、移動になったようだな。…私が知らぬ間に」

他で忙しい綱手を差し置いて、勝手な行動にでたご意見番に綱手は怒っているらしい。端から見てもわかるチャクラの高まりに、誰かの喉がごくりと鳴った。大方、先日の件を断った報復として軟禁状態にでもしていたのだろうが、それが彼らの怒りに火を注ぐことに何故気づかぬのか。まだ彼らを自分達の駒だと認識している他のご意見番たちに、ホムラとコハルは小さなため息をつく。
あれは今は大人しく森に潜んではいるが、使い方を間違えれば、狼にも獅子にも変化するもの。不用意な行動は慎むべきだ。

「…して。五代目よ。その『守座』は他に何か言ってきたのか?」

ホムラの問いかけに、綱手は殺気をおさめ椅子の背に体を預けた。だが、宙を見ていた綱手はホムラの問いには答えず、逆に彼らに問い返した。

「…闇鴉が何時頃できたのか知っているかい?」
「…いや知らぬな。我らが聞いたのは…三代目からだったが…それも四代目が死した後の話だ」

ホムラの言葉に全員のご意見番が頷き返す。綱手はそれを聞いた後、先ほど自分も知ったばかりの事実を彼らに述べた。

「もともと闇鴉という存在は、二代目の頃にはいたらしい。ただし、そんな呼び名もつけられず、『守座』という存在も居らず、居ずらさを感じた忍達が集団で暮らしていたのが始まりのようだが…しかしある日とある人物がそれでは駄目だと言い出した。彼らに闇鴉という名をつけ、『守座』という存在を確立したもの…それが四代目だった」
「なんと…それは…」
「あの男のことだ。木の葉にそんな忍達がいることに胸を痛めたのだろう。何としても彼らを救いたいと…恐らく三代目もそれに関わっていただろうけどね。ともかく奴らを救うために四代目は『守座』という存在を作った。里を憎み、里から顔を背ける彼らの繋ぎとしての唯一の存在を。ただね…これは三代目も知らなかったと思うけど、その『守座』に四代目はある権限を与えた」
「権限…?なんじゃ?」

コハルの不思議そうな問いに、綱手は深いため息をつく。全くやっかいなことをしてくれたと、それを見た時に、どれほど彼を罵りたかったか…

「四代目は、里を裏切る以外で、闇鴉達を守るためならば、あらゆる要望を受けると。それがこれだ!」

ばっと綱手が一枚の紙を放る。ひらりとホムラの手元に落ちてきた手紙を読んで、ご意見番達は言葉を失った。


我、守座として、その責務に励む上での要請をするものなり。

一つ、すべての任務要請は我、守座にすべて通すものなり。検討した結果、部下達に相応しくないと思えるものはすべてお断りする。
一つ、任務を受けた場合、その時点でその任務に対するすべての指揮を我らに移すものとする。その結果、双方に犠牲が出ても、我らが非を受けることはない。
一つ、任務の終了後、我らはすぐさま指揮権を戻し闇の中に舞い戻る。我らのことは一切他言無用。

これが、火影との約定の元に要請するものである。
尚、この三つのことが守られたのち、我、守座が約定のもとに火影への正式な拝謁を願う。

以上。


「馬鹿なっ…こんなことがっ…!!」
「四代目が火影の名のもとに、守座へと誓った約定だ。それを破るわけにはいかない」

誰かが悔しげに声を上げ、何かに怒りをぶつけていた。
頭の良い人物だ。綱手はこれを書いた守座を思い浮かべながら薄笑いを浮かべる。綱手は愚か、ご意見番達も知らない約定を持ち出してきた。お陰でこちらは部屋中をひっくり返し、それを探す羽目となったのだが。それにしても。

(ふざけやがって…)

すべてのカードが相手に握られているようで、綱手は悔しい。なんとしてでも正体を暴いてみせると、逆に燃えてきた綱手だった。

さくら (2004.6.14)