さくら

第22話:自分の望み



先方を走る影を追いながら、カカシとアスマは顔を見合わせる。
彼らを見つけた時、すぐに他国の忍だとわかったのだが、何故か彼らは里へと向かわない。一体どこへ行くつもりなのか、ひとまず様子をみることにした彼らは、静かに彼らを追っていった。
やがて着いたのは、下忍達もよく使う演習所となっている森。
こんなところに一体何の用だ。
忍達が頷き合いながら、変哲もない場所で立ち止まる。

そして術を唱え始めた。

「「!?」」

突然忍達の前の景色がぶれ出す。幻術だとアスマが目を剥く中、その景色は少し変わり始めた。幻術の向こうに見える色合いの違った木。自分達の里にこんなものがあったのかと、カカシ達が動向を見守っていた瞬間。

「ぎゃぁっ!!!」

一人の忍が倒れたのを始めとし、その場にいた全員が一瞬の間に動かぬ屍となる。

タンと、その場に現れが暗部姿の忍。肩には鴉を乗せ、解けつつある幻術へと手を伸ばしたが。

「カァ」

それを鴉が止めるように鳴き、男は頷き返すとそのまま姿を消し去った。

「…何だ今のは」

カカシは男の気配が消えたことを確認し、地面へ降り立つ。先ほど破ろうとしていた幻術はすでに解け、森への道を開いていた。

その時奥から赤い光が立ち上り、カカシとアスマは急いでその場へ向かう。だが、たどり着いた彼らが見たのは、焼け野原になった一部の森それだけだった。

「おいおい…」

ただ更地と変わり果てたその場を見て、アスマが呟く。こんな規模の術を使えば、必ず木の倒れる音や地面の抉られる音がするだろうに、見えたのは赤い光だけ。もし二人があの忍を追いかけてこなければ、ここに気付くことはなかっただろう。

「…鴉…」

不意にカカシが呟く。振り返ったアスマだったが、カカシは地面を見たまま動かない。

手がかりを見つけた。



「ふわぁっ…」

朝目を覚ましたサクラは大きくのびをして、身支度を整える。パンとコーヒーの簡単な朝食。だが、いつもは寂しい食事も華式がそばにいるだけで何となく嬉しい。

「それじゃ、行ってくるね」

華式が一声ないて紐へと戻っていった。それを手首に巻いて、サクラが玄関を出ようとした時。

(ん…?)

扉の向こうから見知った気配。これは…

「サクラちゃんっ!!!」
「えっ!?ナルトっ!!」

扉を蹴破るように飛び込んできた金色の少年は、サクラに抱きついてきた。昔ならともかく、サクラよりも背が高くなり、おまけに勢いもつけ飛びかかられては、受け止めるなど無理な話。うぎゃあっと悲鳴を上げ、後ろに倒れた。

「ちょっと!何よっ!!!」

頭をぶつけなかったのが奇跡だ。サクラは自分に抱きついているナルトへと、非難の声を上げたが…

「…ナルト?」

サクラを抱きしめているナルトは震えていて。一体何が…と問い返そうとしたサクラは、もう一つ現れた影に息を飲む。

「…サスケ君?」

怒りもせず、静かにサクラに抱きついているナルトを見るサスケ。ああそうか。
サクラはナルトが震えている理由がわかって、浴びせようとしていた言葉を止める。

「…お帰りなさい。ナルト」

背を優しく叩いてそういえば、ようやくナルトは僅かに顔を上げて。

「ただいまってばよ」

泣きそうな青い目でそう言った。


「…任務でかなりの殉職者が出たらしい」

任務が終わっても一睡もしていないというナルトを無理矢理寝かしつけて、キッチンにある椅子に座っているサスケへとコーヒーを出したサクラはそうと呟いた。

「ったく…お前にも会いに行くんだと言って聞かなくてな…」
「私は平気よ。でもサスケ君こそ…帰ったばかりじゃないの?」
「ああ…」

それでも、ナルトのことを放っておけなくて追ってきたのだろう。一刻も早くサクラに会いたくて。生きていることを確認したがるナルトを追って。

「…呼ばれている。任せていいか?」
「うん。いいわ、ナルトのことは心配しないで」

立ち上がったサスケは、眠っているナルトを一瞥する。

「…心配ばかりかけやがって」

このウスラトンカチがと、ナルトが起きていれば喧嘩になるような台詞。だが、眠っているナルトを見る目は優しい。
いつまで。
自分達はいつまで、ナルトの安定剤になれるのだろう。イルカが死んだことにより、近くの人の死を極端に恐れるようになったナルト。だが、サクラとサスケも忍という身。
いつ任務で死んでも可笑しくない。
自分達がいなくなったらどうなるのだろう、いつも笑顔で無茶ばかりする元スリーマンセルは。

「良かった…」

柔らかい黄金色の髪に触れて、サクラは微笑む。

「貴方が無事で良かった、ナルト」

サクラはもう一度、お帰りなさいと呟く。それを見ている視線に気付かずに。



西の方に不穏な動きがあると聞き、嫌な予感がしたのは気のせいではない。
朝、サスケが去り、一時間もしないうちにナルトは目を覚まし、彼は照れくさそうにしながら去っていった。あの後サクラも職場へ出勤したのだが、聞こえてきたのはこの前イノと話した西の任務。
あれから姿を見せないイノは、あの任務についたのだろうか。長年、サスケのことでライバル関係を結んでいるとはいえ、やはり心配なのは隠せない。

(…そういえば、イノもよく任務前に私のところに来るわよね)

まさかと思うけど…とサクラが呟きながら、職場を出た時。

「サクラ」
「サスケ君!」

玄関で待っていた思わぬ人物。わずかに顎を動かし、待っていたと告げる彼にサクラは自然頬が赤くなる。

「ど…どうしたの?サスケ君」
「待っていた」

この一言に、サクラの頬が緩む。これは…まるで…

(恋人の帰りを待っていた見たいじゃないーー!!)

久しぶりりに内なるサクラが叫ぶ。通りかかった女性達の視線がこちらに集まるのをサクラは感じ取っていた。
うちは中忍…
そう呟く彼女らの声には、憧れとサクラに対する嫉妬。思わず、ふふんと鼻を鳴らしたくなるほどの優越感。そう、言わずともわかるだろうが、サスケは女性にとても人気がある。それは彼が成長していくのに比例して、だんだんと大きくなりうかうかしていれば、手練れのくの一達に取られてしまうのではないかと心配になるぐらい。

(そんなことさせないわよーーー!!!)

ある意味イノよりもやっかいな相手。一人闘志を燃やすサクラに、サスケは眉を寄せていた。

「…何やってるんだってばよ?サクラちゃん」
「え!?ナルト!?アンタもいたの!?」
「…ひどいってばよーサクラちゃん…」

サスケの後ろから顔を出したナルトにようやく気付いたサクラは、サスケの呆れに気付かずにそう言い放つ。がっくりと肩を落としたナルトに、誤魔化すようサクラは笑った。

(ちっ…二人っきりじゃなかったのか)

そう心で呟きながら。



「ところで、二人はカカシ先生と会った?」

話があると言ってきた二人。自然とサクラの家へ向かって歩いていた三人だが、サクラの問いに男の子二人は固まった。

「え?あれ?会ってないの?」
「知らないってばよ!?帰って来てるの!?カカシせんせー!!」
「…あの変態上忍め…」
「元気だった!?カカシ先生っ!!」
「うん、元気だったけど…」

てっきり二人のことを聞いてきたから会ったのだと思っていたのだけど。
サクラは内心で首を傾げながら、カカシの話を強請るナルトへ自分の見た感想を述べた。

「変わってなかったわ。あいかわらずよ」

そういえば、嬉しそうに笑うナルトと口を僅かに動かすサスケ。

(まぁ、私もあれから会ってないけど)

あんなことを言ってしまった自分に会いたくないのはわかるが…

「ところで、話って何?」

いつまで経っても雑談ばかりの二人にサクラが話を振る。するとどうしたことか、二人は立ち止まり顔を見合わせた。

「…何?」

その様子からただならぬものを感じて。サクラも立ち止まる。
視線を交差していた二人。しかしついにサスケが口を開いた。

「…俺達…暗部に移動することになった」



…やはり自分は甘えた世界で生きているのだろうか?


サスケとナルトが暗部へ行く。
そのことにただ絶句するしかなかったサクラ。暗部はエリート、つまり実力を認められたからこその移動。だが、その分危険度は増し、任務も危ないものばかりになっていく。だが、去り際にサスケが言った一言。
これは、火影の配慮だと。

いつも任務の後不安定になるナルト。
サスケとサクラの無事を確かめに会いに来ることを火影は知っていたのだ。任務中、誰かが殉職すればすぐ自分達のことを考えてしまうナルト。その不安を少しでも払拭するため、サスケと組ませることにしたのだろう。…だが、それが通常の任務であれば叶わないことで。より命の危険性があり、息の合う相手ならば組むことが許される暗部でなくてはいけなくて。
二人はそれを選んだ。


(そうよね…私は…ここにいるから。ずっと)

里に在中している自分より、ナルトが心配してるのは自分と同じく任務に出るサスケのことだろう。
きっといつかは行くだろうと思っていた。二人にはそれだけの力もあったから…けれど。

置いて行かれた。そう思うのは間違いでもないのだ。

いつの間にか二人の間には距離が出来ていて、それを縮めようと努力したけれどやはりそれは無理だった。適材適所。そう自分に言い聞かせて、医療班に身を置いたけれど、しかし本当は。
本当に自分がしたかったのは。

彼らと並んで任務をしたかった。

…本当に自分は一体何なのだろう。
サスケとナルトの無事を里で待っている自分。『守座』になりながら、あの人達に何もできない自分。
いつも、いつも安全なところにいて、仕方がないと諦めて、その癖諦め切れなくて。
こんな…自分に『闇鴉』達が従うはずもない。ただ、何もせず遠くから見ているだけの自分に…心を開いてくれる人達などいないだろう。

サクラはもう目の前にある自分の家を見ながら立ち止まる。そして何かを決めたように顔を上げると、職場へ引き返していった。

(主任は…まだいるわよね?)

朝職場で聞いた、西の話。サクラは駆けながら、一つの決心を抱く。

「主任!」

上がる息を押さえながら、サクラが仕事場に顔を出すとそこには驚いたように顔を上げる主任だけが残っていた。

「あれ…?どうしたんだい?春野さん…」
「主任。お願いがあって来ました!」
「願い?研究費の予算をくれと言う話なら…」
「違います!」

主任の机の前に来て、サクラはゆっくりと首を振る。

「…朝、もしかしたら西の任務にここからも応援が出るかもしれないという話がありましたよね?」
「え?まぁ…そうですけど、それが?」
「それに、私を行かせてください」
「…春野さん?」

突然の申し出に、主任は目を開く。しかしサクラは彼を見つめ返すと、決意の持った瞳で頷いた。

「…私を任務に行かせてください」

薬の研究が駄目だとは思わない。だが、自分が本当にしたかったのは…仲間を助けられる力。
戦場に立てる力だ。
サクラはようやくそれを認め、その気持ちに素直になることを決めた。毎日薬の研究の合間に医療の訓練もしていた。それを役立てたい。

「…わかりました。一ついいですか?貴方の何故任務に行きたいのですか?」
「私は…自分の力を戦場で役立てたいのです。そして一人でも仲間を救いたい。新しい薬を作り、任務に赴く忍達の役に立ちたいと思っていました…でも、ようやく気付きました。私が本当にしたかったのは…戦場で仲間を助けることだと」

二人と並んで行けることだと。
じっとサクラを見ていた主任は何かを感じたのか頷いた。そして机の中から紙をとりだし、何かを書いていく。

「それでは、貴方を開発部から医療部隊への推薦して置きます。あそこはいつも人手不足ですから、すぐ受け取ってくれるでしょう…これでいいですか?」
「はい、ありがとうございます…すみません主任」
「いいんですよ。貴方の開発していた薬もできましたし…ただ優秀な人材を失ったのは痛いですが」

苦笑する主任はサクラへと最後に行った。

「仲間を助け…必ず生きて戻ってくるように」


そして次の日、サクラへ任務が降りた。行き先は…噂になっていた西の地。兄弟争いから内乱を引き起こした戦場だった。

さくら (2004.3.25)