「元気ないわね〜アンタ」 突然職場に顔を出したイノに、顔を合わせるなりそう言われサクラはむっと眉を寄せる。 「イノと違って頭を使うと疲れるのよ」 「なんですって〜サクラ?」 「あ、あのっ!二人ともっ!見えたよ!」 険悪になった二人を慌てて止めるヒナタは、目的である喫茶店を指さし彼女たちの意識を反らす。 「あれが噂の喫茶店ね。チーズケーキの美味しい」 「この時間ならまだそう混んでないわ。ちょっと時間を間違うと30分待ちはざらだから」 何事も無かったように話すサクラとイノにヒナタはほっとして、二人の後を追っていく。 「ところでイノ。もう次の任務?」 「何でサクラが知ってるのよ〜あんな閉鎖的職場で」 「失礼なこと言うんじゃないわよ!イノ!」 「あのキバ君がそう言っていて…」 ケーキをつつきながら、イノはそうなのよね〜と溜息一つ。昨日帰ってきたばかりなのに?と問い返すサクラに、イノは疲れたように頷く。 「なんでも西の方で大がかりなものが始まったみたいなのよね」 詳しいことは言えぬと、肩を竦めたイノにサクラとヒナタは不安を隠せない。 大がかりなものならば、きっと自分達の同期も駆り出されるだろう。サスケも…ナルトも。いつもいつも彼らを案じ、里で待っている自分。それを選んだのは自分だけど、それがやりきれない時があるのだ。 「せいぜい五体満足で戻ってくるのね〜」 「私を誰だと思ってるのよサクラ!あたりまえでしょう!」 どうだかと憎まれ口を叩くサクラに、怒鳴るイノ。これが互いを想い合っての会話だと承知しているヒナタは苦笑しながら見守っていた。 「今回そなた達の手も借りるぞ」 その決定事項のような一言に、男は沈黙したままだった。 男の前には木の葉の五代目火影である綱手と、ホムラとコハルを含めた5人のご意見番。彼らは僅かな高見から男を見下ろしていた。 「……要請ですか」 ようやく述べた言葉に、ホムラとコハル以外の人達は気色ばむ。火影の命令を聞かぬとは何事か。そんな視線を投げかけられても男は怯まない。 「検討します。お返事は以後」 「…いつだ」 「…3日」 「明日までだ」 綱手の返答に男は口を閉じた。何かを考えるように首を傾げていたが、少したってからおもむろに頷く。 「…では」 男が消えた途端、ご意見番達が騒ぎ出した。 「何様のつもりだ!あやつはっ!!」 「こちらの要請を断るなどっ!!!」 彼らの口から次から次へと出る怒りの言葉。だが、彼らの存在がどのようなものか知っているというのに、そんな不平を述べる他のご意見番をホムラは冷ややかに見る。 「…あれが闇鴉の一員…」 綱手が呟いた言葉にコハルは小さく頷く。 カクギ。 かつて戦略にかけては天才とも言われた彼が姿を消して久しかった。あれだけの功績を立てていながら何故彼が闇鴉にいるのか、綱手にはわからない。 「あやつが闇鴉の中でどのような位置にいるかは知らぬ。…あやつを…敵に回すようなことはするな」 「…どういう意味だい?」 ホムラの忠告に綱手は眉をぴくりと上げた。だが、ホムラはそれ以上何も言わず席を立つ。 (危険なことはわかっているさ…だがいつまでも放って置くことはできないだろう) 火影としてのプライド。綱手はぐっと唇を噛みしめた。 白い鴉が不思議そうにサクラの手元をのぞき込む。先ほどから忙しげにぱたぱたと動いていたサクラに構ってもらえなくて、華式は少し不満だった。けれど、サクラの顔が楽しそうなのでいまで大人しくしていたが。 「ほら、どう?華式。美味しそうじゃない?」 焼きたてのクッキーを見て笑うサクラ。これでもサスケに喜んで貰いたくて日々料理の腕を磨いていたから、レパートリーは豊富。最近は忙しくてお菓子づくりなど滅多にできず久しぶりにチャレンジしてみたが、成功してくれたらしい。 「ほら、今日も行くじゃない?でもあそこって飲み物はあっても食べ物がないのよね〜まぁ、本を読む時は手を汚しちゃうから読みながらってのは無理だけど。休憩にはいいでしょ?」 「カァ」 「何?華式も食べたいの?ちょっと待って」 鉄板からクッキーを外し、冷ますために籠の中に放り込む。次に焼く生地を鉄板に並べてオーブンに入れたサクラは、焼いたばかりのクッキーを小さく割った。 「はい、どうぞ」 「カァ」 頂きますというように鳴いた華式は、器用に嘴を使いそれを食べた。一瞬式神が物を食べれるのか疑問がわいたが、敢えてそれは置いておく。 「おいしー?」 「カァ」 「良かったぁ」 サクラは微笑んだ。 用事がない時以外は3日に一度は隠れ家へと足を運んでいるサクラ。彼女はいつもの森へと足を向け、ゆっくりと歩いていた。 (今日居るのは誰なのかなぁ?朝飛さんかな?) 前回の帰り際に、覚眠は当分顔を出せないと告げられた。何故と問い返す暇もなく消えた彼に理由を聞くことはできず、サクラは自分がのけ者になっているのを更に感じ取る。 (…それに、イルカ先生も全然顔を見せないし…避けられてるのかなぁ) きっとイルカを見たら質問責めにしてしまう。それが嫌で、現れないのだろうか… 自分を…『守座』にした彼が。 (これじゃあ、いつになったら…) ふうっとサクラは息を吐き、憂鬱になる想いを切り替えた。 (今は…自分にできることだけをしなきゃ。私にできるのはそれだけ) 彼らのことを知ろうとすることだけだから。 ざぁっ 約束の場所につくと、風が鳴る。 サクラを護衛している二人は、辺りに誰も居ないか確認しているのだろう。彼らが良いというまで、隠れ家の扉は開かれない。 やがてサクラの目の前に歪みが現れる。この辺り一帯にかけられた幻術。暗部どころか火影にさえ知られないよう仕掛けられたその力に、サクラはいつも関心していた。 「あ…そうだ」 サクラは中へ入る前にくるりと振り返る。きっと自分が何故中に入らないか眉をしかめている二人。 「ナギさん…ヒサメさんいる?」 サクラに声をかけられて、二人は仕方がなく目の前に現れた。 「…いかがしましたか」 「あ…うん。二人って甘い物嫌い?」 「…はぁ?」 突然そんなことを聞かれて彼らは戸惑う。 サクラはナギへと近づき一つの袋を差し出した。 「あの…?」 「今日焼いたの。焦げてないから大丈夫。貰ってくれる?」 「…申し訳ありませんが、任務中なので…」 「じゃあ、終わったら食べてください。お願い!」 サクラは一向に受け取ろうとしない彼へとクッキーの袋を押しつけた。 明らかに迷惑そうな態度。だが、サクラは彼の手へとそれを乗せ、走り出す。 「毒は入ってませんから!」 手を振りサクラは結界の中へと消えた。彼女の姿を見送ったナギは、手にある包みをどうしようと困惑する。 「捨てろよ」 「…ヒサメ」 「俺達のご機嫌取りなんて無駄なのにな」 「…だが」 煮え切らない様子のナギに、ヒサメは苛立ったように叫ぶ。 「俺達に同情なんて必要ないんだよ!あんなガキに何がわかる!俺達の歩いてきた道の絶望を、苦しみを…!こんなもので蹂躙しようってのか!?」 ヒサメが手を振りナギの手から包みが落ちた。それをぐしゃりと踏みつけたヒサメは、殺気だった気配を消そうともしない。 「守座なんて…いらないんだよ」 潰された包みから立ち上るほのかな香り。ナギはこれを自分へと差し出したサクラの顔を思いだしていた。 「え…?要請ですか?」 隠れ家へとついたサクラを待っていたのは、イルカと朝飛だった。サクラが何かを言う前に、イルカは火影から来た出動要請を伝えサクラにその判断を仰いだのだ。 だが、急にそんなことを言われても、サクラは困惑するしかない。こちらに要請が来たということは、その任務はかなり困難なものなのだろう。だが… (私が…決めるの?それを?) 闇鴉を守り、時には火影にさえも刃向かう『守座』。だが、自分は闇鴉のことを何も知らない。 彼らの実力がどのようなものなので、どれほどの任務ならば断り、或いは受けていいのか。 これがサクラに来た任務ならば、自分は受けただろう。何しろ自分は木の葉の忍。火影の命令に背くなど考えられないのだから…だが… 「…ごめんなさい…私にはまだ決められません」 サクラの答えを待っている二人にそう告げるしかなかった。 何故なら…自分に彼らを指揮し死地へと送り出す資格など…ないのだから。 俯いてしまったサクラへイルカが近づいてくる。彼は膝を折り、下からサクラをのぞき込むように見上げた。 「サクラ」 「だって…私には無理です…私が決めていいことじゃない…」 「だが…」 「だって何も知らないもの。先生を含めた…みんなのこと。どんな任務なら受けて良くて、駄目なのか。それすらもわからない私にそんな判断はできません…そんな適当なこと…私にはできません」 そして認められていない自分が決めるのは。 許されていいことじゃない。 「…断るそれでいいか?」 朝飛がそう告げ、イルカの合図を了承し出ていく。それを感じながらサクラはただ手を握るしかなかった。 「サクラ」 不甲斐なさだけが自分を覆う。 何もできないどころか、何も決められない。 すべきこともわからないのに、他人のことなんて決められない。 「信じてる」 「え…?」 イルカが発した言葉に、サクラは顔を上げた。そこにあったのは、アカデミー時代と同じ…優しい笑みで。 「俺は信じてるんだ。サクラが…俺達の光となる日を」 「先生…」 「サクラは気付いていないだけだ。自分がどんなに強い光を放っているか…サクラの強さに俺達は決して叶わない」 「…でも…」 「俺達は導いてくれる者や、先頭に立つものを必要としている訳じゃない…俺達が欲しいのは…人なんだ」 「…ひと…?」 「そう…俺達が失ってしまった人としての何か。それを取り戻すにはとても時間がかかって大変だと思う。自分自身でさえ、何が無くなっているかわからない奴もいるんだからな。でもサクラがいれば…きっと取り戻せる。居てくれるだけでサクラが取り戻させてくれる、そう思うんだ」 こんな小さな少女。だが、彼女の中には確固たる想いが根付いていた。 大切なものは大切だと言える。 サスケを好きだと言い続けて、懸命に努力する姿。他の忍達に暴行を受けるナルトを見て、許せないと飛び出した彼女。 力もないのに、それでも大切なものは守ると全身で訴えているこの少女が。 自分の闇をも追い払ってくれる気がして。 血にまみれすぎた自分、カカシに背を向けた自分を許してくれる気がして。 ひとに戻してくれる気がして。 「…先生」 「なんだ?」 「先生も…人に戻りたいの?」 「…ああ、戻りたい…俺も…人に…」 悲しみを秘めた黒い瞳の中に、サクラはカカシを見たような気がした。 イルカ先生も…まだ好きなんだ。勝手な理由をつえて離れたけれど、心はまだ自分の師の元にある。 「人に戻れたら、先生は自分に正直になる?そう約束してくれる?」 「…サクラ?」 「そう約束してくれるなら、私は先生を人にする。昔…いつも笑ってくれたイルカ先生に私も会いたいから」 そう柔らかく微笑んで、サクラは顔を上げた。 「それじゃあ先生。私に『闇鴉』を教えて。本当の彼らの姿を私に見せて欲しいの」 「サク…」 「私をまだ認めてない。納得してない皆を私に紹介してください」 サクラの言葉にイルカが目を開く。この少女は気付いていたのだ、自分以外の闇鴉達がサクラを守座と認めていないことを。だからこそ、闇鴉達の住む『死鴉の森』へと連れていけなかった訳を。 「知っていました。でも気付かない振りをしていたの…きっと怖かったんだと思います。その人達に会って確認するのが、嫌われてるってわかるのが。だからずっと言い出さなかったけど…イルカ先生がそんなに信じてくれるんだったら、私も信じようと思うの」 そして、守座になる自分も信じていなかった。 「闇鴉の人達が必ず人に戻れるって、私も信じる。まだ何をしていいのかわからないけど、前に先生は私らしくしてればいいって言ってくれたから、くよくよと考えないでそのまま行くことにします!」 そう言ってサクラはイルカへ立ち上がるよう手を出した。 「だから先生も人に戻れるって信じて。そしたら素直になるって…約束してください」 「…ああ…わかった約束するよ」 そう言ってくれたイルカが、本心を告げているのを感じ取って、サクラは満面の笑みを浮かべたのだった。 さくら (2004.3.25) |