彼らの実力の一端を見ただけでこれだけ驚くとは思わなかった。 「いかがしました?守座様」 「……え、いえ…なんでもありません」 ある書類を見て止まってしまったサクラに、目の前にいた男は首を傾げた。 サクラが守座となってまず成されたことは、各部隊の隊長の紹介だった。 『闇鴉』 そこに属する忍は、任務を遂行する五部隊と諜報などの補佐を専門にする部隊の二つに分かれていた。 その任務を行う部隊にイルカも含まれ、彼は『闇鴉』すべての責任者という立場でもあるという。だが、肩書きは第一部隊隊長『夜斗』。『闇鴉』の中でも能力が高い者で構成された実質最強の部隊だという。 (イルカ先生ってそんなに強かったんだ) 改めて自分が何も知らなかったことを痛感したが、忍としてのキャリアも違うのだ。仕方がないことだと、あまり考えないようにした。 その紹介された隊長の一人が目の前にいる男性。年は30代頃の、ぼさぼさ頭の冴えない人。だが、これでも彼は第五部隊の隊長で名を『覚眠(かみん)』。 主に作戦を立案する 頭脳派集団で、彼らの立てた過去の作戦を見たサクラは、ただ驚きに固まるしかなかった。 (ちょっと…すごいじゃすまないわよこれ…考えられないというか、どっからひねり出したの?) 地形、敵の細かい分析はもちろん、本当に必要なのかと思われるもろもろの情報が細部にわたって書かれていた。それから生まれた作戦は、もはや芸術と言って良いのではないだろうか。 だが、その責任者であろう、覚眠は何故サクラが驚いているのか全くわかっていないようで不思議な顔を隠そうともしない。 「…これ覚眠さんが考えたんですか?」 「はぁ…もう10年ぐらい前になりますが」 「そ…そんなに昔に…」 「一応成功したのですが…何か至らない点でも?」 「はぁっ!?」 がばりと顔を上げたサクラは、今の言葉が嘘偽りないという彼の顔を見て呆気にとられた。 (至らない点て…これのどこから粗を探せってのよーーー!!!) 例え自分が忍のスキルを磨いても、ここにたどり着けるかどうか。そんなすごい作戦だというのに、目の前にいる人はどこか自信なさげで。 (…というより、どうでもいいって感じ…) 何を言われようと、何とも思わない。 やれと言われれば、いくつでも色々な方向から作戦を立てる。ただそれだけ。 あまりに虚ろすぎる目がそう語っていて、サクラは悲しくなった。 「…守座様?」 沈黙してしまったサクラに問いかける覚眠。彼女に『闇鴉』のことを教えることを命令された彼だったが、彼がしていたのは自分の部隊の仕事がどんなものか教えていただけだった。彼にとって、自分の仕事以外は興味あることではなく、他の部隊のことなど知らないと言ってもいい。行き場所がなくて所属している『闇鴉』。彼に取ってはそれだけの場所… 「すごいです」 「はい?」 「この作戦すごいです。覚眠さんはすごいです」 泣き出しそうに笑うサクラが、どうしてそんな顔をするのかわからない。悲しいという言葉を忘れて久しい彼に取って、新しい守座は理解不可能な生き物でしかなかった。 「それでは又明日迎えに参ります」 そう言って、立ち去った覚眠。今二人がいたのは、よく演習や修行で使われている森だ。まさかこんな所に『闇鴉』の根城の一つがあるなど誰も気付いていないだろう。だからこそ、サクラも怪しまれずに来れるのだが… 彼が居なくなった途端、待ちかまえていたようにサクラの傍には二つの気配。サクラが気付くようわざと気配を出した後、それはすぐに消え去った。 (…護衛がついていたんて知らなかったわ) 姿どころか気配さえ気付かなかった。これが同じ忍かと思うと少し自分が情けない。 サクラの護衛についているのは、ナギとヒサメという、まだ若そうな忍だった。面を外していた隊長達と違い、彼らはサクラの前に素顔を曝すことはしなかった。そのことにイルカも別段何を言うわけでもなかったが、それだけでまだ自分が彼らの信頼を得ていないことをサクラは感じ取った。 (ま、わかるけどね) 彼らより遙かに力の劣る自分が彼らの上に立つなど、納得できないのだろう。イルカの命令で護衛についてはいるが、例え自分が命令しても彼らは聞かないに違いない。 「…取りあえず、休もうかな」 更に重い責任を背負ったとはいえ、決心はついた。 だからとにかく最近の睡眠不足を解消し…この頭を働かせたいと思ったのだった。 「怪我でもしたってわけじゃあなさそうだな」 「久しぶりに会った挨拶はそれ?アスマ」 上忍達の待機所で顔を合わせた二人は、そんな挨拶を交わす。アスマは戦場を渡り歩いていたためか、まだ剣呑な気配を漂わせているカカシを見て目を細めた。 「戻ると思わなかったからな」 煙を一つ吐き、アスマは呟く。カカシはそれに答えず、窓の外を眺めた。 「…変わらないねぇ。ここは」 それは何をさしてなのか。 それはアスマにもわからない。 その男が現れた時、何故彼らがざわめいたのか。シカマルにはわからなかった。 先月から情報作戦部に配属されたシカマルは、日々頭を使う仕事に嫌気がさしていた。 中忍になったとはいえ、めんどくさいがモットーの彼は、作戦どころか、この部署にある上下関係にも頭を悩ませていたのだ。 (ったくよー誰が作戦を立てるかなんてどうでもいいじゃねぇか) ここは木の葉の頭脳と言っても良い場所。それ故に頭の回転が早い人物達が勢揃いしている。当初はそんな彼らの傍にいれば、楽しそうだぐらいは思っていたのに、いざ入ってみれば、どの作戦を誰が立てるかいつももめている。 大がかりな任務や名誉が伴いそうなものはすべて上忍達が占め、シカマル達中忍にはそれを見せようともせず、与えられるのは簡単な暗号解析などばかり。 たまに手伝わされることがあっても、口出しは許されない。…例えそれがどんなに穴がある作戦でも。そんなことをすれば、どんな報復が待っていることか。 (あ~もうめんどくせー…) これならば、ナルト達のように普通の任務を受ける立場にいた方がどれだけマシか。 そんなことを最近思い始め、移動願いを出そうかと思っていた矢先に彼は現れたのだ。 「生きていたのか…」 一人の上忍が、彼を見てそう言った。どういう意味かシカマル達中忍には全くわからなかったが、上忍達が彼を意識しているのだけはわかる。 「今日からここに配属されました。中忍のカクギと申します。どうぞよろしくお願いします」 何を考えているのかわからない、生気のない目を眼鏡で隠し彼は頭を下げた。30すぎの冴えない印象しか与えないカクギを、何故上忍達は気にするのだろう。 シカマルはそんな彼に、興味を持ったのだった。 後に知る。 彼がまだ十代の時に、誰もが無理だと思われた難攻不落の城を落とした作戦を立てた功労者だったと。 「よくあきませんねぇ」 一心不乱に本を読み続けるサクラを見て、椅子に座っていた男がのんびりと呟いた。いかにもつまらないと言う顔をした男へサクラが視線を上げると、案の定肘をつき、口を開けながらサクラを眺めている彼と目が合った。 「…すみません」 「別に責めているわけじゃありませんよ。一日中本を読んでいてよく飽きないものだと関心していただけですから」 そうは言われても、サクラは部屋にずらりと並べられている本の背表紙を見て、目を輝かせた。 守座となったは良いが、まだ闇鴉達の住む森へとは連れて行ってもらえないサクラ。 そこへ行くよりも、闇鴉のことを知ることが大事だという配慮だが、この連れてこられた根城は蔵書の宝庫だった。 (だって読みたい本ばかりだもん!あ、あれなんて図書館と古本屋を探し回ったのになかった本じゃない~!!) と、嬉しさを隠しきれないサクラ。 ここへ来るのは二度目だが、根城で待っていたのは覚眠ではなく、このやる気が全くなさそうな男だった。 彼の名は『朝飛(あさひ)』。第四部隊の隊長で、年は覚眠と同じぐらい。ぼけっとした顔が印象的だが、実際彼の性格もそうなのだろう。本を読みあさるサクラをずっと眺めていたのだが。 …ついに暇になったらしい。 「え~と、朝飛さんもどうですか?」 「いえ、頭痛くなるだけなんで止めて起きます。それと守座様、俺のことは朝飛でいいですよ」 覚眠の時も思ったが、彼らから覇気というものは全く感じられなかった。彼らと会った最初も思ったが、何となくイルカ以外の闇鴉は自分を認めていないような気がする。 (これで守座と言えるのかしら?) そうは思うが、イルカからはサクラのままでいいと言われ、実際それしかできないでいた。 はっきりいって、彼らが一体何を自分に求めているのか今だにわからない。これで良いのかという思いも実際ある。光を与えてくれと言ったイルカ。だがその意味をまだ自分は掴みきれていない。 「年上の方を呼び捨てにできる度胸はありません。朝飛さんが私を名前で呼んだら考えますが」 「…」 会った時から自分を守座様と呼び、頭を下げる彼ら。 自分が何と言っても決して呼び名を変えない彼らに懲らしめる思いで言ったが、朝飛はそれを聞いた途端無言になった。 「貴方は上に立つ者で俺達は従う者ですから」 彼はそう言うと、顔を背けてサクラの視線から逃れる。もう話す気がないとばかりに閉じられた口。 彼との距離が更に離れたように感じた。 さくら (2004.2.27) |