さくら

第14話:腕の記憶に



どんなことをしても守る。
そう勝手に決めた自分の決意をあの少女は知らない。

だが…いつか気づく。

少女を地獄へと突き落としたものを恨み。
他人のことより、逃げることを選んだ自分を…憎みながら。



それは突然だった。
森の支配者たる鴉達が突然鳴き出す。
森全体がうなり声を上げたような騒ぎに、男達は何事だと空を見上げた。

「夜斗」
「なんだ…この声は」

敵を知らせる声でもなく、何かを見つけた合図でもなく。ただ叫ぶ彼らの隣人に、男達は戸惑い、ただ飛び上がった鴉達を眺めるしかなかた。
夕闇は、自分達以上に戸惑う仲間達に落ち着くよう言葉を発したが、それは望んだ結果とならなかった。

(何が起こっているんだ)

ふと、何羽かの鴉が隊列を離れ、どこかに飛び去っていくのが見えた。そのいち羽を見た夜斗の目が鋭くなる。

「…夕闇。出掛けてくる。ここを頼む」
「え!?おい!?夜斗?」

すっと身を翻した彼は、自分の傍に控えていた2人の少年を呼ぶ。

「ナギ、ヒサメ!行くぞ!」

謂おうもなく従った彼らは、もう消えようとしている夜斗を必死で追いかけた。

カァカァカァ!

空を飛び続ける鴉達。
その声に必死さを感じるのは気のせいか?

「…守座…」

無意識についたそれは。夕闇が口に乗せてしまった言葉は、男達を青ざめさせるには十分で。
早く鴉の鳴き声が治まれと、彼らはそれだけを願っていた。



ぐったりと動かなくなったサクラを見て、ナルトがぶるぶると震え出す。

「サクラっ!!!どきなさいよっ!!」

イノが目の前の男に向かってクナイを放つが、それはすぐさまかわされ、逆に腹へと蹴りを食らい地面へと突っ伏してしまう。しかしイノは諦めず、道をふさぐ男へと攻撃し続けた。

「何ぼさっとしてるのよっ!ナルトっ!!!サクラが死んでもいいのっ!!!」

イノの声にびくりとナルトの肩が動き、血の気のないサクラを見て怒りに身を包ませていった。

「冗談じゃねぇ…ってばよ!!!」

抵抗する力もなくなっているサクラを、それでも足りずと首を絞め続ける上忍に向かってナルトは手裏剣を放つ。それは難なくかわされたが、ナルトは影分身を作り出すと、次々と攻撃を仕掛けていった。

サクラが死んでしまう。

ナルトを取り巻くのは恐怖。大切な人が…また消えてしまう恐怖だった。
イルカが死んだと聞いた時、ただ絶望に打ちひしがれていた自分を救ってくれたのはサクラとサスケ。
一緒に待っていようと言ってくれた、サクラ色の少女。
あの日、ナルトは2人に救われて、何よりも大切な存在となったのだ。本当は一時だって離れていたくない。しかし、中忍となってはそんな我が儘を言える訳もなく、だから彼らに会ったときに抱きしめる。

まだ生きている。

彼らの存在を確かめて、安心する自分。その温もりに救われている自分…なのに。
目の前で息絶えようとしている少女。

「冗談じゃねぇってばよ!!!もう、大切な人を失うのは…嫌だっ!!!」
「!?何っ!?」

余裕の表情でサクラの首を絞め続けていた上忍の顔に、ナルトの蹴りが掠る。ぎっとナルトを睨み付けたが、そんなものにびくつくナルトではなかった。

「サクラちゃんを離せっ!!!」
「このガキっ!!!お前なんかが生きているからこんな目にあうんだよっ!!!」

上忍がナルトを殴り、その体が遠くに吹き飛ぶ。上忍は立ち上がったナルトに見せつけるよう、サクラの体を前につきだした。

「死ね」

上忍は下卑た笑みを見せ、サクラの首をへし折ろうと力を込めた。

「サクラっ!!!」
「サクラちゃんっ!!!」

ナルトとイノの叫びが木立の間に響き渡る。


ザンッ!!!


風の音が地面に落ちた。
何だと叫ぶ間もなく、上忍の体が地面に埋まる。

「ぐ…はぁっ!!!」

体の半分が地面に埋まった上忍は、血を吐き悲鳴を上げた。自分でも何が起きているのかわかっていないだろう、突然鉛でも落とされたように思ったのかもしれない。だが、それはただ見ているしかなかったナルト達も同じ。か細く息をする上忍に、呆然としているしかなかったが、ナルトとイノはサクラの姿がないことに気づいた。

「サク…!?」

わざと出された葉を踏む音に顔を上げれば、その中に身を潜める影に気づく。

暗部。

黒装束に、面を付けた姿で自分達を見下ろす彼の腕に、桜色の髪が揺れる。

「サクラちゃんっ!!」

暗部はサクラを木の幹に寄りかからせ、姿を消し去った。ナルトとイノが飛び上がり、木にもたれ動かない彼女の傍に向かう。そして呼吸をしているのを確かめ、涙ぐんだ。

「良かったってばよ…」
「心配っ…させないでよねっ!!」

サクラの無事を確認して安堵する2人が、ナルトを痛めつけていた忍達がいなくなっていることに気づくのはまだ後の事だった。



何とか鴉達に追い付き、たどり着いた夜斗が見たのは、今にも首をへし折られようとしている少女の姿。それを見た瞬間、夜斗の行動は決まっていた。
殺さなかったのは、誰の為でもなかった。その時、里のことや、自分の行いがどのような結果を生むかなど考えている余裕はなく、あの男にこれ以上にない屈辱を与えることだけを思っていたのかもしれない。

「夜斗様」

少女を腕に抱いた瞬間訪れた安堵と、激しい怒り。
『夜斗』はあの男を許さない。

「…後の始末は『夜斗』に任せる。他の忍達は?」
「気絶させて、道へとほっぽりだしておきました。当分動けないほど痛み付けましたが…あれで良かったのですか?」
「ああ」

少女に手をかけなかった情け。止めようともしなかった彼らを、消す資格は自分達には十分あるだろうけれどあけてそれを夜斗は避ける。
里の戦力を減らさぬために。
だが、二度は…ない。

「ナギ、ヒサメ。影の護衛につけ」
「…わかりました」
「………」

返事を返さぬ一人に、夜斗は振り返った。それを待っていたように少年はゆっくりと言葉を発する。

「守座…ですか」
「そうだ」
「………」
「不満か」

守座の不在の期間が長く、数年前に自分達の仲間となった彼らは『守座』というものを知らない。仲間から話は聞き、ただその存在を認識していた2人。だからそれを見た瞬間、目を疑ったに違いない。

あんな、少女だったとは…と。

「今にわかる」

そう言って、夜斗は姿を翻した。残された2人は、否とは答えなかったものの、夜斗の言葉を疑っているようではあったが…

「ほら!おぶってよ!ナルト!落とすんじゃないわよっ!」
「当たり前だってばよっ!!!」

自分達がいるどころか、後を付けられていることにさえ気づかない里で暮らす忍達。嫌悪している彼らの存在を苦々しく思いながらも、2人の少年はその背にいる少女を守るためにそれを追う。


次の日、崖の下から一人の忍の遺体が見つかる。動物にでも襲われたのか彼の体はひっかかれたような後などが無数についていたと言う…



意識が途切れて、苦しさだけが身を包んでいた。
首が痛くて力が入らない。死の恐怖に包まれていたが、突然それが開放される。

誰かの温もり。

呼吸が楽になり、死を免れたとわかったけれど、声どころか指一本動かすことができなくて、けれどもうろうとする意識の中、自分を抱き留める強い腕の存在を感じる。

(誰だろう)

あの場にいたナルトでもない、イノでもない、もっと大人の人。ああ、もしかしたらあの騒ぎに気がついた誰かが助けてくれたのか。そう思って安心したが、この腕に抱き留められるのが初めてでないことに気づいてしまう。

(この…チャクラ…)

怒っているのだろうか、直に肌に触れている自分にしかわからない程度だけれど、その腕の持ち主から感じられるチャクラには見覚えがあった。
いつ、どこで。


誰に。


蘇るアカデミー時代の記憶。
そう…あれは…授業の最中にいつも自分をいじめていた女の子が、イノから貰ったリボンを取って風が吹いた瞬間手を離したのだ。

ひらりひらりと風の中を舞い、それは空高く昇ってしまう。
泣きそうになりながら、追いかけた自分は後ろから呼ぶ先生の声など耳に入らず、手を伸ばしていた。やがて、登ったこともない木にひっかかったリボン。まだチャクラを使って木を登ることができなかった自分は、手で枝を掴み足をかけ、必死でリボンに手を伸ばした。

その時風が吹いて、片腕でしか自分の体を支えていなかった自分は、ぐらりとバランスを崩して。

宙へ投げ出された。


落ちると震えながら目を瞑った自分だったが、地面という固い感触はいつまで立ってもやってこず、あったのは。力強い腕。


「大丈夫かっ!?」


同じ…あの腕と。




イルカ先生。




あの後、泣きだした自分を苦笑しながら頭をなで続けてくれた。落ち着くまでずっとずっと。大きな掌で、自分を包んでくれた。その時と同じ…腕だ。

生きていた。生きている。


目を覚ました瞬間、暖かい涙が頬を伝う。
先生が死んだと聞かされても流れなかった涙が。どこかで自分の名を誰かが呼んだ。しかしそれに答えることができないまま、サクラは喜びの涙を流し続けた。

さくら(2003.12.15)