さくら

第13話:許せない事



「邪魔するよっ!!!」

バァンと扉を荒々しく開けた綱手に、中にいたコハルとホムラは眼を見開く。だがさすが歳の功ということか。そんな表情をおくびにも出さず、冷静な声で綱手…現在は木の葉の里の五代目火影を静かに見返す。

「何事じゃ」
「何事かじゃないよっ!一体どういうことなんだいっ!!!」

コハルの言葉を遮り、綱手は二人の前に一枚の紙切れをたたき付けた。それは先ほど赤の城で指揮官をしていた忍からの報告書。ホムラはそれを手にとり、字を辿っていく。そしてある部分を見て目をとめた。

「…これは」
「これはじゃねぇっ!しらばっくれるのも大概にして欲しいもんだねっ!」

普段はもう少し目上のものとしての敬意を見せる彼女がこれほど怒っていることに、コハルは怪訝そうにその書類を覗き込んだ。ホムラはそれを渡すと、肩を怒らせている綱手を真っ直ぐに見詰める。

「…我々ではない」
「あんた達じゃなかったら、誰がこんなことをするっていうんだいっ!!!確かに私はまだ火影として未熟かもしれない!だが…!!」
「まて綱手。ホムラの言うとおりじゃ。我々には会い知らぬことじゃよ。逆にこちらも驚いている」

コハルに手で制され、綱手は押し黙る。だが、怒りに震えた瞳にはまだ納得した気配はない。

「だったら!あんた達じゃなかったら、こいつらを誰が動かしたって言うんだいっ!!」
「…一年と少しか…」

ホムラは、ふうっと息を吐いて、椅子に止しかかる。彼の言葉にコハルも小さく頷き返した。

「綱手よ、お前にも教えたはずだ。このものたちのことを…こやつらは我々では動かせぬ。動かぬことを」
「それは説明を受けたよ。だが、納得いかないね。こいつらも木の葉の忍だろう!なのに何故火影に従わないんだい」
「従わないわけではない。木の葉のためには動く」
「だったら…!!」
「動くがその命令を下せるのは『守座』だけだ」
「それが納得いかないってんだよっ!木の葉の忍でありながら、何故火影の言葉が届かない!何故『守座』の…」
「届かないのではない。手を離したのはこちらが最初なのだ綱手よ。お前も火影ならばわかるであろう、この忍の里を維持していくために必要なことなのだ」

ホムラの言いたいことはわかる。それを綱手も否定はしない。だが…

「『守座』はそんなやつらを引き止める最後の手じゃ。『守座』がいるからやつらはここにいる。だから奴らが動く時は『守座』の命があたったことのみ」
「じゃあ、今回のことはその『守座』の独断ということかい?この私に説明もなしに」

苦々しく告げた綱手に、ホムラとコハルは何も言わない。

「独断…と言っていいものか。この状況から察するとその『守座』はまだ自分がそんな命令をだしたことに気づいていないじゃろう」
「そうだ。自分が『守座』であることは知らないはずだ」
「…前から思っていたんだが、一体どうなってるんだ?そこは」
「『守座』はもう何年も不在状況が続いていたのは教えた通りじゃ。唯一それと繋がっていたものも、我らの前から姿を消し、向こうのことは一切わからぬ。わからぬが…この報告を見ればどうやら近々それも解消されるようだな」

それを喜んで良いのかどうかはわからないけれど。

「ついに、『闇鴉』が目覚めたようじゃな」



「はぁぁ、休みを貰ったのはいいけど何をしよう」

繁華街を歩きながら、サクラは1人呟きながら人の合間を縫い進む。最近職場に泊まりすぎなのを上司に指摘され急にできてしまった休み。2,3日前であれば予定の一つの立てれようが、急にしかも午後からと言われては、誰かをお茶に誘うこともできない。

「サスケ君はもう任務にでちゃったしなぁ」

帰ってきたばかりだというのに、すぐに行ってしまった大好きな人。彼ほどの腕があればそれも仕方が無いが、せめて後一日早ければ、彼を見送ることぐらいできたかもしれないのに。

(…本当に残念)

大きなため息ひとつついて、腕を大きく振れば手首を擦れる紐の感触。

「………」

サクラの手首にあるのはイルカから貰ったあの紐。
色が薄れて、よれよれなのに捨てられない自分のお守り。
でも。

「…なんでこれがあるのかしら」

自分の手首に。
サクラは人ごみを抜け、いつの間にか昔修行していた場所へとたどり着いていた。
何本もある高い木と、優しい木漏れ日の森。
よくサスケとナルトと修行していたことを思い出して、サクラは小さく笑う。どこかに自分達が傷つけた傷がないだろうかと、木の幹に触れながらサクラは最初にばてた自分がよく座っていた切り株を見つけて微笑む。

「なーつかし」

ちょこんとそれに腰掛け、森を眺める。昔と何一つ変わらない森のざわめきや、遠くから聞こえる水の音。それにしばらくその音に浸っていたが、再び手首にある紐が気になりだした。

「…夢だったのかなぁ」

枝垂桜に結んだはずのこの紐は、自分でも気遣ううちに手首に治まっていた。そこにあるのが当然のように、存在を示し続けるそれに、サクラはあのできごが夢ではないかと思い始めている。

「だってねぇ…まさかあの咲かない木って有名なあのサクラが花を開いて、おまけにこれが白い鴉になったんなんて…誰も信じないでしょう」
「な〜に1人でぶつぶつ言ってるの?サ・ク・ラ。もう呆けた?」
「!!!イノ!」

突然現れた挙げ句に、ふふんと腰に手を当てスタイルの良さを見せつけるイノに、サクラは悔しい思いに捕らわれながら言い返す。

「なにしに来たのよ」
「あら、ご挨拶ね。暇そうな人がいるって聞いて付き合ってやろうと思ったのに」

さらりと綺麗な髪を手で梳きながら、イノは切り株に座るサクラを見下ろした。

「ヒナタから聞いたの?」
「そう。ずっと泊り込みしてたんだって?何不健康なことしてるのよ。年頃の乙女がすることじゃないわよ」
「…仕方がないでしょ。薬に思ったような結果がでないんだもの。それでなくとも、私は遅れてるんだから、時間が惜しいの」

ふんと横を向いたサクラを、イノは黙って見つめる。確かにサクラは頭がいいが、その力が医療班で花開いていると言えるのか、イノは常々疑問をもっていた。サクラには幻術の才能があり、戦闘の作戦を立てるのが上手い。確かに彼女の力は経験不足もあってまだ頼りない。しかし、彼女の頭脳は、自分達の同期の中でシカマルに次いで高いのだ。それを勿体無いと思ってしまうのは、勝手な思い込みだろうか?

なんにせよ。

「こんなところで黄昏ても似合わないわよ!ほら!つき合ってあげるから、ケーキでも食べに行くわよ!」
「似合わなくて悪かったわね!ぶたるわよ!」
「私が?冗談でしょ?」

ふふーんと、再び均整の取れた体を自慢するイノにむっとしながら、サクラは歩き出す。

「まずかったら承知しないからね」
「私が進めるんだもの美味しいに決まってるでしょー」

そうやって、たわいもない話をしながら、森を抜けようとした時だった。

キィン。

「イノ?」

突然足を止めたイノに、サクラが振り返ると彼女はしっと静かにするよう口に指を当てた。何かを聞き取ろうとするイノの顔は忍そのもので、自然とそれを察したサクラも頷くと辺りを探る始める。

「こっちよ」

さすが前戦にでている忍というところか。
サクラが気づけないことをイノは察し、音もなく走り始める。自分よりもすぐれた感覚を持つイノに、サクラは自分との差を見せられたような気がしてしまう。

(…これが私の選んだ道なのに)

前戦で戦うより、後方活動である医療を選んだサクラ。決して間違いとは思わないのに、この胸に疼く思いはなんなのか。
前を走るイノを見失わないよう、必死で後を追うサクラは、木の上で静かに止まったイノの側に降り立った。

「ちょっと…!」

息の飲んだイノの視線を辿ったサクラが見たものは。


「目障りなんだよ」

数人の忍に取り囲まれ、暴行を受けているナルトの姿。

「ナルト!」
「待ってサクラ!」

思わず飛び出そうとしたサクラを、イノが止める。何故だと彼女を振り返れば、イノは忍達を見て唇を噛みしめる。

「…一人は上忍よ。他の忍も中忍…私以上に経験のあるね。勝てると思う?」
「でもっ!」
「冷静になりなさいよサクラ。勝てると思うの?」

静かにサクラを見返すイノは、忍の顔をしていた。この状況を冷静な目で判断し、その対策を練る目。
衝動的に飛び出そうとした自分とは大違いの…
イノの言うことはわかる。上忍が混ざっているとはいえ、男5人相手に、忍としてのスキルが低い自分達が彼らに叶うわけはない。
だが…

(どうして…反撃しないのよ!ナルト!!)

同じ忍同士の私闘が禁じられているのは知っているが、ああも一方的にやられているのは何故なのか。いつから暴行を受けていたのだろう、ナルトの手や足は傷だらけで、顔も腫れている。男が手を振り上げるたびに、まだ少年のナルトの体は簡単に空に舞い上がった。
ドサリ。
それでもナルトは抵抗せず、されるがままの暴力を受けている。

「ひどいわよ…あれっ!私誰か呼んでくるわ!」

イノが何かを言ったが、サクラは反応しなかった。

どうして?どうしてこんなことをするの?
ナルトが何かしたのだろうか?
いや…昔から、ナルトは人を困らせるところがあったが、それは笑って済ませる程度のもので、逆にいつも人の気持ちを敏感に察する少年だった。
落ち込んでいれば、すぐに心配して。
具合が悪いのを隠していても、カカシより早く気づいて。

そんなナルトが一方的な暴力を受けることをするはずがないっ!

「サクラっ!?」

「やめてっ!!!」

イノの忠告など無視して、サクラはナルトの前に降り立った。自分達の気配に気づいていたのだろう、驚くことなくサクラを見つめる男達。

「…サクラ…ちゃ…」
「大丈夫っ!?ナルトっ!!!」
「なんで…来たんだってばよ…」
「何馬鹿なこと言ってるのよっ!!!」

地面に倒れたままのナルトに駆け寄れば、そんな言葉を返されてサクラはナルトも自分達に気づいていたのだと知った。
きづいていたのなら、どうして自分達に助けを求めなかったのか。
助けを呼んでくれと…どうして!!!

「里の中で忍同士の私闘は禁じられているはずですっ!!!」

ナルトの頭を抱え込んで、サクラはきっと男達を睨み付けた。だが、まだ少女の視線など男達は意に返さず、ふんと鼻を鳴らしただけで。

「どけよ。そうしたら見逃してやる」

まだ続けるのだと言い放つ上忍にサクラは怒りを覚えた。

「どきません!!!私闘は禁じられていると言ったはずです!!!」
「うるせぇよ。どけって言ってるんだよ。俺達の楽しみを邪魔するな。俺達は当然のことをしてるんだよ!」
「きゃあっ!」
「サクラちゃん!」
「サクラっ!!!」

腕を捕まれたサクラを見て、イノは飛び出して来たが、彼女の前には別の忍が立ちはだかる。
上忍はサクラの右腕を持ち上げ、痛みに顔をしかめているサクラの顔を、自分の顔の位置まで持ち上げた。

「もう一度言ってやる。俺達の邪魔をするな。死にたくなかったらな」

殺気を込めれば頷くと思ったのだろう。しかしそれは逆にサクラの怒りに火を付けるだけだった。

「…なんか…」
「あ?」
「あんた達なんか…じゃないわよ…」
「んだと?もう一度言って見ろ?聞こえねぇよ」
「あんた達なんて、木の葉の恥だって言ったのよっ!!!男の子一人に大の男が複数で!あんた達なんて忍じゃないわよっ!!!」

こんなことを言えば、相手が怒るだけだとわかっていた。
わかっていたけど…許せなかった。
楽しみ?当然?
たった一人の男の子を痛み付けるのが、大の男、しかも上忍がそう言うのだ。

許せない。
たったそんなことでナルトを痛めつけるなんて、絶対に許せない。

「サクラちゃんっ!!!」

目の前にある男の顔が歪み、彼の手が首を締め付ける。かはっと空気を求める音が、自分の口から漏れ出ているのをサクラは聞いた。
ぎらぎらと卑しい殺気を込めて。
己の力を過信している優越感の瞳でサクラを見ている。

こんな奴に。こんな奴に。
ナルトを侮辱される云われなんてないっ…!!!

「サクラっ!!!止めてくださいっ!!!」

意識が遠くなっていく。
自分を呼ぶナルトとイノの声。
だが、助けてとは言いたくない。目の前の男を喜ばせる言葉など、自分のプライドにかけて言いたくなかった。

負けない。
自分は絶対にこんな奴に負けない。

「このっ!!!」

いくら首を絞めても、助けをこうどころか、ますます睨み付けてくる少女に男の怒りは頂点に達する。

「おいっ!それぐらいで…」

何も関係のない忍を手に掛けるのはさすがにまずいと思ったのか、一人の男が止めろと叫ぶが上忍にその声は届かない。

「サクラっ!!!」
「サクラちゃんっ!!!」

自分の名を呼ぶ声を聞きながら、サクラは意識を失った。
その寸前で、手首が熱くなったことを感じ取りながら。

さくら(2003.12.2)