さくら

第12話:去り行く背



「なんだ、うるさいと思ったらキバだったばよ」
「来た早々、何だよてめーはっ!」

唐突に聞こえて来たナルトの声に、サクラははっとなって入り口へと視線をずらす。そこには、キバとふざけ合い笑っているナルトがいた。

「…サクラ」

隣にいたサスケが気遣うように小さく名を呼ぶ。
大丈夫、わかっている。
こくんと頷き返したが、あの時のナルトを思い出すとまだ胸が痛い。それはサスケも同じなのだろう。

傷ついて、傷ついて、もう自分には誰もいないのだと、1人殻に閉じこもっていたナルト。幼い子供のように泣きじゃくり、自分の胸の中で嗚咽を漏らしたナルトの姿が。

自分の背に回された手が。悲しい顔でナルトの肩に置かれていたサスケの手が。今だサクラの脳裏から離れない。そして。

ようやくナルトが戻ってきて、再結成された七班。
ナルトが苦しんでいた間、戦場へ借り出されて顔も見せなかったカカシ。

「…行こうか」

久しぶりに顔を会わせたのに、カカシは何も言わず任務を言い渡した。遅刻をしたり、イチャパラを読んでいたのは変わっていなかったけれど、戦場という血に近い場所から戻ってきたカカシは何か違っていて。

笑っているのに、笑っていなくて。
自分達のことを気遣ってくれているのに、彼はいつも遠くを見ていて。
カカシの心の一部が凍ってしまっているようだと、サクラは思った。
次の年中忍に受かった自分達を見届けた途端、再び戦場へと戻っていった先生。

「じゃぁな」

励ましも、慰めも、忠告も何一つ言わずいなくなった師。確かに自分達に示してくれた道は間違っていなかったけれど、最後まで己を教え子である自分達にも見せることなく去っていった人。

ああ…

責めているんだ。自分を。

時折聞くカカシの噂を聞きながら、彼がまだイルカのことで傷ついているのだと、サクラは何とも言えない気持ちになる。

自分は間違っていなかったのだろうか。

イルカと最後に会った日から湧き上がる疑問。
忘れようと、忘れたいと思っていた気持ちが、再び自分に巡ってきた瞬間だった。


「サクラちゃん?」

不思議そうなナルトの声が頭の上から降ってくる。顔を上げれば、そこには自分を見下ろす青い瞳が揺れていた。サクラはナルトに大丈夫だと言う意味もこめて小さく笑う。

「ちゃんと、報告書出してきたんでしょうね」
「勿論だってばよ!サクラちゃん!」

ようやくいつものナルトに戻り、サクラが安心した途端、きゃーっと耳障りな嬌声が。

「サスケ君〜無事だったのねっ!!!!」
「げっ!?イノぶた!?」

サクラを押しのけ、イノがサスケに抱きついてくる。よかったぁと馴れ馴れしくサスケに触れるイノにサクラが爆発した。

「サスケ君から離れなさいよっ!ってか、何であんたがここに居るのよっ!!!」
「勿論サスケ君に会いに来たに決まってるじゃない!ふん!抜け駆けしようたって、そうはいかないのよっ!」
「なんですってぇ!!!」

きーーっと声をあげ、睨みあう少女達に、部屋の入り口からため息が漏れる。それに気づいたキバがおっと、叫んだ。

「シカマル!チョウジ!お前らも来たのかよ!」
「イノに会って無理矢理引っ張られてきたんだよ…任務明けだってのに」
「まぁまぁいいじゃない。シカマル。お腹もすいたし」
「…てめぇ、いつの間にそれを…」

チョウジが持っている天丼を見て、シカマルは嘆息した。騒いでいる一角にうるせえーと呟きながら、開いているシノの隣に腰を降ろす。

「おー同期勢ぞろいだぜ!」

嬉しそうに呟くキバに、避難してきたナルトがうんうんと頷く。ああ、そうだなと返しながら、シカマルはサスケを見て、そういえばと話を切り出した。

「聞いたぜ。赤の城。お前らよく無事だったな。すげー大変だったんだろ」
「お!やっぱり噂になってるのか。だろうな!」
「よく生きていたってな」

得意そうに鼻を鳴らすキバに、シカマルは一言言い置いてじっとサスケを見る。

「よくまぁ、鉄壁の城と言われるあそこから、逃げ出せたよ。関心してたぜ」
「あそこは堅牢でも有名だからね。すごいよ」
「あら、サスケ君がいたんだもん!当然でしょ!」

話に乱入してきたイノに、シカマルとチョウジは嘆息する。だが、シカマルの言葉を聞いた途端、サスケならずキバも静かになり、その沈黙に理由の知らない面々が顔を見合わせる。

「…あれは…俺達だけで成し遂げたことではない」
「シノ?」

ナルトが驚いたようにシノを見る。彼はそんな視線が集まるのを感じていないように、続きを言わず黙った。

「え、何よ。そこまで言って黙るわけ?」

不機嫌そうなイノにヒナタがおろおろする。

「暗部の救援が来たんだ。それで俺達は助かった」
「暗部?」

シカマルがサスケの言葉に眉を寄せる。それはサクラも同じだったが、口を挟まず続きを待った。

「…あいつらは…並の忍じゃない…あんな忍が木の葉にいるなんて…」
「どういうことだよ、サスケ」

その時のことを思い出しているのか、口数の少なくなったサスケに、ナルトが近づく。しかし、それを言ったのはそれまで黙っていたキバだった。

「あいつら…囲まれた俺達をどこから逃がしたと思う?城の壁ぶち抜いてそこから飛び降りさせたんだぜ?」



ひゅうっと、下から風が吹いている。サスケ達は、まさかと呟き、前にいる暗部の男を見続けていた。

「行くぞ」
「ちょ…ちょっと待てよ!いくら何でもこの高さで飛び降りれば死ぬだろう!!!!」

そう訴えても、夜斗は聞く耳もたず、逆に固まってしまっているサスケの腕をぐいっと引いた。

「ーーーーー!!!!」

抵抗する暇もなく、サスケは背負っている上忍とともに、宙に投げ出される。浮遊感が彼を包み込み、重力に引っ張られる。急激に近づいてくる地面と指一本動かせない落下速度にさすがのサスケも、死を覚悟して唇をかみ締めたが。

一緒に落ちた夜斗が手を前に突き出すと、自分達を弾き返すような空気の攻撃がやってくる。

「ーーー!!!」

上と下から挟まれて、サスケは苦しさのあまりに目を瞑ってしまう。だが、背に背負う上忍だけは離すまいと力をこめて。

「眼を開けろ」

夜斗がサスケの腕を引っ張り、近づいてきた城の壁へと足を蹴った。

「…え?」

何もわからぬまま、彼と同じ行動を取ったサスケは、自分と地面の距離に眼を見開く。
ストンと自分の足が地を踏みしめた。何が起こったのかわからぬまま、サスケが上を見上げれば空からは自分と同じように次々と落ちてくる仲間達。上忍とともにぎょっとしていると、救援に来た暗部だろうか、彼らは仲間に向けて手を突き出している。

ドンっ!!

すぐ横から聞こえた音に振り向けば、落ちてくる暗部と同じ術を空に放っている者たちがいた。

「…相殺?」
「術を同じ力で互いにぶつけ、そこで生まれた抵抗力を利用して落下速度を弱める。その時には俺達がいつも飛び回っている高さになっているだろう?地面にも楽に降りられる」
「夜斗」
「お前達は引き続き頼む。奴らの相手は俺達で十分だ」

下で術を放っている暗部にそう告げると夜斗は、サスケと同じように降りて来た暗部を連れてどこかに消えてしまった。キバやシノの呆然とした顔を見ながら、遠くから聞こえて来た戦いの音にサスケはのろのろと顔を向けたのだった。



「すっげぇ!すっげえってばよ!そんな忍いるのか?俺も会ってみたいってばよっ!!!」
「まじかよ…」
「す、すごいね…」

サスケの話を聞いた彼らの反応はまちまちだった。興奮するナルトやそれに同意するキバ。サスケとシノも冷静さを装っているが、自分で見た分その凄さを理解しており、関心している。ヒナタやイノ、チョウジなどはただその凄さに関心していたようだが、サクラは何故か釈然としない。

(…そんなすごい人たちがいるなら、何故最初から出さなかったの?)

当初の赤の城の戦いは、それほど重要視されていたわけではなかった。だが、それがただの諍いでなくなった時から、木の葉はこの戦いに確実に勝利を収めるため、様々な上忍達を派遣していると聞く。それだけの忍を投入してるのだ、絶対に負けることはできなかった。だが、戦いは思いのほか凄惨を極め、医療班の開発部という内勤に近いサクラが戦場に派遣されたほど、状況は悪化を辿っていた。なのに。そんな戦力を惜しむようなことを…一気に形成を代える忍達をこれまで出さないのはどういうことなのだろう。

「…気にいらね…」

ぽつりと聞こえて来たシカマルの呟きに、サクラは視線を上げ言葉に出さなかったものの同意した。横で騒ぐナルト達はそのことにどう思っているのだろう。

(…っていうか、ナルトやキバなんかは全然気づいてないわねー)

サスケが無事だったことは嬉しい。なのに、心にわだかまるものは何なのだろう?

さくら(2003.11.14)