さくら

第11話:過去の傷跡



半刻後…
指揮官の忍は、ふうっとため息をついて、腕を組んだまま隅に立つ暗部に顔を向ける。必ず救い出す。そう言ったのに、前線からは何の連絡もなく、ただ時が過ぎただけ。

「…時間だ」

そう告げれば、部隊長達が次々と立ち上がる。彼らの目は暗部へ向けられ、時を無駄にさせた彼に殺気を送るものまでいた。

(やはり…暗部といえ、あれから仲間を救い出すのは難しかったのだろう)

肩を落として、彼がテントを出るべく足を動かした時、突然鴉が鳴き始める。

カァカァカァ!!!

「どうやら、終わったようです」
「な…何がだ」

鴉を宥めながら、暗部は腕を解き、外に向って歩き始める。彼の言った意味を問うように、指揮官は彼の腕を掴んで引きとめた。

「今のは一体…」
「言葉どおりですよ、任務は完了いたしまいた。時期に知らせが入るでしょう」

信じられない台詞を吐いて、消えた忍。テントに残された者たちは、まさかと呟いたり、はったりだと彼を罵るものまでいたが。

「大変です!見張りの忍が、城が爆発されたようだと…それに向こうで騒ぎが起こっているらしく、敵の陣形が崩れています!」

誰かがひゅっと息を飲み、先ほどの暗部がいた場所を無言で眺めた。まさかという思いがテント内を駆け巡る。指揮官も同じ気持ちだったが、すぐにチャンスだと頭を切り替えた。

「…行くぞ!一斉攻撃だっ!!!」
「「「はっ!!!」」」

ばっと部隊長達が一斉に外に飛び出す。
テントに残った指揮官は、興奮のために震える腕を止められなかった。

(本当に…やり遂げたのか)

できるはずがないと、あきらめの気持ちで了承したというのに、それを彼らはやり遂げたというのか。
あの牙城と崩した…自分達が絶対にできなかったことを。

「用意整いました!」

伝令の忍の声に、顔を上げて彼はテントを出る。
領主の息子と、木の葉の忍の仲間を迎えるために。



ようやく、戦場についたサクラとヒナタは、自分達が居たときより減った怪我人に顔を曇らした。

「ご苦労さん」
「主任!あの…戦はどうなりました?」
「先ほど一斉攻撃の合図が出たようだよ…後は待つしかないね」

後方にいる彼らには情報があまり入ってこない。サスケはどうなったのかと、聞きたかったが、それを口に出すことはできなくて。ただ手を動かし、怪我人の手当をするしかなかった。もう動けないだろうと思われる忍は、木の葉へ帰って行っているという、だから少なかったのかと、サクラは内心ほっとしながら、夜通し動き回った。そして、明け方になった頃。

「赤の城が落ちたぞ!!!」

戦の勝利が伝えられた。



「サクラちゃん!」

うんうんと唸りながら、薬の調合をしていれば、突然名を呼ばれてサクラの手元が狂う。

「「あ」」

サクラとヒナタが机に落ちが粉を見て、無言になった。

「ご…ごめんなさい、サクラちゃん…」
「気にしないで、私が悪いんだから」

近くにあった、箒を持ち出し、さっさと軽くほろう。一応貴重品なのでゴミ箱ではなく、白い紙の上に落としながら。

「それで?どうしたの?」
「あ!うんとね、キバ君達が帰ってきたのっ!」
「え!!本当!?」
「さっきね、火影様のところに行ったって!」

がたりと立ち上がったサクラを見て、目の合った主任がにこりと笑う。手を振り、行ってお出でと行ってくれた彼に、頭を下げると、2人は飛び出した。

戦の集結は聞いたが、サクラ達は医療部隊を残して、怪我人とすぐに里に戻ったのだ。その時、サスケ達赤の城に残された忍が無事に戻ったとは聞いたのだが、彼らは事後処理のため残っており帰還が遅れていた。

(サスケ君…!)

無事だったと聞いても、姿を見なければ安心できなかった。一人でいれば、彼のことを考えてしまうため、仕事に没頭する日々が続き、疲労が溜まっていた。

「あっ!サクラちゃんっ!」
「ナルト!?」

火影の邸宅へ向かう途中、金色の髪がサクラを見つけて手を振っている。スリーマンセルが解散した後、背も伸びサスケと同じように少年らしさから抜け出している途中の彼は、昔と変わらぬ笑顔でサクラに駆け寄る。

「久しぶりだってばよ!サクラちゃん!!!!」
「うわっ!?ナルトっ!!!」

がばりと突然抱きつかれて、サクラはぎゃあっと悲鳴を上げる。後ろにいたヒナタが、ナルトの行動に驚いて顔を真っ赤にして固まっていた。

「ちょっとっ!ナルト!苦しいわよっ!」
「あ〜ごめんってばよ、久しぶりだからつい…」

サクラに怒られて、ナルトは名残惜しげに手を離す。しゅんと青い目を伏せる彼に、ふんと鼻をならしながら、サクラは笑った。

「そっちこそ元気そうね、ナルト。任務終わったの?お帰りなさい」
「うん!ただいまってばよ!サクラちゃん!」

その笑顔につられるよう、ナルトは満面の笑みになって、再びサクラに抱きつこうとしたが、今度はサクラに避けられてしまった。

「ったくも〜あいかわらずなんだから」

じりっと小石を踏む音に、サクラが振り返ればそこには、完全に硬直しているヒナタの姿。

「ヒ…ヒナタ?」
「ナルト君とサクラちゃんて…もしかして」
「!?違うわよ!ヒナタ!誤解よっ!!!これとは何でもないんだからねっ!!!」
「これって…ひどいってばよ、サクラちゃん」

情けない声を出すナルトに、うるさいと言い置いて、サクラは必死でヒナタに違うことを告げる。

「私が好きなのはサスケ君!ってああーーここでのんびりしてる暇なかった!!!ヒナタ!!」
「あっ!」
「ん〜サスケ?サスケのとこに行くのか?サクラちゃん」

走り出した2人に、ぴったりと合わせて走るナルト。全速力で走ってるというのに、まだまだ余裕がありそうなナルトに、サクラはちょっとむかつく。

「そうよっ!赤の城攻めが終わって火影様のところに行ったって…」
「サスケなら、キバ達と一緒に居酒屋のおっちゃんお店で飯食うって行ったってばよ。俺も報告書出した後行くって…」
「それ早く言いなさいよっ!!!」

ぐわっとサクラがナルトを掴み揺さぶった。

「サ…サクラちゃん!苦しいってばよっ!」
「サ…サクラちゃん!」

ヒナタに止められて、サクラはようやくナルトの胸ぐらから手を離す。

「酷いってばよ」
「うるさいわね!すぐ言わないアンタが悪いんでしょ!…というか、アンタ、サスケ君に会ったの!?どうだった?元気だった!?」

詰め寄るサクラに、またサスケのことばかりと口を尖らせながら、ナルトはしぶしぶ頷く。

「疲れてた見たいだったけど、元気だったってばよ。キバもシノも…だから大丈夫だってばよ、サクラちゃん」

別の任務についていたが、赤の城のことは聞いていたのだろう、静かに微笑んだナルトにサクラはほっとした。

「俺、報告書出しに行くけど…先に行ってる?サクラちゃん」
「うん!一刻も早くサスケ君に会いたいもの!」

きっぱりとそう言われ、ナルトは溜息をついた。おろおろしているヒナタの引っ張り、サクラは再び走り出す。

「じゃ!また後でねっ!早く来なさいよナルト!」

わかったってばよ〜。
後ろから聞こえる声に手を振って、サクラは下忍時代の同期がよく集まる居酒屋へと向かっていた。

この居酒屋の店主は元忍で、酒を飲まない忍達も快く店に迎えてくれるので、サクラ達は何かあればここに集まる。

「おじさんこんにちは!ここにサスケ君達がいるって聞いたんだけどっ!!!」
「おお、久しぶりサクラちゃん、ヒナタちゃん。彼らなら2階にいるよ」
「ありがとうございますっ!!!」

だぁっと走る2人に、店主は苦笑してそれを見送っていた。

「サスケ君っ!!!」

気配のする襖を開ければ、驚いたようなキバの顔が目に入った。後ろからヒナタの声が聞こえたが、そんなことよりもサクラはサスケの姿を探す。

「…サクラ?」

奥の窓際にいたサスケも、驚いた顔でサクラを見ていた。
疲れた様子だが、包帯も巻いていない彼の姿に、サクラは安心のあまりその場に座り込んでしまう。

「お…おい、大丈夫かよ、サクラ」
「良かった…無事で…」
「サクラ」

一瞬困ったような顔をしたサスケだが、小さくだが微笑んでくれたように見えた。そのことに少しドキリとしながら、思わずぼうっとしてしまったサクラの横で、キバがぶつぶつと文句を言っている。

「…なんだよ、俺らも一緒だったってのに…」
「あ…あの、キバ君、シノ君。お帰りなさい」
「お!ヒナタ!お前も来てたのか!!」

サクラばかりに眼が言っていたキバは、かつてのスリーマンセルの少女の言葉に嬉しそうに笑う。彼の向かいに座っているシノはとうに気づいていたのか、涙ぐんでいるヒナタにこくりと頷いた。

「け…怪我とかはないのね?サスケ君」
「ああ、大丈夫だ。だが…俺たちがよくここにいるとわかったな」
「来る途中ナルトに会ったのよ。火影様の所に行こうとしてたんだけど、こっちにいったって聞いたから」
「ああ…」

そうかと頷こうとしたサスケは、キバの声にぴたりと動きを止めた。

「ナルトといえばよーあいつと久しぶりに会って驚いたぜ。いきなりサスケに抱きついていたんだもんな」

それは、自分のことを無視したサクラにちょっと悪戯しようと思って言った言葉だったのかもしれない。なんですって!?と怒るかと思われたサクラだが、彼女は予想に反してふーんと呟いただけだった。

「あ…あれ?怒らねぇのかよ?なんで?」
「…なんで怒るのよ。あれはナルトの癖みたいなものよ。ね、サスケ君」
「ああ…」

サクラとサスケが同時に頷いたので、キバはなーんだと面白くなさそうに呟く。

「そ…そういえば、サクラちゃんにも…だ…抱きついてたしね」
「え!?本当かよ!なーんだ、つまんねぇの」

何を期待していたのか、けっと呟くキバに、シノがぽつりと呟いた。

「…だが、ナルトはお前らにそんな挨拶するような奴だったか?」
「そういう奴よ。嬉しいとすぐ抱きつくんだから。よくカカシ先生にもしていたわ」

呆れたように答えたサクラに、へぇっと初めて知ったナルトの一面に3人は驚いていた。そして、すぐ自分達はどうったかと昔の話に花が咲いたので気づかなかったようだった。
サスケとサクラが緊張していたことを。
無言で2人の視線がぶつかり、気づかれなかったことに安堵する。

(…嬉しいと抱きつくのは確かにナルトの癖だったわ。けれどその相手は…カカシ先生とイルカ先生だけだった)

いや、イルカに比べれば、カカシに抱きつくのは数えるほどだった。間違っても自分達に同じ行動なんて。
ましてや、ライバルのサスケや女の子のサクラに抱きつくなんて昔のナルトならしなかった。だが、あの日からナルトは変わってしまった。

自分達が生きているという確認をしなければ、すぐに不安定になってしまう。
…イルカが死んだと知った日から。

さくら(2003.11.8)