さくら

第10話:半刻の救援



「援軍を!あそこには領主のご子息がいます!」
「わかっている!そんなのは承知の上だっ!だが、そこへ向かわせるためには、あそこを突破しなくてはならん!しかし…」

今回、この任務の指揮を執っている忍が、苛立たしそうに机を叩く。
領主の息子が勝手な行動をしたと聞き、慌ててそこに向かわせたものの、追いかけさせた忍とともに、城で身動きが取れなくなってしまった。

(人質のつもりかっ!)

それを見越したように、敵の城から文が届けられた。それは、領主の息子を無事返す代わりに、降伏せよというもの。しかし、その中には助けに向かった木の葉の忍のことは書かれて居らず、当然のように見捨てられようとしていた。
それを聞いた領主達も、跡継ぎを失ってはならぬと、相談を始る始末。
ここまで、犠牲者を出しながら、降伏するというのか。
指揮官は、血が滲むほど拳を握り、うなり声を上げた。

彼らが動けないと聞いた時、すぐに助け出そうとしたのだ。だが、そこに至るまでの道には、様々なトラップと待ちかまえる忍。地形のせいで、どう足掻いてもそこ以外に道はない。色々な方法で突破を試みたが、どれも成功せず、それ以上押されないようにするのが必死で。
隣のテントにいる領主達を守るのが精一杯。

(…全く余計なことをしてくれたものだ)

領主とは違い、無謀なことをしでかした息子を、指揮官は怨んだ。

「領主殿より、ご伝言です!」

伝令の忍の言葉に、その場にいた忍達が緊張した。

「降伏はしないと…息子のせいで引くわけにはいかぬと」

子よりも大儀を取った返事に、喜んで良いのか。
この戦いのために犠牲になった忍達が無駄にはならない、だが、それは…
今だ城にいる仲間を見捨てるということで。

「…一斉攻撃の…ご命令です」

その場にいた全員が息を飲み、悲痛な表情を見せた。
だが、依頼主の決定は絶対だ。指揮官は、断腸の思いで、決断を下す。

「…待機している忍達に…今から…一斉攻撃をしかけると…」
「それは、半刻ほどお待ち下さい」

そう言葉を言おうとした指揮官の声を遮り、突然見知らぬ忍がテントに入ってくる。

「…な」

入って来たのは、顔を仮面で隠し腕に木の葉の刺青を入れた暗部の忍。
彼は肩に一羽の鴉を止まらせながら、指揮官へと一礼する。

「誰だ。許可なくここに…」
「とある方の要請により、里より参りました。指揮官様、どうか一斉攻撃を半刻ほどお待ちいただきたい。それまでに、必ず領主様の息子を助け出すと約束いたします」

その男の言葉に、ざわりと声が挙がった。何を馬鹿なことをと、誰かが呟く。だが、その声にも一歩も怯まず、暗部の面をつけた忍は、指揮官の忍の決定を待っていた。

「何を世迷言をっ!あそこ行くには、谷とそこに待ち構えている敵忍達をやりすごせなければならぬ!こちらとて、救援をするためにあらゆる方法を取ったが、どれも打つ手がなかったというのに!お前たちが行ったとて、結果は同じだろう!」

部隊長の一人がそう叫んだが、暗部は何も言わずただ、肩に止まっている鴉が非難するように鳴いた。

「…半刻か」
「指揮官!?」
「半刻ほどならば、遅れようと結果は変わらん。やらせてみるさ。大口叩いたんだ。お手並み拝見とさせてもらおうか」
「ありがとうございます」
「ただし、半刻だけだ。それをすぎれば、お前たちが救援に向っていようと構わず攻撃を仕掛ける。いいな」
「はい」
「ということだ。悪いが領主殿に、用意のため半刻お待ちいただくよう伝えよ」

伝令の忍がテントを出て行くのを見送り、指揮官はで?と暗部に問い掛けた。

「行かなくてよいのか?もう秒刻みは始まっているぞ?」

ふっと、疲れた笑みを見せた彼に、暗部は感情のない声で告げる。

「すでに城へ侵入しております。私はここで報告を待つのみ」

そう答えた。



ギィン
弦を断ち切られるような嫌な音。
誰もがその音に見を強張らせる。

「お前達はここにいろ!」

サスケはそう言い置いて、キバとシノを連れて走る。

(…あれは、結界の破られる音だ)

ついに、進退を決める時だ。サスケは、小さく笑い、ぼろぼろになったクナイを構える。

「うちは中忍っ!!!」

結界を張っていた忍が、膝をついている。息の荒い彼を一瞥し、サスケはこちらに向ってくる殺気に立ちはだかった。

「…諦め悪いんだよ」
「そりゃ、同感」
「…同じく」

サスケ達を見つけた敵が一斉に、飛び掛ってくる。3人は構え、それを迎え撃とうとしたが…

「ぎゃぁぁぁっ!!!」

悲鳴をあげたのは、敵だった。

「え?」

思わず声を上げた、キバの目の前で、敵が次々と倒れていく。仲間と思われる忍に刀を振るう、忍達。仲間割れかと、シノが呟いたが、その間にも敵の屍が増え、二人の忍がこちらに向ってきた。

来る!と、戦闘態勢をとるサスケたちの前に、その忍達は立ち止まる。

「…領主の息子殿はご無事か?」
「さぁな」

そうキバが答えれば、2人は顔を見合わせ、印を切った。
術かと構えた彼らの前で、白煙が立ち、それが治まった後、そこにいたのは、動物の面とつけた忍。
彼らの腕には、木の葉の暗部の証のマーク。

「…援軍?」

信じられないように、呟いたサスケに、黒い髪の暗部は力強く頷いた。

「よくがんばったな。生き残った者はどれほどいる?脱出するぞ」
「だ…脱出って、どうやってだよ!まだ向こうには敵がわんさかいるんだぜ!」
「心配ない。方法はある」

そう告げた黒髪の暗部は、もう一人の暗部と何事か囁いた。

「あと少しで一斉攻撃が始まる。その前にここを出る。急げ」
「「「!!!」」」

その言葉に、さっと顔を引き締めサスケたちは領主の息子を守っている忍達のもとへ向う。

「ここを出るぞ!急げっ!!!」

サスケの言葉に、動ける忍達が一斉に立ち上がった。

「だ…大丈夫なんだろうなっ!俺は助かるんだろうなっ!」

ここまできても、自分のことしか考えず、我先に逃げ出そうとする領主の息子に、サスケは苛つく。だが、それを無理矢理視線から外して、動けない上忍達を見下ろした。

「…サスケ」
「わかっている…シノ」

彼らは置いていくしかない。
そう暗黙に告げる彼に頷けば、それを察した上忍達が、唯一動く目でサスケを見ていた。
まるで、わかっていると。
死を覚悟したものの眼。
そんな彼らが痛たましくて、目を逸らしたい気持ちになるが、サスケはそれを必死に押さえて、彼らの最後を目に写す。

「…何をしている。手を貸してやれ」
「!?」

いつの間にか後ろに来ていた黒髪の暗部が、上忍達を見てそう告げた。驚く彼らの前にして、その暗部は当然のように言い放つ。

「ここは全員で出る。生きている木の葉の忍は例外なくだ。動ける者は彼らに手を貸し、背負ってやれ」
「な…」

そんなことをすれば、戦えないじゃないかと、サスケは叫んだ。彼らがどのような方法でここに来たのかしれないが、外にはまだごまんと敵がいる。その中、彼らを背負って行くなんて無茶だと。

「心配はいらない。お前達を守るのは我々だ。敵などに指一本触れさせないさ。まだ、お前達は帰れる。…里に帰ろう」

その言葉に、動けない上忍達が涙を流したとて、誰が責められるのか。
もう死ぬしかないと思っていた彼らに、希望を与えた暗部の言葉。サスケはそれに答えるよう近くに居た上忍を背負った。キバとシノ、そして動ける忍もそれに倣い、全員が一人の負傷者を抱える。

「夜斗、行けるか」
「ああ」

黒髪の暗部が、もう一人の暗部に頷き返す。

(夜斗…というのか)

歳は20代後半といったところだろうか。まだ成長しきっていない自分とは違い、完成された男の肉体を持つこの男に、サスケは軽い嫉妬を覚える。
夜斗についていけば、そこには暗部の面をつけた忍が5人ほど立っていた。その彼らの向こうからは、悲鳴と怒号が聞こえ、戦いのチャクラが激しく渦巻いているようだった。

「夕闇(ゆうやみ)後ろを頼めるか?」
「ああ、まかせろ」

茶色の髪の男は、夜斗に頷き返し、何人かの忍とともにサスケ達の後ろへ向う。どうやら、自分達を挟むような形でここを突破するらしい。こんな状況だというのに、取り乱すこともなく冷静な彼らに、サスケは暗部との実力の差に打ちひしがれていた。

ドォン。

「…そろそろ敵も痺れを切らしてきたようですね、隊長」
「そうだな。行くか。時間もない。敵の攻撃はすべてこちらで防ぐ、一切の手出しは無用。ただ手を貸している仲間のみのことを考えていてくれ」

夜斗の言葉に、キバが何かいいそうになったが、それは爆発音にかき消された。

「行くぞ!」

夜斗の合図を受けて、一斉に走り出した。


(こんな…戦い方もあるのか)

サスケはごくりと喉を鳴らして、ただ彼らの戦う姿を見つめる。それは、まさしく連携プレーで、呼吸が合わないとできないものだった。
まず、先頭に立つ忍は、忍刀を持ち、敵に突っ込み蹴散らす。その彼に、術の攻撃が襲い掛かるが、それは後ろに引いている忍によってすべて防がれていた。術のみに集中し、無防備となる彼を一人の忍が守り、もう一人は2人の間を駆け回り、状況によって手助けしていた。飛び込む忍の行動は、一見無謀にも見えるが、後方の術を担当する忍によって守られているからできる行動と言えるだろう。術を受け持つ忍は、彼だけではなく、他の仲間の方も術をかけ守っているようで、先ほどから他の3人は一切術を使わず、体術や刀術のみで戦っていた。

「…すげぇ」

感嘆のため息が漏れそうになるのを、キバは必死で押さえる。何しろまだここは敵の陣地。暗部達が助かると言ったが、まだ何が起こるかわからないのだから。

「…おかしくないか」

不意に、シノが前を見て呟いた。何がだと聞き返すキバに、シノは顎を動かし前方を見るように告げる。

「…向こうは行き止まりだ」

サスケ達がいるのは城の三階。下に下がるには当然のように階段を下りなくてはならないのに、暗部たちはそれに目もくれず通り過ぎていった。
一体彼らはどうやってここから脱出しようとしているのだろう。
不安が首をもたげるが、先頭にたつ暗部達は迷いもなく、敵を蹴散らし進んでいくだけ。
そして、ついに行き止まりの壁が彼らの前に立ちふさがった。

「どーするんだよっ!!!」

今では夕闇と呼ばれていた暗部達が敵がこないように、戦っていた。夜斗は、行き止まりの壁をじっと眺め何も言わない。

「まさか、道を間違えましたって言うんじゃねぇだろうなっ!ふざけんなよっ!!!」

キバの怒りが、不安となって伝染していく。それは、助かると希望をもたされた上忍の方が大きく、悲痛な表情で夜斗を見た。

「隊長、そろそろ時間です」

ふいに、一人の暗部が夜斗にそう告げる。まさか、一斉攻撃の時間かと、サスケが顔を青ざめさせたが、それはただの杞憂に終わった。

「やれ」

夜斗のただ一言の命令に、術を担当していた忍が答えた。
始めてみる複雑な印が次々と結ばれて行く、そしてそれが終わった瞬間…

「伏せろっ!!!」

ドオオオオオオン!!!!

三階の壁から突然火が吹き、城の外にいた敵は一斉に振り返った。何事かと叫ぶ彼らが見たのは…

その高さから次々と身を投げる忍達の姿だった…

さくら(2003.11.3)