燃えさかる炎を避けた結果がこれだ。 サスケは唇を噛みしめ、クナイを構える。 ギィン! 鋼の音が響いた途端、聞こえて来た悲鳴。しかし、それを確認することなくサスケは背を向け走る。 そこには、自分達とは別に戦っている仲間達。サスケはそれに参戦すると、次々と敵を倒し、仲間に走れ!と命令した。 「どうする?サスケ」 「…どうもこうもない。ここで防ぐしかないだろう」 赤丸を従えたキバにそう言い置いて、サスケは手を動かし続ける。隣から舌打ちが聞こえ、キバも自分達の前に立ちふさがった敵を倒した。 彼らがある一角に入った途端、ぴぃんと甲高い音がなり、追いかけてきた敵忍達が悔しげな声を上げていた。 「無事…だったか」 「当たり前だろう。こんぐらいじゃ、くたばらねぇよ」 2人を迎えたシノにキバが胸を張るが、サスケは無言で2人の間を通り抜ける。そして、そこにいる仲間を見て、一瞬眉を寄せた。 「…どれぐらい戦える?」 横に来たシノに確認すれば、それは両手にも満たない数。サスケは顔に出さないものの、心で歯がみして彼らを眺めた。 そこには、自分達が味方についている領主の息子と、木の葉の仲間達。 敵の城に入ったものの、彼らの罠にかかり、城の中に閉じこめられることになってしまったのだ。 功を焦り勝手に飛び出した領主の息子を止めようと、サスケ達が追ったものの、一足遅く彼らは敵に囲まれており、護衛についていた木の葉の忍も半分が死に、残りは彼らを庇って重傷。やもなく、城の一角に結界を張ってこの場所へ避難したが、それがいつまでも続くわけもない。 (…助けに来るだろうか) いつまでも戻ってこない自分達を、仲間は助けに来るだろうか。 四方八方敵に囲まれているこの状況に、サスケは頭を悩ます。 自分達を率いていた上忍は、先ほど領主の息子を守り殉職した。そのため、他の上忍に指示を仰ごうとしたが、彼らは率先して戦っていたため重傷者ばかりとなり会話もままならない。 まだ体力的に余裕があるのは、中忍ばかり。その中でも、実力が秀でているサスケに、自然と指揮が任されたのは当然といえば、当然だった。 「…打ってでるか」 来るかもわからない援軍を待っている余裕はない。いつ破られてもおかしくない結界。それよりも、自分達が囮になって、領主の息子を逃がさなくては。 だが… 「し…勝算はあるんだろうなっ!!!」 ここに来たときの勇みは微塵もなく、震える領主の息子。後ろでキバが舌打ちしたが、それを咎める気持ちさえ起きない。 だが、彼は自分達の雇い主で、絶対に死なせるわけにもいかない。 それにあるともないとも応えず、サスケは青白い顔で横たわる仲間を見た。 もし、打って出るならば、彼らは連れていけない。見捨ててしまうことに、罪悪感が生まれるが、それは仕方のないことだ。そう言い聞かせているが、感情はそれに従ってくれない。だから、頭ではそうしなければならないとわかっているのに、言えない。 行こうと。 その一言が…出てこない。 一体どうすればいいのだろう、サスケは途方に暮れながら、こんな時、カカシならどうするだろうと思った。 同じ写輪眼を持つ、里でも屈指の忍。 彼ならばきっとこれを看破できるのだろうなと、力のない自分を悔しく思いながら。 不眠不休でようやく里に着き、直ちに医療班のいる場所に向かえば、薬はもう用意されていた。 「一足先に、他の奴らが出たよ」 その言葉にほっとしながら、それを手に取ろうとすれば、何故か止められてしまう。 「半日休みなさい。そのままでは君たちの方が倒れてしまう」 「ですが!向こうにはっ!」 「わかっているよ。だがね、その体では向こうに行っても役にたたない。あちらで倒れられても手を貸せるものはいないんだから。この薬は別の者が運ぶ。君たちは明日出発しなさい。火影様の命令でもあるんだよ」 そこまで言われては、サクラもヒナタも何も言えず従うしかない。確かに、3日かかる所を、2日半で来たのだ。まだ中忍、そして男よりも体力のない身では早い方だろう。しかしその分疲労も激しく、彼の指摘は正当なものだった。 サクラは主任から預かったメモを渡し、ヒナタとともにその場を立ち去る。 「家に帰る…?ヒナタ」 「ううん…帰っても落ち着かないから、ここの仮眠室に行こうと思うんだけど…サクラちゃんは?」 「私もそうしようと思ってた」 ようやく笑みを浮かべ、2人は取りあえず泥まみれの体を洗い、清潔な服に着替える。そして、むさぼるように、睡眠を取った。 真っ暗な闇の中に、サクラは一人で立っていた。 きょろきょろとあたりを見回せば、そこには怪我人達が横たわり、サクラに助けを求めている。 早く早くと急かす彼らに、サクラは駆け寄るも、自分を急かす彼らに焦りを覚えた。 (早く手当をしないと間に合わないっ!) わかってはいるのに、手が動かない。おまけに彼らを助ける薬も何もなくて。サクラは途方に暮れた。その間にも、人の声は迫り… (待って!待ってよ!何もないの!薬がないの!) そう叫んでも、彼らは早くと急かすだけで、うつろな目を向けてくる。 (待って!待ってよ!!!) 彼らから顔を背けると、そこにサスケの姿を見つけた。 無事だったのだと顔を綻ばせたが、近づいてきた彼を見てぎょっとする。 サクラ… 全身血まみれで、助けを求めるように、手を伸ばす。 早く…早くしないと、彼は… 助けてくれ… 早く…!!! いやぁぁぁぁっ!!! サクラは闇の中叫んだ。 狂ったように、彼に近づこうとするが、足は動かなくて、手を伸ばしても届かない。 嫌だ、嫌だ、嫌だ…!!! 早くあそこにいないと、彼は死んでしまう…早く行かないと!!! ぐらりと、サスケの体が揺らぐ。 ぼろぼろと涙を流すサクラが悲鳴を上げた。 誰かっ!!!助けてっ!!!! ばさりと羽音が聞こえた。 ふわりと暖かい何かがサクラを包む。 …何? 涙を流しながら、サクラが振り向くと、そこには一羽の鴉。 鴉はサクラと目を合わせると飛び上がり、サスケの所へ飛んでいく。 鴉がサスケの周りを飛び回ると、彼はふわりと浮き上がり、怪我一つない体になって消えていった。 (…何?) サクラがその光景に呆然としていると、鴉はどんどんと上に飛んでいく。 (え…) その先には、大きな枝垂桜が、満開の花を付けていた。 「サクラちゃん起きて!時間よ」 「ん…」 ゆさゆさと揺られる気配に目を覚ませば、何かを焦ったようなヒナタの顔。 「…どうしたの?ヒナタ」 「どうしたのじゃないよ、サクラちゃん…もう少しで出発の時間だよ?」 「え!?」 彼女の言葉に飛び起き、サクラは慌てて身支度を始める。 髪が〜と、叫び声を上げるサクラを見ながら、ヒナタはくすくすと小さく笑った。 「私、食堂行ってくるね」 「うんっゴメンっ!」 ここの研究室にある食堂は、時間に不規則な忍に合わせてくれるよう24時間開いている。もともと、研究することが多い医療班に属する忍は、この研究室で寝泊まりするものも多い。それも考えてくれた結果なのだろう。とは言っても、夜や朝方は、日持ちのするパンや飲みのが置いてあるぐらいだ。 自販機のようにお金を入れれば落ちてくるそれを取りに、ヒナタは一人食堂に向かう。 「あ〜もう、すっごい変な夢だったわ…」 寝癖で跳ねてしまった髪をブローしながら、サクラは鏡を見てぶつぶつと呟く。 はっきりと内容を覚えているわけではない、ただ嫌な感じの夢だった。しかし… (あれは、何だったのかしら) 鴉と桜の木。 何故かそれだけが印象深い。サクラは手首に巻いている、色あせた紐に目を落とした。 (…まさかね) 何故それを見てしまったのだろう。今では寝るときも肌身離さず、つけているそれを。 イルカが死んだと聞いた時から、お守りのように体の一部となって、つけているそれを。 「ふうっ」 ようやく、髪の仕上がりに満足して、気合いを入れるよう鏡の自分を睨む。 また、あの戦場に行くのだ。戦うとは違った意味の、負傷者だらけの戦場に。 そこに見知っている人がいないことを願いながら、サクラは鏡の前を離れた。 「あ…戻ってたんだ、ヒナタ」 がちゃりと洗面台のドアを開けたサクラは、ヒナタが持つ朝食に目を止め、ありがとうと微笑もうとしたが。 「…ど、どうしたの!?ヒナタっ!」 「サ…サクラちゃん…」 がくがくと震える、尋常でない彼女の様子に、サクラは慌てて駆け寄った。ぐたりとサクラにもたれかかるように、体を落としたヒナタは、震える声で言った。 「赤の…城に取り残されている人がいるんだって…その中に…キバ君とかシノ君とか…サスケ君がいるみたいなの」 「…え?どういうこと!?ヒナタっ!」 遠くを見るヒナタを揺すり、サクラは彼女を正気づかせる。 今彼女は何と言った?サスケが…残されていると、赤の城に? 「い…今ね、赤の城の前戦に言っていた医療部隊の人と会ったの…そしたら、赤の城に入った部隊がいて…その中に、キバ君とか居たって言うの…その人…私達がスリーマンセル組んでたって知っていたから…教えてくれたんだけど…」 だが、彼らを助けるための援軍を出す余裕はないだろう。 下手をしたら…見捨てられるかもしれない。 「…嘘…」 「サクラちゃん…どうしよう、どうしよう!」 そんなことを聞かれても、自分には何もできないと、どこかで冷静な自分の声がする。 「サクラちゃん…」 その中にサスケもいる? 何故? どうして? 「本当…なの?その人…どこにいるの!?」 サクラの剣幕に、ヒナタはびくりと震え食堂と呟いた。サクラは仮眠室を飛び出し、そこへ向かう。 (嘘、嘘、嘘。サスケ君がそこに何で!?) 赤の城の戦いに加わっていたことは知っている。だが、何故彼がその城に取り残されているのだ。キバやシノのことは知っていても、何故サスケのことも知っているのだろう。 見間違いであって欲しい、そう願ってヒナタの言われた特徴の人を見つけ、問いかけたのに。 「あのうちはの生き残りだろう?あいつも、護衛部隊に居たはずだよ」 気の毒そうに告げられた言葉に、何も考えられなくなった。 ふらりと、夢の記憶が蘇る。 血だらけで自分に手を伸ばしていたサスケを。 嘘だと叫びたいことを押さえ、サクラはヒナタと共に、薬を受け取りに向かう。 「…どうした?よく眠れなかったのか?」 昨日と同じ忍が、そう聞いてきたが、2人は首を振るだけしかできなかった。 さくら(2003.10.28) |