さくら

第9話:純白の使者



…どんなに、急いでも、あそこまでは3日。
着けたとしても、自分には何もできない。

見捨てられるかもしれない。

それは、忍が任務を行う上で、ありえる可能性。
だが、その中にサスケが…キバがシノがいる。

一緒にアカデミーを卒業した仲間達。
その顔ぶれが消える…

…そんなの…嫌…だ…

どうにもできないのか、自分には。
何故力がないのだろう。
助けてあげることができないのだろう。
彼らはまだ城の中で戦っているという、来るか来ないかわからない援軍を、仲間を信じて。

翼があればいいのに。
地を駆ける足でなく、空を飛びだつ翼が。
そうしたら、その翼を広げて、今すぐサスケの元へ羽ばたくのに。


『もし…サクラが忍として助けが必要になった時、その紐をその木に結び付けて欲しい』


ふいに、頭の中にイルカの声が響いた。

「…サクラちゃん?」

今まさに、里を出ようとしていたのに、急に立ち止まったサクラを怪訝そうにヒナタが振り返る。

(忍として…助けが必要…)
「…ヒナタっ!ここで待ってて!!!」
「サクラちゃん!?」

突然里に戻るサクラにヒナタは声を上げた。
すぐ、戻るから!
そう叫びどこかに駆けていく少女。ヒナタは困惑したまま、そこに立ちつくしていた。


まだ朝方のアカデミーを抜け、サクラは裏山へと走る。
サクラは手首に巻いてある紐を見ながら、一心不乱にあの場所へと向かっていた。

「…これ…だ…」

乱れた息を感じながら、サクラは大きな桜の木を見上げた。
それは、裏山の頂上に行く途中にある、樹齢何百年だろうかと思えるほど大きな幹を持っている。誰もがこの木ののことを知っているが、華が咲いたという記録はなく、病気でもないのにと首を傾げ、アカデミーの七不思議となっている位だ。

(…どうしてこれを思い出したんだろう)

閃いたように、イルカの言葉を思い出した。
紐を見る度に、イルカの顔を思い出すことはあったが、彼の言葉は忘れていた。それよりも、彼が自分の前から姿を消した顔ばかりが記憶に残っていたからだ。
考えてみれば、最後に会った時のイルカは、意味がわからないことばかり言っていたように思う。なのに、日々の忙しさと自分のことに精一杯で、深く考えることをしなかった。

「それなのに、こんな時に思い出すなんて都合が良いかな…?」

するりと紐を解いて、サクラは一歩桜に近づいた。

「忍として…か、これが忍として助けが必要なことかわからないけれど…」

『必ず何かが起きるから』

イルカはそう言っていた。

助けて、助けて、助けて欲しいのイルカ先生。
虫のいい頼みかもしれない。

けれど…

「…イルカ先生。サスケ君が…ううん、キバやシノが赤の城に取り残されているの。今、あの城は戦いが激しくて…助けに行けないかもしれないんだって」

紐を堅く握りしめて、桜を見上げる。ふいに、涙が頬を伝わった。

「み…すてられるかもっ…知れないのっ…」

ごしごしと、目を拭いも涙は止まってくれない。

「わかってるの!忍なら、そんな可能性もあるってこと。でも、でも…私…悔しいっ!何もできないの。そこで一緒に戦うこともできないし、行くこともできないっ。私…私…」

ぶるりと首を振って、サクラはどうにか涙を止めた。そして、桜の枝に上がり、紐を結ぶ。

「サスケ君を…助けて…イルカ先生」

桜から飛び降り、サクラは待った。
イルカがそう言ったが、サクラには何が起きるのかはしらない。だから、ただ待つしかない。
風が吹き、華のない桜の木が揺れる。だが、いくら待っても何も起きなかった。

「…なんで?何も起きないの?」

期待した分、裏切られた気持ちは大きくて、サクラは叫ぶ。

「どうしてっ!?何で何も起きないの!?何で何で!!!」

イルカは言ったではないか。
忍として、助けが必要ならこうしろと。
なのに何も起きない。
何も起こらない。

自分が聞いたのは間違いだったのか?
イルカが言った意味は違ったのか?
それとも、こんなことで頼ってはならないのか?

『必ず何かが起きるから』
「今…なのに、それが起きて欲しいのは今なの。サスケ君を助けて欲しいの!必要なのは今なのにっ!!!今なのにっ!!!!」

死なせたくない、サスケを死なせたくないのに。
必要としているのは今。
見捨てられるかもしれないという今なのに!

「お願い!!!イルカ先生っ!!!」

でなければ、もう助けが必要な日なんてこない。


「…ふうっ…っくっ…」

ぺたりと地面に座り込み、サクラは声を上げて泣き続けた。
好きな人が死んでしまうかもしれない恐怖。
怖くて、苦しくて、悲しくて、任務があるというのにこの場を動けない。

「お願い…助けて」

今、助けが必要なの。

カァ

不意に聞こえてきた鴉の声に、サクラは顔を上げた。
しかし、どこを探しても鴉の姿は見つけられなかった。
サクラは頬に涙を伝わせたまま、ぼうっと空を見上げる。

「行かなきゃ…ヒナタ…待ってる…」

のろりと立ち上がり、サクラは体を引きずるように動き始める。
最後の希望のように、ここに来たのに、願いは叶わなかった。お守りのように肌身離さずつけていた紐も願いを叶えてはくれなかった。

「…行かなきゃ」

ぐっと、足に力を込めた瞬間。

後ろから膨れあがったチャクラの波動。
驚き振り返れば、そこにあったのは…

「…嘘…」

満開の花を付けた枝垂桜。
一度も咲いたことのないと言われていたサクラが、光輝き華をつけていた。
信じられない思いでそれを眺めていれば、すうっと何かに引かれるように光が一カ所に集まっていく。その先にあるのは、サクラが巻いた紐。
光が膨れあがり弾けた。

「きゃぁっ!?」

顔の前に手をかざし、光から守る。だが、光はサクラを傷つけることなく、優しく輝いているだけだった。
おそるおそる手をどけて、もう一度桜を見れば、イルカから渡された紐が、どんどんと形を変えていく。

「あ…」

そしてそれは白い一羽の鴉になった。


鴉はぶるりと震えるように羽根を振り、翼を延ばす。そして黒い目をぱちりを開け、サクラを見下ろした。

カァ。

バサリと翼を広げ、鴉がサクラのもとへ舞い降りる。驚いたままのサクラの周りを飛び回り、鴉はふわりと肩に降りた。

「えっ?えっ?」

一体どういうことなのかと、困惑したままのサクラに、鴉は体をこすりつける。

【大丈夫】

脳裏に聞こえた誰かの声に驚き、目を見開けば、鴉が肩から飛び上がる。
サクラが空を見上げる中、一度空を旋回し鴉はどこかに飛び去っていった。

「…何…今の…?」

ふと、枝垂桜を見上げれば、そこには何もなかったように、花一つ付けていない桜の木が静かに佇んでいるだけ。

「…夢?」

今見たことがなければ、何も代わっていない景色。しばらくの間、サクラはこの場に佇んでいたが、どこからか聞こえる自分の名を呼ぶ声に我に返る。

「…ヒナタっ!」

任務のことを思い出し、サクラは慌ててこの場を離れた。
一刻も早く行かなくてはいけないのに、自分は何をしていたのだろう。
全速力で走るサクラは、自分の手首にあの赤い紐がないことに、気づいていなかった。



薄暗い森の中。
許可なくば、例え仲間であっても入ることを拒む森。
そこに住む野生の生き物でさえも、他者の進入を許さないその場所に住む鳥たちが、進入してくる影を見つけ、殺気立つ。

警告するように、何かの鳥が鳴いたが、近づいてくる影は止まらない。それを見て、鳥たちが鳴き出した。
だが…

カァ!
それを止めた鴉の鳴き声。
鴉はこちらにやってくる白い影を見て、鋭い鳴き声を上げた。

カァカァカァ!

空に飛び上がり、仲間に合図する。その声を聞いて、この森に住んでいる鴉たちが一斉に鳴き出す。
最初に飛び上がった鴉は、白い影に近づくとそれを先導するように前を飛んだ。

それを聞いて、ここに住むことを許されている者達が、何事だと外に飛び出してきた。

「…おい、あれは」

白い影を連れてきた鴉。それを見て、男達は目を見開いた。

「…とうとう、時がやってきた」
「!夜斗!!」

夜斗と呼ばれた男が手を挙げれば、その手に白い影が降り立つ。

純白の、白い鴉。

男達は白い鴉を手に止めた男の周りに集まった。

カァカァカァカァ

その意味を悟ったように、森に住む鴉たちがこの場所に集まって来る。
それは集まっている男達も同じで、ただ夜斗の言葉を待っていた。

「出るぞ」
「「「はっ!!!」」」

一斉に男達が消え、鴉が飛び立つ。夜斗は白い鴉を愛おしそうに撫で、呟いた。

「御意…」

それを聞いた途端、白い鴉は姿を消し、手にはあの紐だけが残される。それを見て、夜斗は小さく笑った。

さくら(2003.10.30)