さくら

第7話:流行く日々



木の葉に2度目の冬が来る。
いや、この言い方は正確ではない、生まれてからずっと冬はあったのだから。
私が忍になってから2度目の冬。
悲しみをすべて被ってくれた一度目の冬を乗り越えた、2度目の雪だ。

あれから、自分達は中忍に昇格して、スリーマンセルはばらばらになってしまった。
時々、里に戻ってきた2人には会うものの、前線に出ている彼らと違って、医療班に身を置く自分が共に任務をすることはない。
それでも、顔を合わせれば、顔が綻ぶのだから、スリーマンセル時代の仲間は大切だったのだと思う。

ねぇ、イルカ先生。

貴方が居なくなってから、一年と少し経ちました―――



「ああ、もう目がぐるぐるする〜」
「大丈夫?サクラちゃん…」
「あ、ありがとう。ヒナタ。貴方こそ大丈夫なの?」
「うん…」

目覚めのコーヒーを持ってきてくれたヒナタに礼を言って、その暖かさにほっと一息ついていると、ヒナタはサクラの机を覗き込んだ。

「…徹夜?」
「うん。どうしても配合の計算が合わなくて…これでいいはずなんだけど」

サクラと同じく中忍に昇格して医療班に配属されたヒナタは、サクラと同じ開発部に身を置き新薬の開発に携わっていた。
彼女の『白眼』という血継限界の力を、医療に役立てると自ら志願したらしい。かつて、昏睡状態におちいっていたサスケを目覚めさせた綱手の力を見せられたサクラは、あの時からこの道を選ぶことを決めていた。
任務に行く忍達に少しでも手助けできる薬を。
それがより過酷な任務に赴かせる矛盾に、唇を歪めながらもサクラは新たな薬の開発に全力を注いでいるのだ。

「あのね、サクラちゃん…さっき耳に挟んだんだけど…」
「え?何を?」
「うん…」

辺りに誰もいないことを確認して、ヒナタはサクラの耳に唇を寄せた。

「赤の城攻め、難攻してるんだって…」
「あ…あの。確か2ヶ月前ぐらいから、大掛かりな戦に変わったあれよね?」

ことの発端は、領主同士の小さな諍いだったという。
だが、その諍いに口を出してきた者達のせいで、諍いが大きくなり戦になってしまった。そのため、木の葉も忍を大量に投入するはめになったのだが、敵の城が思いのほか堅牢でなかなか落とすことができないという噂だった。

「うん…それにね、キバ君もシノ君も行っているの…ちょっと心配かな…」
「え?そうなの?確か、サスケ君も行ってるらしいのよね…」

一気に暗くなってしまった少女2名。
それを見計らったように、2人の上司が出勤してきた。

「うわ徹夜か?ご苦労さまだな」
「「おはようございます」」
「おはよう。真剣にやってくれるのはありがたいけど、根を詰めすぎるなよ?」
「大丈夫ですよ」

忍にしては、出ている腹を揺すりながら、ここの責任者である『開発部主任』は自分の席にドスンと座る。全体的にふっくらとして、温和な顔をしていることから福の神とのあだ名がつけられているが、彼はこの里でも指折りの薬の開発者だ。
現在使われている薬の開発に、殆ど関わっていると言われ、薬草の知識は火影にも勝るとも劣らない。

「あ、主任!お早いですね!」
「貴方もね。どうしたんんですか」
「新人が徹夜組なのに、いつまでも寝てられませんよ。よ、おはよう」
「「おはようございます」」
「大丈夫かい?コーヒーのお世話になってる?」
「ええ」

ちょっとと言って、肩を竦めたサクラを、先輩がそうだよなぁと頷く。俺もがんばらなきゃと、自分の席に行くが、彼は昨日まで3日ほどここに泊まって、新薬の開発に着手していたのだ。

「ああ、そうだ聞きました?主任。赤の城のこと」
「うん?」

先輩が椅子をぎゅっと回して、主任へ首を回した。

「あっちで、かなりの負傷者が出たらしんですよ。それで、他の部とかも借り出されるって話ですよ?」
「ほう?」
「もしかしたら、うちのところにも来るかもしれませんねぇ」

呑気に会話する2人に、サクラとヒナタはすうっと背筋が冷えてくるのを感じていた。

(怪我人…サスケ君は大丈夫かな…)

スリーマンセル時代の仲間を思いだして、サクラは不安になった。隣で同じく暗くなってしまったヒナタを気遣うために、笑みを見せたが、それは彼女の気分を紛らわすものではなかったようだ。
こんな時、自分も前戦に出ていく医療部隊に配属されれば良かったと思う。だが、まだ自分には経験不足で、それに従事できる力はない。
もっともっと知識を得て、サスケやナルトの力になりたい。

「主任!いますか?」
「ほいほい?」
「医療部隊からですよ」

その言葉に、全員がさっと背筋を正す。医療部隊から巻物を預かった忍が、主任にそれを渡すと、彼はすぐに巻物を開いた。

「…どうやら、予想が当たったようですね」

うげっと頭をかき回す先輩を横目に、サクラとヒナタは顔を見合わせる。

「直ちに準備をしてください。我々に任務が来ました」

負傷者の手当と言う任務が。
主任の合図に、サクラ達は走り出す。
ありったけの薬を持って、負傷者を助けるために。



「包帯!早く!!!」
「誰か手を貸して!!!」

サクラ達がその場に着いた途端、目に入ったのは怒号と怪我人の数。テントに入りきらないほど負傷している仲間達に、サクラとヒナタだけではなく、同じくここにやってきた先輩や他の班も驚いたようだった。だが、さすが経験慣れしてるのか、すぐに手の足りない所へと走っていく。サクラとヒナタもそれに続いた。

「薬は!?」
「はい!これです!」

むせかえるような血の臭いと、うめき声。サクラはヒナタと別れ、包帯を抱えて走り回っていた。
取り替えても取り替えても、白い包帯はすぐ赤く汚れる。
苦しそうに呻く彼らに、サクラは声をかけながら、薬を与え続けた。

(一体何があったんだろう)

かすれる息を出す怪我人を見ながら、サクラは思う。
確かに戦いが激しくなったと聞いていたが、木の葉がこれほどダメージを受けるほどの戦いだっただろうか。

「ぼさっとしてないで!包帯取って来てっ!!」
「はい!すいません!!!」

手を止めてしまったサクラを、先輩が怒鳴る。テントを飛び出し、自分達が持ってきた医療道具の場所へ向かうが、まだ2時間も経っていないというのに、それは半分の量に減っていた。

「…こんな…」
「これじゃあ間に合わないかな」
「主任!」

後ろから聞こえてきた声に振り向けば、今し方到着した主任が薬の量を見て、呟く。もう怪我人の所に行ったのか、彼の服は血で汚れていた。

「一体何が」
「私も詳しくはわからないがね、奇襲攻撃を受けてしまったらしんだよ」
「奇襲攻撃!?」
「うん。それも爆発のようなもの。範囲も広かったらしくてこの有様のようだ。それも前戦に出ていたものでなく、後方待機の彼らがね…」
「場所がばれていたということですか?」
「そのようだ」

本拠地となっていた場所が、敵方に漏れ、そこを襲撃されたらしい。直ちに陣を別の場所に移したが、負傷者があまりに多かったため、彼らを一時木の葉の近くまで移動させたようだ。

(…ということは、まだ動けない人もいるのよね…)

ここにいて、手当を受けられるならば良かった方。重傷者や命が消えかかっている人たちは、襲撃された場所に残されたのだ。
サクラはぐっと唇を噛みしめ、少なくなっていく薬を睨む。
そこに、サスケがいないことを願いながら。

「先ほど里に式神を飛ばしましたが、それだけでは足りないかもしれません。春野中忍。日向中忍と一緒に、一度里に戻って減り具合の早いものをもう少し調達してくれますか?」
「わかりました」

サクラは主任に頭を下げると、包帯を手に取り、先輩のところに戻っていく。

「先輩、ヒナタを知りませんか?一度里に戻って薬の補充に行かなければならなくなったんですが」
「ああ、それなら、外だと思うよ。さっき薬を置きにきてくれたから。気をつけて」
「わかりました」

サクラは先輩に礼を言うと、ヒナタを探す。うめき声を上げる怪我人の間を通りながら、探していれば、一人の忍の前で泣いている彼女を見つけた。

「ヒナタ?」

ぽろぽろと泣いていたヒナタは、サクラの声に顔を上げた。彼女の手が、忍の手を握っている。
目を向ければ…その忍はもう息をしていなかった。

「…ヒナタ」
「ありがとうって…言われたの」
「…そう」

ここにこれたのが奇跡と思えるほど、死んだ忍の怪我は酷かった。腹から滲み出ている血に、ぐっと拳を握り、サクラは悲しみを押し殺す。

「ヒナタ。私達は一度里に戻って、切れそうな薬の調達に行くわ。すぐ準備して」
「…わかったわ。サクラちゃん…」

名残惜しげに、その忍の手を離し、ヒナタは手を合わせる。サクラもそれに倣い、2人は顔を上げた。

「行こう」

主任から預かった薬のメモを懐にしまい、2人はこの場を後にした。
彼女たちが戻るまで往復約一週間。
それまでにどれほど生き残っているかわからない。

(…これが戦場)

前戦なのだと、サクラは苦い思いを胸にしまい走り出す。

早く戻ってくるから、死なないで。

苦しんでいる仲間達にそう約束して、2人は里に向かった。

さくら(2003.10.26)