さくら

第6話:別れの訃報



「なぁなぁ、イルカ先生いつ帰って来るかなぁ」
「そんなの知るわけないでしょう。静かにしてよ、ナルト」
「わかってるけどさ。もう一週間になるんだってばよ、サクラちゃん」

てくてくと、任務が終わって帰る7班の子供達は、毎日のようにイルカのことを聞いてくるナルトに、いささかうんざりしていた。だが、こうやってサクラが相手にしなければ、ナルトはサスケに突っかかり、喧嘩が始まってしまう。だから仕方なく相手をしてるが、ナルトの気持ちがわからなくもない。

(ナルトにとってはイルカ先生って、親と同じぐらい大切な人だもんね)

始めて自分を認めてくれた人なんだと、イルカからもらった額当てを着けたナルトは、とても誇らしそうで、見ている方も笑いが零れる。暇があれば、イルカのもとへ、ラーメンだとか、報告書だとか理由を付けて合いたがっていた。まぁ、最近はもう忍だからとそれを控えていたようだが、それでも長い間彼が近くにいないと不安なのだろう。

「イルカ先生だって中忍だ。それぐらいわかれよ、ドベ」
「んだとーーサスケっ!」
「こら!ナルト!」

ったくもーとサクラは溜息をつく。仕方がないと、サクラは腰に手をあてて、ナルトを睨んだ。

「じゃ、アカデミー行ってみる?もしかしたら、イルカ先生が帰って来る日わかるかもしれないし」
「本当っ!?行く!行くってばよ!」
「言っておくけどっ!かもだからね!かも!」
「わかってるってばよ!サクラちゃん!」

途端に、機嫌を直すナルトに、サクラは笑いアカデミーに向かって歩き出す。サスケが横で、仕方がないと呟き、3人は揃ってアカデミーへと向かって行ったのだった。


「あれ、何お前ら」
「あっ!カカシ先生、まだ終わってなかったのかってばよ」

受付所についた子供達は、そこに担当上忍の姿を見つけ、彼に駆け寄った。

(あ〜ちょっとまずいかも)

カカシに飛びついたナルトは、当然のごとくイルカのことを言ってしまうだろう。
漠然とカカシが気落ちしていることを感じ取っているナルトだが、その理由がイルカにあることまでは知らないに違いない。
ナルトを連れ出したいが、この状況でそれをやってしまえば、かえってカカシに不信を抱かせる。サクラは頭を抱えながらも、妙案が浮かばないことに焦り始めていた。

しかしそれは。


全く別の形で伝えられた。
最悪の、形で。


「おいっ!大変だっ!!!」

がらりと、受付所に入って来た忍は、カカシ達を見て、一度ぎょっとした顔になる。忍は、その同様を押し隠すように、ぺこりと頭を下げ、そそくさと同僚達の所に向う。

「何かあったのかなぁ?」
「さぁねぇ。アカデミーの方で問題が起きたんじゃないの」

自分には関係ないだろうと、大して興味もないカカシだが、その忍が、同僚達にこそこそと呟く様を何気なく眺めていた。

(まぁ、内部の恥を知られるわけにもいかないだろうしねぇ)

そんなことを呑気に考えながら、でもここで話すのもどうよと思っていた。

「「!!??」」

忍の言葉を聞いて、同僚達が一斉に青ざめた。 嘘だろうとか、まさかと彼らは呟き無言になる。
そして、何故か彼らはこちらを見てくる。

「「「???」」」

子供達はその理由がわからなくて、居心地の悪い思いをしていたが、受付に座る忍達はそれどころではないらしい。それに、痺れを切らせたのはナルトだった。

「一体なんだってばよ?」

ナルトがそう言うと、彼らははっと表情を戻し、首を横に振った。しかし、それに納得しないのは、ナルトだけではない。

「俺らに関係すること?終えた任務で何かあった?」

そうカカシが聞いたが、何もと答えが返るだけで。
容量を得ない彼らに、カカシが苛立った時、乱暴に扉が開かれ、一人の忍が駆け込んでくる。

「おいっ!!!イルカが死んだって本当かっ!?」


え?


「馬鹿野郎!!!」

真っ青な顔で椅子から立ち上がった忍は、駆け込んできた忍を叱るが、その言葉は取り消されることはなく。

「…何言ってるんだってばよ」
「あ…」
「何言ってるだったばよ!!!今っ!!!何言ったんだってばよ!!!」
「「ナルトっ!!!」」

ナルト達に初めて気づいた忍は、自分の失言に口を塞ぐが、後の祭り。折角、ナルト達に気づかれないようにしていた努力が水の泡だった。詰め寄ろうとする、ナルトをサスケとサクラが必死で押さえる。

「嘘言うなってばよ!!!嘘言うなってばよ!!!」
「落ち着けナルトっ!!くっ…カカシっ!!」

どうにかしろと、サスケが上司に助けを求めたが。

ドンッ!!!

「…それってどういうこと?」

上忍の殺気を受付所中に振りまいて、カカシは不用意な発言をしてしまった忍に一歩近づく。
そのあまりの殺気に、子供達も受付所にいた忍達もがたがたと震え、吐き気を催すほど気分が悪くなっていた。

殺される…!

「知…知らないっ!!俺はただっ!職員室で聞いただけっ…!!!」

喉をかすれさせ、睨まれている忍は途切れ途切れに言葉を発し、がくりとその場に尻餅を着く。答えを言えたのが奇跡のようだと、誰もが思っている中、すっとカカシが姿を消した。

「カカシ先生っ!!!」

上司を思って叫んだサクラの声に、サスケも我に返る。カカシの尋常ならぬようすに、サスケは何か感じ取ったらしく、小さく舌打ちしていたが、殺気の余韻は残ったままらしく顔は青ざめたていた。
2人の手が緩んだ瞬間、ナルトがそれを振り切り、受付所を飛び出す。

「ナルトっ!!!サスケ君!!!」
「あのウスラトンカチっ!!!」

ナルトをサスケに託し、サスケは自分の気持ちを落ち着けるよう一度大きく息を吸う。

(…イルカ先生が死んだ…?)

ありえない…いや、忍という職業についたならば、その可能性はあるはずだった。だが、何故かサクラの気持ちは落ち着いていて。まず、その情報が事実なのか確かめなくてはと、冷めた自分の声がする。
受付所を出たサクラは、知りたいことをどこに行けば知ることができるだろうと、考える。姿を消したカカシのことも気になり、まだ下忍ということで、行動に制限がついていることをこれほど悔やんだことはない。

「おいおい、どうしたってんだ…?」
「!アスマ先生!」

サクラは、タバコを吹かす上忍を天の助けのように見つめた。



サクラは殉職者の名が刻まれている慰霊碑を眺めていた。
墓もなく、ただ名を刻まれているそれ。
彼らの存在は、これと彼らに関わった人たちの心にしか残されていない、自分もいずれはこの中に入るのだろうかと思いながら、サクラはその固い感触を手に伝えた。

イルカが行方不明になったのは、3日前だという。
隣国に手紙を届ける、簡単な任務。それを依頼した人も届け先も、大名や商人というわけでもなく、一般の人の急ぎの手紙だったから彼は一人で任務についた。なのに、予定の帰還を過ぎても帰ってこないばかりか、連絡もない。道に難儀しているのだろうと推測されたが、同時に他国の忍がその辺りをうろついているとの情報も入ったため、まだ正式に火影に就任していない綱手の変わりに、『ご意見番』と呼ばれる一人が、暗部を差し向けた。
そして、そこで彼らが見つけたものは。

イルカが帰還の使うルートの途中にあった、激しい戦闘の後。
火遁系の爆発で吹き飛ばされたと思われる地面。そして…血まみれの認識票と粉々に砕けた額宛だったという。

そこには、誰のものとは判別つかなかったが、人体と思われるものも含まれていたと言い、暗部がイルカの死を伝えた。


それを聞いて、一番動揺したのはやはりナルトだった。
『ご意見番』達に、嘘だと大声で否定の声を上げたものの、覆ることのない現実に打ちのめされて、ナルトは部屋を飛び出した。サスケがその後を追って言き、カカシとサクラがその場に残される。

「…本当にイルカ先生だったんだすか」
「断定はできぬ。だが、可能性は限りなく高い」

限りなく高い。
それは忍にとって、死んだといわれているようなものだった。
サクラは、完璧に自分の感情を押し殺し、平静を装うカカシを見上げる。
そして、退出の命を受けて二人は部屋を出たが、カカシはサクラに謝って先に姿を消してしまった。


「…ねぇ、イルカ先生。皆ね、先生が死んだって聞いて、すごい悲しんでるの」

アカデミーでも光が消えたようだと誰かが言っていた。今朝、イノが自分を気遣って会いに来てくれた。

「ナルトは勿論…サスケ君も…カカシ先生も。皆、イルカ先生が死んだって…信じてないのよ?」

すっと、慰霊碑に指を這わせるが、そこにイルカの名は刻まれていない。

「貴方は死んでないって、慰霊碑に刻むことを拒否したんですって…」

普通は、そんな意見など通るはずもないが、それに賛同する声が多すぎて、イルカは死んだと書類上処理されながらも、慰霊碑に刻まれるのを先送りされたという。

「勿論、それを言ったのカカシ先生なんだけどね」

今、サクラ達は任務をしていない。
ナルトのショックが大きすぎて、彼をケアすることの方が重要視されているからだ。そのため、サクラには時間がありすぎて、今日一人で修行し終えた後、ふらりと慰霊碑のところへ来て見たのだった。

「…イルカ先生。私ね、全然悲しくないの、先生が死んだって聞いても涙が出ないの」

ナルトが人目を憚らず泣き、サスケも眼を潤ましたというのに、何故かサクラは泣けなかった。
悲しいという感情が湧いてこないのだ。
サクラを心配して来たイノも、そのことに驚いていた。

「…あのね、先生。私先生が死んだって気がしないの」

皆が信じないと言って、イルカの死を否定しているが、サクラはただ単に死んではいないと思うのだ。

ありえないとさえ。

何故と聞かれてもわからない、小さな確信のようなもの。
サクラは、イルカと最後にあった時渡された赤い紐を手首に巻きつけていた。

「…ねぇ先生?貴方は私に何を願うの?」

ざぁっと風が吹き、木の葉が吹き荒れた。
遠くで一羽の鴉が鳴いた。

さくら(2003.10.25)