さくら

第3話:悲しい予感



「なぁサクラちゃん。今日のカカシ先生変だってばよ」
「…カカシ先生が変なのはいつものことでしょ」

ゴミ拾いという任務中に、こそこそと話しかけて来たナルトに、サクラはそう言って、空き缶をビニール袋に入れた。だが、ナルトは納得しないのか、だってさぁと続ける。

「遅刻はいつものことだけど、なんかいつも以上にぼーっとしてるってばよ。ほら」

ナルトが指を差した先を見れば、木の上で本を読んでいるカカシ。時々肩を揺らしているのを見て、サクラの目が軽蔑色に染まる。

「…どこが?」
「え…えっと」

それを見たナルトも、自分の言葉を一瞬疑ったが、すぐに絶対そうだってばよ!と言い切った。

「…変だな」
「サスケ君!」
「え?やっぱ、お前もそう思うってばよ!」

ゴミで一杯になった袋を持ちながら、やって来たサスケはちらりと目線を上げる。

「…何さぼってるの?お前ら」

じっと自分を見上げている子供達へ、カカシが声を落とすとサスケはふうっと息を吐いて。

「本が逆だ」
「あ、本当だってばよ!」
「うわ〜」

サスケの指摘通り、「イチャイチャパラダイス」の文字が逆さまだった。じーーっと見てくる子供達に、カカシは手を振る。

「上忍は逆でも本を読めるんだよ〜」
「…嘘だってばよ」
「見苦しい言い訳だな」
「なさけな〜い」

やれやれと、肩を竦めて再び任務に戻った子供達。だが、サクラだけは嫌な予感に唇を噛みしめる。

(イルカ先生と何かあった…?)

カカシが本が逆だったなど、気づかないほど動揺していること。
昨日、イルカと交わした会話を思い出す。

(気のせいよね。杞憂よね…)

まさか。


別れたなんてありえないよね…?先生。


早く聞きたいのに、その日の任務は夕方近くまでかかった。
ナルトが今日はイルカ先生にラーメンを奢って貰うんだと、カカシについて行くので、サスケとサクラもそれに従った。

(イルカ先生…)

イルカの名が出ても、カカシには何の変化も見られなかった。だとすれば、やはりあれは杞憂だったのかと、サクラは内心ほっとして、受付所へ向かうことができたが。

「え〜イルカ先生いないの?」
「任務に出てるんだよ」

そう話すナルトと受付所の人の会話に、カカシが安心したように肩を緩めたのをサクラは見てしまった。

(…何今の…)

見間違いだと、気にしすぎだと、自分に言い聞かせても嫌な予感は消えない。

「…サクラ?」

顔を青ざめさせたサクラに、サスケはどうしたんだと無言の問いをするが、サクラは言葉を返せなかった。

「…イルカ先生は…」
「え?」
「いつ戻って来るんですか…?」
「ああ、明日には戻ると思うよ。火影様の使いだから。それより大丈夫か?顔色が悪いよ?」
「あ、本当だってばよ!どうしたんだよ、サクラちゃん!」
「え…あ、何でもないわ。ちょっと疲れてるのかしら」

顔をのぞき込んで来るナルトに、力無い笑みを見せる。心配そうな青い瞳に、大丈夫だと念を押して、無理矢理笑みを作った。

「本当だな。もう帰った方がいいな」
「あ、はい。じゃあ、お先に失礼します。じゃ明日ね、サスケ君、ナルト」

サクラは3人に手を振って、受付所を後にした。しばらく廊下を歩いてから、誰もいないことを確認して走り出す。

(違うよね、違うよね。気のせいだよね)

何故だか涙が溢れて、サクラは乱暴にそれを拭う。
明日になれば、イルカに会える。そうして、喧嘩をしたんだよと、苦笑する。
サクラは考えすぎだと、頭を叩かれて…自分はごめんなさいと笑うのだ。

きっと、必ず…


「サクラちゃん大丈夫かなぁ…」
「そう言えば最近変だな…」

ナルトとサスケの会話に、カカシはえ?と首を傾げた。

「え〜カカシ先生気づいてなかったってばよ!なんかさ!なんかさ、最近のサクラちゃん悩んでいる見たいだったってばよ」
「任務中は何でもないけどな。お前が来る前とか、解散した後とか、口数が減る。おまけに…任務が終わった後、用事があると先に帰ることも多かったしな」

こくりと顔を見合わせ、サクラのことを心配するナルトとサスケに、カカシは自分のことが精一杯で全く気づかなかった自分へ、舌打ちした。任務前や終わった後ならば、カカシが気づく可能性はなかったのかもしれない。だが、それらしき兆候はあったはずなのだ。それを完全に見逃していた。その自分の思慮の低さを呪いながら、桜色の少女を思い浮かべる。

(一体何が…?)

一度彼女と話をした方が良いのかもしれない。
このままの状況が続けば、ナルトとサスケも心配するだろうし、任務にも影響が出るだろう。

「ま、心配するな。明日でも俺が聞いてみるよ」
「頼むってばよ〜先生」
「………」

珍しくサスケまでが、同意を示し、それじゃ解散しようかとカカシが告げようとした時、がらりと受付所のドアが開いて、アスマが入ってきた。

「…なぁ」
「?何?」

入って来た早々、困惑したような顔でアスマはカカシとサスケ、ナルトを見て、頭を掻く。

「お前ら何かあったのか…?」
「は?」

一体この熊は何を言うのかと、カカシが呆れた視線を送り、ナルトとサスケもわけがわからないという顔をしている。それを見て、自分の思い違いに気づき、なんでもねぇと彼らの間を抜けようとしたが、カカシに止められてしまった。

「一体何よ。気になるじゃない」
「あ〜何でもねぇよ。忘れろ」
「あのねぇ。あそこまで言って気にならない奴いないじゃない」

カカシにそう言われて、確かにそうだとアスマは思ったものの、それを言うのを躊躇った。しかも、ナルトとサスケもいる。

「あ〜はいはい。お前らはもういいよ」
「え〜俺も気になるってばよ!」
「…行くぞ」

上忍の話だろうと、サスケがナルトを引っ張っていく。それが完全に消え去ったのを確認して、で?とカカシが振り向いた。

「…今よ、来るときお前んとこの、くの一を見たんだ」
「サクラか?」
「ああ…んでさ。…泣いてたんだよ」
「は?」
「あ〜だからさ。何かあったのかと思ったんだよ俺は。そんだけだ」

話は終わりだと、受付に向かうアスマをカカシはがしっと掴む。

「なっ…」
「その話し、もっと詳しく教えろ」
「教えろって…!それだけだよ!後は何もしらねぇ!」
「お前が泣かしたんじゃないんだろうな!」
「はぁっ!?何で俺が!話したこともねぇのに、んなことするかっ!大方てめぇが何かやらかしたんだろうが!」

ぎゃあぎゃあと、言い合いを始めた上忍を、受付所の人たちが唖然と見ている。止めようにも相手が相手だ。下手に入れば怪我をしてしまう。

「何やってるのよアンタ達。邪魔」

そこへ一言。
ぴしゃりと2人の騒ぎを静めた、艶やかな声。
紅は、入り口付近で騒ぎを起こす2人の頭を、持っていた本でぱこんと殴った。

「タバコの灰落ちるわよ。アスマ」
「うおっ!やべ」
「あ!てめぇ!まだ話は終わってねぇぞ!」
「何がだよ!俺は教えてやっただけだろうが!感謝されても、非難される覚えはねぇぞ!」
「あ〜うるさいわね、カカシ。何アスマに絡んでるのよ。いい加減にしなさいよね」
「関係ないだろうが」

そういうカカシに、紅はへぇ〜と呟いた。

「昔の癖が出て、節操ナシが始まったのかと思ったわ。可哀想にね…よりにもよって変態に食われるなんて…」
「は!?何を…」
「お前も見たのか?」
「やっぱりそのこと?見たわよ。ちょうどアカデミーを飛び出した所をね」

ぎろりと、紅の赤い瞳がカカシを睨み、んなわけあるか!とカカシが叫ぶ。

「前のアンタならそう思われても仕方がないでしょ。女癖悪かったんだから。最近の落ち着きを見なければ、冗談で終わらせなかったけど」
「そうだよな〜、来る者拒まず、去る者追わずだったもんな」
「るさいね!だからって教え子に手を出すほど、落ちぶれてないよ!」
「耳元で叫ばないでよ。ちょうど良かったわ。カカシ、夜つき合いなさいよね」
「は!?何で俺が。俺はね、アスマに…」
「俺はもう話すことはねぇっ!」
「こいつも連れて行くから。いいでしょ。私もアスマも同じもの見てるんだから」

ぐいっとアスマの後ろ襟首を引っ張る紅に、まぁそれならと呟いたカカシは、彼らが報告書を出す間、上忍達の待機所にいると言って行ってしまった。

「おいっ!なんで俺まで」
「何か合ったわねあいつ」
「…おい」
「アンタに突っかかるなんてらしくないもの」

原因はイルカでしょうと、唇が動きアスマが小さく頷いた。

「…やっと、あいつにも心の拠り所ってものができたと思ったんだけど」

アスマの吐くタバコの煙が、ふわりと消えた。

さくら(2003.10.19)