「なぁサクラちゃん。今日のカカシ先生変だってばよ」 「…カカシ先生が変なのはいつものことでしょ」 ゴミ拾いという任務中に、こそこそと話しかけて来たナルトに、サクラはそう言って、空き缶をビニール袋に入れた。だが、ナルトは納得しないのか、だってさぁと続ける。 「遅刻はいつものことだけど、なんかいつも以上にぼーっとしてるってばよ。ほら」 ナルトが指を差した先を見れば、木の上で本を読んでいるカカシ。時々肩を揺らしているのを見て、サクラの目が軽蔑色に染まる。 「…どこが?」 「え…えっと」 それを見たナルトも、自分の言葉を一瞬疑ったが、すぐに絶対そうだってばよ!と言い切った。 「…変だな」 「サスケ君!」 「え?やっぱ、お前もそう思うってばよ!」 ゴミで一杯になった袋を持ちながら、やって来たサスケはちらりと目線を上げる。 「…何さぼってるの?お前ら」 じっと自分を見上げている子供達へ、カカシが声を落とすとサスケはふうっと息を吐いて。 「本が逆だ」 「あ、本当だってばよ!」 「うわ〜」 サスケの指摘通り、「イチャイチャパラダイス」の文字が逆さまだった。じーーっと見てくる子供達に、カカシは手を振る。 「上忍は逆でも本を読めるんだよ〜」 「…嘘だってばよ」 「見苦しい言い訳だな」 「なさけな〜い」 やれやれと、肩を竦めて再び任務に戻った子供達。だが、サクラだけは嫌な予感に唇を噛みしめる。 (イルカ先生と何かあった…?) カカシが本が逆だったなど、気づかないほど動揺していること。 昨日、イルカと交わした会話を思い出す。 (気のせいよね。杞憂よね…) まさか。 別れたなんてありえないよね…?先生。 早く聞きたいのに、その日の任務は夕方近くまでかかった。 ナルトが今日はイルカ先生にラーメンを奢って貰うんだと、カカシについて行くので、サスケとサクラもそれに従った。 (イルカ先生…) イルカの名が出ても、カカシには何の変化も見られなかった。だとすれば、やはりあれは杞憂だったのかと、サクラは内心ほっとして、受付所へ向かうことができたが。 「え〜イルカ先生いないの?」 「任務に出てるんだよ」 そう話すナルトと受付所の人の会話に、カカシが安心したように肩を緩めたのをサクラは見てしまった。 (…何今の…) 見間違いだと、気にしすぎだと、自分に言い聞かせても嫌な予感は消えない。 「…サクラ?」 顔を青ざめさせたサクラに、サスケはどうしたんだと無言の問いをするが、サクラは言葉を返せなかった。 「…イルカ先生は…」 「え?」 「いつ戻って来るんですか…?」 「ああ、明日には戻ると思うよ。火影様の使いだから。それより大丈夫か?顔色が悪いよ?」 「あ、本当だってばよ!どうしたんだよ、サクラちゃん!」 「え…あ、何でもないわ。ちょっと疲れてるのかしら」 顔をのぞき込んで来るナルトに、力無い笑みを見せる。心配そうな青い瞳に、大丈夫だと念を押して、無理矢理笑みを作った。 「本当だな。もう帰った方がいいな」 「あ、はい。じゃあ、お先に失礼します。じゃ明日ね、サスケ君、ナルト」 サクラは3人に手を振って、受付所を後にした。しばらく廊下を歩いてから、誰もいないことを確認して走り出す。 (違うよね、違うよね。気のせいだよね) 何故だか涙が溢れて、サクラは乱暴にそれを拭う。 明日になれば、イルカに会える。そうして、喧嘩をしたんだよと、苦笑する。 サクラは考えすぎだと、頭を叩かれて…自分はごめんなさいと笑うのだ。 きっと、必ず… 「サクラちゃん大丈夫かなぁ…」 「そう言えば最近変だな…」 ナルトとサスケの会話に、カカシはえ?と首を傾げた。 「え〜カカシ先生気づいてなかったってばよ!なんかさ!なんかさ、最近のサクラちゃん悩んでいる見たいだったってばよ」 「任務中は何でもないけどな。お前が来る前とか、解散した後とか、口数が減る。おまけに…任務が終わった後、用事があると先に帰ることも多かったしな」 こくりと顔を見合わせ、サクラのことを心配するナルトとサスケに、カカシは自分のことが精一杯で全く気づかなかった自分へ、舌打ちした。任務前や終わった後ならば、カカシが気づく可能性はなかったのかもしれない。だが、それらしき兆候はあったはずなのだ。それを完全に見逃していた。その自分の思慮の低さを呪いながら、桜色の少女を思い浮かべる。 (一体何が…?) 一度彼女と話をした方が良いのかもしれない。 このままの状況が続けば、ナルトとサスケも心配するだろうし、任務にも影響が出るだろう。 「ま、心配するな。明日でも俺が聞いてみるよ」 「頼むってばよ〜先生」 「………」 珍しくサスケまでが、同意を示し、それじゃ解散しようかとカカシが告げようとした時、がらりと受付所のドアが開いて、アスマが入ってきた。 「…なぁ」 「?何?」 入って来た早々、困惑したような顔でアスマはカカシとサスケ、ナルトを見て、頭を掻く。 「お前ら何かあったのか…?」 「は?」 一体この熊は何を言うのかと、カカシが呆れた視線を送り、ナルトとサスケもわけがわからないという顔をしている。それを見て、自分の思い違いに気づき、なんでもねぇと彼らの間を抜けようとしたが、カカシに止められてしまった。 「一体何よ。気になるじゃない」 「あ〜何でもねぇよ。忘れろ」 「あのねぇ。あそこまで言って気にならない奴いないじゃない」 カカシにそう言われて、確かにそうだとアスマは思ったものの、それを言うのを躊躇った。しかも、ナルトとサスケもいる。 「あ〜はいはい。お前らはもういいよ」 「え〜俺も気になるってばよ!」 「…行くぞ」 上忍の話だろうと、サスケがナルトを引っ張っていく。それが完全に消え去ったのを確認して、で?とカカシが振り向いた。 「…今よ、来るときお前んとこの、くの一を見たんだ」 「サクラか?」 「ああ…んでさ。…泣いてたんだよ」 「は?」 「あ〜だからさ。何かあったのかと思ったんだよ俺は。そんだけだ」 話は終わりだと、受付に向かうアスマをカカシはがしっと掴む。 「なっ…」 「その話し、もっと詳しく教えろ」 「教えろって…!それだけだよ!後は何もしらねぇ!」 「お前が泣かしたんじゃないんだろうな!」 「はぁっ!?何で俺が!話したこともねぇのに、んなことするかっ!大方てめぇが何かやらかしたんだろうが!」 ぎゃあぎゃあと、言い合いを始めた上忍を、受付所の人たちが唖然と見ている。止めようにも相手が相手だ。下手に入れば怪我をしてしまう。 「何やってるのよアンタ達。邪魔」 そこへ一言。 ぴしゃりと2人の騒ぎを静めた、艶やかな声。 紅は、入り口付近で騒ぎを起こす2人の頭を、持っていた本でぱこんと殴った。 「タバコの灰落ちるわよ。アスマ」 「うおっ!やべ」 「あ!てめぇ!まだ話は終わってねぇぞ!」 「何がだよ!俺は教えてやっただけだろうが!感謝されても、非難される覚えはねぇぞ!」 「あ〜うるさいわね、カカシ。何アスマに絡んでるのよ。いい加減にしなさいよね」 「関係ないだろうが」 そういうカカシに、紅はへぇ〜と呟いた。 「昔の癖が出て、節操ナシが始まったのかと思ったわ。可哀想にね…よりにもよって変態に食われるなんて…」 「は!?何を…」 「お前も見たのか?」 「やっぱりそのこと?見たわよ。ちょうどアカデミーを飛び出した所をね」 ぎろりと、紅の赤い瞳がカカシを睨み、んなわけあるか!とカカシが叫ぶ。 「前のアンタならそう思われても仕方がないでしょ。女癖悪かったんだから。最近の落ち着きを見なければ、冗談で終わらせなかったけど」 「そうだよな〜、来る者拒まず、去る者追わずだったもんな」 「るさいね!だからって教え子に手を出すほど、落ちぶれてないよ!」 「耳元で叫ばないでよ。ちょうど良かったわ。カカシ、夜つき合いなさいよね」 「は!?何で俺が。俺はね、アスマに…」 「俺はもう話すことはねぇっ!」 「こいつも連れて行くから。いいでしょ。私もアスマも同じもの見てるんだから」 ぐいっとアスマの後ろ襟首を引っ張る紅に、まぁそれならと呟いたカカシは、彼らが報告書を出す間、上忍達の待機所にいると言って行ってしまった。 「おいっ!なんで俺まで」 「何か合ったわねあいつ」 「…おい」 「アンタに突っかかるなんてらしくないもの」 原因はイルカでしょうと、唇が動きアスマが小さく頷いた。 「…やっと、あいつにも心の拠り所ってものができたと思ったんだけど」 アスマの吐くタバコの煙が、ふわりと消えた。 さくら(2003.10.19) |