目の前で焼き尽くされているモノを見ても、自分を揺り動かすものはなかった。今日初めて組んだ隣の男が、胃から吐き出す音を聞きながら、それでも彼は目を反らさなかった。 遣りすぎだと誰かが呟き、加減しろと怒鳴る。 だがそんな言葉では、彼の心は揺り動かされない。何故そんなことを気にするのか、終わったことをいちいちと言うのか。 することは同じだろう? そう返せば彼等の顔は歪み、自分から離れていった。だがそれすらも自分は気にしない。また次になれば誰かが現れる。そして同じ事を言って離れていくのだと知っていたから。しかし…そうはならなかった。 それは知らないものだった。彼に取って初めて見たモノ。初めて感じたモノ。 心が動く、そんなことを初めて知って……彼は彼を封じ込めた。 「うう寒い〜〜」 「…情けない声を出すなよカカシぃ。ガキ共が呆れてるぞ」 「そんなことを言っても寒いものは寒いじゃない」 「…アンタって本当に寒いのが苦手よねぇ」 その日は朝方に雨が降った為か、空気は冷たく、寒いのが嫌いなカカシは二人の同僚が呆れるのも構わず、ぶつぶつと文句を言っていた。今日は合同演習だと言われ、仕方なく遅刻はしなかったカカシだが、子供達のことはアスマと紅にまかせて、一人さっさと木の上に登る。しかも結界を張り、寒さを閉め出すカカシに、アスマはガキ共に情けない姿を見せるなと怒鳴り、解いてしまったものだから、たまったものではない。 「しかもガキ共の面倒結局押しつけやがって…貸しは高いぞ」 「ホントよね。アンタの班には同情するわ」 「うるさいね〜」 両端から責められてさすがのカカシもむっとしたように呟く。それでも体を蝕む寒さは変わらず、カカシは深い溜息をついた。 「は〜ぁ早く帰って寝たいなぁ」 まだここへ来て一時間も経っていない。この台詞にはアスマと紅も心底呆れる。処置なしと言ったように首を振り、子供達が居るであろう森の奥へと視線を向けた。 「まだ接触はしてないようね」 今日の合同演習は各班ごとに別れて森の中にある巻物を奪い合うということ。術の使用も可。どんな手を使っても構わないが演習であることを忘れないことを言い含めると、子供達は楽しそうに森へと散ったのだ。余程実戦の演習が嬉しかったのだろう、サスケも笑っていたな〜と思いつつ(子供らしかぬ不適な笑みだったが)、カカシは二人を追うように視線を森へと向けた。 「いやだね〜寒いのは」 カカシに付き合うのにも飽きたのか、二人から返事はない。ぶるりと震えた肩を抱き、カカシは心の中で呟いた。 (寒いとアイツが目覚めるじゃない) まるで何かを押さえ込むように、カカシは腕を強く握りしめた。 「お前は本当に寒いのが苦手だよな」 とある任務の夜、クオンは呆れたように後を振り返った。最後の敵を仕留めたカカシは、クナイを戻しながらうん?とクオンに顔を向ける。 「アスマの奴がぼやいてたんだよ。寒い寒いってうるせぇ〜って。昔からだったよな」 「仕方がないじゃない。寒いのは嫌いなんだもん〜雨はまだしも雪の任務を命じられた時は、時々火影様をチクリとやっちゃいたくなる時もあったしね〜」 「…さらっと言うなよお前」 そう言うクオンだが、つねに火影に暴言を吐いている彼から言われてもな〜と思うカカシだった。クオンは暑苦しそうに面を取り、しばし休息を取ると帰り支度を始める。後始末には他の暗部達がやる手筈になっているので、足下にある屍を片づける必要はない。 「…にしても何なんだよ、こいつらは」 気味悪いと呟くクオンは屍を見下ろして眉を潜める。すでに命がないのは見てわかっていたが、彼等の目は灰色のような色をし、顔も青白い。明らかに何かの薬物を摂取している証だろう。 「実験の後始末になんて寄越して欲しくないよね〜」 「…お前が言うと軽く聞こえるから嫌だよな」 「ええっひど!!」 ショックを受けたような顔をするカカシに、クオンは冷たい一瞥を投げ飛びだつ。ふぅっと一つ息を吐き、カカシもそれに続こうとした時だった。 一瞬鼻を掠めた臭い。 「…」 何もない、誰もいない闇を振り返り、カカシはしばし足を止める。だが何時まで経ってもそこからは何も現れなかった。 「おい。いつまでそんなところに居るんだよ。帰るぞ!」 カカシが着いてこないことに気付いたクオンが声を張り上げる。カカシは瞬きをし、まるで呪縛から逃れたように顔を動かした。 「待ってよ〜おいていくなんて酷いなぁ」 「さっさと来ないお前が悪いっ!」 そう怒鳴り返されたが、クオンが足を止めていてくれたことを思い出したかのように、カカシがにやにや笑う。 「う〜ん、愛されてる?」 「アホかお前は」 心底呆れかえった声は、もうこれ以上カカシに関わり合うことを止めどんどん遠ざかっていく。本気でおいて行かれることに気付いたカカシは慌てて走り出した。 「クオン〜」 わざと情けない声を出しても、もう彼は構ってくれない。クオンの機嫌の下降を感じながらも、カカシは里に戻るまでずっと彼の名を呼びながら走り続けていたのだった。 黒揚羽(2005.12.1) |