ひゅうひゅうと体を突き抜ける風が気持ちよかった。屋上の上で一人休憩を取るイルカは、朝食を食べ終えた後のこの静けさが好きだった。 (ろくでもない上忍にヘコヘコしなくていいしな) こちらが中忍で何も言えないことを良いことに、簡単な書類の書き忘れを指摘しただけで怒る上忍を見ると始末していいですか?と聞きたくなる。ストレスでも溜まっているのか、向こうは罵倒の言葉を浴びせてすっきりするかもしれないが、八つ当たりを受けるこちらとしてはたまったものではない。そう考えればあの男は下らない上忍達よりはマシか。 (って何でアイツのことを考えているんだ。俺は) 眉を潜め不機嫌になったイルカがふと視線を降ろすと、聞き覚えのある騒がしい声が聞こえてきた。 (終わったのか。今日の任務は早かったな) ふっと口元に笑みを浮かべ、騒ぎの元へ視線を送ると四つの影がイルカの目に飛び込んでくる。のっそりとマイペースに歩く銀髪の男にまとわりつくナルト。その横で五月蠅そうな不機嫌そうな顔を作っているサスケに話題を作ろうと一生懸命なサクラ。気配を消していないせいもあってか、少女はふっと視線をこちらに向け微笑みを浮かべた。 「お帰り。ご苦労様」 聞こえてないだろうがイルカはそう呟く。今日は何の任務だったのだろうか、皆少し薄汚れているようだった。あの森に行けば鬱憤を晴らすがごとくサクラが説明してくれるだろう。夜の楽しみを見つけたイルカは顔を綻ばせる。そんな時、あの男もこちらに視線を向けた。 (げ) サクラが気付いたのだ、彼が気付かぬわけはない。だがいつものように何もなかったように反らされるのではなく、見つめられるのは… (鳥肌が) ぞわりと腕を走った悪寒にぶるりと震え、愛想の良い中忍がするであろう頭を下げる。間が空いたのは自分達の確執と取ってくれるだろうし。そんなカカシの様子にまとわりついていたナルトが気付かぬわけもなく。 「あっ!イルカ先生〜〜〜!!」 ぶんぶんと大きく手を振るナルトと、顔を上げたサスケ。サクラも驚いたような顔をして手を振ってきた。しかしあの男はまだこちらを見ていて、いつもと違う彼の様子にイルカは眉を潜めた。 (…何だ) そんな状況を見ているうちに、カカシは子供達に何かを言い姿を消した。ナルトは何かを叫び、サクラもそれに追随しているようだが、サスケは溜息をついて歩き出す。解散とでも言われたのだろうか。ちょうど休憩も終わりを向かえる為、イルカも屋上から踵を返そうとしていた時。 「…ふ〜ん。アンタここでさぼってるんだ」 「!?」 相変わらずぼけ〜っとした様子ながらも辛辣なカカシの登場に、イルカはちょっと本気で驚きつつむっと口を結ぶ。カカシ相手には必要最低限の礼儀以上はしないことに決めているイルカは(本当はそれも嫌なのだが)、すっと彼の横を通りすぎようとした。だが、その腕はカカシに掴まれて… 「なんですか」 「ちょっと今日付き合ってよ」 「嫌です」 「即答〜?ちょっとは考えない?」 「考えません」 二人の顔は一見にこやかに見えるが、湧き出るチャクラは険悪だ。さっさと手を離せよ上忍、生意気な口を聞くなよ中忍とチャクラ同士で器用にも会話する二人だったが、伊達に上忍ではないカカシの方が一枚上手だったようだ。 「子供達のことで色々聞きたいことがあるんだよね〜他の人達に聞いたらイルカ先生に相談するのが一番だって言われたんだ。ま、受け持っていたのはアンタだし当然だよね。ってことで仕事が終わった後付き合ってよね。子供達の先生同士仲良くしましょうね〜」 「だっ…誰がっ」 心にも思ってないことをっ!と続けようとしたイルカだったが、カカシは棒読みで言いたいことを言うと煙を残して消えてしまう。こっちに直接くれば断られることは十分わかっているから、周り固めをしてイルカが断れない状況を作るとは… 「…の野郎っ!!」 何を企んでいるんだ。ぎりぎりと音が聞こえそうなほど拳を握りしめ、マジで消してやろうかと呟くイルカだった。 トントントン… 先ほどから止むことなく動く指は彼の腕を打ち付け続けていた。それが苛立ちであるということをイルカは十分わかっていたが、自分がこんなことになった原因を考えれば考えるほど止まらなくなるのだった。 「…遅い」 イルカはアカデミーの門の前に立ちながら、会いたくもない相手が現れるのを待っている。まだ日も暮れる前、いつもならまだ仕事に追われているだろうに、今日のイルカは最低限の仕事を纏めた早々、上司や同僚達に職員室、受付所、果ては時間を潰そうとしていた資料室までもから追い出されたのだ。彼等曰く…上忍の方にお待たせしてはいけないらしいが、彼等がカカシから残業を一切しないよう言い含められていたのは確かだった。皆イルカとカカシの仲の悪さを知っている癖に、やはり上忍の圧力は怖いのかなど、同僚達にも怒りを持ち始めている今のイルカに、近づこうなどと思う輩はいないだろう。 「…ずいぶん早かったんだね」 そこへおやという顔をしてのこのことやって来たカカシに、イルカはつい鋭い視線を送ってしまう。ぱちくりと唯一見えている目が何度か瞬きをし、カカシの戸惑いを現していたのだがそれにイルカが気付くはずもなかった。 「ええ。仕事がとても早く終わりましたので、もう30分は待ってました」 誘ったのはカカシの方なのだからお前が待っているべきだろうと言う意味も込めて、言葉を強調したのだがカカシはふ〜んと言っただけ。ぴくりと額に青筋が立つイルカは落ち着けと何度も自分に言い聞かせながら大きく息を吸った。 「それで、子供達のことで聞きたいこととは何でしょうか?」 これはさっさと終わらせるに限る。多少腹立つことを我慢して、さっさと不快な時を終わらせてしまおうと思ったイルカだったが、カカシはくるりと背を向けた。 「んじゃ行こうか」 「は?行くって…」 「今日は魚の煮付けが食べたい気分なんだよね。たまにはまともなもん食わないとね〜」 「ちょ!?」 こちらの意見も聞かずさっさと歩き出すカカシ。一瞬このまま帰ってやろうかとも思ったが、あの様子だと下手をすれば家に向かえに来かねない。 (いい加減にしろよっ!!!) そうは思っても結局は彼の後を追うことになり、ますますカカシのことが嫌いになるイルカだった。 黒揚羽(2005.9.28) |