ふわっと欠伸をして、眠たそうな目を何時も以上にぼやっとさせて、カカシは下忍達の待ち合わせ場所へとのんびり歩いていた。眠たいのは陽気のせいだよね〜と取りあえず責任転嫁をしたカカシは、自分を指さし怒っている子供達に向かって言い訳をしながら手を挙げた。 「まったくいい加減にして欲しいわ!カカシ先生!」 「全くだってばよ!!俺達何時間待ったと思ってるんだってば!」 「しかもよ!?あれだけ遅刻しておきながら何よあれ!!あんな所で昼寝!?冗談じゃないわよ!!」 「う…うんってばよ」 すでに怒りのピークに達しているサクラを見て、合わせていたナルトもついに怯え始める。それがわかっていたのか、たださっさと任務を終わらせたかったのか(恐らく後者)、箒とちりとりを使って、今日の任務である鶏小屋を黙々と掃除していた。 「あの変態上忍には、待ちぼうけされているこっちの気持ちなんてわかっていないのよ!!」 乱暴な手つきのためか、掃いているものの砂埃が舞い、抜けた羽根がふわふわと舞っている。だが、今の状態のサクラに忠告するのはさすがのナルトも無理だと思ったのだろう、じょじょにサクラから離れ、不本意だがサスケの方へと近づいていた。 「…怖いってばよ、サクラちゃん」 「…」 ナルトの呟きに思わず視線を上げたサスケは、きーーっと唸っているサクラを見て小さく舌打ち。どうやら、無表情な顔でもカカシに対しての苛々感は募っていたらしい。二人から不穏な気配を感じ取ってしまったナルトは、心の中で悲鳴を上げていた。 そんな下忍達の気持ちとは裏腹に、カカシは監督の名目で鶏小屋から少し離れた所にあるベンチの上に寝そべり惰眠をむさぼっている。サクラとサスケのチャクラがちくちくと刺さり、五月蠅いなぁと思いながらもその体勢から動く気はないらしい。 (全くあれぐらいで怒るなんて、まだまだだね〜) サクラが聞いたら、即座にクナイで刺されそうな台詞を心の中で吐きながら、カカシはうとうとし始める。暖かい日差しがぽかぽかと降り注ぎ、カカシは小さく笑う。 (…何だか思い出すね) 長い指がカカシの前髪をするりと撫でる。 指の主が笑みを浮かべているのは想像済みだ。いつもなら五月蠅いとはね除けていたが、疲れていたのとあまり邪険な態度を取れば嘘泣きする彼を慰めるのが面倒で、そのまま好きなようにさせておいた。 指がすくうように髪に触れ、頭を撫でる。 ……カカシ。君は… 「カカシ先生!!終わったわよっ!!」 傍で聞こえたサクラの声に驚いて、カカシはばっちりと目を開けた。ぽかんとした表情を作った為か、怒鳴ったサクラは拍子抜けた顔で、カカシを見返している。 「……サクラ?」 「…それ以外誰に見えます?掃除終わりました!」 「……ああ、ご苦労様〜」 いつものような飄々とした態度に戻ったカカシに、サクラはむっとしながら背を向ける。肩が怒ったままのサクラを見送りながら、彼女が傍に居たことに気付かなかった己の失態に一人唸った。 (…あの後何を言われたんだっけ) カカシが聞いてないと思ったからこそ、言った台詞。 あの言葉の意味を図りかねて、しばらく悩んだ記憶があった。 (思い出せないなんて、歳かね〜) ちゃかすように笑いながらも、カカシは考え込んだ。 「は〜ぁ。ったく毎日毎日やってくれるわよね。あの変態上忍」 ぶつぶつと文句を言いながら、夜道を一人歩くサクラ。彼女はもう相手の顔も見えないほどの暗闇の中を一人でどこかへ向かって歩いていた。見咎められれば不信を抱かれるだろうが、周りに人の気配がないことは確認済みだ。もし居たとしても気付かれないようやりすごす自信がある彼女には、関係ないことだった。 「お陰でこんなに遅くなったじゃない。私も暇じゃないのよ!」 いつもいつも遅刻してくる上忍のお陰で、任務の始まる時間も終わる時間も遅くなり、自由時間が削られる。空いた時間は術の勉強につぎ込むサクラにとって、これは時間の浪費でしかない。しかも任務中では、ナルトとサスケがことあるごとに言い争いを始めるので、任務時間は延びるばかり。 「…一回シメようかしら」 ふふと笑うサクラは、誰かが居たならば必ず退かれるであろう笑みを浮かべながら、とある場所で立ち止まった。 「…?」 感じた気配に不信を抱く。 何故こんなところに、こんな時間に居るのだろう。忌々しげに顔をしかめながらも、興味の方が勝ったサクラは軽く飛び上がった。木々の間を走り、姿が見えるギリギリの場所で身を潜める。何しろ、相手は変態上忍…ではなく、はたけカカシなのだ。彼を最強と呼ぶことに賛同はできないが、実力がその噂に恥じないものだと言うことを先日経験したばかり。あの時のことを思い出せば、腹立たしさと恐れがサクラを襲う。認めたくはないが、今の自分では叶わぬ相手。 「…って本当に何をしてるのかしら…あれ、慰霊碑よね」 こんな時間に墓参り? 彼の思考を理解できたことはないが、ますます不可解な存在として形作られていく。何かを話すのでもなく、数歩離れた位置から慰霊碑を見下ろしたまま。ここからはカカシの後ろ姿しか見えず、表情を伺うことはできない為、段々とサクラはつまらなくなって来た。 (…行こ) 何故見に行こうなどと思ったのだろう。時間の無駄だったと、サクラが踵を返しかけた時、もう一つの気配が慰霊碑の前に現れた。 (あれは…) 「捜したぜ?カカシ」 「なんの用さ〜俺疲れてるんだけどね」 「…何もしてねぇのに、何で疲れてるんだよ」 「子供達の任務って疲れるんだよ〜アスマとは違うんだよ〜」 「てねぇには言われたくねぇ!」 アスマの憤慨した言葉に、サクラも同感だった。何が大変だ、いつも寝てるだけの上忍が何を言う!そう詰め寄りたい気持ちを何とか抑えて、サクラは二人の会話を聞き続けた。アスマが捜していたということは、これから任務でも入るのだろうか?だとしたら明日は任務はないのだろうか?そんなことを考えながら。 「お前に任務が入ってるんだよ。ったく火影様の使いを無視すんじゃねぇ。お陰でお前を連れてこいと俺が駆り出されたんだからな」 「へぇぇ〜ご苦労様」 「てめぇが言うな!!」 ったくと、ガリガリと頭を掻いたアスマだったが、いつまでもカカシが動かないことに眉を潜める。 「カカシ?」 「…ねぇアスマぁ」 「あん?」 「何時になったら俺もここの仲間入りできるかなぁ」 「…」 悲壮感を漂わせるわけでもなく、次の日の天気を聞くような気安さで問いかけたカカシにアスマは不快な顔になる。ねぇと顔を向けて来るカカシは僅かに首を傾げ、再度どう思う?と聞いてきた。 (こいつは…) 縁起でもないと彼の言葉を一蹴するには、カカシという者を知りすぎていた。カカシと初めて会った時から彼はこうだった。彼は…己の命に執着しないのだ。 「…クオンに言いつけるぞ」 「…何を言うのかな?アスマ君は?」 ぎぎぎと首を動かすカカシに、アスマはにやりと笑って見せる。執着心のないカカシの唯一の弱点。縁起でもない話を振った罰だと、アスマは必死に取り繕うとしているカカシに鼻を鳴らす。 「え〜とアスマ君?」 「そう言えば先日上手い酒を見つけたんだよなぁ…もう一度飲みてぇと思っていたんだ」 「…」 「そういえばお前とも飲みに行ってねぇな。付き合えよ」 ふ〜っといつの間にかすっていたタバコの煙を吐き出したアスマ。カカシは悔しげなうめき声を出したが、己の敗北を悟りがっくりと肩を降ろす。 「オツキアイサセテイタダキマス」 「そうか。勿論お前の奢りだよな」 「……調子に乗るなこの…」 「後でクオンの所によらねぇとな」 「…モチロンデス」 勝利の笑みを浮かべたアスマは意気揚々と、失言に悔いたカカシは長い長い溜息を吐く。そんな二人を見ていたサクラは少し戸惑っていた。 「…何なのよ」 下忍の自分が知らない上忍師の姿。何時も未来を見るように語る彼とは全く違う姿。 死を願い、死を望み、死に憧れる彼がそこに居た。 「何なのよ…」 何故かショックだった。自分でもどうしてここまで思うのかわからないぐらいに。チャクラを乱さない自分が奇跡だったと、サクラはもう慰霊碑の前から居なくなった彼等の姿を追うように、真っ暗な夜空へと視線を向ける。その答えを見つけるには…もう少し時間が必要だった。 黒揚羽(2005.7.26) |