それはまるで狐火のような、怪しげな色。 イルカはその光をじっと見ながら、刀を握り返す。あれが術なのか、それとも何か別のものなのか、見たこともないそれに次の攻撃の判断を決めかねていた。 (…まったく妙なものばかり出して来るな…) 忌々しいと、口元を結びイルカはすくりとその場に立った。印を組み、術を完成させてあれが何であってもいいように幾つも用意をして置く。それにしてもだ、目にも入れたくない相手だが、いつもと違いすぎる様子がイルカは気になっていた。 イルカでなくとも他人を見るカカシの目は、あまり優しいとは思わない。いつも見えない線を引いていて、一歩退いた場所で眺めているような感じがするのだ。己の本当の心を幾つもの嘘で覆い隠して、その中に入り込もうよするものを弾き飛ばしている。もし、それを暴いたなら何が出てくるだろう。 もし、今のカカシが本性に近い姿というのなら。 (…俺に似ているのかもしれないな) 大嫌いな相手が、自分に似てるなど冗談以上に質が悪い。だが、あのカカシの変わり様はそうとしか表現できない。 「く…黒揚羽!!」 せっぱ詰まったような、シカマルの声が、具現化してきたチャクラの固まりを恐ろしげに見ていた。 カカシが手に持つのは、青と黒の光を揺らめかせている巨大な鎌のような刃。どきどき、ぼこり、ぼこりと聞こえる音が、嫌悪感を引き出す。 チャクラで出来たそれは重さがないのか、それを片手で持ち上げたカカシは… 右目しか見えないというのに、その場にいた全員がにぃっと笑ったのがわかった。 「カカシっ!!!」 鎌を投げようとしていたカカシが、名前を呼ばれてぴたりと止まる。余程急いで来たのか、クオンは荒い息を上げながら自分を見上げるカカシを見下ろしていた。 「何をやってるんだお前はっ!!」 ずかずかとカカシの前に降りてきたクオンは、容赦なくバキリとカカシの腹を殴る。あんな状態の相手にと、さっと青ざめたシカマルだったが、ほどなくしてカカシが振り上げていたチャクラが消え去った。 「あれ」 「あれじゃねぇっ!何やってんだお前はっ!あんなもん飛ばしたらこの辺りどうなんだよ!!」 「あ〜〜〜腐るかも」 呑気にそう言ったカカシに、シカマルは薄ら寒さを感じる。 この辺り一帯が腐る。言葉どおりの意味ならば、そういうことだろう。確かに怨念のような気も感じたチャクラの刃。それを顔色も変えずに口に述べるカカシの異様さに、シカマルは知らずのうちに息を飲み込んでいた。 チャキンと刀を終う音で、シカマルは我に返る。踵を返そうとするイルカに、サクラは慌てて従った。 「ごめんね〜迷惑かけて〜」 それを見送るカカシが先ほどの様子を微塵も見せず手を振り、クオンに殴られていた。 「…ごめんなさい。先生」 里へ向かって走るイルカが何時までも無言なので、怒っていると勘違いしたサクラが小さな声で謝ってきた。足を止めれば、びくびくとアカデミー生のようにイルカの前に立つ。 「心配させるな」 任務ではないのに、自ら死地へと飛び込むようなマネはやめてくれ。イルカはその思いを込めて言葉を発し、今は黒い髪をそっと撫でた。自分でも愚かなことをしたと反省しているのだろう、面を取ったサクラは泣きそうな顔で頷く。 「甘くないっすか〜?もっとガツンと怒ればいいのに」 「五月蠅いわね!シカマル!!」 ちゃちゃを入れたが、サクラには怒鳴られるより優しい一言の方が効果あることを知っている。自分の言葉はいつものサクラに戻すためだ。そんな光景に笑いを浮かべ、イルカは走り出す。 (…あんな所にも闇があったとはな…) それも自分によく似た。 黒くて、ねばねばした、一度捕らわれれば這い上がれないような。 そんな闇。 (…初めて興味がもてたよ。はたけカカシ) あんな闇を持つのは自分だけだと思っていた。木の葉の里では決して拝めないと… 面白いものを見つけた。 そう笑うイルカの顔に、後ろでぎゃあぎゃあと叫いている二人は気付かなかった。 黒揚羽(2005.2.7) |