黒揚羽

【闇二つ】


ああ…五月蠅い。
不快だ。
邪魔だ。

ぐるぐると頭の中を回るのは、言いしれぬ感情達。
まるでパズルのようにカチリカチリとカカシの中に入って、足りないものを自分達で埋めようとする。

遙か昔に慣れ親しんだ感覚。それが完全に嵌ると、快楽にも似た疼きが全身を覆い、カカシの気分は高揚する。


だが、それをあの人は嫌っていた。


いや…悲しいと言っていたから、そのパズルのピースをバラバラにしていたのに。


なのにコイツらがそれを拾い集めて、愚かにも自分へと差し出して来た。いや…自分にはめ込んだ。


手の平の感覚が、どんどんと無くなっていく。頭の中も心の中も。
冷えて冷えて。

何も感じられなくなってくる。


そこはまるで氷の棺。
その中に、自分を眠らせてもう一人の俺が目を覚ます。


馬鹿だと呟きながら、死という刀を手にとって。


闇が目を覚ます───



「…おい」
「私に聞くんじゃないわよ」
「つーか、お前の責任だろ、これ」

どーすんだと聞いても返ってくるのは、知らないわよ!という返事だけ。まぁ、彼女自身もこんなことになるとは思っても見なかったのだろう。

(つーか想定外だっての)

幼い頃からイルカの元で修行をし、彼の両脇に居られるぐらいの資格は持っていると自負していたのに…この目の前の男から発せられる殺気、力、存在感はこれまで出会った敵と全く違う。

これが先ほどまでのカカシと同一人物なのかと疑うほど、彼の纏う雰囲気は一変し過ぎていた。

(だからって、退く気も負ける気もないけどな)

何が原因であれ、敵意を見せるからには相応の態度で応じねば、名の恥じというものだ。シカマルはずっとこちらを見たまま動かないカカシを見返し、サクラはその気配を感じ取ったのか身構える。

キィンと耳が鳴った。何の音だと思う暇もなく、走り出した二人は一斉にカカシに躍りかかる。

「殺すなよ!」
「わかってるけど、手加減は無理よ!」

忍刀を抜き斬りかかったシカマルと合わせるように、サクラは札を取りだしチャクラを注ぎ込む。

「『黒・爆』!!」

好戦的な黒い獣は、主の敵と判断したものへと躊躇無く口を開いた。それにサクラも続くよう、クナイを投げつける。


うっすらと、笑った気がした。


ゾクリと、シカマルとサクラの背筋にびりっと来るような感覚が走り、二人は本能的にそれを避けるよう、慌ててその場に飛び退くが黒い獣はそのままカカシへと向かっていってしまった。


パキンとカカシの足下が鳴る。彼の足下に白い固まりが見える。それが氷だと気付いたのは、黒い獣が貫かれた後だった。




「『爆』っ!!!」




まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされていた氷。その一部が巨大な氷の刃となって黒い獣の絶叫を響き渡らせた。

手足どころか、指一本動かさずサクラの式神でも攻撃力の強い獣を一瞬で葬り去ってしまった。一体何時、そんなものを張り巡らせていたのか。シカマルは式神を失い、呆然としているサクラへ怒鳴った。

「姫白っ!!来るぞ!!」

カカシが足を踏み出した瞬間、薄い氷が割れる音が響き、氷の糸は消え去った。まるで追いつめられた獣を見るような目で、姫白を見るカカシにシカマルは嫌な予感に襲われる。

(やばいあいつは…)

ゆっくりとサクラへ伸びるカカシの手。何故サクラは動かないのか、カカシを見たまま…と思ったシカマルは自分の足が突然動かなくなったことに気付いた。

足首まで氷に包まれ、身動きができない。サクラも同じことになっており、それで動けなかったのかとようやく気付く。

「よせっ!!」

思わず叫んでしまった。いや、叫ばなければ…


殺しを楽しむような目をしている男を止めることはできないと思って。


「姫白っ!!!」




鋭い爪の一閃が、カカシの腕を切り裂いた。伸ばした腕から飛び散る血に、カカシが視線を動かせば、虎に似ているが、それよりもしなやかな体つきをしている獣が喉を唸らしていた。だが、すぐに気付く。
後ろから別の一閃がカカシを切り裂こうとしていることに。

ギィン!!!

瞬時にクナイを取りだし、それを防いだカカシはすぐさま離れた忍へと視線を定めた。

その忍の指から赤い炎が灯り、シカマルとサクラの動きを封じていた氷を溶かしていく。

「どういうことだ」

イルカは自分の傍へ集まった二人に問いかけると、シカマルは小さな声で事の顛末を話した。

「浅黄、姫白。お前達は…」

全く戦意のない者に戦いを仕掛けるなどどういうことだと、イルカはサクラを睨むが、彼女はイルカを見るどころか、カカシを見つめ拳を強く握っている。

「姫白」
「あいつ…あいつ…『爆』を!!!」

己の式神を消されて、サクラはこれ以上にないぐらい怒り狂っている。ここでイルカが場所を空ければ、すぐさま飛びかかっていくだろう。だが…
イルカの隣に居る式神は全身を逆立てて、先ほどから唸り続けている。主人であるイルカが頭を撫でても、一向に収まる様子がない。

「これは…」
「ああ。お前ら面倒な相手に喧嘩を売ったな」

冷静な分、一早く状況を察知したシカマルは今まで以上の警戒感を出して、カカシへと体を向ける。そして、サクラを絶対に行かせてはならないと思う。

(…やべぇよ。こいつぜってぇ…)

自分とサクラでこの男を倒せるだろうか。そんな不安をもたらすような、冷たい気を放っているカカシ。イルカの式神に傷つけられた腕から血が落ちているが、それを気にしてもいないようだ。
ただこちらを見ているカカシ。
その静けさが恐ろしいと思う。

「絶対許さないっ!!」

我慢も限界だったのか、サクラが走り出そうとする。あっとシカマルが腕を伸ばした時には、彼女の体はもうイルカの横を通りすぎようとしていた。

「姫白っ!!」

そう叫ぶのが精一杯のシカマル。だが、以外にもそれを止めたのは、イルカの殺気だった。

「っ!!」

優しくサクラの腕を掴んではいるが、イルカの気がそれ以上進むことを許さない。師匠であるが、誰よりも強く、そしてその恐ろしさをも知っているサクラは、直にその殺気を向けられて震えが止まらなくなった。

「お前では、あいつを殺れない。ただ死ぬだけだ」

殺気を緩めて、イルカはサクラに現実を伝える。後ろから支えるシカマルの手が無ければ、その場に座り込んでしまったかもしれない。

「でも…でも…」
「お前が許せないのもわかる…だが、相手の力量を推し量ったお前の咎でもある…違うか」

確かにサクラの式神を殺したのはカカシ。しかし、その原因を作ったのはサクラだ。
大事なイルカの心労の種を懲らしめたくて。逃げ回るカカシに、攻撃をしかけた。自分の実力ならば、相手を地面にはいつくばらせることができると、過信して。

「…っうっ…」

でも大事な式神だった。ずっと今まで一緒に居た、助けてくれた式神だった。
己の未熟さと、殺した怒りが混じり合い、サクラは呻くだけの泣き声を上げる。そんなサクラをイルカは静かに見て…刀を抜いた。

「え…?」

驚いたシカマルの声と、固い音が響き渡る。

「ちょ…何で…」

刀を振るい続けるイルカとクナイで受け止めるカカシ。無駄な戦いはするなと告げていたイルカが何故…

(あ…そうか)

シカマルはイルカの行動の意味を理解しかねているサクラに呟いた。

「お前の為だよ。お前を…泣かせたから」

原因が何でアレ、サクラを泣かせたカカシ。だから、イルカは許さない。
自分の大事な人を悲しませた相手を。

「…黒揚羽…」

思わず胸元で握りしめた手は、式神の仇を取ってくれるよう願いを込められていたが。
トンとイルカから大きく間合いを取ったカカシに集まる異様なチャクラ。

「…何?」

ゆっくりと振りかぶったカカシ手に、青白いチャクラの群が集まってくる。
それはまるで人の命のような、或いは怨念のような、薄気味の漂わせている。イルカもその正体を掴みかねているのか、刀を握りしめてそれをじっと見ていた。

それを眺めるシカマルは、ただまずいと。

アレを見ては行けないと、何故かそう思うのだった。

黒揚羽(2004.12.24)