「…あれ」 ようやく自分の回りに敵が居なくなった頃、手を止めたシカマルは組んでいた相手の気配がないことに気付いた。逃げた山賊を追い掛けていったのは覚えているが…帰りが遅いのが気になる。 (…あれぐれーの奴らにやられるたってわけじゃないよな) 実力の差は勿論だが、彼女が警戒を怠っているとは考えにくい。何しろ、彼女の式神は強力だ。主の危機を感じ取れば、どこにでも飛んでくる危険な野生の獣達なのだから。 「…何か嫌な予感」 自分の仕事を終えたのを再度確認し、シカマルは彼女が消えた方向へと走り出す。抜け駆けするなよと、一つだけ思い当たる節へと呟きながら。 「…遠慮しておくよ〜」 隠れているのも無駄と姿を現したカカシは、ご機嫌な少女にひらりと手を振り、背を向けた。 (ってか何でそんなめんどーなことしなきゃいけないのかね〜はぁ) 戦い足りないからという理由で、こちらに矛先向けないで欲しい。いつものように猫背で、ポケットに手を突っ込むのを何とか我慢しながらカカシは、部下達が居ると思われる場所へと歩き出す。だが、少女の方はそれで納得しれくれたわけではないらしい。 「逃げる気!?」 「…はい?」 「それでも元暗部の上忍?情けないわね!」 どうやら人を煽っているらしいが、それぐらいで頭に血を上らせるほどカカシは子供ではなかった。 「うんそうだね〜ってこと…」 ひゅうん。 ざくりと、数歩先にささったクナイ。じじじ…と音がするのは、起爆札のせいか。 (…問答無用ってこと?はぁ…) ボォン!!と響いた爆発音。辺りに広がる煙の臭い… (そこね!) 少女がぐんとスピードを上げて、カカシが居ると思われる部分に向かってクナイを降った。だが切れたのは、煙のみ。横手に気配を感じ、少女がかがみ込みながら、体術を繰り出すとパシリと受け止めるような感触が伝わってきた。 「…本気で来なさいよ」 「いや、さっきから遠慮するって言ってるんだけどねぇ…」 「私じゃ相手にならないって言うの?」 「そういうつもりじゃないんだけどね〜ほら、今任務中だし」 「もう終わるわよ。ああ、理由が欲しいなら作ってあげるわよ?ちょっとした手違いってね」 ぐぐぐっと少女を受け止めているカカシの手の平が押し返されてくる。チャクラを籠めた力は、少女と言えど侮れない。 (はぁぁ…やだな〜) 面の下から殺気を向けられていても、カカシの方は一向にやる気を出す気配さえない。卑怯者でも臆病者でもいいが、背中を向けた途端、グサリとやられるのは嫌だ。 「ね。何でそんなに戦いたいわけ?」 「言ったでしょ。つまらないって」 「でもそれが本当の理由じゃないでしょ」 カカシは少女から距離を取って、此方を見つめる彼女に問いかけた。 「俺、君に何かしたかなぁ?会うのは二度目の筈…」 言い終わらないうちに、少女の姿が消えカカシの頭へと足が振り下ろされた。それを受け止めだが、第二陣の蹴りがカカシの顔面へ襲ってくる。 (ととと…!) それを反対の手で何とか防いだが、少女の攻撃はそれで終わらない。 「『黒・炎』」 少女の手に握られていた札が炎を吐き、カカシへと襲いかかってきた! ドゥン!!! バチバチと周辺の木々や茂みを焼いた炎を前にして、少女はそれらを険しい目で睨み付けていた。そこへようやくたどり着いたシカマルが、うわぁと肩を落とす。 「お前…やっちまったのか」 「五月蠅いわよ。浅黄。こいつ…何もわかってないんだから」 にゃおんとサクラの肩に乗る赤い猫が同意するように鳴いた。辺りの惨状と先ほど聞いた音から察するに、この猫を呼び出した時に生じたチャクラの爆発に、カカシが巻き込まれたということだろう。 「何かした?って聞いてくるのよコイツ。何かしたですって?十分してくれてるじゃない。腹立たしいことばかり。浅黄だって仕置きが必要だって言ってたでしょ。何が悪いの?」 彼女の言いたいことはわかるし、心情も理解できる。だが、今は任務中だ。今回、隊長として中忍を引き連れてきたカカシにはまだやるべきことが残っている。そのことをわかっているだろうに… 「死なない程度にはしてるわよ。だから『炎』にしたんじゃない。『爆』を呼び出したらこの程度じゃすまないわよ」 「はぁぁ…やるんならもっと静かにしろよな。ばれるだろう」 「いいわよばれたって!」 頭に血が上っているせいか、いつもなら心底恐れている人物の怒りを敢えて受けると言い放っているサクラ。巻き込まれるのは、誰だと思っているんだと…一言言おうとした瞬間。 「っ…!?」 「!?」 シカマルとサクラが瞬時に警戒態勢を取った。 ザワザワザワと風にも似た、気配が辺りを包み込んでいく。 (なんだ…敵か?いやそれにしては…) あまりにも突然すぎる、辺りの変わり様に珍しく二人は体を強張らせた。ここまで自分達の気配を感じ取らせないなどあり得ないと呟いて。 (どこから…?) サクラが体の感覚をフルに使って敵の存在を見つけようとしていたが、それは自分の存在を隠しもせずに現れた。 「え…?」 思わず出た呟きに、シカマルの目もそちらに写る。 まだパチパチと残る小さな火の中に立ち上がった影。 ところどころの服が破けて、ベストには焦げた後。 ゆっくりと上げた顔に見える右目が、氷河のように冷たく二人を見ていた。 「任務完了」 アジトを潰し終えたイルカは、足下に転がる命を終えた人影と、すでに形を成していない隠れ家を見つめ踵を返した。 後の始末は、本来派遣された部隊が行う筈で、自分達は帰るだけでいい。 (…あの二人はどこへ行った?) 任せた場所に二人の気配はないところから、どこかで休憩して自分の帰りを待っているのだろう。最近溜まっていた鬱憤を開放できたせいか、イルカの機嫌は良く早く二人の所へ行くかと走り出そうとした瞬間。 ビキィィィン。 (…何だ) まるで氷の中に亀裂が入った時のような音をイルカは感じ取った。これまで感じ取ったことのない、冷たい…いや冷たすぎる気配にイルカの目が険しくなっていく。 (まさか…こんな気配を持つ敵が居たのか?) 討ち洩らしたかと舌打ちが出掛けたが、その気配を辿ってみれば、気配の元はここより遠い。一体何者だと、装備を確認して走り出したイルカは、そこに近づいて行くたびに、手が凍えていくような感触が自分を襲うことに気付いた。そしてあの二人が居ることにも。 (シカマル!?サクラ!?) ぐんと走るスピードが増し、イルカの目が見えない敵を見据えるように細まって行く。 焦っている。久しぶりに感じたその感覚が、敵の強さをイルカに伝えくる。 (間に合え) ただその言葉を繰り返し、イルカは走り続けた。 黒揚羽(2004.12.1) |