黒揚羽

【闇二つ】


カカシが部隊長として赴いた任務は、山賊から膨れあがった抜け忍まじりの集団。最初の頃は、地元の警備隊と一進一退を繰り返していたようだが、時期に統率が纏まり始め、手に負えなくなり木の葉への依頼となったのだ。情報収集をしてみれば、その数も両手両足では足りず、中忍の部隊を率いてカカシが来ることになったのだった。

(は〜めんどくさい)

じっと敵の方角を眺めているカカシが、そんなことを思っているなど誰も考えてはいないだろう。こういう時に、顔が隠れていると得だよねと自分で突っ込みながら、彼の後ろで準備を整えている中忍達の気配を感じ取る。

「はたけ上忍。何時でもいけます」
「うん」

『写輪眼のカカシ』が居るせいだろうか、中忍達の間には、興奮と緊張感が漂っていた。彼の人物は知らなくとも、噂だけは広く流れている男である。彼らが抱く尊敬混じりの印象も仕方がないのだが、カカシにとっては少々うざったいものだった。

「後で追加で知らされたんだけどね。誘拐されてる人達もいるから、それを助け出すのが最優先。彼らを保護し街に連れて行くのが第一の任務だよ」
「では、敵は…」
「任務が追加されたから、別部隊もこっちに来ることになってる。掃討任務はそちらに任せていいらしいから。その人達の安全を優先して」
「はい」

ただ潰すだけなら、二部隊で十分だろうが人質が居るとなれば話は別だ。彼らを助け出す部隊と騒ぎを起こし目を反らす部隊に分け、カカシは始まりの合図を告げた。散る中忍を見送り、カカシは彼らより遅れてその場所に向かう。あくまでも指揮官の立場に徹するカカシは、何が起きてもすぐ動ける体制を取っていた。

(後は待つだけか。にしても、掃討の方に誰が来るのかねぇ。暇人は居ないとか抜かしていたのに)

どぉんと響いた爆発音。始まったねぇと呑気に呟いていたが、カカシの目はじょじょに忍のものへと変わりつつあった。目を閉じ神経を研ぎ澄ませば、戦い始めた仲間のチャクラを感じることができた。

(さぁてと。俺も動くかな)

すうっと気配を消して、闇の中に溶け込む。慣れ親しんだ感覚がカカシを包み込み、どこかほっとする自分に苦笑する。

(来たか)

救出をした仲間を追いかけてくる敵。脱出ルートを確保するのがカカシの役目。

「さぁてと…お仕事しましょうかね」

そう呟いた彼は、どこまでも呑気に動き始めたのだった。



音と煙の炸裂音。それを眺めていた彼はくいっと顔を動かした。彼に従ってきた二人の部下は頷き返し煙の中へと飛び込んでいく。
彼らの間に言葉など要らない。動作一つで意思の疎通ができるほどの絆をもつ彼らは、任務を遂行し始める。

「あれか」

くっと面の下から漏れる笑い声。乾いた唇をなめり、向かってくる気配を待ち伏せする。数分もしないうちに現れたのは、この集団の親玉。ようやく煙から抜け出した先に立つ忍を見て、彼はぎょっと目を見開いた。

「木の葉の…!!」

男が全部言い終わる前に、刀を抜く。これ以上彼のいい訳も、命乞いも聞く必要はないし、聞きたくもない。

「黄泉の扉がお前を迎えに来た」

それは黒揚羽と呼ばれる忍が必ず口にする言葉。
相手に絶対的な死を与える。


黒揚羽から逃げられたものはいない―――



最後の追っ手を屠り、人質をつれた部下も無事この場から脱出したと思われた頃、カカシは返り血を浴びた己をぼんやりと眺めていた。

(…ああ、またやっちゃった)

カカシが始末した敵は中忍程度の実力。彼ほどの忍ならばこんなに大量に血を浴びる必要もなく、倒せたはずなのに。なのに、気づけば血を被っている。

「…気持ち悪いね〜」

どろりと流れた生暖かいものに眉を潜め、無数にあった気配が消えていっている山賊たちのねぐらを振り返る。一体誰が来ているのか、ずいぶんと規則正しく消しているものだと、関心さえしていた。

「…ああ酔いそう」

時間が経つにつれ気になる血の臭い。せめて手だけでも洗えないものかと、水場を探すが生憎この辺りに求めるものはなさそうだ。里に帰るまでこのままかと、カカシがうんざりをした顔を見せた時、こちらに向かって来る気配を感じ、カカシは気配を絶った。すると程なくして、まさに命からがらに逃げてきた山賊たちが、恐怖に染まった顔で震えていた。

「おい。止まるな!早くここから出て行くんだ!!」
「ああ、わかってるさ!あんな化け物達に何時までも付き合ってられるか!!」

山賊の数は5人。彼らは口々に数分前、己に降りかかった悪夢を忘れるように頷きあい、一刻も早くこの場から立ち去ろうと走り出そうとした先に、黒い豹が彼らの前に立ちふさがった。

「もういっちゃうなんて早くない?」

少女のころころとした笑い声が響き、山賊たちが狼狽する。彼らは武器を構え、少女の姿を探しているようだが、気配を経ってしまった彼女を見つけることはできなかった。そのことが、更なる恐怖を呼び起こし、彼らの自由を奪う楔となっている。どこから襲ってくるかわからない少女におびえ、何とか冷静を保っていた山賊たちが悲鳴をあげ始めた。しかしその声も、あっという間に消え去り、残るったのはクナイを膝の上で遊んでいる彼女だけとなっていた。

「幻術にすぐ嵌ってしまうなんて。つまんない奴らばっかり」

楽しくない。ため息混じりに吐き出した言葉だったが、少女はすぐに意味深な笑みを浮かべた。

「というわけだから、ちょっと相手してよ。はたけカカシ」

彼が隠れているだろう場所に向かってそう言った彼女は、己の幻術にひっかかっていない彼を見て満足そうに笑った。

黒揚羽(2004.11.5)