嫌だなぁ… ふぅっと疲れたように溜息をついたカカシは、火影の前でもその顔を崩さなかった。何で自分が。そんな気持ちがありありと解る態度に火影の額がぴくりと動く。 「…何か言い足そうな顔をしておるな」 「いえ〜別に〜」 「ならそっぽ向くでないっ!!このたわけ!!」 そう怒鳴り、火影は疲れたように椅子へ座り直す。全く…実力があるものほど、癖があり疲れるわと胸の中で呟きながら。 「ただの掃討作戦になんで俺まで行かなくてはならないんです?俺上忍師なんですけど。手の空いてる上忍他にもいるじゃないですか」 「ほう毎日毎日だらけてる奴より暇な者がおると言いたいのじゃなお前は」 「失礼ですね〜俺これでも忙しいんですけど」 「…お主の周りは騒動しか起こらんわ」 「はい?」 何のことを言っているのかと、本気でわかってないらしいカカシに火影は頭を痛める。だがここで負けてはこの里を纏めることはできんと、火影は気を取り直してカカシへ任務書を投げた。 「行け」 「…」 一切の説明もない決定事項。カカシはやれやれと肩を竦める。 「人数が多いからな」 「…俺一人ですか?」 「部隊は編成し終えておる。それを率いて行け」 「…わかりました」 ついに諦めたカカシは、任務書をひらひらと泳がしながら、一礼し消え去る。ようやく一仕事終えたと、肩を落としながら思った。 (…疲れるのう) たかが任務を言い渡すだけでこの始末。早く引退したいものだと火影は呟いた。 (なぁんで俺がこんなものに行かなきゃいけないのかねぇ) 了承したものの、今だ不服のカカシは背を丸めながらアカデミーへと向かう。また遅いと子供達に怒られそうだが、今日ばかりは急な呼び出しだ、非は火影にある。 (ま、誰も信じてくれないだろうけど) 慣れとは恐ろしいもので、毎日遅刻するカカシにもっと言い訳のバリエーションを考えろとまで言ってくる。確かに、内容も尽きてきたなぁと思いつつ、上忍師としての任務書を取りに受付所へと向かった。 「あ!カカシ」 「あれ〜紅。珍しいじゃないこんな時間に。何、寝坊でもしたの?」 「…アンタと一緒にしないで欲しいわ。捜してたのよ」 「え?俺?」 顎を上げ、付いてくるようにと促す彼女に逆らえる筈もなく、カカシはしぶしぶ後を追う。 「…あのさぁ。俺まだ任務書を…」 「今日はうちの班と合同よ」 「え。そうなの?」 「そうよ。だからアンタを待ってたのよ!なのに何時まで経ってもこないし。全く、こいつと一緒なんて迷惑な話だわ」 「そう言われてもねぇ。で?任務は何?」 「隣町にある農園の手伝いよ。悪いけど時間厳守だったから、もう始めさせたわ」 「あら〜それはそれは」 すみませんねぇと頭を掻いてはいるが、それが本気でないことは十分紅に伝わり、ぎろりと睨まれカカシは首を竦めた。 アカデミーを出て、共に歩き始めたが紅も急ぐ気はないらしい。彼女のことだから、影分身ぐらいは置いているだろうが、子供達の任務を手伝う気はないようだ。大した会話もなく歩いていた紅は、突然カカシへと話を振ってきた。 「ねぇ。アンタ、中忍苛めしてるって本当?」 「…だれかな?そんなことを言ってる奴は」 「あら。結構な噂よ。あのはたけカカシが中忍をいびってるって」 「…小姑じゃあるまいし。何ソレ」 「でも否定しないってことは本当なの?珍しいじゃない」 上忍が下の忍に難癖を付ける話はよくあることだ。だが、紅の知っているはたけカカシにそんな趣味は無かった筈。それどころか、表面は取り繕りながら深く関わろうとしない男だ。だからこそ、紅もくだらない噂に興味を持ち、本人に聞いてみることにしたのだ。 「アスマも言葉を濁すし。何?そんなに勘に触ってるの?あのイルカに」 カカシに問いただす前に情報収集をした紅に、カカシは溜息をついてみせた。これでは誤魔化して逃げられない。ある程度認めないと、この女は蛇のように食らいついてくる筈だと、しぶしぶ頷いた。 「ふぅん。あの先生って人気あるのにね。癒し系とか呼ばれてるわよ?報告書を出した時にお帰りなさいって笑ってくれるのがいいんですって」 「…へぇ?」 「でもアンタはそれが気に入らないのかしら。内勤の癖に?へらへらと笑うから?忍らしくないから?それともあの子供を可愛がっているから?」 ナルトのことを口に出した瞬間、カカシの気配が僅かにだが変わる。それは無意識のものだったのだろう、カカシはすぐにその気配を元に戻した。一瞬ひやりとしたものの、自分の言葉の中に答えが合ったと感じ、どれがカカシを不快にさせたか考える。 「内勤とか、らしくないとかでアンタが気にするとは思わないけど。…あの子供と関わるのも他意があるように見えないし…だったら、笑顔かしら?まぁ…それは何となくわかるけど」 「へぇ?紅ってイルカ先生の笑顔嫌いなんだ」 どこか意地悪げに言うカカシに、違うわよとつんと顔を上げる。じゃあ、一体何がわかるのかと右目を細めたカカシを横目で見る。 「あの言葉と笑顔は貴重だとは思うわよ?ちょっと眩しく感じるぐらいにね。でも…何て言うのかしら。ただそれだけじゃないと思うのよね」 「それだけじゃない?」 「そう。どう言えば良いのかしら。言葉と笑顔も本当なのに一部分だけが違う。見過ごすことができる小さなものだけど、彼の顔を見る度に思うのよ」 心がない。 「本当に頭の隅で、チリっとなるぐらいのものよ。別に警戒する必要もない音だけどそれが気になってるのは確かね」 さすがはくの一。いや…紅だと言うべきか。人の心情を読むことに長けている彼女は、イルカに抱いている気持ちの末端を彼女も感じていたらしい。アスマででさえも気付かない、イルカへの違和感。 (拍手をしたいぐらいに誉めたいよ。紅) しかし…彼女が感じたのもそこまでか。カカシの位置に来るまでにはなっていないようだ。 それほど巧妙なイルカという忍。…本当にあの笑顔を思い出すたびに不快になる。だが、それを暴くことが得策とは思わない。紅の言う通りその笑顔を信じ、喜んでいる奴らも居るのだから。 (夢を見てた方が幸せでしょ) 偽りの夢を。 別にイルカなどどうでも良いのだ。あの偽りの夢を与え、こちらの領域を侵そうとしなければ。己の分をわきまえてこなければ、彼などどうでもいい。 イルカ先生で居るために、自分に近づいてこないで欲しかった。金色の子供を心配し、話しかけて欲しくなかった。イルカという人を作り出すために、自分の前に現れて欲しくなかった。 だからお前は気に入らないと、知れ渡るようにしたのだから。 「で。アンタはどうなのよ」 「さぁね〜んじゃ。俺一足先に行ってるわ」 「なっ!?カカシっ!!!」 紅の怒号を無視してカカシは姿を消す。後から何をされるかわかったもんじゃないが、自分の気持ちを話すよりはマシだろう。 (あ〜あ、これじゃあ昔と同じだよ。俺ちっとも変わってない) 偽ることを覚えて、その薄っぺらい衣で自分を覆う。他人を拒絶したまま、本心は誰も見えない闇の中。 「おや。ということは、結構似たもの同士?俺ら。嫌だね〜」 自分以上に嫌がるだろうイルカを想像して、押し殺した笑いを漏らす。ようやく見えてきた農園を見れば、ビニールハウスの中で動き回る小さな影達がある。しかもナルトの騒ぐ声がここまで聞こえていた。 「…ま、俺はいいんだよこれで…ね」 多分一生変わらない。ただ約束を守って生きていく。 ずっと。 遠くに見える山々を、見据えるように眺める。時は夜。動物達も眠りについた真夜中を過ぎた頃。 「もっと近い場所にしてくれればいいのに」 「…文句言うなよ」 「るさいわね。ちょっと希望を言ってみただけじゃない」 「へいへい…と」 シカマルはそう呟いて隣に座るサクラから、真上の枝に立つ青年を見上げた。自分達と同じ暗部の装束を着込み、まだ付けられていない面は闇夜に浮かび上がり少し不気味だった。しかしシカマルの視線を気にもせず、彼は時期に向かうであろう場所を見つめ続けた。 「あと何分?」 「狼煙が上がるだろ。それが合図」 「まだるっこしいなぁ」 自分達より先に侵入した部隊の遅さに苛つきながら、サクラはまだ色を変えていない髪を手櫛で梳いた。…そして止まる。 「先生」 山の間から立ち上る薄い煙。真夜中であっても、目の良い彼らには十分に見えた。 「行くぞ」 面を付けたイルカが一足先に飛び立つ。それにシカマルとサクラも続いた。 闇を蝶が舞う。 ひらりひらりと。 死へ誘う為に。 黒揚羽(2004.10.8) |