静けさを何よりも好む少年は、誰も居ない家で寝転がり、ぼんやりと天井を見ていた。端から見れば、だらけている。しかし、今の彼は珍しくも、あることを思い浮かべていた。 だが、その静けさも一時の物。明らかに不機嫌を示す足音とともに、乱暴に戸が開かれた。 「シカマルっ!!アンタ一人で任務に出たわねっ!!!」 憤怒治まらぬ顔でやって来たのはサクラ。怒りのチャクラで桜色の髪がざわざわと動き出すように見え、シカマルは慌てて己の目を擦ったが、少女の顔は鬼も逃げ出すほどの形相をしていた。 「何で私を呼ばないのよっ!!木の葉の抜け忍崩れを含めた侵入者!!勘を取り戻せるって楽しみにしてたのに!!侵入者なんて滅多にないのよ!?よくもその機会を奪ってくれたわね!!」 どこか的はずれの怒りを見せるサクラは、シカマルの胸倉を掴むとガクガクと揺する。されるがままになっているシカマルだが、彼女が一度怒り出すと落ち着くまで人の言うことに耳を貸さないことを、十分知っている為の自衛手段だった。 そして数十分後。 揺すられすぎて気持ち悪くなっているシカマルと、鼻息荒く、お気に入りのカップで紅茶を飲み、気を落ち着けているサクラがいた。 「で、どういうつもりなのか説明しなさいよ」 シカマルの様子を気にかけることなく命令するサクラ。誰のせいだよと小さく呻いたが、それは睨みつけの視線でどこかに消え去っていった。 「…確かに一人で行ったのは悪かったよ。謝る」 と答えたものの、火影の所に運悪く居たシカマルは、式神を放つ暇もなく追い出されたのだ。そしてその途中に侵入者を見つけ追い込んだ。 「…で、無事任務を終えたってのに、何でアンタは不機嫌そうなわけ」 新しい術を覚えれば使ってみたいもの。普段任務に出ることのできない二人にはうってつけの機会だったのだが。当然その成果を話すだろうと思えたシカマルは上の空。そのことにようやく気づいたサクラは首を傾げる。 「その時によ…アイツと会ったんだ。クオンって言ったあの…」 「くそ生意気なやつね」 シカマルの言葉を受け継いだサクラはきっぱりと告げ、少年の口を一瞬噤ませる。それでも何とか気を取り直し、シカマルは先ほどよりもいいにくそうにサクラを見た。 「任務帰りみたいでよ。一人でやるのもめんどくせぇし手伝ってもらったんだけどよ…」 「あいつにぃっ!?何でよ!!」 「…なんでって居たから」 「だからどうしてその時に私を呼ばないのよっ!!そんなやつに借りを作ってどうするのよっ!!」 再び話を繰り返そうとしたサクラに、シカマルは珍しくも真剣な顔を見える。それに何かを感じ取ったサクラは、渋々口を閉じた。 「確かにアイツは気に入らないが…腕は一流だ。見たこともない術を使って見せた」 「…アンタが関心するってことは結構なものね」 「【氷雨】と呼んでいた。術が発動されるまで少々時間を食う見たいだけどな。広範囲に氷の雨を降らす。それで串刺し」 チャクラも大して消費せず、一気に敵を殲滅さえたクオン。その威力を見て口笛を吹いていたことから、あれは元々彼の術ではないのだろう。 「写輪眼のカカシね…」 「多分。名が馳せているのは伊達じゃないってことだ」 考え込むように腕を組み、視線を落としたサクラ。トントンと己の唇を指先でつつき、彼女は顔を上げた。 「良くわからないわ。アイツ」 「は?」 「写輪目のカカシのことよ。今日聞いてみたのよね。何故イルカ先生に突っかかるのか。そしたら何て言ったと思う?『イルカ先生は嫌いじゃない』よ」 「…言葉の使い方知らないんじゃないか?」 二人が顔を合わせた時のことは木の葉中でも有名だ。その場に居合わせたサクラは、その時の事を思いだのか、一瞬ぶるりと震え、シカマルの意見に同意する。 「…私も切れそうになったけどね。でも…その後ね。『嫌いな時がある』って言ったの。全く…どういう意味なのか全然わからないわ」 イルカのことが無ければ、カカシは良い上忍師だろう。それはいつも傍にいるサクラが十分わかっていることだ。考えてみれば、サクラはカカシのことを良く知らない。勿論、火影から有る程度のデーターを貰っているが…実際の彼のことは噂でさえも流れてこない。 「…近く任務が入る。その時に懲らしめがてら、手を出してみるか」 「…ふぅん。まぁいいわ。それで今回のことは許してあげる」 ようやく許しを貰ったことに安堵し、シカマルは自分の茶を入れに立ち上がった。 (ああもう…また帰りが遅くなった) 緊急の会議のせいで、受付から離れたものの、帰宅時間はいつもと変わらず。最近の子供の教育方針がどうとか、そんな話は勝手に決めて、伝えてくれればいいのに。 住宅街を抜け、次第に家もまばらになってきた道。垣根の高い家の傍を通ろうとした時、パシリと何かの音がした。それは本当に小さな掠めるような音。気にせず通り過ぎても良いのだが、つい足を止めてしまった。顔を向けただけで流れて来る血の臭い…眉を潜めていれば大きな手が垣根から出てくる。 「お。イルカか」 「…アスマ先生」 見知った上忍に、どうしてこんなところで顔を合わせるのかと首を傾げれば、イルカの疑問を感じ取ったのだろう、後ろへと目線を動かす。 (…抜けようとしていたのか) 僅かな隙間から見えた地面に倒れ伏す影と木の葉の額当て。そしてその傍を動き回る気配。 「巻き込まれちまってな。悪ぃ。俺は帰るぜ」 「ありがとうございました。猿飛上忍」 「いや、かえって邪魔したな」 一体どうゆう状況で、こんな場所で抜け忍の始末をしたのかは知らないし、知りたいと思わない。イルカは後ろの忍達に手を挙げた後、垣根を飛び越えこちら側へと降り立ったアスマを見上げ、ご苦労様ですと頭を下げた。 「帰ろうとしていたんだけどよ。ついな」 説明のつもりなのか、そう言うアスマにイルカは小さな笑みを浮かべるだけだった。幾ら上忍であっても、抜け忍を始末するのは後味が悪いものらしい。自然と共に歩くアスマを見ながら、イルカは自虐的な笑みを浮かべる。 (…俺ならそんなこと思わないんだろうな) ただの任務だと割り切って、罪悪感一つも抱かずに始末してしまうだろう。それを人は異常だと言うのかもしれないが、イルカに取っては当たり前のことなのだ。 だから、理解される必要なんてない。 「お前も大変だな…今まで仕事かよ」 「え?ええ。会議が長引いてしまって」 「会議か…受付もやってんのに大変なこった」 「そんなことないですよ」 そう。ただ聞いていればいいのだから。 真面目な顔をして、時々当たり障りのない意見を言っていれば会議なんて終わる。辛いのは、そんなくだらないことに時間を使うことだけだ。 あんなところで意見を言っても、死ぬ者は死ぬし、生きる者は生きる。生と死。選択はたった二つ。それを選ぶのは生徒達だとイルカは思う。 (生きたい奴は努力する。死にたい奴は怠ける。ただそれだけだ) 遊んでばかりいて困る。それがどうした。そいつはただ死ぬだけだろう。いつもそんなことを頭の片隅で思いながら、生徒のことを一生懸命考えているイルカ先生。我ながらすごい人格を作ったものだと内心せせら笑っているというのに、誰一人気付かない。 …いや…一人だけ。 「なぁ。カカシのことなんだけどよ」 突然変わった話題。その人物をまさに頭に浮かべていた最中だったため、イルカは珍しくも素で驚いた。それをどう取ったのか、アスマはあ〜とかう〜とか小さくく唸っている。そんな態度を見ているうちに冷静さを取り戻したイルカは、困った顔をして見せた。 「ま、俺が言うことでもねぇけどな。悪いな」 「…いえ。私とはたけ上忍のお考えが違うだけだと思います。あの方は一流の忍です。きっと、あの方に言わせれば私は甘いのだと…」 「いや。そうじゃねぇ」 中忍のイルカが上忍のカカシを非難することなどできない。だから、庇って見たものの、それをアスマは一蹴してしまう。イルカは面食らった顔でアスマを見返しつつ、それで納得すれよと呟いていたが… 「アイツは馬鹿だからなぁ」 「………は?」 「だからよ、馬鹿なんだよ。ただのな」 「………はぁ」 そんなリアクションに困ることを言わないで欲しい。 イルカは顔を引きつらせつつも、頷くことができずただ固まっていた。そんなイルカに気付いていないのか、アスマは前を向いたまま、溜息をつく。 「知らないからな。そうすることしか。そうやってしか…できないと思っている」 「…」 「そんな馬鹿なんだよ」 アスマが一体何を差し、何を言いたいのか彼の言動ではわからない。はっきり言わないのは、イルカが知ってはならないことだからだろう。別にあの男のことなど知りたくないイルカは、神妙な顔で無言を貫き通していた。 「ま、それでもマシになった方なんだけどな。昔のアイツときたら…そりゃぁもう、手に負えないガキだったしな」 「お二人はかなり昔からのお知り合いなんですか?」 「まぁな。嫌な腐れ縁だけどな。つ〜ことだかよ、アイツの言うことは気にすんな」 「…ありがとうございます」 いつも理不尽な思いをしているイルカを慰めてくれたらしいアスマ。やがて分かれ道についた時、イルカは頭を下げて別れたが。 「…気にするも何も。あの人がどうなろうと俺には関係ない」 ただうざったいから、始末すれば静かになるだろう、そう思うだけだ。 黒揚羽(2004.9.24) |