黒揚羽

【闇二つ】


そんなことを言ったのは初めてだった。
言おうと思ったのも。
己が自主的に出した望み。

約束するよ。

そう言った時の貴方達の顔は一生忘れない。
泣きそうな顔で笑ったことも、そっと肩に触れた手が震えていたことも。
抱きしめられたその温もりに、彼らの想いがすべて詰まっていたことも。

一生忘れないから。

迷わず逝って。



「…おいカカシ!何時まで遊んでるっ!!」
「え〜それって酷くない?真面目にやってる人に向ってさぁ」
「ふざけるなっ!!」

ようやく最後の敵を倒すと、アスマはイライラした様子でカカシの前に立つ。彼らの足元には今しがた絶命した敵の体が転がっていたが、それに頓着するそぶりはどちらからも見れない。

「な〜に怒ってるのかな。血糖値あがっちゃうよ?」
「俺はまだ逝く歳じゃねぇっ!!…ったくアイツがいない時いつもお前は…は〜言うのも面倒だ」

上忍二人で出たBクラス任務。書状を取りに行くだけの簡単な任務は返り際待ち伏せされるという、緊張の孕んだものになったがこの二人では相手にならなかった。
カカシは説教することを諦めたアスマから視線を逸らし、ぽんと木に飛び上がる。後始末はこっちかよ。そう呟くアスマにへらりと笑い、カカシは遠くを眺めた。

朝日が昇る。

闇をかき消す白い光は、カカシの銀色の髪を反射し、キラキラと輝かせていた。カカシは目を細め、毎日繰り返される太陽の昇る様をじっと眺め…

過去を想う。


貴方の望みは叶えられていますか。
微笑む記憶の中にいる人たちに、そう問うことがカカシの日課だった。



「先生遅いっ!!」
「ってばよ!!」
「ごめんね〜今日は目覚し時計が台所に出張していて〜」
「「はいっ!嘘っ!!」」

いつものことながら、息の揃った答えに苦笑し、今日の任務を告げる。ぎろりと睨み付ける子供達の目は、怒りと呆れが渦巻いていたがカカシは綺麗に無視して、先頭を歩き出した。

(ったくカカシ先生反省していないってばよ!)
(ちょっとは悪いって思わないのかしら!)
(ふん…アイツにそんなことを求めるのは無駄だろう)

子供達三人は、カカシの後を付いていきながらこそこそと囁き合う。当然聞こえているだろうに、鼻歌を歌い始めたカカシに、彼らの機嫌は悪くなる。

(((少しは反省しろよ。この上忍)))
「どうしたのかな〜君たち」

くるりとご機嫌な顔で振り返ったカカシを、一度絞め殺してやりたいと本気で思った子供達だった。


ぽかぽかと眠たくなる陽気。その中を子供達が走り回る。今日の任務は昆虫採集。長い冬から目を覚ましたばかりの蝶を捕まえるため、虫取り網と籠を持って悪戦苦闘。そんな中、木の幹に背を押しつけのんびりと本を読むカカシ。原っぱを駆け回る子供達が近くを通るたびに苦々しい視線を送っていたが、カカシが頓着する様子はなかった。

「あ〜やっとノルマ達成〜」

ぜぇぜぇと荒い息でやって来たサクラは、顔を上げたカカシに成果を見せる。一人五匹。同じ蝶でも構わないということだが、数を揃える方が難関だった。
この変に居ないと見切りをつけたのか、ナルトとサスケの姿は見えない。サクラはカカシの隣に腰を下ろし、疲れた体を休める。

「ご苦労様〜」
「…先生に言われると腹立つわ…」
「そう?」
「そうなの!」

キーッと目をつり上げるサクラに、カカシは笑い再び本へと視線を落とす。本の題名にサクラは顔を引きつらせたが、止めろと言っても人の言うことなど全く聞かない上忍に、サクラは注意することを諦めた。

「そうだ…カカシ先生。昨日送ってくれたのカカシ先生だったの?」
「ん〜ああ」
「朝、お母さんが言っていたから…でも何でカカシ先生が?私、先生と会ってないよね?」

修行に疲れて眠ってしまった場所は、カカシであってもおいそれと近づかない所。それに、送ってくれる人ならば、別の人が居た筈だ。

「…女の子があんな時間まで修行してちゃ危ないよ〜」
「話を逸らさないでください」

まるで言いたくないとでも言うように、カカシは視線を本に落としたまま。どんなに自分達に貶されても、必ず真っ直ぐに目を見て話すカカシには珍しい態度。
だからこそ、ピンと来た。

「イルカ先生に会ったんですか?」
「……まぁね」

それで納得が言った。
多分、最初にサクラを送ってくれようとしたのはイルカだ。だが、途中でカカシと合い、それを任せたのだろう。

(…眠っていて正解だったのかしら)

カカシの様子から見て、又一悶着あったに違いない。どうしてこの二人が会うとこうなるのか…サクラは溜息をつく。

(いい加減にしてよ!またイルカ先生の機嫌が悪くなるじゃない!!)

それでなくとも、最近のイルカは不安定なのだ。何が気に入らないのか知らないが、いちいち突っかかって彼を刺激しないで欲しい。

(…どっか長期任務にでも行って貰おうかしら)

イルカ側のサクラは、火影を脅そうかと本気で思いつつ、子供らしい顔でカカシに問いかけた。

「カカシ先生って…何でそんなにイルカ先生が嫌いなの?」

率直すぎる質問かとも思ったが、この上忍に遠回しなことを言っても誤魔化されるだけだ。カカシもそれが分かったのだろう、ようやく本から目を離し、困ったようにサクラを見つめる。

(引かないわよ!!)

これを逃せば、こんな話をする機会はもうないかもしれない。密かにカカシの弱点もわかるかもと打算的なことを思っていたサクラだが、カカシの答えは予想外だった。

「別に…嫌いじゃないよ。イルカ先生は」
「……は?」

視線が冷たくなるのは仕方がないだろう。
初対面早々あんな場面を見せられ、未だに持続中の二人の険悪な関係を見て、誰が良好な二人ですなんて言えるのか。寝言は寝てから言え。本気で毒舌を吐き出したかったサクラだった。
カカシは相変わらず、困った目のまま小さく溜息をつく。青い空を見上げて、鳥が飛ぶ姿を眺めながら。

「イルカ先生自身のことは特に何とも思ってないよ」
「…それを信じろって言えます?」
「う〜ん、でも本当だしね。ただ…」
「ただ?」
「…嫌いな時があるってことだ。お、どうやらアイツわも終わったらしいな」

終わったってばよ〜と、サスケと二人で駆け寄ってくるナルト。もう話は終わりと立ち上がってしまったカカシに、それ以上問いかけることはできない。
二人の虫籠を覗き込み、すごいなぁと誉めているカカシ。ナルトが得意そうに胸を張り、サスケは照れくさそうに横を向いている。

「…なんか」

カカシという人がわからない。あれだけ周りを巻き込み、誰が見てもわかるイルカへの悪感情を振りまきながら、そんなことを言うカカシ。
一体彼は何を考えているのだろう。そんな混乱だけが生まれた時間だった。

黒揚羽(2004.8.26)