黒揚羽

【常世の番人】


半日眠ったイルカが眼を覚ますとハヤテは居らず、ラップのかけられた朝食が並んでいた。普段あまり眠れないせいなのか、眠れる時は寝駄目するイルカの性格を彼も把握しているらしく、用意がいい。少しぼうっとした頭で、顔を洗ってきた後、箸を動かし昨夜何も食べなかった腹へと食事を詰め込む。こちこちとなる時計を振り返れば、長い針と短い針が揃っていた。

「…まだ眠いな」

それでも髪を縛ると気持ちが切り替わる。食器を片付けて玄関を出る時、そこにあった鏡と目が合う。中に写っている「イルカ先生」をじっと見た後、イルカはハヤテの家を後にした。

(…そういえば昨夜はあいつらが来るんだった)

しまったなと。イルカは約束を破られ、憤慨している少女の顔を思いだし、小さく唸る。当然もうこの時間はいないだろうが、取りあえず行ってみるかと地面を蹴った。


その森に足を踏み入れると、ひやりとした気配が訪れた者を迎え入れる。一度入れば二度と戻って来れない。そんな噂が立ち上る森には、滅多に人も現れないためか、野生の動物たちだけが生息している森だ。ゆっくりと落ちている葉を踏みしめて、歩いていたイルカは周りに誰もいないか確認すると、幻術を解く印を結んだ。
ぐにゃり。
イルカの目の前がゆらりと揺れ始め、水の波紋のようなものが宙に浮かび上がった。そこをくぐると、イルカの後ろで再び幻術が閉じ、目の前には一件の家。

(…誰もいないか)

人の気配を感じない家を見ながら、そろそろ掃除をしなくては…と思いつつ家の中に入る。
入ってすぐに見える、大きな木の机の上にはいくつかの本が載っていた。自分が居ないから、二人で予習か復習をしていたのだろうと、イルカは僅かに笑みを浮かべる。やはり女の子がいるせいか、部屋はそれほど汚れておらず、感じるのは静けさだけ。

「ん…?」

ふと、本の上を見ればそこにはメモ用紙が乗っけられており、イルカ宛へと書かれている文字。

「………何!?」

それを読んだ途端変わった顔色。ばぁんと扉を叩きつけるように開け、イルカは家を飛び出していく。

(どういうことだっ!!!)

ぎらぎらと目が殺気で揺れている。ぐしゃりと、握られたメモ用紙が悲鳴を上げるように鳴った。



「…うん?」

火影はこれから振り分ける任務書を眺めていたが、勘というものだろうか、ふと顔を上げた。

「いかがしました?火影様…ごほっ」
「うむ…何となく寒気がな…」

風邪ですか?とハヤテが問いかけようとした瞬間。その部屋の温度が一気に下がる。

「っ…!!!」

思わずハヤテがクナイに手をかけたが、火影はそれを制止した。

「火影様…」

飛び込んできたのはイルカだったが、その顔に張り付いている笑みが怖い。火影とハヤテは目を合わせ、彼の機嫌の悪さに冷や汗を流す。

「あの二人はどこですか…」

ばぁんとメモ用紙を叩きつけるように、火影の前へと差し出したイルカ。それを読み、なんじゃと少しほっとした火影。

「書かれておる通りじゃろう。任務に行っておる」
「そんな話は聞いていませんっ!!」
「聞いておらぬ?いやわしは…自分達から言っておくとおったぞ?」

その時のことを思い出しながら火影が言えば、全然知りませんとぎらぎらと目に殺気を浮かべ始めた。

「ああ…貴方が寝ていたからですよ」
「何…?ハヤテお前…知っていたのかっ!?」
「知っていたというより、来たんですよ。いつまでたっても貴方がこないから、捜していたらしくて…話したいことがあったようでしたが…それだったんですね」
「何故起こさなかったんだ!」
「起こしましたけど。怒鳴っても何しても全然目を覚まさなくて…あの子達も疲れた顔をして帰っていきましたよ?…ごほっ」

起きなかったイルカが悪いと、せき込みながらハヤテにそう言われ、イルカも言葉に詰まる。

「…何の任務に行ったんですか」
「それを言えるわけはないじゃろう?」
「しかしっ!!!」
「ああ…イルカ。あの子達から伝言です…ごほっ」

せき込む喉を落ち着かせながら。ハヤテは一言。

「この前の任務一人で行った罰です…だそうです」

イルカはがっくりと肩を落とした。



「いいのか?それで」
「しょうがないでしょ。変化なんかしたら、チャクラがもったいないもの」

少女は視線を上げて、青年へと変化をした彼を見る。

「チャクラの量が飛び出ているわけでもないし…温存しておかないとね」
「まぁな…お前の術はチャクラばっかり使うからなぁ」
「それよりも、その姿で一度会ってるんでしょ?大丈夫なの?」
「ああ?平気だろ。それよりも…そいつより多分居るだろうあの二人に注意だな」
「それは同感」

気を引き締めて行こう。
二人は顔を見合わせると、立ち上がる。約束の時間まで後僅か。

「見定めさせてもらいましょう?」

面をつけた途端、サクラ色の髪が黒髪へと変化していく。青年も面をつけた途端、声が変わり始めた。

「時間だ」

二人は待っていた三人の前に姿を見せた。



あと数時間すれば日が昇る。薄く明け始めた空を見ながら、アスマはふうっと煙を噴かした。

「…なーんでてめぇがいるんだか…」
「やだなぁ。アスマそんなこと言って」
「うぜ…」
「あらあら、クオンまで〜」

今回の任務に加わる予定がないのに、どこから聞きつけたのか待ち合わせ場所に現れたカカシに、アスマとクオンは疲れた声を出す。そんな二人を横目に、カカシの機嫌はとても良かった。

「まだ誰か来るの?」
「…ああ。ここで待ち合わせなんだよ」
「どんな任務か知らないけど…そいつら必要ないんじゃない?足手まといはごめんだよ〜」
「任務内容はこっちが持ってるが、ルートの方はあっちがもってんだよ。…全く食えないじーさんだぜ」

一応アスマがこの任務を指揮することにはなっているが、火影から渡されたのは任務書のみだったのだ。恐らく、他の人物と組みたがらないクオンの独断専行を阻むためそうしたのだろう。お陰でさっさと進めないクオンは少し苛ついているし、カカシはかぎつけてくる結果となった。

(まぁ…俺の苦労は減る…か?)

どんな奴らが来るのかは知らないが、自分の神経をすり減らさない相手が良いとアスマは思う。

「…お出ましだな」

青みが見えてきた空の中、二つの影が現れた。それを見たクオンの目が変わる。

「あいつは…」

最初に姿を見せたのはあの日クオンに喧嘩をふっかけようとしていた青年。面の下から放ったクオンの殺気を完全に無視して、三人の前に降り立った。そして…

「アンタ達が今回のお仲間ってわけ?」
「…任務は一小隊とお聞きしましたが。お一人多いようですね」

クオンと同年代と思われる少女が三人を見回しそう言った。少女に指摘され、アスマとクオンははぁっと溜息をつくが、カカシは気にした様子もなく、よろしくね〜とほざいている。

(クオン以外にもこんなガキがいるとはな…)

アスマはそう思いながら、青年が差し出した巻物を受け取る。それにざっと目を通した後、任務について話し始めた。

「今回の任務は機密書類の奪還だ。細かいことは省くが…買い取り相手に渡る前にそれを奪い取る。勿論忍をごまんと雇っているようだから、気は抜くな以上」

アスマはターゲットが通るであろうルートが書かれた紙を回しながら、最後に自分達に加わった二人へと目を向けた。

「んでよ。早速出発と行くが…お前ら呼び名はあるのか?ちなみに俺は今回の任務を指揮する猿飛アスマ。銀色の奴がはたけカカシ。そして…クオンだ」

アスマとカカシは上忍の姿なので、名を偽らないが、暗部に所属すれば話は別だ。青年と少女は顔見知りなのか、ちらりと視線を合わせる。

「我々のことはお好きなようにお呼び下さい。猿飛上忍」
「へぇ?名前も名乗れないってわけ。ずいぶんお高く止まってるんだな」

この間のことをまだ根に持っているのか、クオンが青年を鼻で笑う。しかし彼はクオンの方を一度も見ず、ずっとアスマの方を向いたままだった。

「クオン絡まない〜別に名前なんていいじゃないの?さっさと終わらせればさ」

カカシの呑気な声で、クオンの放っていた険悪な雰囲気が霧散する。アスマは長い溜息を吐き、出発の合図を出した。


(確かに腕はいいみたいだけど、すごーーい生意気。むかつくのわかるわ)
(おい。聞こえるぞ)
(別にいいわよ)

前方を走る三人を見ながら、少女は面の下からべっと舌を出した。気配でそれを察したのか、青年はやれやれと肩を竦める。

(でも考えて見ればすごいメンバーよねぇ…今日の任務って)

少女は二人の上忍と、それに引けを取らないスピードを出すクオンを素直に賞賛していた。時々聞こえる話し声はカカシか。そしていさめるようなアスマの声。恐らく彼らは何度も組んで任務にあたったことがあるのだろう、気心の知れた信頼できている仲間という雰囲気がこちらも感じ取れる。

「そろそろ…か」
「こっちの役割あるのかしら?」
「なくても構わない」

青年の言葉に少女は頷き返す。アスマが止まる合図を出し、二人もそれに従った。

「ここで強襲する。カカシとクオンは敵を蹴散らし…二人は書類を手に入れてくれ」
「了解〜」
「わかった」

カカシとクオンに続き、青年と少女も頷く。そして彼らが完全に身を潜めた時…ターゲットがやってきた。

「行けっ!!!」

殺気が満ちる。


次々と向かってくる敵を蹴散らしているのはカカシとクオン。吸い込まれるように敵の急所に消えていくクナイ。あっという間に、動かなくなった敵の山が積まれ、その技に今更ながらにアスマは関心してしまう。

(ここはこいつらに任せればいいな)

アスマは冷静に状況を見ながら、あの二人はどうしただろうと彼らの姿を捜すがどこに隠れているのか、姿が見えない。だが、それ以上気にする暇もなく、アスマの目に、護衛に任せてこの場を逃げ出そうとしている人物を見つける。

(あれか)

道を阻む敵をなぎ倒し、その者へと手を伸ばす。悲鳴を上げ、どさりと地面に倒れ彼の手から書類の筒を持ち上げ、アスマは飛び上がった。

「終わったの?」

いつの間に傍に来ていたのか、カカシがアスマの手元を見て言った。気付けば大半の敵は倒れ、残りは逃げ出したのか静寂だけがこの場を支配している。

「おい。あいつらはどうしたんだ。逃げたのか」
「あれ?本当だね。どこ行ったのかな?」

書類を手にれるのが役目だった筈なのに、役に立たなかったばかりか姿も見せない彼らに、クオンはあからさまに不快感を示した。敵の多さに身が竦んだのか。一瞬そう思ったアスマだったが、そんな気配は一変も感じ取れなかった。

その時、地面が揺れる。

「な…!?」
「爆音…!?あっちからだ!!」

最初に飛び出したのはクオン。それにカカシとアスマが続く。音の方角に近づく度に、つんとした血の臭いが鼻に届いてきた。

「これは…!」

体の一部を飛ばされて、絶命している忍達。至る所から流れてくる火薬の臭い。しかし、その臭いとは裏腹に、僅かに草が焦げているものの、辺りを吹っ飛ばした気配は全くなかった。

「そちらは囮。これが本物ですよ」

ふわりと、少女が三人の前に現れ、筒を差し出した。アスマが自分の持っていた筒を開くと、中には何も書かれていない紙が数枚入っているだけ。

「なんで…」
「この林は、地元の人間が通りやすいルートを幾つも作っているんです。ということで、この辺り一帯にトラップをしかけて…貴方達が戦っている間に、別の一団がそれに引っかかりました」

ドン…
少女の後ろから再び爆音が響いた。そしてこちらに向かってくるいくつかの気配。

「…手抜いたわね」

不機嫌そうに少女が呟き、筒をアスマに放る。

「おっと…」
「全く…無駄使いさせないでよ」

クオンが飛び出そうとしたが、それをカカシが押しとどめた。

「あの子がやってくれるみたいだよ?」

すうっと少女が手を伸ばす。その指先には一枚の札。

「『黒・爆』」

札が膨れあがり、中から黒い獣が飛び出していく。枝を走り、こちらへ来る敵の忍へと躍りかかっていった。
全身に獣の牙を受け、敵は次々と屠られていく。べっとりと口や手に付けられた赤い血が、光を差し込み始めた林の中にくっきりと浮かび上がる。全身が黒く、体長は5メートル以上もありそうな猫型の獣。絶命した人を踏みつけながら、まだ殺したりなさそうにぎらぎらとクオン達へ目を向けていた。

「爆。もう終わりよ」
「グルルルルル…」

少女の言葉に不満げに唸る獣。全く…と少女は首を振りながら、再び手を伸ばすと黒い獣は消えていった。

「式神?ずいぶんと気が荒そうな奴だね〜」

カカシが感想を言うと、少女は少しむっとしたようだった。

「あの子は私に忠実です。私の心に敏感ですから」
「…それはどういう意味だ?」

アスマの問いかけに、少女は何も答えなかった。そうしているうちに青年が姿を現す。

「運動不足は治ったか?」
「一枚無駄にしたわよ」

わざとこちらへ逃がしたのだと、告げた青年に少女は更に機嫌を悪くしたようだ。とにかく任務は終わったと、アスマが帰還の合図を出す。

「猿飛上忍。私たち、ここから別行動しますので」
「ああ?どういうことだ?」
「用事がありまして…このまま向かわせて頂きます」
「おい用事って…」

そんなのは聞いてないと、クオンが二人に顔を向けた。

「勿論火影様は承知しておりますのでご安心下さい。それでは失礼します」

ぺこりと二人は頭を下げ、この場からかき消えた。アスマはあっけにとられ、カカシはおやおやと呟く。そしてクオンは…

「クオンっ!?」
「任務は終わりだろ。じゃ俺も別行動する」
「どこへ行くの?クオン俺も行っていいよね」
「お前らぁぁぁぁ」

アスマの声もむなしく、クオンとカカシも消えてしまう。あの二人を追ったのだろう、しかしアスマの手には奪還した書類があって…

「くそっ!つき合いきれねぇ!!」

アスマは叫ぶと、里へと一人帰っていった。


「ねぇ、ついてくるみたいだけどどうする?」
「あ〜いいんじゃねぇの?別に見られて困るような用事じゃねぇし」
「そ、ね。でも〜何か嫌〜な人も来てるみたいなんだけど」

ちらりと背後を振り返り、二つの追いかけてくる影を見ながらご愁傷様と肩を竦めた青年に、少女は膨れたような声を出した。やがて林が切れ、視界が広がる。そしてちょうど良く太陽も昇って来た頃、二人は足を止める。

「それにしても。私たち何でこんな苦労を背負い込んでいるのかしら」
「あ〜まぁ面倒ごとを回避する手段じゃねぇの?」
「…そういうことにしておきましょ」

二人は少し離れた場所で同じく立ち止まりこちらを窺っている目を後目に印を組み、姿を変える。するとそこにいたのは、どこから見ても親子の旅人姿だった。変化をして敵を待ち伏せるのか。クオンとカカシが僅かに緊張した瞬間。

「目指すは、阿樹餡の毎日限定50箱の茶饅頭ね。お父さん!」
「…お〜…」

手を繋ぎ、親子の振りをして、すたすたととある店へと向かっていく二人。

「……おい」
「…俺に言われてもね…」

別の任務でも請け負っているのではないか。そんなことを思い彼らを追いかけてきたが、二人はすでにできている行列に並んでいく。そうして一時間後、二人は一人一箱の饅頭箱を持ち、満足そうに返ってきた。

「………それに毒でも仕込むのか」
「…そんなもったいないことしません。火影様へ土産です」

ぼんっと変化を解いた二人はそう言い置くと、大事そうに箱を抱えて走り出す。自分達がとても間抜けに感じられたクオンとカカシだった。

黒揚羽(2004.6.7)