(あ〜めんどくせ〜) ぶつぶつと独り言を言いながら、火影の執務室を歩く人影。 (なんでこんなもん引き受けたんだか…ぬかったなぁ) そうしなければ今ごろこんな目に合わなかったのに。ふわっと軽い欠伸をし、彼は見えてきた執務室に足を止めた。 (…誰かいる) 「………なんじゃと」 これで落ち着くわいと思っていたのは甘かったのかもしれない。火影は目の前に立つ少年に対してつく溜息を止められない。それはアスマも同じだったのだろう…同情するように火影へと目を向けている。 「却下じゃ」 「なんでだよっ!!!」 「なんでも何も…あやつに会わせろなど何をしたいのかは知らぬが認めることはできん」 がっと膨れあがった殺気に、アスマが声をかけたが一向に治まる気配はなかった。こんな時に何故カカシの野郎はいねぇんだと、アスマは彼を恨めしく思う。 「あいつは…俺を侮辱したっ!この俺に手綱をつけろとぬかしたんだっ!!!」 「…そもそもお前が首を突っ込んだのが原因だということはわかっておるのか?」 「だけどっ!!」 何かを言い募ろうとしたクオンを、火影の鋭い眼光が縫い止める。いつもクオンには甘い火影だが、今日ばかりは違うらしい。アスマも背筋にぞくりと来るものを感じていたが、その場に流れたのんびりした声に、気が抜けた。 「ご機嫌斜めだねぇ〜」 「…クオンの居るところにお前ありじゃな」 「当然でしょ、火影様。で?クオンは何でそんなに機嫌が悪いのかな?」 「てめぇには関係ねぇよ、カカシ」 「あらら」 ひどいねぇとカカシは悲しげな声をだすも、で?とアスマに向って話を降った。 「こないだの奴と話をつけるんだとよ」 『里内で飼っていろ』 『手綱でもつけておけ』 役にたたない奴をうろちょろさせるなと言われた言葉が、クオンのプライドを痛く傷つけたらいし。この年であっという間に上忍並の力をつけたクオンはである。その言葉は彼にとって許せないものだったのだ。 「この話は終わりじゃ」 「じじいっ!!!」 「あ〜はいはい、クオン。火影様が駄目って言ったら駄目なんだよ〜火影様の直属の「影」の部隊が何度も顔を出すわけにはいかないでしょ?」 「…何?」 「おい?」 「ね?」 確信犯的なカカシの言葉に火影が小さく唸る。 「知っておったのか」 「一応暗部の隊長もやっていたもので、そのへんは色々と」 侮れない奴じゃとの言葉にカカシは褒め言葉として受け取っておきますと告げる。二人の会話においていかれたクオンは面白くない顔でカカシを睨みつけた。 「火影様には暗部の護衛のほかにも直轄の部隊を持っておられるんだよ〜年齢も性別も階級もすべて闇の中。いやこの部隊がいることさえ、一部の暗部と上忍連中しか知らないまさに影の影。恐ろしいほどの強さを秘めながら、完全に木の葉の里に隠れている連中」 ちらりとカカシが火影に視線を送る。言葉を止める気配のないことを確認したのだが、逆に火影はどこまでカカシが知っているのか謀っているようだった。 (俺も大したことは知らないんだけど〜) 自分に注目しているクオンとアスマに眼を細めて。 「【常世の番人】黄泉の扉を開くもの…といわれている」 彼らの登場は死への旅路。 「そんな奴らがマジでいるのか?」 ひとしきりの沈黙が流れた後、最初に声を出したのはアスマだった。 だからか、あんな不気味な気配を持っていたのは。忍としての感覚が、しきりに警戒音を出し続けていた。それならばわかる。上忍が一小隊必要だった任務に彼一人が当たったわけを。 「会ったことあるのか?お前?」 「会ったというか…昔見たことがあるんだよねぇ。それも、一瞬だったけど」 あの闇が散った瞬間を。 それゆえに…あの薄ら寒差が未だに思い出すことができるのだ。 「ということだから、クオン」 諦めようね?といいたかったカカシではあったが、今更ながらにクオンの性格を把握し切れなかった自分を呪う羽目になる。 「…面白い…やりがいのある相手だな…」 「クオンっ!てめっ!何言ってやがるっ!!!カカシの言っていたことを…」 「聞いていたさ。聞いていたからこそ…遠慮もなくぶち込んでも敵わないだろ?」 にやりと不敵な笑みを作る。あくまでクオンはあの忍を倒したいらしい。これではやぶへびだったと一人カカシが柱にもたれていた。 「それはできん。お前を殺させるわけにはいかぬからな」 ふうっと椅子にもたれた火影はそう言いきった。それは勝てないと断言されたようなもので、クオンはむっとした顔を隠しもしない。 「お前は思い違いをしておる。クオン…いや二人も聞いておけ。お前達が駆けつけた時、最後でようやく手を出したのはわしがそう頼んだからだ。でなければ、クオン。お前が最初にあやつに言ったようにあやつは最後まで何もしなかったじゃろう…自分以外のものが全滅してもの…」 「全滅してもですか…?」 「そうじゃ。そもそもあやつは特定の人物としか組まん。それ以外はすべて単独で動く忍じゃ。そやつがお前を見殺しにしてもわしは驚かないわい…あやつはそういう忍じゃ」 木の葉の忍を名乗ってはいるが、あくまでそこに所属しているにすぎない。今回その危機にあったのはクオンだったが、それは他の忍でも同じ事。 「人の任務に割り込んできたお前を始末したいと思っていたじゃろ」 強いものはそれに比例するようにプライドも高い。それは上忍であるアスマやカカシ、そしてこの年で上忍の力を身につけたクオンも理解できるだろう。自分の力を信頼して任せた任務に、後からサポートをつけられる。それが、状況が変わった場合ならともかく、ただ参加したいからなどと言って彼のペースを崩させた。 それが。 『手綱でもつけておけ』 侮蔑の本当の意味。 「あ〜そうしたら、俺失礼なことしちゃったなぁ」 「?なんじゃ?」 「いや〜むかついたから消そうと思いまして。でも失敗しましたが」 あははは…と笑って言うカカシに火影は空いた口が塞がらない。敢えてそのことを黙っていたアスマとクオンが頭を押さえる。 「こ……の馬鹿者っ!!!!お主こそ消されないのが奇跡じゃわいっ!!!!」 「火影様…落ち着いてください」 「ぽっくり逝くぞ」 「うるさいっ!!!これが怒鳴らずしてどうするのじゃっ!!!」 火影の最もな意見に、異を唱えるものはいなかったが。けれど…とクオンが不敵な笑みを浮かべる。 「…それを聞いたら尚更だな…」 彼の瞳に宿るのは強者に対する挑戦の瞳。 「戦ってみたい…その【常世の番人】と」 その場にいた全員が近づいてくる気配に気づいた。クオンは外していた面を被り部屋の四角へと動き、カカシとアスマは火影から少し離れた位置に移動する。 「入れ」 部屋の主の許可を受け、暗部の姿をした青年が姿を現した。彼は軽く頭を下げ、抱えていた書類の束を火影に差し出す。 「おお…すまぬな。急がせたか」 「いえ」 火影は青年の持ってきた書類を確認し、満足そうに笑みを浮かべる。その書類が何なのか、気にならないわけではなかったが、上忍らしく二人は動かずそのまま立ち続けていた。カカシはその青年へと視線を向けながら、自分がいない間に暗部も変わったんだねぇと呑気に思っていた。だが、その忍はどうしたことか、一向にこの場から立ち去ろうとしない。 「どうした」 火影もそう思ったのだろう、そう問いかけたが…彼は面の下で小さく笑った。 彼はアスマとカカシ、そして四角にいるクオンみて視線を止めた。 「それしきの気配の消し方で暗部に所属できるものなのだな」 「…なんだと」 ばれているなら隠れていることもないと、クオンは姿を現し、すうっと冷たい殺気を纏わり突かせる。おやおやと、呆れ顔の三人を後ろに、青年は警戒するそぶりも見せなかった。 「仲間同士の争いは禁じておるぞ」 「承知いたしております。火影様。第一このもの相手では争いにもなりませんゆえ、ご心配は無用でございます」 「言ってくれるじゃねぇか」 ひゅうっとアスマが小さく口笛を吹く。隣にいるカカシもへぇっと声を出したが、クオンを侮辱されたためか右目が不気味に光始めていた。 「やめぇい、クオンもその殺気をしまえ。おぬしの殺気は疲れる」 「喧嘩を売ってきたのはそっちだけど?」 「…おぬしもじゃ」 「失礼いたしました」 もう一度頭を下げ、青年はすうっとクオンの横を通り、出て行ってしまう。一体あの男はなんだったのだと、アスマは彼を静かに見送っていたが、カカシの目はまだ彼の消えた扉を追っていた。 姿からして十代後半と推察されるが、ずっと彼の周りは微妙なチャクラで覆われていた。ずっと変化の術を使っていたのだろう…しかし、顔を隠しているのに、何故そこまで自分の正体を隠しとおそうというのか。 「…あやつもまだまだじゃな」 一人呟いた火影は、彼が何故クオンに対し、嫌味を述べたのか理由が推察できた。 お前ごときが、あの方に会おうなど身のほど知らずもいいところだ。 「…火影様?」 カカシの眼がこちらを探っている。本当に聡い奴だと関心しながらも、化かし合いなら自分が上だととぼけて見せた。 「むかつく…あのガキ」 「………あんたがそこまで怒るなんて珍しいわね?」 「俺だってたまには腹の立つことぐらいあんだよ」 ふんとそっぽを向いた少年は、少女が差し出したカップを一気に飲み干した。 「あ!ちょっと!もっと味わって飲んでよっ!今年初めての桜でつけたジュースなのにっ!」 「ああ上手かったよ!ごちそうさんっ!!」 「何よその言い方っ!!シカマルっ!!!」 ピンク色の髪をした少女は、がぁっと眼を吊り上げ、さすがにまずいと思ったシカマルは小さく肩を竦める。だが、全くイライラは消えず、逆に募るばかりでさすがの少女も、いつもと違う様子に怒りをとりあえず納めた。 「詳しく話してよ。先生のことなら私も気になるわ。まだここにもこないだろうし…」 ちらりと時計を見上げ、サクラは言った。 開かずの森。抜けずの森。 様々な名で呼ばれるこの森は、禁忌の森として暗黙のうちに知られていた。木の葉の里の子供達は幼い時から、ここに入れば二度と帰ってこられない話をいくつも聞き、自然とこの森に対する恐怖を植え付けられていく。大人でさえも近づかない、薄暗い森。だが、それを絶好の場所として居を構える人がいた。それがイルカだった。二人がイルカと知り合ったのはずっと昔のこと。同時にではなかったがほぼ同じ時期。そして、その時から彼らの運命も急激に変わっていったのだ。 「何よそのガキーーーーーー!!!!舐めてるんじゃないわよーー!しゃーんなろーーーー!!!」 シカマルから話を聞き終えたサクラの怒りは彼の非ではなかった。当然こうなることがわかっていた筈だが…だがそれを差し引いてもシカマルはこの怒りの一端を話したかった。当然自分と同じ怒りを持つであろう少女。唯一自分と同じ気持ちを持つであろう少女に。 「戦ってみたいですって!?はん!生意気な口を聞くんじゃないわよーーー!!!締めてやる!」 「…まぁそれは俺も同じ気持ちだけどよ…少し落ち着けって」 「これが落ち着けるわけないでしょ!なんなのよその子!先生も何も言わなかったし…そんなことがあったなんてね!」 ふんっと完全に膨れてしまったサクラは、シカマルに注意したことも忘れ、ぐいっとお気に入りのジュースを飲み干す。イルカが任務に出ていたのは知っていたが…いつものように一人で終わらせたと思っていたのだ。 (心配かけないつもりなんだろうが…逆に後から知る方がいやなんだよなぁ) 「…でもシカマル。その子もむかつくけど、その場にカカシ先生とあんたの先生も居たってどういうこと?その子と知り合いってわけ?」 「だろうなぁ…俺も驚いたけど」 何気なく、気配を消して話に耳を傾けてみれば、そこに自分達と深い関わりをもつ上忍が居て驚いた。盗み聞きなんてシカマルの趣味ではないから、すぐさま離れようとしたのだが…その時にその子供の台詞が耳に入ってきて、その場を去るタイミングを逃してしまったのだが。 「……ねぇ。その子って私達も知ってるってことないわよねぇ…?」 「俺も一瞬思ったが…あの二人とそいつすげー親しそうだったぞ?上忍達と俺らは卒業して初めて会ったんだし…それはないと思うけどよ」 「…と思っておきましょうか。というか、もう一つむかついたことあるんだし」 「…ああ」 ふふふふ…と暗い笑みを見せるサクラに、シカマルがぞっとする。 「消そうとしたですってぇぇぇぇ!!!あんの変態上忍っ!!!毎日毎日遅刻はするし、やらしい本は読んでるしっ!その見かけからしてふざけてる癖にっ!いい加減にしなさいよねっ!!!」 「…」 密かに日頃の鬱憤も交えて叫んでいるサクラ。そうとう溜まってるなぁと呑気にシカマルは思っていたが、不意にサクラはぴたりと叫ぶのを止めた。 「ねぇ。シカマル。私達もそろそろ任務に復帰してもいいと思わない?」 「あん?なんだよいきなり…」 スリーマンセルが始まってから、慣れるまではと任務から外れている二人。確かに精神的には助かっていたのだが…それもそろそろ限界。 「腕が落ちるわ。ということで…火影様に任務をもらおうと思うの」 「何考えてるんだ?」 「わかってるでしょ?その子と組ませてもらうのよ」 ふっとサクラの瞳が暗く沈む。何かを思案するような…企てているような。 「そのご自慢の腕を見せてもらいましょう?【常世の番人】に大きな口を叩いている実力を」 黒揚羽(2004.5.30) |