じゃあここに居てあげる。 そう小さな手が言った。 もう怖いもんなんてないだろ。 小さな手は力を込めた。 あの時、それだけで嬉しかった。 ぐしゃぐしゃと乱暴にナルトの頭をなで回す。サスケは少し叩くように。そしてサクラには…そっと優しく。 子供達の性格に合わせてイルカはそんな小さなことにも気を使う。 元気の良いナルトは笑いながら抗議の声を上げて。サスケは照れくさそうに横を向き、サクラは…小さく微笑む。 それを見る度にナルトは思うのだ。何故サクラはあんな顔をするのだろうと。サクラはあんな目でイルカを見ているのだろうかと。 何かを見守るような目でイルカを見返すのか、ナルトはわからなかった。 「きゃぁっ~サスケくんっ!久しぶり~!!」 「イノぶたっ!!!何でここにっ!!!」 乱入もとい、報告書の提出に来た10班の子供達。一気に騒がしくなった受付所に、イルカも苦笑するしかなかった。 「こらこら、ここは騒ぐところじゃないぞ!イノも…元気そうだな」 「勿論ですよ~イルカ先生っ!ね!サスケ君!」 「そんなのサスケ君に関係ないでしょっ!離れなさいよっ!!!」 少女に挟まれ迷惑そうにしているサスケに苦笑していると、シカマルが今日の報告書を差し出してきた。 「ご苦労様シカマル、チョウジ。ところでアスマ先生は?」 「ああ…七班の上忍先生と何か話してましたけど?」 一瞬凍った空気。だがすぐにそれは溶けて消えた。首を傾げるシカマルから報告書を受け取り、イルカは終了の判を押す。 「お疲れさん」 「…どうも」 「へへん今日も俺大活躍だったんだってばよ!」 「ああ~?はいはいっと」 とにかく自慢したいらしいナルトは、イルカに抱きついたまま得意げに笑った。めんどくさそうにシカマルはあしらい、もういい加減離れろというイルカをちらりと見る。 (あれ?) 「んじゃ俺達帰りますんで…行くぞチョウジ」 「うん。それじゃあ先生」 「気をつけて帰れよ!」 イルカに頭を下げ、シカマル達はイノも引っ張って出ていった。 「?どうした?ナルトお前…変な顔してるなぁ」 「なんでも…って酷いってばよ!イルカ先生っ!!」 ぶうっと膨れたナルトにイルカは小さく謝って、一楽への誘いを申し出ればそれだけでナルトの機嫌は直る。 (…気のせいだってばよ) シカマルがイルカを見てた目が。何故かサクラに似てたなんて。そんなのは気のせいだ。 (………疲れた) ナルト達にラーメンを奢った帰り。久しぶりに元気いっぱいのナルトの相手をして疲労困憊したイルカは、ふらふらとした足取りで家に向かっていた。イルカと話せるのが嬉しいのか、ナルトのマシンガントークに、サスケとサクラも少々辟易していたようではあったが… (…寝よう。取りあえず寝たい) 最近寝ることばかり考えている自分を恨めしく思いながら、イルカはふらふらと歩き続けた。そんな中。一瞬イルカの口が引き結ばされる。 付けられている。 (…ああもう…勘弁してくれよ…) 今日は誰の相手もしたくない。イルカは歩きながら不意に方向を変えた。 彼が向かった先は…昨日も世話になったハヤテの家だった。 (あらら顔見知りなの?あの二人) ナルト達と別れたイルカの後を付けながら、いつ接触しようか悩んでいたカカシだったが、唐突にイルカが進路を変え、とある家へのチャイムを鳴らした。そして出てきたのは…カカシも良く知る特別上忍月光ハヤテ。ハヤテは火影の信頼も厚い忍だし、時には火影の手伝いに駆り出されるらしいイルカと知り合いでも可笑しくはなにのだが。 (取りあえず~今日は無理そうだね) 接触を諦め、カカシは消え去った。 『眠らせてくれ』 そんなことを言われ、またかとハヤテは肩を竦めた。イルカも拒まれないと承知しているのか、部屋に入るとソファの上でごろりと寝ころぶ。 (あいかわらずですね) そして一時も立たないうちにイルカは眠りの中に引き込まれていった。こうなったら大抵のことでは起きない。彼の傍を歩こうが、テレビを見ようがラジオをつけようが全然目を覚まさないのだ。 (よほど疲れているのですね…こほっ) 時々イルカは避難場所を求めるようにハヤテの家に来ることがあった。酒に付き合わせるのでもなく、愚痴を言うのでもなく、ただ眠りにつくために。寝るだけなら自分の家で眠れば良いのだと思うのだが…彼にとって家はゆっくりと休めるところでもないらしい。 すやすやと気配を殺して眠りにつくイルカ。彼を見なければ、自分以外の誰かが居るという違和感も消えてしまうのだから不思議なものだ。 (まぁ…いいんですけどね) イルカの上に掛け布団をかけ、ハヤテは机の上に置かれていた書類を見る。チャクラを込めると、書かれていた文字とは違う字が浮かび上がってきた。 (多分これは…貴方の仕事になるでしょうしね…) 重要とのスタンプが押されている書類。Sランク任務。 「明日はお休みでしたね…ゆっくりと寝ていて下さい」 寝ずらそうなイルカの髪を解くと、はらりと黒い髪が顔に落ちた。眠っている顔は無防備で、髪を解くとそれが尚顕著に感じられるのだが。 この閉ざされている目が開けば。 「さて…と纏めてしまいますか…ごほっ」 少しでも負担を軽くするために。例え任務を受けるのが彼であろうと、手を抜くことはできない。 「ちゃんと帰って来てくださいよ…ごほっ」 咳込みながらハヤテは書類に取りかかった。 黒揚羽(2004.5.24) |