「どこへ行く?イルカ」 「えっ…?えっと…」 受付所を出ようとしたイルカを火影が引き留める。そわそわと目を泳がせるイルカと、焦り始める周り。その様子に火影が怪訝そうに目を細めた。 どうやらこの前の一件を知らないらしい。 どうして誰も火影様の耳に入れてないのだと、後悔したのも後の祭り。時間がこく一刻と迫る。 「イ…イルカっ!!」 適当に誤魔化して行けっ!同僚がそんな願いを込めて叫ぶも、とっさに良い言い訳がでない。 (あああ〜来てしまう〜) あの日から。イルカは同僚の助けもあって、七班が報告書を出す時間の受付から外れていたのだが、昨日偶然にもその勤務表を見てしまった火影が、何故一番忙しい時間を平等にこなさないのかとイルカの名を入れてしまったのだ。まさかこんな理由ですからとも言えず、取りあえず近くなったら席を外すということになったのだが… 「しょ…職員室に忘れ物がっ!!!」 ようやく思いついた言い訳。だが、それは僅かに遅く。 感じ取りたくもない気配を感じ取ってしまったイルカ。 ばっと窓を見て、そこから飛び出そうとしたのだが、どこから出るつもりじゃ馬鹿者っ!と火影に怒鳴られ、イルカならずその場にいた全員が小さなうめき声を上げた。 がらり。 ピーーーンと空気が張りつめる。 「……………イルカ先生?」 「よ…よう…ナルト…」 かつての教え子達も顔を引きつらせ、これから起きることに顔を青ざめさせた。何故今日、よりにもよって今日ここにイルカが。 タイミングが悪すぎる。 「ほらほら入りなさいよ〜お前達。邪魔でしょ」 カカシの声に、受付所にいた全員が固まる。それを見て、一人火影が首を傾げたままだった。 「………こんにちは。イルカ先生」 「へ………」 ひょいっと顔を見せたカカシがにっこりと目を細めた。まさか挨拶をされると思っていなかったので、間抜けた声を出したイルカだったが… 「まさか…お会いするとは思いませんでしたよ」 ドスの聞いた声でそう言われる。 はうっと子供達を含めた全員が氷の彫刻と化した。 「……カカシっ!こんなところで殺気を巻くでないっ!!!」 だが、今日はこの人がいた。木の葉の忍の頂点に立つ里長。火影。 彼に怒鳴られてはさすがのカカシもこんな態度を続けるわけにも行かず、殺気を霧散させる。この時、火影の存在が何よりも在りがたかったと後にこの場にいたものは語る。 「珍しいですね〜火影様。どうなされたんですか?」 「どうもこうもないわ。最近受付所の雰囲気が可笑しいと報告を受けたから視察に来てみたのじゃ」 「ええ?そうですか?」 呑気に声を出したカカシに、誰のせいだよとこの場にいた全員が思う。 「イルカもいつまで突っ立っておる。仕事をせい」 「は…はいっ!」 窓から離れ、受付所の席につくとカカシがのっそりとやってきた。 「…お疲れさまです」 「…どうも」 「愛想が悪いのカカシ。もっとしゃきっとせんか」 「はぁ…すみません…」 ぎこちなく書類を受け取り、引きつった笑みを見せてイルカはご苦労様でしたと頭を下げる。うむうむとその対応を満足そうに火影は眺めながら、入り口に固まったままの子供達を呼んだ。 「どうじゃ?任務は」 「は…はいっ!がんばってます!」 「はい…」 「やってるってばよ!」 ぎこちない顔のまま、子供達は顔を見合わせる。ちらりとナルトがイルカへと視線を向け、イルカもそれに気付いたのか目を細めた。ぱっとナルトの顔に笑みが漏れたが… 「さぁて、さっさと帰ろうね〜明日も任務なんだから」 もっともらしいことを言って、この場から去らせようとするカカシ。だが、そこへ待ったがかかった。 「それはお前が言う台詞ではないわ。子供達を置いてさっさと行ってしまえ」 「…火影様?」 「子供達にちと用があるのじゃ。お前がいればいつまでも氷が溶けぬからの。ほれ行かぬか」 一瞬目に殺気を漂わせたが、そんなものが火影に通じる筈もなく、カカシは退散していった。そして彼の気配が完全に消えた頃、どこからともなく溜息が漏れ… 「あいつがいるとろくに話せもせんじゃろ?ナルト」 「えっ…」 用とは嘘で、火影は… 「…ちゃんとやってるようだな。ナルト」 意図に気付いたイルカが肩の力を抜き、ナルトに笑いかける。ぱぁっと太陽のような笑顔が広がった。 「勿論だってばよ!イルカ先生っ!!!」 ナルトがイルカに飛びついた。 (覚えていろよ〜火影様〜) 「……何ぶっそうなもん振りまいてる。やめろ」 「………アスマ」 殺気垂れ流しで歩いているカカシに、アスマは溜息をついた。ちなみに彼が担当する子供達は、アスマの後ろに隠れていたりする。 「ふーん…終わったの?」 「まぁな。これから出しに行くところだが…珍しいな。子供達はどうした?」 「さぁぁ?まだ受付所にいるんじゃない?「あの」先生もいるんだし」 …殺気が高まりやがった。 アスマは肩を竦め、この場から立ち去りたがっているイノ達に報告書を渡す。 「先に行っておいてくれ。後で行くから」 「わ…わかったわ!仕方がないわね〜行くわよ!シカマル!チョウジ!」 だーーっと走り出したイノに、当たり前とばかりについていく二人の少年。 「火影様の計らいか」 「じゃなかったら、置いてくるわけないでしょ」 カカシは窓際に腰掛けながら、不満の顔を隠しもしない。 本当に嫌っているんだな。あの先生を。 アスマはカカシの隣へと場所を移しながらも、そこまで嫌う必要がないのではと思う。アカデミーの子供達からも慕われ、同僚や一般の人達からも受けがいい。それとなく自分の受け持つ子供達にも聞いてみたが、嫌いだと言う言葉はどこにも感じられなかった。おまけに自分も好印象を抱いているというのに。 (ああわかんねぇ…まぁ、こいつの頭を理解しようとするのが無理か。したいとも思わねぇが…火の粉がこっちに来るのは勘弁願いてぇな) ただ共感できるのは、あいつを守ろうとする気持ちだけだが。 「最近…あいつが苛ついていたのはお前が悪いんだろうが」 「はぁ?何で俺が?何したっていうのさ」 ぎろりっとカカシがアスマを睨み付ける。本当にわかっていないなら、超度級の過保護だ。 「お前が会わせないから、ストレスたまってんだろ。火影様に感謝しねぇとな…これで当分大人しくなる」 「…誰が」 「お前が嫌だろうと何だろうと、あいつに取っては大事な人間なんだ。それを邪魔する権利なんてお前にねぇよ」 「は!どこをどうしたらあんなに信用できるんだか!お前も火影様も…」 「カカシっ!」 「もう帰って寝るよ。あ〜付き合ってらんない」 追ってくるアスマの声を無視し、カカシは歩き出す。 何で気付かないのか。あの嘘の笑顔に。誰も彼も… 傷ついて欲しくない。ただ願っているのはそれだけ。 (釘でも刺して置こうかなぁ〜) 引き離すのが無理ならば。 あの嘘の仮面を付け続けて貰うしかない。 あの子の信頼を裏切ったら…許さない。 自分の行為がどんなに非難されても。それだけは絶対に守り通す。 それが約束だから。 黒揚羽(2004.5.4) |