黒揚羽

【常世の番人】


「だから何であそこでまたあいつが出てくるんだっ!!!」

ダンッ!と酒瓶を地面に置いたイルカに、付き合わされているハヤテが、ごほごほと咳をつきながらげんなりとしていた。
深夜。
ようやく仕事が終わり、一人家路に向かっていたら拉致された。
気付いた時には見たことのある間取り、しかし…自分の家ではなかったが。

「付き合ってくれ」

酒を片手にすごむ彼に誰が断れただろう。そうして永遠と先ほど終えたらしい任務の愚痴を聞かされているのだが。

「……いいんですか?明日もアカデミーに行くんでしょう?」

酒の臭いを気にしたハヤテだったが、そんなもので一蹴されてしまう。

「いちいち人の前に不愉快な面出しやがって…」
「……いつも思うのですが、本当に性格違いますよね。よくあの二人はついていけるものです……ごほっ」
「うるさい」
「はいはいわかりましたよ。報告はいいんですか?」
「あっちがやってるだろ。俺は知らん」

ふんっと再び酒をつぎ始める。こうなってしまえば、人の忠告などは絶対に耳をかさないのをハヤテは十分知っていた。

イルカとハヤテが知り合ったのはかなり昔。任務中に偶然イルカの顔を見てしまったのだが、あの時殺されなかったのは奇跡だったとハヤテは今でも思っていた。

(…本当に…思い出すだけで身震いしますからね…)

面をつけている彼を目の前にしただけでも、その存在感に体が震えるというのに、直接あの目で射すくめられた瞬間、それだけで命を奪われる気がした。同じ木の葉の忍だからとか、そんな意識を彼は持っていない。ゆっくりと持ちあがった彼の手を見て、ああ自分は死ぬのかと思ったというのに。

(そう…あの時咳が出て)

再び顔を上げた時、彼は不思議そうな顔をしていた。その後は、気が削がれたとでも言うように、割れた面を見て溜息をつき消え去っていった。
それから数日後、突然現れて彼の隠れ家の一つに引っ張り込まれた途端…

(愚痴られたんですよね…)
「聞いているのか?ハヤテ」
「はいはい…聞いていますよ…ごほっ」

その後火影に呼ばれ、彼の存在や可愛がっている二人のことなどを聞かされた。殆ど知る者もおらず、僅かな噂だけしかない彼らの存在。それを自分が知っていることを不思議な気持ちにあるが…

『気の抜ける相手も必要じゃて』

火影の言葉が思い出される。

「でも…まだアカデミーは止めない方がいいのでは?」
「何でだよ。あいつの顔なんて二度と見たくないっ!」
「確か今受付所の仕事もしてるんですよね?あそこにいれば子供達に会えるじゃないですか…ごほっ」
「…」
「あの二人も受かったのでしょう?普段の彼らも見ることができる。我慢するかいもあるものでは?…ごほっ」
「…嫌なところをつく…」

苦々しい笑みを浮かべつつ、イルカは反論できぬと深い溜息をついた。しかし、あの二人のことを出しただけで、嫌な相手に会うことを我慢するというのだから彼らの存在が如何に特別かわかる。

「そろそろ…お開きにしましょう。寝させてもらいますよ」
「…ああ…悪い。ベットを使ってくれ」
「勿論ですよ…ごほっ」

隣の部屋へ移っていったハヤテを見送り、イルカは取りあえず酒の瓶とコップを片づける。

(…それでも嫌だよなぁ…)

絶対に顔を合わせるだけではすまないから尚更。
気晴らしをしないとやってられん。本気でそう思うイルカだった。



(あ〜あもう何で毎日毎日こんな気持ちで行かなくちゃいけないの?)

はぁぁと待ち合わせの場所でサクラは溜息をついていた。集合時間は9時だったが、少し早く着きすぎたのか、ナルトはもとよりサスケも来ていない。

(どうせカカシ先生は今日も遅刻なのに…時間を守る私たちって偉いわよね)

こんなことで自分を誉めるのも可笑しいのだが、そうでもなければやってられない。2時間の遅刻なんて当たり前、3時間に達した時は本気で殺意を覚えたものだ。
でもまだこの待ち時間の方がマシなのかもしれない。

「…あれに比べれば…ね」
「おっはよ〜!サクラちゃんっ!!」

こんな憂鬱な気分など全くしらないようなナルトが、今日も元気いっぱいでやってくる。

(ああ…うるさいのが来たわ)

何でサスケより早く来るのだろう。もっと遅ければ二人きりに慣れるのに。満面の笑みでやってくるナルトが腹立たしい。

「…おはよ」
「元気ないってばよ?どうしたんだ?サクラちゃん」
「うるさいわね…少し静かにしていてよ」

機嫌の悪いサクラにびくりとしながら、ナルトはその場に座り込む。そして程なくサスケがやって来た。

「サスケくん〜!!おはようっ!!」
「……ひどいってばよ…サクラちゃん…」

その変わり様をみせつけられて、ナルトがいじけていた。

「何やってる、ウスラトンカチ」
「るせーーー!!!」
「叫ばないでよっ!!ナルトっ!!」

いつもと変わらない、一日が始まった。

……一時間後。

待ちくたびれた子供達がそれぞれの方向を見ている中、サクラがねぇとナルトに話しかけた。

「なんだってばよ?サクラちゃんっ!」

暇をもてあましていたナルトが嬉しそうに答える。サスケも興味なさそうな顔でこちらに耳を傾けていた。

「…アンタさぁ…あれからイルカ先生に会ってる?」

ぴきりと二人の顔が固まった。いや…恐らくサクラも同じ顔をしているだろう、あのカカシとイルカの顔合わせの日を思い出して。

「……会ってないってばよ。任務が終わるのも遅いし…イルカ先生最近忙しいみたいで報告書を持っていった時にもいないし」
「そうよね…私も会ってないわ…なーんか…こわくて」
「…それわかるってばよ」
「…」

サスケもこくりと頷き、三人の間に嫌な間が生まれる。
あの日から、カカシの前でイルカの名を出したことはない。あれだけイルカを慕うナルトには辛いのではないだろうかとサクラは思っていたのだが…
カカシにばれたら。
ただではすまない気がして、サクラとサスケも敢えて避けている間がある。

「でも…あの二人って初対面でしょ?カカシ先生って何であんな態度とったんだろ…」
「…俺達が聞いていた時別に変なことは言ってないと思うが」
「そうだってばよ〜俺達のことよろしくって言っただけってばよ」

後で会った他の班に聞いても、その言葉は彼らを受け持った上忍師にも言っていたらしい。別に自分達が特別ではなかったのだ。

「それにカカシ先生って、いつもぼさーーっとしてるだけで、気むずかしいってわけでもないし。なんか…あの時の先生と今の先生って重ならないのよね」
「任務中は巫山戯てるのにな…」

木の上で監視と称して怪しい本を読む上司を思いだしたのか、サスケの眉が寄った。それにうんうんとナルトも頷き返す。まだ数日しかカカシと付き合っていないが、彼があそこまでイルカに頑なな態度を取る理由が全く思いつかないのだ。

「いつも任務が終わると嬉しい筈なのに…なんか素直に喜べないのよね…」
「…同感だってばよ…」
「…まったくだ…」

あの冷たい風が吹き荒れた受付所。
あれは二度と経験したくないものだ。しかしそれはそこにいる人達も同じなのだろう、カカシが顔を見せるたびに微妙に彼らの顔色が変わる。

「…でも…イルカ先生気にしてないかなってばよ…」

会えない恩師を思いだしたのか、ナルトの肩が小さく見えた。サスケとサクラも大好きだったイルカに会えないのが少しだけ寂しく思う。

「…会いたいってばよ…」
「そんない俺と会いたかったの?いや〜悪いねぇ」
「「「!!!」」」

びきりと子供達の顔が完璧に固まる。ぎぎぎ…と奇妙な音をたてて動く首は、いつもならこんな時間に現れない人物を見つけてしまう。

「?どうしたの?」
「…………いえ、なんでも…ねぇ」
「そ…そうだってばよ!」
「………ああ」
「そう?あ、今日は突っ込まないんだねぇ。ま、たまにはこんな日もあるかなぁ」

にこにこと。
いつもと変わらないカカシがいるのに、寒気を感じるのは何故なのか。

(聞かれたわ…)
(聞かれたってばよ…)
(聞かれたな…)

まだ当分イルカには会えない。
三人は思った。

黒揚羽(2004.5.2)