にぱっと笑ったカカシ(?)がイルカを見上げて笑う。何故か部屋の前でなく、中で護衛しろと言われたイルカは、閉じられた扉を恨めしそうに眺めていた。まるでそれがわかったように、時々聞こえる忍び笑い。 覚えてろよ。 思わず物騒なことを考えていると、くいくいと服の裾が引っ張られた。 「兄ちゃん〜遊ぼうよ〜」 ねっ?と首を傾げる無邪気な子供は可愛らしい。だが、その子供が持っている銀色の髪と見覚えのある造形に、顔が引きつりそうになる。 だから、何でこんなところにっいるんだよっ!!カカシ先生はっ!! ずきずきとしてきた頭を押さえながら、イルカは小さく溜息をついた。カカシを見た瞬間固まってしまったものの、すぐに気のせいかも…という現実を無視した希望を抱いたが、そんなイルカをあざけ笑うように、自分にくっつく子供からは覚えのあるチャクラ。 あ〜もう、どうしてこんなことに? カカシが任務についているのは知っていたが、まさか自分に関わってくるなど思いも寄らなかった。自分の話を振った火影は知っていたのだろうか…いや、知っていただろう。なのに、自分には一言もなかった。 何を企んでいるんだ? ただの言い忘れなどとはつゆとも思わず、この状況の裏を読もうと必死のイルカ。 何しろ彼は「中忍のイルカ」ではなく「黒の部隊」としての任務に就いている。闇の中に隠れている自分達の存在を、こんな所で悟られるわけにはいけないのだから。 Sランクじゃなくて、SSランクかも。 小鳥の捜索に手間取っているのに、更にカカシのことまで気にしなければならないなんて。 胃に穴開きそう… 「お兄ちゃん?」 えへへと笑うカカシの顔がとても憎たらしく見えた。 夜になり、子供達も眠った頃、イルカは真っ暗な部屋の中であどけない寝顔を眺めて小さく微笑む。 結局カカシと一緒にいた2人の子供は最後までイルカに警戒を解かず、一番離れた場所で互いを守るように眠り込んでいた。 …こんなところに閉じこめられているなら、当たり前か。 2人の中で、大人は信用できない相手なのだろう。信頼できる相手が2人だけなんて悲しい話だと思うが、そうしなければいけない状況を作ったのは… 「う…ん」 ばさりとカカシが寝返りをうち、上にかけていたものが落ちる。イルカはそれを直すために立ち上がると、カカシの耳元へ口を近づけた。 『いい加減にしてくださいよ。カカシ先生』 いつまで知らないふりをしてるのだろう。 イルカは今まで外から自分を窺う目に気づいていた。だから敢えて話しかけることもしなかったし、合図を送ることもしなかった。だが、中は暗く、こうやって近づいても不信がられない状況に、初めて話しかけてみたのだが… 返事が返ってくることはなかった。 徹底した無視に、イルカの眉が寄るが、そんなことを気にせずカカシは眠り続けている。そのあまりに無防備すぎる姿に、イルカは可笑しいと思い始めた。 何気なく触れた銀色。しかし…カカシと同じはずのチャクラに違和感を感じる。子供の姿をしてるから、大人のカカシに比べればチャクラの量に差があるだろうと思っていた。だから、その中にある空洞に気づかなかったのだ。 何かが足りない。 いや、失われている…? もっと良く感じ取ろうとした時、こちらへ近づいてくる気配に気づき、イルカは手を引っ込めた。 「ご苦労様。どうだった?ガキどもは」 にやにやと笑うカイザに、イルカは無言の返事。イルカの不機嫌さを感じ取ったのが楽しいとでも言うように、彼は肩を揺らす。 「ま、いいや。ちょっと話がある。来い」 部屋を出ると、自分に役目を押しつけた男がにやりと笑っていた。昼間カカシに五月蠅いほど話しかけられていたのを見て笑っていた男。 「ご苦労様、先生」 思わずギロリと睨み付けてしまったが、それはエンキを楽しませることにしかならなかった。 「は?先生?何だそれは」 「銀色の髪のガキがそう呼んでいたんですよ。質問に丁寧に答えてくれる人は先生って呼ばれるんだって言って。どこでそんなこと覚えてきたんだか」 「あ〜なるほど。俺らは、うるさいか黙れとしか言わないもんな。へ〜いいじゃないかそれ。な、先生」 名案だと納得するカイザに、イルカはガチャリと袋に入れられた刀をならす。イルカの気配が先ほどより剣呑になっているのを感じ、カイザは少し慌てて歩き始めた。 なんでこんなところまで来て、先生なんて呼ばれるんだ。 だが、この呼び名は定着し、のちにここにいる全員から先生と呼ばれるのだった。 いつもより暑苦しく感じる夜風。 イルカは人混みに紛れながら、それとなく人気のない道に身を滑らしていく。やがてイルカの周りには誰もいなくなり、彼は近くの物陰に身を潜めた。 イルカの視線の先には、豪商と思える家が一件。屋敷の前には何人もの護衛が目を光らせ、目の前さえも通ることを許さないとばかりに殺気を走らせている。 「…やれやれ」 昼間は子供の相手、次はこちらと人使いが荒い。 イルカが塀に背を預けていると、イルカと同じように身を滑らしてきた男がいた。 「よ、先生」 「………」 睨むのも馬鹿らしく、無視を決め込んだイルカ。だが、エンキはあの一件以来イルカを気に入ったようで、今回の作戦でもイルカのパートナーを勤めるべく自ら手を挙げた。 「あれが、例の家か」 「ああ。ミズハ様の商売敵ハヨウの屋敷。そして俺達に舐めたまねをしてくれた奴らの親玉さ」 それまでの友好な笑みを消し、牙を剥いたエンキはその時のことを思い出したのか、今にも飛び出しそうな気配を見せる。しかし、カイザの右腕を勤めているだけあって、それはどうにか押さえたようだが… この街をに君臨する貿易商の一人ハヨウ。 彼はミズハと同じく、密貿易を生業とする側面を持つ。それだけでも対立するには十分なのに、趣味として行っているもう一つの貿易も同じらしい。 容姿の優れた人を売り買いする人身売買。 ただ、ミズハが主に他の国の金持ちと取引しているのと違い、彼は火の国の大名や商人を相手にしているようだった。 それ故に、さらおうとした相手がかち合った時もあったらしいが、互いの屋敷に連れ込めばそれは諦めるという暗黙のルールがあったらしい。それが今回破られたばかりでなく、奪うという暴挙に出たためミズハが怒り狂ったのだった。 『なんとしても取り返せっ!!!』 連日そう怒鳴られ続けるカイザは、攫われた子供を必死で探し、ようやく居場所を突き止めた。そして今日、彼らの屋敷に踏み込むとイルカの手を必要としてきたのだ。 「…にしても、そんなに価値のある子供なのか?それは」 「あれ?先生は聞いていないのか?」 「子供としかな」 エンキはまだカイザの癖が出たなと呟きながらも、イルカの疑問に答えるべく話し出した。 「先生もわかったと思うけどよ、昼間のガキどもは特別なんだよ」 銀色の髪を持つカカシ。オレンジ色の瞳を持つ男の子。そして、左右の違う目を持った女の子。 「そして攫われたのが、両目が紫色をしたガキなんだ」 「…紫?」 「ああ、初めて聞くだろ?だが、それは目の病気でそうなったらしい。そのせいで目は見えねーんだ。だが、金持ち連中にはそんなことは関係ねぇ。よっぽどその色のガキが欲しいらしく、あのガキ共の中でも破格値がついたんだよ。それを奪われたんだ。ミズハ様も怒り狂うさ」 商品価値。 そう語るエンキの言葉も、人間扱いしないミズハ達に募るのは嫌悪。 病気などしたかったわけでもなく、失明など望んでいたわけでもない。それだけでも災難だというのに、その先にあったのは更なる過酷な運命。 ああ…全く。 任務に子供が関わるのは嫌いだ。 世界を信じきっているあの目をみるのが嫌いだ。 汚れている自分を見せられているようで…嫌になる。 そして、その世界を奪う自分が…いつも… 「それにあいつがいないと、小鳥の具合が悪くなる…」 「?小鳥?」 怪訝そうな顔をしたイルカに、エンキは肩を竦める。そのまま眉を寄せそっぽを向いたイルカに、興味がないと思ったように見えれば。 小鳥。 口を滑らしたと、目を泳がせたエンキ。 それはようやく見つけた手がかりに他ならないのだから。 「そろそろ時間だ」 それ以上のことを考える暇もなく、エンキは約束の時間だとハヨウの屋敷へと視線を向けた。子供の奪還。それが今日行われる仕事の内容で、イルカ達は子供を取り戻した仲間に追っ手がかからないよう、撹乱する役目を与えられている。 あのものものしい警備の中、忍でもない人がどのように忍び込むのだろう。この作戦をたてたカイザの手腕に、少し興味があったイルカだったが… 「あえ?」 屋敷を見ていたエンキの呆然とした声と、騒がしくなった屋敷の中。イルカの目にも彼の驚いた意味が伝わってくる。 真っ赤に染まる屋敷。 火事だと誰かが叫び、警備のものたちもその対応に中へと駆け込んでいたが… 「…早くないか?」 侵入する時間は、まさに火事が起きたと同じ時間。その頃が警備の交替時間でもあり、隙がでる時間だと踏んだからだ。子供を奪い返した後、逃げやすくするために騒動を起すとは聞いていた。だが、予め知らされていた通りにそれを行うには、この時間は…不自然だ。 案の定、忍び込むはずの男達が慌てた様子で姿を見せる。 「どういうことだっ!!」 「しらねぇよ!!!突然火事が起きて…何がなんだか!!」 困惑した男達とエンキが話す横でイルカが気づく。 「話は後だ。ここから引くぞ」 ハヨウの屋敷を警備している男達が殺気立ちながら、門に集まりつつある。起こるはずのない場所から上がった火。その犯人を探すために、彼らが動き出す。 「何だお前らぁぁ!!!」 「行くぞっ!!!」 エンキ達もこちらに向かってくる警備の男たちに気づき、ちっと舌打ちして闇の中を走り出す。 「絶対に捕まるな!犯人にされるぞ!」 失態を取り戻そうと必死な彼らは、こちらが違うと言っても聞きはしない。逆に、商売敵の自分達を捕まえて証拠として突き出すことぐらいはするだろう。…まぁ本当に忍び込もうとしていたのだし、あながち嘘ともいえないのだが… とりあえず今は逃げるのが先だと、イルカも夜の中へと飛び込んで行った。 他の奴らは無事逃げ終えただろうか。 どうにか追っ手をかわしたイルカは、路地裏に入り込み息を整える。 さてこの後どうるすかな。 まだ表通りではハヨウの護衛達が走り回っているだろう、恐らく犯人を見つけるまで彼らは街を闊歩し続ける。この場所にも時期にやってくるに違いない。 一番良いのは、どこかの家にでも入ってしまうことなのだが。 「客になる…か」 夜の商売をする女達のもとへ身を隠すのが良いのだが、そこに行く時間があるかどうか。 「…お兄さん、暇かい?」 ふいにかけられた老人の声。イルカが振り向けば、よたよたと歩く腰の曲がった老人がにやりと笑う。 「一夜の華はどうだい?」 表に立ち、客を取れる女達とは違い、うす汚れた場所で客を求める彼らは、隠れて商売をやっているか、華の盛りを過ぎた女達。金額もそれほど高くなく、この老人はそんな彼女らの仲介役なのだろう。 「…頼もうか」 毎度と先頭を歩く老人。やがて、とある家の前にたどり着き、彼は手を差し出した。その手に金を乗せ、老人が去っていくのを見送る。 「…あれ、今回はずいぶんと男前のお客だねぇ」 二階の窓から顔を出した女が、赤い唇のまま笑う。 「どうぞ、上がってくださいな」 玄関を差した指に従い、イルカは壊れかけた戸口を開ける。あまり手入れもされていないような、埃臭さがイルカの鼻をかすめた。ギシギシと抜けそうな階段を上がると、目の前にはぴちっと閉じられた襖。 「お入りになってくださいな」 女の声がイルカを誘い、襖を開けると、着物を着くずした女が、ようこそと唇から煙管を放す。 「今宵は運がいいねぇ…久しぶりに楽しめそうだわ」 年は30代中頃の綺麗な黒髪を持つ女だった。まだ十分な女盛りだというのこ、この街ではもう彼女のような年では客を引けないということなのだろうか。 「女は若い方がよいってねぇ…そんな馬鹿な男達ばかり。お陰で客を選べるということもあるのだけれど」 イルカの考えを読みとったように女は呟き、細く頼りない手を差し出す。それを受け取るために近づいたイルカの胸に、女はゆっくりと倒れ込んだ。 「…それで?何かようなのか?ツバキ」 「…あら、わかっていたの?つまらない」 くすりと女が笑い、煙が舞う。 それが治まった後、そこにいたのは、ようやく20を越したばかりの美しい女。昔からかわらない、肩口で揃えた髪に触れ、彼女は笑う。 「久しぶり、イルカ…今は任務中だから【シキ】様とお呼びしたほうがいいかしら?」 「どちらでも、今は二人だけだし、怒る奴もいないさ」 そう答えると、ツバキは相変わらずだと笑ったのだった。 「それで?どうしたんだ?お前が来るなんて」 忙しくて手が回せない。【黒の五色】の一人【白】の【セツ】からそう言われたためイルカが任務に出たのだ。本来五部隊で行う任務を三部隊でこなしているのだから、それも当然なのだが何があったにせよ彼女自身が出てくるとは… 「ああ。そんな顔しないでよ。イルカが危惧していることはないから。ちょっと事情が変わったからそれを伝えに来ただけ」 「事情?」 里に何かあったのかと心配していたイルカの顔が緩む。それに頷き返しツバキは口を開く。 「火影様からもお聞きになったと思うけど、現在もう一つここで行われている任務、それが変更になったの」 「任務というと…密売貿易の調査か?」 「ええ。それが調査でなく潰しに変わったのよ」 派手というか、影で大いに動き回れる任務はツバキが最も好むもの。彼女が喜んで出てきたのもわかるが、その任務はもともと暗部が引き受けていたはずだ。 何故「黒の部隊」が受け持つことになったのだろうか。 「実はねイルカ。その密売貿易…人身売買には私達が怪しいと思った三人の商人すべてが関わっていたことがわかったの」 そう言いながら、ツバキはゆっくりと三本指を折っていく。 「一つはイルカのいるミズハ。火の国以外の大名や金持ちを相手に容姿の良い人間を売っている。ハヨウも相手が火の国の大名という違いがあれど、していることは同じ」 「ああ。それで一定のルールが出来ているのも聞いた」 「そ。相手の屋敷に入ってしまえば終わりってね。まぁ、狙う獲物が同じだし、けどこの街で手を取って旨くやっていこうと思ったのなら、妥当とも言えるかしら。そのことを隠そうと協力しあえるしね。そして、残りがもう一人の貿易商…ヒザ。彼は商売ではなく、自分の趣味として人身売買を行っているの」 「趣味?」 「そう、でも彼が一番問題ね。良いとは言わないけれど、ミズハとハヨウは人を売るだけ。でもヒザは珍しいものが大好きなの。変わったものを手元に置きたがる…命を奪ってね」 「!それは!」 ツバキの嫌悪した表情が、イルカの言葉を遮った。それだけで、自分が予想してしまったことを裏付ける。 「…ヒザに入りこんだのは私の部下よ。彼らの必死で感情を押し殺した顔なんて…あの戦場以来だわ」 あの戦場と聞いて、イルカの顔が強張る。互いに思い出したくないあの日の悪夢が蘇り、イルカはその時の思考に落ちぬため首を振りながら、目を開けた。 「それで。その任務がこちらの任務にどう関わってくるんだ」 イルカの声ではっと我に返ったツバキは、目が覚めたように瞬きを繰り返す。ぎこちない顔を見て、彼女も一時あの時に捕らわれていたことをイルカは感じ取った。 「そう…それで、密売貿易の報告を受けた大名がね、これは調査で終わらせるわけにはいかないと思ったらしく、変更というより追加の任務を依頼してきたの。その三つの貿易商達を潰せ…ってね。勿論、誰かに依頼されたことを悟られぬよう、三人が共倒れになる方法で」 「…それはまた」 「おまけに世間…取引のある大名達に依頼人のことを悟られぬようにと。関わっていた大名達の人数が多くて、公にできないのもあるみたい。それでも、圧力が必要とかなんとか…小難しいわ、政治って」 全部壊せば簡単なのに。 そう言う彼女は、頭が痛いと呟く。 だが、依頼人がそこまで言うのなら、関わっていた大名は片手では足りぬのだろう。それを公にして裁くのは簡単だが、その後の混乱は火の国を揺るがしかねない。よって、警告で止める。 いつまでもこんなことに手を染めていれば、足下に穴が空くぞと。 聡いものなら、それに気づき手を引くか、当分なりを潜める。それができないならば、失うだけだ。地位や財産を始めとするすべてを。 「で?」 「で、こちらは共倒れの任務を遂行しますので、その間にさっさと小鳥を保護してくださいな。私が言いたいのはそれだけ。あ、ついでにミズハのところに作戦の「種」を巻いてくれると嬉しいわ〜」 「…始めからそのつもりだろう」 「勿論。使えるものは親でも使えってね〜この場合【シキ】様でも?ま、いいわ。ということだから、これから始まるミズハとハヨウの抗争が一定のところまで高まるのを魔って、ヒザのことを叩きつけるわ。ミズハのところから子供を奪い、ハヨウの屋敷に火をつけたのは彼だってね」 事実だから、信憑性大ありよ。 恐らくすでに作戦は始まっているのだろう。あいかわらず無駄のない働きだとイルカは苦笑するしかなかった。 「ところで、イルカ相変わらず潜入の任務下手ね」 「………」 彼女の言葉にぐうの音もなかった。 (2004.1.9) |