「この野郎っ!!」 ギィンと刀が男の短剣を弾き飛ばし、男があっと息を飲んだ瞬間、刀が横一線に振り落とされる。どさりと、無情にも倒れる人の音。ぐうっと苦しげな男の声にイルカは視線も落とさず、向かってくる次の敵と対峙していた。 「で、先生は何故殺さないんで?」 横で戦うエンキが不思議そうに問いかけてくる。イルカと違い襲ってきたものはすべて敵だと言わんばかりに、着実に命を奪う。相手が誰であっても…だ。イルカの刀とは違う湾曲した変わった刀は持ち主と同じように、非常な鋭さを放つ。 「切れ味が鈍くなる」 「…へぇ?」 イルカの答えに尚も首を傾げながら、エンキは刀を振るった。もしかしたら、殺したくないと思っていることに気付いているのかもしれない。 すぐに手当をすれば助かる。苦しむことも痛みを感じることもなく死ぬ。 どちらが彼らに取って幸せなのかはわからない。 …俺のしていることの方が愚かなのかもしれないな。 ふっと小さく笑い、イルカは最後の敵を地面に叩き伏せた。 ミズハとハヨウの抗争は日増しに大きくなっていく。互いに証拠はないものの、疑心暗鬼になっている中、彼らに雇われている者達がいざこざを引き起こすことなど日常茶飯事。果てには、こんな真夜中に歩いていると襲われる。どちらも相手がわかっているので、尚更悪化するだけで。 この貿易を営む港町を巻き込む大騒動へと変化しこの噂が中央へ届くのも時間の問題だった。 「ご苦労なこったな。先生」 ミズハの屋敷へ入ると、警備の責任者であるカイザが疲労の濃い色でイルカ達を迎える。机の上には様々な書類が入り乱れ、書き殴りのようなものがいくつもあった。 「なんです?これ」 エンキがひょいっと取り上げた書類。カイザはあーと小さく唸る。 「次の航海の日程だよ。そろそろ商売も始めるらしい。ったくこんな時に…」 「あのガキ共の行き先決まったんですか?」 「ああ」 「…でも、これは?」 エンキが指さした文字にカイザが唸り出す。エンキは自分の横にいたイルカへとそれを見せた。 「紫のガキの行き先がありますが…どうするんです?」 それは、今いないはずの子供の名前だった。 「出向まであと3日。それまでに何が何でもガキを探せだとよっ!街の噂が広まる前に、商品を全部売る手はずらしいが…!あと3日で見つけられるなら、そうしてるぜっ!!!」 また無茶な注文を付けられたものだと、イルカは毎日のようにミズハに呼びつけられているカイザに少しだけ同情した。 「くそーーー!ハヨウの奴どこに隠しやがったんだっ!!!」 屋敷の奇襲に失敗した日から、ずっと子供の行方を探し続けているカイザ達。しかし、どれだけ人数をかけてもその子供の行方は用途知れず、苛立ちが募るだけだった。カイザの右腕のエンキも暇なとき屋敷にいるイルカと違い、かけずり回っているはずだ。無数に上がってくる情報を絞り込んでいるのは彼だから、カイザの苦労を同じく感じているだろう。 そんな彼を見て、そろそろかとツバキから託された種を蒔く。 「…本当にハヨウが攫ったのか?」 「どういう意味だよ先生?」 怪訝そうなカイザとエンキ。彼らは腕を組み、壁を背にするイルカへと意味を問う視線を送る。 「これだけ探しているのに見つからないのはおかしい。しかもだ、奴らもそんな子供は知らないと言い続けているだろう」 「ガキを攫いましたなんて普通は言わないぜ?先生」 「逆に、あの屋敷に火をつけたのはこちらだと言うことになっている」 「俺はそんな命令は出していない」 憮然としたカイザにイルカは小さく頷く。 「もし、だ。どちらも言われていることに身の覚えがなかったとしたら?」 「…何が言いたいんだ。先生」 警戒感というより、別の危機感を頂いたカイザの口調が低くなる。しかし、まだ良くわかっていないエンキと違い彼はすでに答えを導きだしていた。 「共倒れを狙っている奴がいるってことかい?先生」 「え!?」 ぐっとカイザの拳が握られる。だとしたら簡単だろう?そう言った後、黙り込んだイルカをカイザは見つめる。 「…どうしてそう思う?」 何故そんな可能性を思いついたのか。 強い視線を感じながら、やはりカイザという人物がその辺にいるゴロツキとは全く違う、頭の良い男だと改めて思う。人の意見を鵜呑みにする前に、周りの状況を見、そこに行きつく仮定を調べる努力を怠らない。ここでイルカが下手な理由を述べれば、これまで築いた信頼が一気に崩れる。 「聞いていないか?花街に流れている噂を」 「?ここんとこ忙しくていけねーんだよ。エンキお前は?」 「俺も行ってませんよ…ずるいんじゃないかい?先生」 二人の男からじと目で見られ、イルカは罰の悪い思いと言うより、ちょっと気味が悪い。その目から逃れる為、イルカはさっさと口を開いた。 「もう一人の貿易商ヒザの趣味は珍しい人間を集めることだそうだ」 「何っ!?」 僅かに憤怒の色を浮かべ、立ち上がったカイザ。 「それが本当なら、紫の目なんて格好の獲物だろう?」 さて、種は巻いたぞ?ツバキ。 街の外れにある海岸の岩場。月しかない夜中、波の音だけが響き渡っていた。 イルカは昨日見た書き殴りを思い浮かべながら、砂の上をそっと歩く。 それまで、警戒感を一切解かなかったカイザが、仕事の忙殺のせいでか机の上に置き忘れていた一枚の紙。 売られていく子供達とは別の船にあった小鳥という文字をイルカはあの僅かな時間で見つけていたのだ。 やっと…か。 誰も気にしない文字。しかし、イルカは違う。あの文字に意味があると知っている。 そしてこの海岸のどこかに、イルカの知らない牢があると突き止めた。イルカは付けられてないことを何度も確認しながら、大きな岩があるところをすり抜ける。 あの後、イルカの言葉を確認したカイザ達は今頃ヒザの屋敷へ殴り込んでいるだろう。その中にイルカがいないことなど彼らは報復に夢中で気付いていないに違いない。 不意に立ち止まると、歌声が響いてきた。立ち止まり、その場所を探ると、尖った岩場の方からその歌が聞こえてくる。 静かに足を向けると、岩の間に隠されるように見えてきた入り口。ヒタリと冷たい岩に手を当て、イルカは中へと踏み込んだ。 岩を利用した牢は冷たく、寒い。こんな場所に閉じこめているのかと、イルカは眉を寄せながら暗闇へと目を凝らした。やがて、途切れていた歌が再び流れ出す。 聞いたことのない旋律と言葉。まるで心を奪うような静かで優しい調べ。なるほど、大名が固執するわけだとイルカはその牢の前に立った。 「…ダレ…?」 イルカに気付いたのか、たどたどしい言葉。牢の奥にいるから姿は見えない。しかし声からしてまだ少女のようだ。 イルカは膝をつき、害のないことを示すように、優しい言葉で語りかける。というより、こちらが普段のイルカなのだから、元に戻したということだろうが。 「…怪我はありませんか?」 声をかけてしばらく待つと、少女がこちらへ来るのを感じ取る。ここは暗いが、牢には窓のように月明かりが零れる場所があり、その中へと彼女は姿を現した。 「アナタは?」 少女の髪が、輝いているのは光のせいだけではないだろう。彼女の黄金色の髪に、里にいる子供のことを思いだし、イルカは小さく息を飲む。年もナルトと変わらない…すばらしい声と、愛らしい見目を持つがゆえに理不尽な目に合う少女の不憫さを思わずにはいられなかった。 じっと自分を見つめる視線に、見えるかどうかわからないが笑みを浮かべる。 「出よう?もうここにいる必要はないんだよ」 「出る…ここ、いなくていいの?」 ガチャリと牢を開け、開いた鉄格子を指さす。さぁと、手を差し出したイルカに引かれるよう、少女はゆっくりと外へ出てきた。ずっと牢にいたせいか、足下がおぼつかない。それを支えイルカが外に出ようとすると、彼女はイルカの袖を引っ張り隣の牢を指さした。 「え…?」 そこにいたのは、息も絶えの子供。ぐったりと小さな体は床に寝そべったままで、起きあがることもできないようだった。イルカは急いで牢を開け、子供を抱きかかえる。 …冷たい。 息はしているが、一刻も早く医者に見せないとまずい。イルカは自分の腕をのぞき込む少女を引き連れ、外に出たが… 「どこに行くんだい?先生」 目の前にある大きな岩に座り、自分達を見下ろす影。その中の一人がかけた声はイルカもよく知る人物。 「やっぱり、間者か何かかい。残念だなぁ。気に入ってたんだぜ?俺。先生のことは」 「お前こそ何故ここにいる?ヒザの屋敷に行ってるはずじゃないのか?」 「それは先生も同じ事だろう?」 子供を少女へ渡すと、彼女は受け取ったものの、イルカの後ろへ身を隠す。彼女から伝わる怯えに、安心させるようイルカは笑みを見せた。 「おやおや…俺達に見せてた顔は偽物ってことか?俺はあっちの顔の方が好きだったんだけどな。媚びることのない、野生の獣のようで」 「お前こそ、よく頭の回らない腕力だけの男でいたものだ」 すくりと岩場の上に立つ男。 下を向いていた顔が月明かりに照らされる。 「エンキ、カイザは知っているのか?」 「だったら、俺を右腕なんかにしないだろう?あの警戒心の塊のような男。取り入るのにどれだけ苦労したことか。にしても…俺が裏切り者だと知っていたようだな、先生は」 「隠し過ぎなんだよ。子供達が攫われた日、3人が無事戻ったというのに、一人だけ見逃した。それどころか、手がかりが一つもない。野次馬ができるほどの騒ぎになったのに、目撃者が一人も現れない方が可笑しい。意図的に隠していたか…」 「目撃者すべてを消すのは苦労したんだけどなぁ」 喉の奥から笑う嫌らしい声に、イルカは不快感を見せた。今までイルカの傍にいた、油断はならないがどこか無邪気な男はもういない。 「そして、お前は殺しに慣れている。得に、忍の」 彼と組んでいた時、ハヨウが雇ったのか、忍が襲ってきたことがあった。忍の使う術を苦手とする剣術使いも多い中、エンキはそれに臆するどころか、積極的に始末しにかかる。しかも的確に、命を奪う。 「ということは、先生も忍?小鳥を取り戻して来いって依頼を受けたのか?」 それを見極める為に、口を滑らしたのだ。安易にそう告げる男。周りに影が増えていく。エンキの仲間に囲まれたイルカは、気配を探り人数を数える。 「何者だ?お前は」 「冥土のみやげに…と言いたいどころだが。口は軽くないんでね。まぁ、ここの勢力図を変えたい方の頼みというところで我慢してくれよ」 雇い主は違えど、目的は同じだったことか。 この港町に拮抗している三人の貿易商を潰すこと。だが、その代わりにのし上がろうとするエンキの雇い主と、密売貿易、人身売買という犯罪をなくそうとしたイルカ達の雇い主。 どちらが正義などは関係ない。 自分達のすることは、依頼を成し遂げること。 忍として。 イルカは懐から一枚の札を取り出し、少女へと渡す。 「持っているんだ。大丈夫」 いまいち言葉が通じないのは、彼女が異国から来たからだろう。身振りを示し、何とか頷いた彼女はこれから起きることを予想してか、青ざめながら子供を抱きしめている。 少女の頭を撫でて、子供を心配そうに見つめるイルカ。少女は、巻き込まれないようイルカから少し離れる。 「俺達を一人で相手にするのはきついぜ?先生」 もはや隠す気もなく、殺気を発するエンキ達。彼らの隙のなさ、気配、すべてを見て上忍クラスだと判断する。 「面をつけないのは久しぶりだ」 するりと頭の上で結わえた髪を解き、懐から長い紐を取り出した。人数などの余裕からか、彼らはイルカの準備を待ってくれるらしい。 それが命取りになることも知らないで。 「もういいかい先生?」 解いた髪を、首元で一つに結ぶ。闇の中で揺れる五色。それが意味するものを、彼らはまだ知らない。 「じゃあ、覚悟しな!」 エンキの合図に、忍達が一斉にイルカへ向かって飛びかかる!それを見た少女が悲鳴を上げ、目を瞑った。 「がぁぁぁっ!!!」 「ぐはっ!」 「ぎゃぁっ!」 しかし、木霊したのは複数の声で、見守っていたエンキは瞠目する。 「な…」 背後から感じた殺気。 振り返り、刀を振るえば… ギィィィン!!! 力で押されているわけでもないのい、足が一歩下がる。驚きに目を開いたエンキは、無情な目をしたイルカの顔。 ガチリ。 返されるーー!! 自分の持っている刀を弾き飛ばそうとしていることに気付き、エンキは慌ててその力にあがらう。ぼやぼやしていたら、危ない。エンキはそれまでの余裕を消し去り、懐からクナイを取り出した。 所が、イルカの姿が突然消える。急に重みが消え、エンキの体が前のめりになるが、上から来たイルカの攻撃は受け止め、弾き返す。 重い…っ!!! たった一振りの刀を弾いただけなのに、この腕にかかる負担は何だ。顔を歪めたエンキは、いつの間にか自分の刀に札が貼られていることに気付いた。 起爆札っ!? ドオオオオン!!!! 闇の空を赤と白の光が染める。その爆音に少女は震えていた。 「…なんだよ…こいつ…」 服を乱すこともなく、自分の見つめるイルカ。刀を手放したゆえ、腕が吹き飛ばされることはなかったが、その衝撃から逃れることはできず、エンキは自分の肌が少し焼かれたことにうなり声を出す。 イルカの手元が光った。 「くそぉっ!!!」 巨大な火柱がエンキに向かってくる。 なんとか印を結び、直撃から逃れたものの、エンキを囲む炎は周りの空気を飲み込んでいく。 圧倒的な実力の違い。 今まで見ていた時よりも、早さも鋭さも増す剣術。あれで本気ではなかったのか。炎の中で耐えるエンキの前で、突然炎が割れた。 刀を振るう漆黒の死神。 「こんなところで誰がっ…!!!」 同じ忍としてのプライドか、エンキはイルカの刀へ向けて渾身の術を放つ。それに目を捕らえられていたイルカが目を開く。 黄金色の光がすべてを包んだ。 っ… 光から逃れたイルカは、岩陰に身を潜め大きく息を吐く。 まさか、あそこであの札を使うとは思わなかったな。 雷撃の札。 目の前で発生した稲妻に、さすがのイルカも逃れるすべがなく、片手で結界印を結ぶのが精一杯。右手の掌から血がほとばしる。忍装束に身を包んでいれば、手甲が防いでくれただろうが… まぁ、あとは吹き飛ばされただけだし、大したこともないか。 ぺろりと舌でなめり、傷の深さを確認する。 見た目は酷いが大した傷でもない。そう判断し、イルカは自分よりダメージを受けたであろう、エンキを探した。 「止まれ」 ゆっくりと顔を上げれば、最初にいた岩場の上に立つエンキ。ぜぇぜぇと聞こえる荒い息。鼻をつくような、肉の臭い… 全身に雷撃を受けながらも、エンキは生きていた。しかも腕の中には人質を捕らえて。 「それ以上近づけば殺すぞ」 首元にクナイを突きつけられて、少女はがたがたと震えている。しかし胸には子供を抱え、イルカから渡された札もしっかりと持っていた。 「お前の任務はこの小鳥を無事に取り戻すことだろう?死体で取り返すなど…できまい?」 足を止めたイルカを了承と取ったのか、エンキの顔に笑みが浮かぶ。 「そうだ…ゆっくり下がれ」 そう言いながら、じりじりと岩の上を移動する。だが、イルカからは絶対に目を離さない。 「先生…驚いたよ。アンタがこれほどまで強いとはねぇ。だが、アンタは失敗だよ。俺に手をかけた瞬間、俺も死ぬがこの少女も死ぬ」 自暴自棄のように笑うエンキ。イルカを前にして、自分は逃げられないと少女を道連れに死ぬつもりらしい。 「悪いが…俺達は任務に一度も失敗したことはない。そして今回も同じ事だ」 「はっ!この状況で、どうやって俺の手から救い出すと!?悪いが、俺も上忍だ!そうやすやすとは…」 ギシリとクナイを持つ腕が強い力で握られた。何だとエンキが視線を落とすと、彼の腕に蔓のようなものが巻き付き、ぎしぎしと腕を締め付けていた。 「なっ!?」 「言っただろう?失敗はしないと」 少女の手の中にある淡いピンク色の花から伸びる蔓。それがエンキの体中に巻き付き、締め付ける。イルカから渡された札が変化したことに少女は目を丸くしていた。 「「黒の部隊」【シキ】の手にかかること。名誉と思うがいい」 ザン…とイルカは刀を振り落とした。 ごうごうと燃える三つの屋敷。人々が火を消そうと走り回るも、それは少しも衰えない。当然と言えば当然…あれは、術で起こされた炎。屋敷を焼き尽くすまで消えることはない。 「…派手だな」 「そういうこと言う?気持ちいいじゃない。要らないものが消えて」 黒い面を外し、ツバキは笑う。返り血はないものの、漂うのは血の香り。ミズハ、ハヨウ、ヒザの争いに見せながら、どれだけの人間を消し去ったのか。 ツバキはイルカの腕で眠る少女と子供に視線を落とす。 「任務は終りね。その子供は?」 「体力は落ちているが、栄養を取れば大丈夫だそうだ。ルイが医療に詳しくて助かったよ」 「ふーん」 ツバキの返事が素っ気ないのは、ルイがソウの部下だからなのか、それとも自分の部下になることを拒んだせいなのかはわからない。 「で、途中まで来る部隊に引き渡せばいいのね?自分で行かなくていいの?助けたのはイルカでしょ」 「傍にいると、記憶が戻ってしまうかもしれない。そんな危険は起こさないよ」 「黒の部隊」として刀を振るったイルカ。忍の中でも影として身を潜める身。自分のことを忘れるよう、記憶を操作したのだ。 「ま、いいけど。ご苦労様」 ツバキの腕に抱かれて離れて行く少女と子供。それを見送っていると、ルイが傍に降り立った。 「あの子供達は無事助け出し、別の街にある孤児院へと預けて来ました」 「すまない」 「いえ」 騒動に紛れて子供達など、捕らわれた人々も解放したツバキ達。近く、中央からこの騒ぎを調査する人が来て、この街で起こっていたことを知るだろう。それで、この人達の処遇も考えてくれるに違いない。 任務を達成することだけを考えれば良いとわかってはいても、つい他のことも気をかけてしまう。 「ところで、あの…銀色の髪の子供。一緒に預けたんですが良かったんですか?あの子は…」 「…多分カカシ先生のはずだけどな。ま、火影様に伝えておいたから問題はないと思うけど…結局何でこんなところにいたんだ?あの人?」 二人は顔を見合わせ、揃って首を傾げた。 「こんにちは。イルカ先生」 「あ…カカシ先生」 野外授業の後かたづけをしていたイルカは、久しぶりに聞く声に振り返った。相変わらず顔のほとんどを隠した、怪しい姿。けれど、唯一見える右目は以外と優しい。 「お久しぶりです。任務に出て要らしたんですか?」 「はぁ」 「でも2週間とは長かったですね。ナルト文句を言ってませんでした?」 「散々でしたよ。あいつら好き勝手言ってくれました」 その様子ができて苦笑するイルカを前に、カカシは何かを取り出した。 「?これは?」 「今回の任務のおみやげです。これはイルカ先生の分」 「え?あ、ありがとうございます。いいんですか?」 「勿論。あいつらと同じものですが、良かったら」 小さな紙袋に入れられたものを受け取って、イルカは少しわくわくして開ける。ころんと掌に落ちてきたのは、青いガラス玉のようなものがついたキーホルダーだった。 ……あれ? 「えっと、どうでしょうか?」 「え?あ!とても綺麗です!驚いてしまって…本当にいいんですか?」 「はい」 嬉しそうに笑うカカシに笑い返していたイルカだが、内心まさか…という思いが渦巻く。 カカシが里に戻ったのは聞いていた。やはり、あの子供がカカシだったらしく、術が絡まりあんなことになったのだと言う。彼の実力ゆえに、長い間子供のままでいたようだが、時間とともにカカシは大人に戻ったということだが。 『本当は別の任務についていたんだが、何故か今回の任務に珍しく立候補してのぉ…珍しいこともあるもんじゃて』 だが、記憶まで子供に戻って大した役にも立たなかったが。そう笑った三代目火影。 「イルカ先生なら喜んでもらえると思ってました。だから、絶対おみやげにそれをお渡ししようと思ってたんです」 碧透玉。 ガラス玉に似ているが、貝を材料にして作り出されるその玉は、イルカの行った港町でしか売られていない。 まさか…いや…けど… これが欲しくて、任務を受けたなんて。 「いや、前からイルカ先生に差し上げたかったんですけど、機会がなくて」 そう飄々と言うカカシは、自分の分も買ったと色違いのものを見せる。 「…それでこの任務を?」 「ええ」 「…ありがとうございます」 何か重大な密命を帯びていたのかとか、自分の正体を知られないようにとか思っていたのはなんだったんだろう。 さすがは里が誇る忍だよ…予想もしないことをしてくれる… 「そろそろ次の授業が始まるので…」 「はい。それじゃ、また飲みに行きましょうね。イルカ先生」 鼻歌を歌いながら歩いていくカカシ。それを見送った後、イルカは近くの幹へともたれかかり、 疲れた体を預けた。 どこから聞こえてくる小鳥の鳴き声を聞きながら、海岸で聞いた少女の歌を思い出す。 結局あの少女は大名のところへ戻り、考えを改めたのか大名は養女に迎えたらしい。それを聞いたイルカは、思いの外大切に思われていた少女に安心した。牢から助け出した子供は、驚いたことに攫われたはずの子供で、失明しているという話だったが、診察した医師は回復の見込みがあると手を尽くしている最中だと言う。 「…何にせよ、まだマシな任務だったかな」 任務で血の臭いから逃れることはできないが、助けられた人がいるということは自分達に取って慰めになる。 そして… 「あ!イルカ先生ーーー!」 金色の子供を先頭に、大きく手を振る子供達。相変わらずだなぁと思いながら、イルカは再び日常へと戻っていった。 (2004.1.15) |