「黒の部隊」 それがいつできたのか定かではないが、火影直属と言われる暗部の中でも、Sランクのみを受け持つ部隊をそう呼んでいた。彼らの実力は、火影も太鼓判を押すほどであり、そしてその正体は火影とわずかな上層部が知るのみである。 その部隊に所属する忍達を纏めているのが、【シキ】と呼ばれる人物だ。 【シキ】というのは名称であり、それは代々引き継がれる呼称。元は【式】という一字で現され、火影の意を忠実に代行する者という意味でもあったと言われる。 それがいつの日からか、【黒の五色】という部隊長達を代表する者という意味も含まれ【シキ】と呼ばれるようになった。【シキ】以外の【黒の五色】は、【青】【白】【赤】【黄】を現す名を、その地位についたと同時に火影より与えられる。それまで「黒の部隊」の中で呼ばれていた名は永遠に消え、【黒の五色】を名乗る資格と責任を与えられるのだ。 彼らは通常、五部隊に別れ任務を遂行する。ほとんど里に戻らず、各地で任務を行う彼らは、普通の木の葉の忍とはひと味違った存在だった。それでも里を思う気持ちは里の忍と変わらず、逆に強いとさえ言われている。滅多に戻れない故なのか、それとも「黒の部隊」に入隊するために必要とされる「心の強さ」のためなのかは、この部隊に所属する忍達しか分からぬことであろう。 日が落ち、夜の支配者である月が顔を見せる頃、アカデミーの奥にある火影の執務室には主の他に、2人の青年が居た。まだ20代半ばの若い青年達は、先ほど火影から呼ばれ馳せ参じたばかり。 「すまぬな、イルカ。まだ仕事が残っていたであろう」 「構いません。確かに文化祭の準備で仕事は遅れていますが…期日までには仕上げます」 人の良さげな顔をしたイルカは、そう言って親しげな笑みを浮かべる。その様子に満足したような火影は、機嫌よく煙管を吹かせた。だが、そんな2人へと不満げな者約一名。 「…で、俺に労わりの言葉はナシですか。火影様」 「馬鹿者。おぬしは先ほどまで家で寝ていただろうが。少しはそのやる気の無さを改め、イルカの手伝いでもせんか」 「…火影様っ!そうは言いますけど、俺に与えられた仕事はちゃんとこなしてます!それが終わってから寝ようが、酒を飲もうが勝手ではありませんかっ!」 「たわけがっ!面倒な書類整理をイルカに押し付けていることを知らぬと思っておるのかっ!サイ!!!」 火影に怒鳴られて、サイはひょいっと肩を竦める。火影の怒りなどなんのその。全く堪えていない様子の彼に、イルカはため息をついた。 「…それで、火影様私たちをお呼びになったのは?」 「う…うむっ」 ぜぇぜぇと荒い息を隠すよう、火影は煙管を何度も吸った。そして再び眼を見開いた時、彼の前にいるのはアカデミーの中忍ではなく。 「【シキ】よ、先ほどこれが届けられた」 「黒の部隊」への要請に、イルカとサイは小さく頭を下げ、火影が差し出した一本の書簡を開いた。 「先ほど暗部から密売貿易についての報告書が提出された。最近何かと出回っている舶来ものの不出輸入について、大名から調査が依頼されていたのでな。まぁそれは良い、だが問題は積荷だ」 「一体何があったのですか?」 「…最近の積荷は何でも運ぶようじゃ、特に珍しい生き物などな」 火影の言葉に、サイが顔を嫌悪に歪める。それをイルカは確認しながら口を開いた。 「人身売買ですか」 「…のようじゃな。先ほどツバキからも報告が届いた」 「ツバキから?」 訝しげな顔のまま、イルカはもう一つ差し出された書簡を受け取り開いた。 「黒の部隊」の任務は【シキ】がすべて把握しているわけではない。勿論結果は教えられるのだが、直接【黒の五色】へと届けられ、その地で任務を行う忍達の裁量に任せられることも多い。その一つが今イルカへと手渡されたものであろう。 「…これは?一体何の任務ですか?」 思わずイルカが聞いてしまったも仕方が無かった。彼の手にしている書簡に書かれていた依頼内容は。 『異国の小鳥を取り戻すこと』 そう書かれていたのだから。 「…まさか火影様。本当に小鳥を探すって内容ではありませんよね?」 大名の正気を伺うような内容に、サイが呆れたような視線を火影へと送る。最初は自分もそう思ったことを火影は顔に出さず、ぷかりと口から煙を吐いてイルカへと視線を戻した。 「異国の小鳥とは?どのような小鳥なんですか?」 「…大層珍しい声で鳴くそうじゃ。その声と、珍しい色に大名が一時も手放さないほどの入れようでの」 「それが逃げ出したのですか?」 「盗まれたようじゃ。厳重な檻の中に閉じ込めておったようじゃが、人の噂に上ることまでは止められぬしのう」 トントンと、火影の指が先ほどの書簡の上を叩いていた。それを見たイルカとサイは理解する。 「…なるほどねぇ…そういうこと」 心底軽蔑するような眼をしたまま、サイはふんと鼻を鳴らした。イルカは彼の態度を小さく咎めたが、本人は沈黙を選び何も答えない。 「…それで、私たちをお呼びになったのは?」 「うむ。実はな、手が足りないとツバキの奴が申してきてな。運が悪いことに、やつらは別の任務も遂行しておる。それが少々厄介で時間がかかるらしい。手の空いてる者をよこせと言ってきおった」 「…終わるまで待てばよいではないですか」 「…大名がな、早く小鳥を探せと急かす。通常の依頼料に3倍上乗せしてきておるのでな、そうも行かぬのだ」 それはまた…イルカは小鳥への執着にため息を漏らす。暗部をそれもSランクのみ引き受けている「黒の部隊」を動かすには、相応の危険度と高額の報酬料がかかる。だが、その相場の3倍を払うというのだから、火影としてもだらだらと引き延ばすわけにはいかないのだろう。どんな任務でも依頼されれば行う忍の里といえど、多大な金額を払ってくれる相手はできるだけ機嫌を損ねたくないと言ったところか。 「わかりました。では、私が向います」 「…………はぁっ!?何言ってるんだ!?お前っ!!!行くなら俺だろうがっ!!!」 イルカの言動にサイは飛び上がるほど驚き、彼にしては珍しく慌てふためいている。 「何でお前が行くんだよっ!!!そんなの俺で十分だろうがっ!!!」 「…だったら、俺が行っても構わないだろう?2人で行くには離れすぎているし、里にはどちらかが残らなければならないしね」 「お前が残れよ!お前を1人で出すわけにはいかないんだよ!」 そんなことはわかっているだろうと、詰め寄るサイに、イルカはふうっと息を吐いた。 「それなら、サイが行っても同じだろ?俺が1人で里に残るんだから。危険度が同じならば、俺が行っても構わないはずだ。第一!サイが行ったら、まずいことにしかならないしね」 「…どういう意味だ」 「そのままだよ。サイがツバキのところに行って何もないわけないだろう?」 うぐっと言葉に詰まったサイは、言葉を探して視線をさ迷わせる。だが、イルカの言葉を打ち消すほどのものは見つからなかったらしく、苦虫をつぶしたような顔になった。 【黒の五色】【白】の【セツ】のことツバキと、サイはこの上なく相性が悪かった。人間には時折、相手が特に何をしたわけでもないのに、合わない相手というものがいる。それがツバキとサイだった。任務の時はその私情を完全になくすものの、それが終わればアカデミー生レベルの言い合いに発展する。それが始まれば、いかにイルカとて止めることは容易でなく、Sランクをするよりも疲れるのだから二人を合わせたくないと思ってしまうのも仕方の無いことだ。そんな彼女のいる場所へと、サイを向わせれば何が起きるか火を見るより明らか。 任務が終わった後の低レベルな争いを部下が見てどう思うだろうと、違う意味でイルカはぞっとした。 「…決まりじゃな」 「火…火影様っ!!!」 火影の決定まで出されては、サイも黙るしかなかった。これでもう彼も何も言えまい。そう安心したイルカだったが… 「だ…だったら!!!俺の部下1人連れて行けっ!!!じゃねぇと認めないぞ!!!」 「…は?」 「曲がりなりにも、「黒の部隊」【シキ】に単独行動をさせるものか!!何があるかわからないんだっ!!!絶対にこれだけは譲れないぞ!!!」 「…ちょっと待て、サイ」 「お前が何を言おうと、絶対これだけは譲れないっ!いいですね!火影様っ!!!」 「う…うむ」 サイの迫力に、思わず頷いてしまった火影は、イルカにすごい目つきで睨まれる。 「馬鹿言うなっ!!お前の部下なんて連れて行けるかっ!!!お前とツバキの仲が悪いのは部下達も知ってるんだぞ!そんなところにお前の部下を連れて行けばどうなると思ってるんだっ!!」 「それは心配するな。気の長い奴を同行させるから」 「させるからじゃないだろうがっ!!!お前の部下に気の長い奴なんているかっ!!!」 「それはちょっと失礼だぞ、イルカ」 「失礼じゃない!お前の部下は皆、お前の崇拝者だろうが!」 「だ…誰が崇拝者だっ!!!怪しいこと言うなっ!!!」 「お前の部下だっ!お前の戦う姿を見て、「黒の部隊」へ入隊してきた挙げ句に、お前以外の部下にならないと堂々と言い放つ奴らのどこが崇拝者じゃないんだっ!!!」 「…いい加減にせい」 戦っているわけでもないのに、ぜえぜえと息の荒い2人に火影は呆れを通り越して情けなくなる。これが「黒の部隊」の【シキ】と【ソウ】でいいのだろうか? 思わず頭の中を周る疑問に、火影は慌てて頭を振りそれを消す。 「イルカよ、サイの言うこともわからぬではない。お前を派遣するのは構わぬが、誰かをつけよ」 「火影様っ!!!」 「サイ、お前の部下にイルカを知っている奴がいたな?そいつにせい。【シキ】しか知らぬ奴が傍にいればイルカも息が詰まる。正体を知っている者の方が良いじゃろう」 「無論です。【シキ】は話をしてはならぬ者ですからね…」 わずかに眉を寄せて、サイはイルカを見返した。これで1人で行くことはできなくなったと、イルカも諦めてしぶしぶ頷き返す。 「出立は明朝。詳しいことは、現地で聞け。解散」 火影が手を振り、二人は頭を下げるとすっと消え去った。 「…そういえば、一足先に潜入しておる奴のことを忘れておったな」 まぁいいかと、ふるりと首を振った火影は呑気に煙管を吸った。 …全く!サイの過保護ぶりにはあきれ返る!俺を何だと思ってるんだっ!!! 明朝、ずかずかと怒り覚めやらぬ顔で歩いているイルカは、朝もやの晴れぬ中、1人門を目指していた。あの後、こちらの言うことも聞かず、さっさと消えたサイ。文句を言うことが分かっていて姿を消したのだろう。その態度がなお腹立たしい。 「おはようございます」 そんなイルカの心情を察しているような声で、門の前に立っていた1人の忍が苦笑しながら頭を下げてきた。 ようやく20に届いた頃の茶色い明るい髪を持つ青年。彼はイルカを見て笑いが止まらないらしい。 「…おはよう、と?」 「ルイ…吉野ルイと言います。よろしくお願いします、うみの中忍」 同じ中忍とは言え、サポートとして付くことになっているルイはもう一度頭を下げた。イルカは先ほどの見せた大人げなさを恥じるように少し顔を赤らめながら、よろしくと返す。 「元気そうだな。良かったよ」 「前はお世話になりました。その節は…ありがとうございます」 「いや、俺が何かした訳じゃないだろう?したのは…あいつだから」 イルカとルイは初対面ではない。彼らはある任務で顔を合わせていたことがあった。しかし、その時イルカは「黒の部隊」【シキ】で、ルイは暗部に所属している忍だった。その後ルイは「黒の部隊」へと配属されたのだが、こうして日のある時に会うのは初めてだった。 「それじゃあ、行こうか。任務の内容は聞いているか?」 「大方」 「じゃぁ歩きながら詳しい説明をしよう」 大名の小鳥がいるのは、火の国の北にある港町。小鳥を盗んだ者は、一直線にそこへ向かったと聞くから、犯行はかなり計画的だったのだろう。しかし、小鳥に執着する大名はすぐに追っ手を差し向けた。だが、相手の中に忍もいたのか、追っ手は次々と倒されついに相手を見失ってしまう。木の葉に依頼が来たのはそんな頃だった。 同時期に、木の葉には別の大名から密売貿易の調査の依頼が舞い込んでいた。 高価な舶来ものが次々と不正に輸出入されているらしく、その規模の大きさに危機感を抱いたのだという。そして、それは舶来ものに飽きたらず、珍しい生き物も売買され始めた。 それが… 「人間…というわけですか?」 「ああ。どこから連れてくるのか、子供から大人まで。見目の良い人間を金持ち連中に売っているらしい。暗部が掴んだのはそこまでだ」 「…私達が依頼された異国の小鳥とは」 「ああ。珍しい容姿を持つ少女のようだ」 大名がどこからその少女を見つけたのかは知らない。だが、火の国にはないその姿と美しい声を持つ少女は、大名の城の一室に閉じこめられ、毎夜歌を歌うという。大名はそのことをひた隠しにしていたようだが、城の奥とはいえ、声は響く。それが人身売買をしている者達に伝わり、今回の騒動に発展したようだった。 「嫌な所で繋がっていたわけですね」 「そういうこと。向こうにいる部隊も小鳥がそこにいることは掴んだらしい。だが、手が足りなくて俺達が行くことになった」 「はい」 走るイルカに合わせながら、ルイは僅かに苦笑する。その気配を敏感に感じ取ったイルカは、彼に顔を向け笑った。 「…どうやら聞いているらしいな」 「無論です。あそこは【セツ】様の部隊がおられるとか?」 「そうだ。ということで、もめ事は勘弁してくれよ…本当にしゃれにならないからなぁ」 「善処します」 「………」 きっぱりとわかりましたと言わないのは、どうとれば良いのか。気の長い奴をつけるとか抜かしたサイに、疑いを持つイルカは任務以上に気を使わなければならないことに、溜息をもらすのだった。 潮風が、彼女の髪を揺らす。 小さな窓からようやく感じられるこの風だけが、今彼女と外界を繋いでいるもの。 人一人がようやく入られるだけの部屋。目の前にある扉には鉄格子が嵌められ、逃げることも赦されない。だが、それは今までも同じだった。ただ、場所が狭くなったということだけ。 ぐすぐすと聞こえるのは小さなすすり泣き。 ここに連れてこられてから、一度として止むことのない声に、彼女の胸は締め付けられる。だが、彼らを救ってあげる力はない。自分の身でさえ救えないというのに、他人の心配をする自分が可笑しくて、彼女は自虐的に微笑んだ。 おかあさん。 10歳ぐらいだろうか?そんな子供の声が聞こえた。ようやく覚えた言葉。確か…母という意味だった。ならば、あの子は両親を思って泣いているのだろうか。彼らのもとへ帰りたいと… 帰りたい… それは自分も同じ。 帰りたい、帰りたい。 故郷に帰りたい。 「…なんだ」 いくつもの部屋を閉じる扉の前で見張りをしていた男は、中から聞こえてくる声に手を止めた。男が動きを止めたのを見て、ずっと負け続きだった相手は、あからさまにほっとして花札をさり気なくすり替える。 「…歌?」 男の声に相手も耳を澄ます。すると、何を言っているのかわからないが、とても美しい旋律の声が聞こえてきた。 優しくそしてもの悲しい歌声が。 その声に男達も引きづられ、ぼうっと歌を聴き続ける。 いつの間にかすすり泣きは一つも聞こえなくなっていた。 カサリ。 開け放たれた窓から入って来た風が、手に持つ紙を揺らした。木の葉の里とは違う、潮の混じった風は、舐めたこともないのに塩辛く感じるから不思議なものだ。イルカは立ち上がり、窓の外を覗き込む。 窓の下には港町らしい、浅黒い肌のした男や商売人達が往来している。誰もが忙しそうに、だが何かの希望を求めるように期待感を滲ませ歩いているように見えた。この町にいれば、人の持つ悩みなど小さなものだと思うのだろうか。 町の向こうに見える、包み込むような青い海を見ていれば。 「…ナルトにも見せてやりたかったなぁ」 今年見事下忍になった、大事な金色の子供は、自分が任務に赴くと聞いて、あからさまにがっかりした顔になった。 「任務なら仕方ないってばよ…」 そう笑い返したナルトの顔は、本気でそう思っているのがわかってイルカは心から嬉しかった。昔からナルトは自分の気持ちを押し殺し、聞き分けのよい振りをすることがあった。本当は傍にいて欲しいのに、笑ってごまかして、さよならを告げる。そして人知れず泣いていた子供はもういない。 今は友人と呼べる仲間達もできて、修行に明け暮れる彼には、泣いている暇などないのだろう。だが、ナルトにとって、それは苦痛ではなく喜び。 それがわかるからこそ、ずっと彼を見守ってきたイルカも嬉しいと思う。 しかし… 「でもよ、カカシ先生もずーーっといないし、俺暇だってばよ!」 「…て、言ってたっけ。そういえば、こないだアスマ先生がガキのお守は疲れるって、普段より何倍も疲れた顔で呟いていたような…」 カカシが任務に出てから一週間。その間七班の面倒はアスマが見ているようだ。確かに、三人でも大変なのに、それが六人ともなれば…特にナルトが入っていれば、彼の気苦労もわかるというもの。 「でも、上忍師のカカシ先生に長い任務が入るなんて珍しいよな…よっぽどのことか?」 上忍師となり下忍を受け持つことになった、上忍は下忍の育成に力を入れるため通常任務から離れることが多かった。だがカカシの場合は名が売れているだけあって、そうもいかないらしく、ナルト達の担当になってからも、いくつかの通常任務は受けていたようだった。しかし、その期間がこんなに長くなることはなかったようだが… 「イルカさん」 近づいてきた気配に振り向いたと同時に、ルイに名を呼ばれイルカは彼にお帰りと労をねぎらう。 彼は宿についた早々、この町にいる「黒の部隊」と接触し今戻ったところ。勿論忍装束はこの町に入るときに着替え、2人は一般の人と同じような若者らしい格好になっている。港見物に来た、人の良さそうな2人の青年になりきっている彼らは、見事この町に同化していた。 「で?どうだった?会えたか?」 「はい。これを」 懐から巻物を取り出し、イルカへ渡すルイ。ルイはそれを受け取ったイルカの顔が、何か言いたげのを敏感に感じ取って小さく笑う。 「問題は何も起きていません。相手がセツ様の部下でも」 「え〜と、ははやっぱりばれていたか?」 「いくら私達とて、いつもいがみ合っているわけではありません。ソウ様やセツ様の仲に少々問題があるとはいえ、普段はこのようなものです」 するすると巻物を結んでいる紐を解きながら、イルカは関心したような顔をする。 「だが、前に険悪になったと聞いたことがあったが?」 「そうですね、確かあれは…半分苦笑程度に話をしていた時、調子に乗ったものがソウ様を侮辱したのでちょっと殺気を出してみたんですよ。すぐに騒ぎも収まりましたけど?」 たったそれだけのことだとルイは言ったが、彼の殺気に相手は相当肝を冷やしただろう。何しろ【青】の部隊【ソウ】の部下は粒揃いだ。個々を好み、協調性に問題はあるものの、その実力は【黒の五色】に勝るとも劣らない。彼らの実力が飛び出ているので、【青】と他の部隊の差はあまりないと言われている。 …お陰で他の奴らに文句言われるんだよな。 『里に駐留している奴に優秀すぎる部下はいらないでしょう!?』 ツバキの怒鳴り声を思い出して、イルカはずきずきしてきたこめかみを押さえる。つねに任務を受け持ち、優秀な部下を欲している彼女の言い分はわかる。だが、当の本人達がサイ以外の部下にならないと宣言したのだから、仕方が無いだろう。自分やサイ、おまけに火影まで借り出して説得したというのに、頑として己の希望を譲らなかった彼らだ。 『…なんで俺ばっかり…』 あの時、青白い顔でぶつぶつと呟いていたサイはさながら幽鬼のようだった。 だが、それも仕方のないことかもしれない。 彼らは魅せられてしまったのだから。 忍が持つ力の美しさに。 「イルカさん?」 「ああ、すまん」 ルイの声に我にかえり、巻物へとざっと目を通す。 「…それでもさすがだよ。やっぱり」 手が足りないといいながら、よくこの短期間でこれだけの情報を集めたものだ。イルカはルイに巻物を手渡しながら、当然でしょうと胸をはるツバキを想像して笑みを零した。 巻物に書かれていたことをざっと述べると、この街には大なり小なりの貿易を営むものが複数いるという。 だが、彼らの殆どは異国の食べ物や、旅する人を運ぶ船で、問題となっているものを運ぶとなれば数はある程度絞り込むことができた。疑いのある船は三つあって、その船はどれもが巨大でそれを所有する商人達の羽振りのよさが伺えるというもの。だが、その分警戒も強く、イルカ達が着くまでにその船を探索するのはムリだったようだ。 「では、この三つの船が怪しいということですね」 「ああ、どれもが羽振りもよく、きな臭いものを持っている商人達らしいから。この中に小鳥が閉じ込められている可能性が高いな」 「それで…あちらは何と?」 「セツの方で一つの船を探索することを請け負ってくれるそうだ。蜜売品の調査に来ている暗部も別の船に張り込んでいるらしいから、もしそれが当たりとなれば報告が行くだろう」 「では、我々は…」 「ああ、残ったこの船に潜入する」 最後に書かれていた名にイルカは指でふれて。2人は頷きあった。 (2003.11.21) |