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「さぁてと、ここからどうしようかねぇ」
カカシは真っ暗闇を見回し、取りあえず気配で男を捜した。
「大丈夫?お兄さん」 「う…あ…」 「はいはい。暗いけど我慢ね〜今火を灯すから」
ごそりと懐からカカシは一枚の札を取り出した。僅かにチャクラを込めると、札が燃えぼうっと辺りを照らしながら浮かび上がった。
「へぇぇこれは便利。ツキヤからせしめたかい合ったなぁ」
ふわふわとカカシの傍を漂う拳ほどの炎。 何でもチャクラを込めた相手と一定距離を保ちながら、浮かび続けるという。ただ浮かぶ火など何の役に立つのかと思っていたが、馬鹿にするものではないなとカカシは関心しながら炎を見つめた。
「そんなに時間は保たないみたいだけどねぇ」 「あ…ううっ…」
そう感想を洩らしたカカシに、男は口を開いた。何か言いたいことがあるらしいと感じ、男へ近づくと彼は驚くべき言葉を述べる。
「村の…札だ…」 「へ?」
ぼろりと涙を流した男は、じっとその火を見つめ続けた。
「ふぅん、アンタの村は札を作ってるんだ。始めて聞いたなぁそんなところ」
男を背負いながら歩くカカシは、途切れ途切れの説明に気のない感想を述べた。 最初はカカシを警戒していたからなのだろうか、全く質問に答えない男だったが、ぽつりぽつりと自分のことを話し出すよういなった。 だが、相変わらず肝心なことは言わずに、そこを突っ込むと口を閉ざす。ずいぶんと用心深いことだと思いながらも、彼を見捨てていこうとしない自分が不思議だった。
どっかの忍でもないしね〜本当に変な男拾ったなぁ。 変な好奇心を出した結果だったが、何故かこの男を助けなくてはと思う。それは一種の勘というものでもあったが、カカシは自分のそれを信じることにした。
あ〜あ、ツキヤ怒っているだろうなぁ。 任務を終えたとは言え、勝手な行動に出た挙げ句、行方不明とは。後でどれほど嫌みを言われるかと思うと溜息しか出ない。
ま、仕方がないね。 カツンと固い何かを蹴り、カカシは改めて自分の居る場所へと意識を向けた。 牢屋から落とされた割には人の手が入っていない、地下道。昔は川でも流れていたのだろうか、ごろごろと小石がそのまま残っている。これを抜け道と利用していたのか、それともトラップとして使っていたのかは知らないが、取りあえずカカシは男を背負いながら出口を探し求める。
「すみ…ませ…ん」 「はいはい、それもういいよ」
背負った時から謝り続ける男。始めは丁寧に返していたカカシもいい加減うんざりしてきた。
「それよりもさ、さっきアンタが言っていた赤い獣のことを教えて欲しいんだけどね」 「…」 「赤い獣が目を覚ますってどういう意味?」
男はカカシの言葉に、口を噤む。それは用心というより、言って良いものか判断しかねるといったように感じられた。
「貴方は…木の葉の忍と…言っておられたが…」 「そ。さっき言った通りだけど」 「貴方達の…長…火影とはいかようなお方か?」 「…いかようって………まぁ、火影だから、食えないお人ですけど?」 「…人の痛みを知る方か?」
忍に対して妙な質問をするものだとカカシは思う。 人の痛み。 任務において、時には血にまみれる自分達が本当に人の痛みをわかるのかは疑問だ。女子供でも依頼を受ければようしゃなく、手に掛ける。そんな自分達を…治める長。火影。だが。
「…どうだろうねぇ」
大切なものを守ることを忘れるな。そんなことを言う長は自分達の里ぐらいではないだろうか。 大切なものを守るために生きろと。 そう言っていたかつての師も。
笑顔を忘れていないあの人も。
「嫌いじゃないけどね。俺のいる里は」
男はそれを聞いて少し肩の力を抜いたようだった。
「足手まといの私を…見捨てても行けるのに…そうしない貴方の里の長か…」 「気まぐれかもよ?後でしっぺ返しが来るかも」 「わざわざ…まぁそれでも他よりはマシだと…私は…思いたい…」 「他?」
男の口振りは、木の葉以外の忍もよく知っているようで。面を付けたままの顔で僅かに後ろを向けば、男が大きく息を吸ったところだった。
「私の村は…代々呪札を作ることに長けたところだった…」
男はゆっくりと話し始めた。
ザザザ… 木々を抜け、走る忍達。その先頭集団は「黒の部隊」。その後ろは暗部。暗部達は自分達に合わせて走っている彼らに、先ほどから言葉もなかった。 ひゅいっと闇の中を走る赤い光はこの一団の道しるべ。「黒の部隊」の一員【ソウ】と呼ばれていた忍が作り出したものだ。あれが一体何なのか、暗部達は説明できない。ただ、ソウという忍のチャクラから生まれたとしか言えない人ならざるものを彼らは受け入れそれを追うばかり。 一切の説明もされず従うしかない自分達。暗部に属するのは選ばれた者達。だが、その中でも更に選ばれた忍がいたとは、知らなかった。そしてその実力の差にも。
赤い光が突然止まる。 ソウは立ち止まり、鬱陶しいほどある木々を眺め回した。
「どうしました?」 「この辺りで何かあったみたいだな」
ソウは自分が作り出した赤い光を眺めた。 赤い光は残骸のように残っていたセキシの気を集め、固めたようなもの。手の平サイズの玉だが、その中央には大きな目のようなものが見開いている。それを『形』としているのはソウのチャクラ。その赤い玉からは沢山の糸のようなものが伸び、絡め取るようにソウと繋がっていた。それが切り離されれば、すぐに赤い光は『形』を止める力をなくし、消えてしまうだろう。
「…何かとは…」 「戦闘の気配だな。蓮!」 「ここに。ここから約百メートル先にそれらしきものが」 「…だとよ」
ソウは振り返り、シキの指示を仰ぐ。シキは小さく頷き、無言でこの辺りの調べることを命じた。
「ということだ。俺はもう少しここで気配を探ってみる、クレは蓮と葵には暗部を任せる」 「承知しました」
蓮と葵がソウの指示を受け散り、その後をクレと暗部も追っていく。ソウは一人立ちつくすシキへ首を回した。
「何か感じるか?」 「…そう焦るなよ、シキ。俺だって万能じゃないだ。少し時間をくれよ」
シキの気持ちは分からなくもないが…そう次から次へと言われてもこちらにも限界がある。今持続させている術も、普通の結界術を使う以上にチャクラを消耗する、現に気怠さがソウの体に浸透しつつあるのだ。残骸の気とは言え、過去。時間に少しでも触れる術は下手をすれば命取りになりかねない危険なものなのだ。
大きく息を吸い、集中し始めたソウ。赤い光がその場に残された気を吸収したように膨れあがる。 その性質を利用して、セキシの通った道を迷わずこれたのだが…ソウはふと感じたことのある別の気に眉を寄せる。
これは…?
「ソウ?」 「…シキ。これは少し面倒なことになりそうだ」 「…どういうことだ?」 「…どうやら少し厄介な相手が絡んでそうだ」
苦々しく告げたソウだったが、二人は同時に顔を上げる。二人以外の忍達が散った先から殺気を感じた。
「お出ましだな」
術を消しソウは走り出す。当然その後を追ったシキだったが、突然横から湧き出た気配へとクナイを飛ばした。
「ぐわっ!!」 「やっぱりかよ!!!『闇霧』!!!」
因縁の相手と言ってもいい、正体不明の忍集団。いくら術系統の忍とは言え、セキシがその辺の忍に苦戦するわけはないのだ。 ましてや、行方不明など。
「シキ!ここは…」
任せろと言おうとしたソウだったが、その言葉が言い終わらぬうちに、シキは次に現れた忍へと斬りかかっていた。どうやら先ほどの術で体力が落ちていることを見抜いているらしい。ちっと舌打ちしたソウ。しかしシキの加勢を遮るように、ソウの前にも忍達が現れた。
「…良い度胸じゃねぇか。俺には雑魚ってわけかよ…舐めるなっ!!!」
明らかに『闇霧』よりも実力が落ちていそうな忍達。どこの里だかは知らないが、たかが上忍が自分の相手など…瞬時に忍刀を抜いたソウは、相手が動く前に斬りかかっていた。
ギィン!!! シキはクナイを弾き飛ばすと、面の下で眉を寄せていた。
可笑しい。 先ほどから攻撃は仕掛けてくる癖にどこか積極的ではない彼らに、シキは何かが変だと思い始めていた。
罠…? どこかに誘導されているのだろうか。 そう思って色々な場所に動いてみたのだが、その気配はない。一体彼らは何をしたいのか。シキはふわりと木の上に飛び上がる。それを追うようにやってきたクナイを愛刀で弾き飛ばして。
「やはりお前か」
笑い声とともに現れた声。腕を組み、立っている男にシキは無言で見つめ返す。
「…あの時の雷撃は効いたぞ?」 こいつは…!! 「思い出したようだな!」
そう向かってきた相手に。シキはクナイを投げ、身を翻す。
「逃がすかっ!!あの時の礼をしかねたままだからなっ!!!」
かつて。 イルカがまだ【シキ】という立場ではなかった頃。ある任務で対峙した相手だった。あの時は至近距離で雷撃の札を使い自分も傷を負ってしまったのだが、敵の死体は見つからなかったのだ。
まさかこんなところで会うとはな! シキはちょうどいいと、小さく笑う。こちらとて、敵を…『闇霧』の一員を逃がしたことを悔やんでいたのだ。 それに、セキシの行方不明に彼らが関わっているとなれば尚更の事。そして…
滅するのを望んでいたのはこちらとて同じこと! ぴぃんとシキの傍で小さな音が鳴る。 追いかけてきた闇霧の前で次々とトラップが発動し始めた。
「こんなものに俺がやられると思っているのかっ!!!」
仕掛けられたトラップをすべて撃破し、シキの後を追う闇霧。ふと、いつの間にかシキの姿が見えないことに気付いた。
「っ…!!!」
上から斬りかかって来たシキを忍刀で受け止める。勢いと自分の体重を利用しているせいか、受け止めた闇霧の腕にかかる負担は普通に斬りかかられるより増していた。
ギィン!!! 闇霧は相手を弾き飛ばすよう刀を押し返し、シキが着地する前にクナイを投げつけた。しかしそのクナイは、シキを通り抜ける。
「分身かっ!!!」
闇霧の背後に現れた本体。見防備にさらけ出された… だが。
「!?」
今度はシキが目を開く番だった。切ったと思った男の体が、突然黒くなったのだ。
何っ!? 「お前とまともになんてやり合うかよ」
体の半分をぐにゃりと液体のように溶かした闇霧は、まるでシキに覆い被さるように膨れあがる。シキが発した舌打ちに、それはにやりと嬉しそうに笑った。
「死ね」
いつの間にか捕らえられていた腕を、シキは引き剥がし、そのまま後方へと飛び去る。
「!?」
しまったと思った時は、もうシキの体は宙に浮いていた。自分が森だと思っていた場所は…いつの間にか深い谷底に変わっていたのだ。
幻術…!! まさか、この辺り一帯すべてが幻だったとは。男の高笑いが響く。シキはソウ達のことを気にしながら、重力に導かれるよう谷底へと落ちていった。
(2004.3.3)
X
どんなにどんなに働いても、痩せた土地から実るのは、その年の冬をどうにか越せるもので。村人達はいつも腹をすかせ、長くて寒い冬をぎりぎりに生きていた。 そんな彼らが唯一もっていた呪札作りの力。 生きるためにそれに手を染めたことを、誰が責められようか―――
水の国でも最も北にあり、周りは山に囲まれた小さな集落。 痩せた土地。温度差の激しい気候。どこよりも早く降る冷たい雪。 そこにひっそりと生きていた村人達だったが、ある年例年にない大雪が振り、約半分の村人達が寒さのために死んでしまった。このままでは、残った者達も…そう危惧した村人の長は呪札というものに手を出した。
この村がどのようにでき、何故こんなところに住んでいるのかは誰も知らない。だが、彼らは生きるために禁忌とされていた力へ手を出してしまう…それが更なる不幸を呼び込むことだと知らずに。 やがて、この札のことが忍の里にも伝わり、忍の里と村との間で札の取引が成されるようになった…だがどんなに札を作っても、村が豊かになることはなく、逆にどんどんと過激になる要求に彼らは苦しみ始める。
しかし、彼らに逆らえば、自分達は生きられないばかりか、報復が返ってくる。それを恐れ彼らは従い続けた。自分達がいかに危険なものを作っているか、誰もが知っていながら、認めていなかった…見ない振りをしていたつけがある日訪れる。
目の前で悲鳴を上げる村の男。 嘲笑している忍。 呆然とそれを見つめるしかない村人。
『わかったか!俺達に逆らえばお前達にもこの運命がやってくるのだ!!』
そう言った忍。だが、村人達にとって恐れたのは、殺されることではなく…それを自分達が作ったということだった。もう止めようと言った村の男を実験台と称して、渡した札を使った忍。
それを生みだした自分達が何よりも恐ろしかった。
そして村人達は決心する。村を捨てようと、新たな土地で暮らそうと。若い男、女、子供達が忍の目をかいくぐり、村を出る。長旅に耐えきれないだろう、病気の者や老人達は… 旅立つ身内が忍達に追われぬよう…彼らを引き連れ死んでいった。
「ようやく…ひっそりと暮らせる場所を見つけ…静かに暮らしていたが…見つかった…そして…俺が人質と称してつれてこられた…あいつは…あの封じた札を…村に要求していた…あの恐ろしい…『赤い獣』の札を…復活さえるつもりだ…」
荒い息をつき、それでも話し終えた男。ぜぇぜぇと疲れたようにカカシの背によしかかる。実際体力が落ちているのだ、話すことも辛いのだろう、しかし…男は何としてもそれを止められる人物が必要だったのだ。 もしかしたら、相手が変わるだけで、目の前の忍も同じことを要求するかもしれない。だが、男は何としても村に帰らねばならなかった。自分の為に更なる罪を犯そうとする村人達を…何としても阻止しなくてはならなかった。
それが本当ならば、かなりやばいのではないかと、カカシは面の下で眉を寄せる。 男の話だけではその術がどのようなものかはわからない。殺しなど考えたこともない村人達が、それを目の辺りにして膨張された恐怖を持ったのかもしれないから。だが、忍を相手にしていたということが気になる。
…これは火影様に報告した方が良いかもね〜
カカシはのんびりと歩いてる暇はないと、印を結び、口寄せを行う。
ぼんっ! 「…なんじゃ、このしめった場所は」 「悪いね〜パックン。ちょっと迷っちゃってさ」 「…やれやれ」
呼び出されたカカシの忍犬パックンは、文句を言いながらも出口を探して鼻を鳴らす。僅かに揺れる風の臭いを感じ取り、パックンはフンと鼻をならした。
「こっちだ!」 「そんじゃ、取りあえず急ぎましょうか?」
走り出したカカシの背にもたれながら、男は呟く。
「助けて…くれる…のか?」 「さぁ?でもアンタの話しから、相当やばそうだからねぇ…それを阻止するのが先でしょ?」 「ああ…恐ろしい…地獄の苦しみを伴う…」
その時のことを思い出したのか、男は震えて言った。
「兄は…その苦しみの中…死んだ…」
一向に景色の変わらない地下道をしばらく走っていると、先頭に立つパックンが不意に足を緩めた。
「出口か?」 「…いや…」
フンフンと臭いを嗅ぐパックンは、ある方向を見て動きを止める。
「人間の臭いがする」 「敵か」
カカシの問いに、背負っていた男が僅かに緊張する。しかしパックンは違うと言い切った。
「これは…殺気ではない。血の匂いだ…」 「…ちょっとまさか怪我人がもう一人とか言うんじゃないだろうねぇ」
自分達と同じく落とされたのだろうか、だが確認せず行くわけにも行かないだろう。
「真っ直ぐ行けばいいのか?」 「うむ。行くのか?」 「気になるからね〜ということで少し待っててくれる?」 「あ…ああ…」
了承を得る前に背中から下ろされた男だが、その顔には不安が残っていた。
「大丈夫。パックンを置いていくから。えーとこの炎は…置いていく?」 「…いや…もうすぐ効力が切れるだろう…」
と言い終わる前に、ふっと漂っていた火が消えた。
「じゃ、すぐ行ってくるよ〜よろしくねパックン」 「うむ。まかされよ」
頼りになる返事に笑い、カカシは人がいるらしい方向へと走った。
パックンの示した方向へ近づく度に、カカシの鼻にも血の臭いが感じられるようになった。どうやら相手は動けないようだ。先ほどの男と同じように、どこから連れてこられたのだろうか?用心深くカカシが相手に近づくと、相手も気づいたらしい。じゃらりと鎖のような音が響く。
そして殺気。
どうやら、ご同業さんだね。これは。 しかし、血の量と先ほどの鎖の音から、相手が自分に攻撃してくるのは無理だろうと判断したカカシ。勿論、何が起きてもすぐに動ける体制は取っているが、カカシは呑気とも思える声を出した。
「どちら様〜?って聞いていいかな?」 「…木の葉?」 「うん?どうしてそう思うのかな?」 「…『写輪眼のカカシ』だろう?その声は」 「えーと俺のことを知ってるらしいけどアンタは?」 「同郷のもんだよ。ま、アンタは知らないだろうけどね…」 「ということは、木の葉の忍?何でこんなところにいるわけ?」
じゃらりと鎖の音が鳴り、相手が体から力を抜くのを感じ取った。カカシの方も警戒を解いたが、距離を詰めることはしない。木の葉の忍とは言っていても、彼の言葉を完全に信じるには情報が不足しているからだ。
「見ての…聞いての通り。ドジって捕まったんだよ。そんなことよりも頼みがある。火影様に一刻も早く伝えて欲しい。とんでもないものを蘇らそうとしている奴らがいると」
真剣な声になった相手は、カカシが先ほど男から聞いたことと似たようなことを言ってきた。
「…赤い獣?」 「!何でそれを!?」 「アンタが捕まったのはそれを知ったからか」 「ああ、そうだ。それを蘇らせてはならない…あんなものを二度と日の目になどっ!!!!!」
突然激高しだした忍に、カカシの眉が寄せられる。彼がここまで怒るというのは、それが何か知っているということなのか。
「急いでくれ。あれだけは…何としても阻止してくれ!」 「…わかった。その村から人質となっていた男を助け出した。彼の証言もあれば火影様も耳を向けてくださるだろう。アンタは…」 「俺のことはいい。自分で何とかする。…頼む」
頭を下げたのだろうか、男が動いた気配をカカシは感じ取った。自分のことよりもそれを阻止することを優先させろと頼む彼。彼は赤い獣の恐ろしさを身をもって知っているらしかった。
「でも武器も何もないでしょ。一つ置いていくよ」 「すまん。俺を捕らえた奴もまだうろうろしているだろう。注意してくれ」 「了解。あ、最後に聞いて言い?アンタの名前」 「…」 「嫌なら良いけど?」
自分で何とかすると言ったが、匂いからして流れた血の量は半端ではあるまい。名を聞いたのは、もしものことを考えたためだった。
「次に会った時礼を言うよ」 「…ふーん、楽しみにしてるよ」
クナイを忍の傍に投げ、
カカシは振りかえずに走り出す。彼が走り去った先を見つめ、忍はカカシの残したクナイをありがたく使うことにした。 クナイを握り、鎖を断ち切るのが辛い。予想以上にダメージを追っているのだと感じ取りながら、それでもすべての鎖を何とか外した。
「…てめぇらの思い通りにさせるかよ…『闇霧』」
重い体を引きずりながらも、セキシの瞳は諦めていなかった。
(2004.3.29)
Y
「…参ったな」
指の先に炎を生みだし辺りを確認したシキは溜息をついた。『闇霧』に崖の下へと落とされたものの、偶然にもあった横穴に滑り込み間一髪を逃れた。その後脱出口を探して歩き回っていたが出口らしきものは今だに見つからない。
水の気配はないな。 地面に触れれば、ざらざらとした感触が伝わる。昔はあの崖の底へと水が流れていたのだろうか、残された小石を持ち上げると、少しの力を加えただけでパキンと割れた。 これを伝って行けば外に出られるかもしれない。シキは自分以外の気配がないことを確認すると、小走りに走り始めた。 それにしてもどうして『闇霧』が。あの村に関係しているのだろうか。 走るシキの胸には嫌な予感だけが付きまとい、一刻も早くと忍の勘が告げる。
…ん? ふっと自分以外の誰かが風を揺らした。シキは静かに立ち止まり、闇の向こうの気配を睨み付ける。相手もシキに気付いたのか、立ち止まる気配が伝わってきた。
二人と…何かの動物か? クナイを手に持ち、双方が距離を縮めようとした時。
「後ろからも来ておるぞっ!!!カカシっ!!」
え?カカシってカカシ先生っ!? 見知った名にぴたりと動きを止め殺気を消すと、カカシもそれがわかったのだろう、後ろを警戒しながらこちらへやってくる。シキは声を出せないもどかしさを感じながら、敢えて自分が見えるよう、指先に炎を灯す。
「あれ〜?アンタは…何やってるの?」
それはこっちの台詞なんだけど… シキは反対の手でくるりと手文字を作る。こんな薄明かりの中でも、カカシは読みとってくれたらしく笑った。
「ちょっとドジって落とされたんだよね〜でも、アンタと会えたんだから怪我の功名だね〜」 『…それは違うと思うが』 「いやいや〜と、のんびり話をしたいんだけど邪魔が入るみたいだし〜」
シキはこちらに向かってくる殺気と、カカシに背負われている男を見て、面の下で眉を寄せる。取りあえず聞きたいことは後だと、手の塞がっているカカシの代わりに前に出た。
「よろしく」 『…』
すんなりと場所を明け渡したカカシ。最初から自分に相手にさせるつもりだったのかと、シキは溜息をついた。
「というわけなんだよね」
シキが倒した忍達の血臭に気分を悪くした男を気遣い、歩きながらカカシは男から聞いた話を説明していた。
…そういうことか 道理であんな所に居たわけだ。恐らく、時期に出て来る「黒の部隊」を騙す為にあの辺りを幻術で多い、待ち伏せしていたのだ。
相変わらず… 彼らの手口を知っていたとはいえ、その度に生まれる不快な思いは消えてゆかない。いつまでもどこまでも自分達の神経を逆撫でするような…
「で?アンタは何か知ってるんでしょ?赤い獣のこと」 『…』 「こっちの情報は聞いて黙り?それって酷くない?」
ねぇねぇと、男を背負ってなければまとわりつくような様子で、シキの興味を自分に向けようとしているカカシ。普段見る彼とは違う、どこか感じる幼さにシキは戸惑いを隠せなかった。それとも、これが彼なのか?
本当の自分の前では決して見せない。
思わず。 息を飲んでしまうところだった。 何だ?何だ今のは?
すっとシキの中で何かが冷えた。まるで冷水でも浴びせられたように…冷たい何かが広がって…
「どうしたの?」 『………なんでもない』
先頭を歩きながら、シキは一度軽く首を振った。 今は余計なことを考えるべきではない。考えれば… 苦しいと。何かが苦しむと無意識に感じていたから。 ぴたりとパックンが止まったと同時にシキも感じ取る。
「もう歓迎は十分なのにね〜」 『下がっていろ』 「でも人数多くない?」
さっさと男を下ろして戦闘態勢に入っているカカシは、自分達が向かっていた道と来た道から近づいてくる気配に小さく笑った。
「もう狭苦しい所は勘弁だしさ」 『!?何を!!』
カカシの手の平に集まり出す青い白い光『雷切』。こんな狭い場所でそんなものを…!!シキが止めさせようと、振りかえると…
カカシは壁にそれを押しつけた。
凄まじい爆音と敵の忍だろうか、悲鳴が聞こえる。舞い上がる砂塵に視界が塞がれ、息をの飲んだシキ。 その手が捕まれる。
「大丈夫だよ〜」
強い力で引っ張られ、自分がカカシに抱きかかえられているのだと気付いた時には、目の前に夜空が広がっていた。
まるで空を飛んでいるみたいだ。 どんな高い木から飛び上がった時よりも星が近いような気がしてそう思ったシキだったが、カカシに抱えられながら下を見てぎょっとする。 高いはずも、自分達は落ちた崖と同じぐらい高さのある断崖から身を投げている最中。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
パックンにくわえられて同じように身を落としていた男も、どこにそれだけの力があったのだろうと首を傾げるほど大きな声を出していた。 シキ達が落ちている先には不思議な結界で覆われている村が見えた。
い…幾ら何でもっ!!! 遙か下にある森を眺めて、ただで澄むだろうかと面の下で顔を引きつらせているシキだったが、そんな彼を抱えているカカシは何の心配もしてないようだ。
『 』
カカシが小さな声で何かを言った。 途端に、森の中から風が吹き上げてくる。
ウォォォォン……
この森には居るはずのない狼の遠吠え。
な…に…? キラキラと。 月の中に反射した毛並み。 大人ほどの大きさのある獣は、黄金色の瞳でじっとシキを見ていた。シキはその目に見せられたように見返し、カカシが狼の背に手を回したことにも気付かない。 狼が森の中から自分達の所まで驚くべき跳躍をしたことも。
「ごめんね〜」
耳にかかるカカシの嬉しそうな声。柔らかいものが狼の毛皮なのだと気付いた時には、シキの体は一つの怪我もなく地上に立っていた。
「大丈夫?」
カカシの声に頷き返し、はっと我に返る。カカシの忍犬と男はどうしたのか。小さなうめき声に振りかえれば、カカシの横にいる巨大な狼と視線が合う。その口には男がくわえられていた。
「気絶してるだけ。ま、当然だね〜あんなところから飛び降りたんだから」
そっと牙に引っかけていた男の服を外し、草むらに横たわらせる。狼は自分の頭を撫でるカカシを下から見上げていた。 月の光に反射する毛並みからして、ところどころに銀色が混じっているのが見える。深い金色の瞳には英知が見え、知性もかなり高いことを窺わせた。カカシに撫でられてはいるが、孤高の王者の風格を持つ狼。決して媚びるのでもなく、甘えるのでもなく、カカシの隣にいる狼は、対等な存在としてカカシに受け入れられているようだった。
【久しぶりに呼ばれたと思えば何という無茶をしている】 「パックンが風の気配を掴んでくれたからさ、戦闘もめんどくさかったし壁をぶち抜いたんだよね。そしたら、いつの間にかあんなところでびっくりしたな〜」 【…上に上がっていたことに気付かぬかったというのか】 「あんなところに出るとは誰も思わないよ」
坂になっているとは思ってたけど〜 相変わらず呑気にそういうカカシに、狼の方もあきれかえったようだった。狼が黙ったことを良いことに、カカシはこちらを眺めていたシキに向き直る。
「これからどうする?火影様に伝えた方がいい?」 『…いや、それはこちらでやろう。それよりも、その札の方を対処する』 「ふーん、じゃああんた達がいたのは札絡みだったんだ」
相変わらず察しの良さを見せ、カカシは狼の背に男を乗せた。
「森の中に見えた結界。それが例の村?」 『恐らく』 「じゃ、そっちに向かっていいね?連れて行くよ」
忍との戦闘も予想されるが、あの結界を解くには男の存在が必要だろう。シキは素早く印を結ぶと一枚の札を空へ放った。 小鳥が現れ、どこかに向かって飛んでいく。ぴぃっと夜空に小さな声が響き渡った。
「ところでさ、前から聞きたかったんだけど、シキって話せないの?」
夜空を見ていたシキに近づき、カカシは下からのぞき込むように腰を折った。いつの間にかカカシの面は取られて、普段隠されている顔が月の下に曝されていた。
『…おい』 「別にいいでしょ。アンタだけだし、ずっと被っていると息苦しいから」
カカシの顔がいたずらを成功させた子供のように笑う。そんな彼の顔に新鮮さと物珍しさを覚え、つい凝視していたからカカシの顔が予想以上に近づいていることに気付くのが遅れる。
「ちょっと…いや、結構興味あるんだよね。アンタのこと」
カカシの指がシキの面をなぞる。 額から口、そして顎へと下がる細くて長い指。カカシの左目に封じれている赤い炎。それに魅せられているのをシキは感じながら、顎にかかる指を自分の手で包むことで止めた。
『名を教えただろう』
姿を見られても、傍に寄るどころか会話をすることさえ滅多にしない。名を告げた時点でカカシを別格扱いをしたことをシキは言外で教えたのだが、銀と赤を身に纏う青年はそれで満足してくれないらしい。 黒い面の下にある唯一の真実。カカシはそれを探ろうと、もう片方の手をシキの顎へ向かわせる。
「もっと教えてよ」
するりとカカシの指が入り込み、面を押し上げていく。その手を払いのけなくてはと思うのに、シキの体は動かない。「黒の部隊」の正体は秘密。頭と体にしみこまれた警告音が鳴り響くが、赤い瞳がそれを許さない。 支配する瞳だと思う。相手を押さえつけるのではなく、捕らえてしまう瞳。 三つの巴模様がシキの体を捕らえて…離さない。
だ…めだ… そうは思うのに、指一本でさえ意のままにならない。カカシの手を掴んでいる手が熱い。その間にも面が上へと押し上げられていく。唇が外気に触れて、夜風が掠めていく。 その時呪縛を解く鳴き声が響き渡った。シキの体がようやく拘束から解かれ、面に触れているカカシの手を振りほどく。彼の体を押しのけようと、力を込めた瞬間、それを見計らったようにカカシの顔が動いた。
な…に…? 【カカシ】 「わかってるよ〜もう少しだったのにね」
何事もなかったようにカカシは自らシキから離れて面を被る。近づいてくる見知った気配を感じながら、シキも己の面を戻した。
「シキ!!!」
部下を引き連れてサイが式神とともに現れた。彼の無事を見て安堵した彼だったが、その横に巨大な狼とカカシの姿を見て面の下でぎょっとする。
「ご苦労様〜」
ひらりと手を振る彼を唖然と見つめながら、取りあえずシキの傍に降り立ったサイ。
「…何でここに『写輪眼のカカシ』がいるんだ?…シキ?」
反応の鈍いサイは首を傾げる。何でもないと、軽く首を振ったシキは指を使って軽く状況を説明した。
「…わかった。じゃあ、あの男をあの村へと連れて行こう。こちらも全員何とか無事だった」
そうかと首を縦に振り、シキは先頭に立ちその場から飛び立つ。
…どうして。 シキは自分の唇を噛みしめる。まだ残るカカシの唇の感触。彼の真意に戸惑いながら。
(2004.4.9)
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