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「早くしろ!!」
女と子供の泣き声が響き渡る中、座らされている男達は項垂れていた。誰一人怪我を負っていないものはいない。何の力もない人達がここまで耐えたのはある意味賞賛すべき物なのかもしれない。 しかしそれももう限界。 自分達の行いの恐ろしさを知っていたから、罪を重ねる重さを理解していたから必死で耐えた。だが…痺れを切らした忍が子供達の体をクナイで斬りつけた。一刻も早く手当をしなければ助からない。 自分の子供を抱きしめて、母親は泣きわめく。 人質として連れて行かれた若いリーダー。彼の命を助けるために、彼らの要求通りの札作りをしていたが…ついに自分達を追ってきた忍はあの札を作り出すことを要求してきたのだ。
赤い獣の札を。
また同じことを繰り返すのか。 いや更に罪を重くするのだろう。自分達を取り囲む忍はもう前のような失敗はしない。自分達を逃がすようなマネは決してしない。
ぼろぼろと涙を流しながら、一人の男が両手を上げた。それを見た他の男達も次々と手を前に差し出す。 十人ほどいる男達の中心には一枚の赤い札が置かれていた。これに呪を込めれば完成するだろう。
「やれっ!!!」
ドォォォォン………
地震が来たように、村が揺れその場にいた者達が驚きの声を上げる。
「何だ一体…っ!!!」
忍刀を突きつけていた男が言い終わらない内に、首から血を吹き出し倒れた。それを見て、村の女の悲鳴が響き渡る。 しかし怯える彼らをよそに、倒れていくのは刃物を突きつけていた忍達。
「落ち着けっ!!!」
そこへ響き渡った声に、村人達の目が一斉に一点へと集められた。
「若長!!!」 「安心しろ!!木の葉の忍が助けに来てくれた!!敵ではない!!」
結界を解いた男は、白い面を被った忍に支えられながら、中央に集められた村人達のもとへとやってきた。
「安心しろ。もういい…赤い獣を目覚めさせる必要はない」
男の言葉に、村人達は安心し座り込んだ。響き渡る泣き声は、苦しみから開放された喜びの涙を流した。
「どこへ行く気だ?」 「…おや、まだ生きていたのか」
突然前を塞いだ忍に、男は薄笑いを浮かべた。全身から血の臭いを漂わせ、息も荒く、今にも倒れそうだった。そんな忍を男が恐れるわけもなく。
「わざわざ現れるとはな、良い気晴らしになるか」 「ふん、ということは失敗したんだろ?お前達のたくらみは」
ざまあねぇと嘲笑されて、男は口を閉じた。
「たいそうな口を叩いても、結局は尻尾を巻いて逃げるだけなんだろう?所詮お前達などそんなものさ」 「そんなものに捕らえられたお前は何なんだろうな!!」
金属音が響き渡り、二つの影が何度もぶつかり合う。男の周りに黒い霧が漂い始める。その霧が完全に男を包み込む前に、忍が印を結んだ。
「っ…!!なっ…!?」
男の肩からいくつもの腕のようなものが現れ、体を拘束していく。
「ぐっ…いつの間にっ!!」 「これでもう動けないだろう?」
全身を腕のようなものに捕らえられた男は、地面に倒れ、自分を見下ろす忍を敵意を込めた目で睨み付ける。
「俺を甘く見るんじゃねぇよ。『闇霧』。さぁ、答えてもらおうか?何故赤い獣を知っているのかを」 「ふん…世迷い言を…ぐあっ!!!」
いくつもの腕が男の体の中に入り込む。ぼきりと聞こえるのは骨の折れた音か。苦痛に呻く男を冷ややかに見下ろし、虚ろな目になった男の顔を上げ、自白剤を無理矢理口に含ませる。
「言え」
そう命令する忍の目に、容赦の言葉など一欠片も見えなかった。ゆるりと男の口が開き、言葉が漏れるかに見えたが。
「ぎゃぁぁぁっ!!!」
どさりと、苦悶の表情を浮かべ男は事切れた。振り返った忍は、木の上からこちらを見ている影を睨み付ける。
「貴様っ…」 「もともと、対して役に立たない忍だった。秘密を漏らすよりは死した方が幸せだろう?」
忍を見下ろしたままそう告げた影。忍は強張っていく自分の体を感じながら、唇を噛んだ。
こいつ…強い…!! 自分が怪我をしてなくとも勝てる気がしない相手だと感じる。警鐘が頭に響き、自然と体が後退してしまう。
「どこからか聞いたのだろう。赤い獣の威力をな。だが、そんなものなど我らには必要ないというのに」 「…なに…」 「他者の力を借りぬとも、我らは負けぬ。木の葉ごときにはな」
そう言い置いて影は消え去った。助かったと安堵しつつも、何故自分を見逃したのか、消えた影の真意はわからない。
結局は何もわからない…か。 爪が食い込むほど拳を握り、忍は侮辱に憤る。しかし気力もそこまでが限度だったのだろう、忍はばたりとその場へ倒れ込んだ。
「セキシ様っ!!!」
聞き覚えのある声を最後にセキシの意識は完全に途絶えた。
「馬鹿かお前は。一人で突っ走った挙げ句にこんな怪我しやがって」 「…………うるせぇ…イルカどうにかしてくれよ」 「あははははは」
ベットの上に横たわるレツヤは、ずっと聞かされ続けているサイの小言に癖壁しているようだった。一週間の絶対安静。こうして話しているが、思ったよりレツヤの怪我は酷かった。
「サイの小言ぐらい何でもないでしょう?」 「…イルカお前も怒っているのかよ」 「何を今更」
ばっさりと言い切られ、レツヤは動かすことのできない手を恨めしく思う。
「…でも無事で良かった」
漏れ出たイルカの言葉に、レツヤは小さくすまないと告げる。サイもようやく口を止めたため、静寂が流れた。
「…で?結局あの村とかはどうなったんだ?」 「火影様の采配で、札の技術すべてを封じました。彼らは札よりも、土を耕して暮らすことを望みましたから」 「そうか。そして…あいつらは」 「村の中にいたのは、全部はぐれものの忍だった。闇霧の奴らの影形は一つも残っていなかった…相変わらず痕跡を残さない奴らだ」 「………そうか」
サイの言葉を聞いて、レツヤは何かを考えるように目を閉じる。二人は黙ってそれを見ていたが、彼が今考えていることは何となく察しがついていた。
彼の心の中に住む、たった一人の人。
「部下にも迷惑かけたしなぁ…後で酒でも奢るかぁ…」 「酒と言わず、料亭でも貸し切ってやれよ。それぐらいの稼ぎはあるだろ?一週間ぐらいのどんちゃん騒ぎとか」 「…幾らなんでもそんな暇はない」 「一ヶ月ぐらい女を断てば十分だろーが」
また始まったサイの毒舌にレツヤは顔をしかめ、深い溜息をついた。
「そういえば…あの『写輪眼のカカシ』にも借りを作ったしな…」 「え?」
思わぬ名前を聞いて、ついイルカは大きな声を出してしまう。レツヤとサイのびっくりした目に、イルカは少し慌てた。
「いや…あの人とは一緒に行動していたけど…何も聞かされてなかったから」 「あー俺も名前を言わなかったからな。それでじゃねぇの?」 「…にしても、お前と一緒に現れた時はびっくりしたよ。本当に」
ばれなかっただろうな?と送ってくる視線に、イルカはぎこちなく笑う。じっとこちらを見てくるサイの視線に耐えられなくなって、イルカは一足先にここから出ることにした。
「あっと、悪いこれから受付なんだ」 「あ…悪かったな…」 「気にしないで下さい。レツヤさん。早く良くなってくださいね。じゃあサイ。後は頼んだ」 「ああ」
背後でガラリとドアを閉めて、イルカは大きく溜息をつく。
大丈夫…だったよなぁ。 まさかあそこでカカシの話が出るとは思ってもいなかった。任務が終わってからずっと考えないようにしてきたのに。
…一体… 無意識のうちに手が上がっていて、イルカは慌ててそれを下へと戻す。あの時の彼の行為は一体何だったのだろう。初めて見る彼の顔に圧倒されて、近づくことを許したばかりか…面に触れさせてしまった。そして… 何故あんなことを許したのか。あの時。もしサイが現れなければ…自分は…
ふるりと首を振って、イルカは今の考えを消し去る。そんなことは思ってもならぬことだ。絶対に…あってはならぬこと。
自分は「黒の部隊」【シキ】なのだから。
背を正し、イルカは歩き始める。
乾いている唇が…少し痛かった。
陽炎の中・完(2004.4.13)
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