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最後に残っていた子供を見送って、イルカはようやく一息つけるなと、小さく微笑んだ。 この後は受付もないし、終業時間までテストの採点をしてしまうかと、イルカが踵を返せば、こちらに向ってきた人物を眼が合う。
「よっ」 「レツヤ…さん」 「大変だな、先生は」
くすりではなく、にへりと口元を歪ませる笑みで笑った。顔は良いのに、そんな笑い方をするものだから、いつも相手に軽薄な印象を与えてしまうことを知っているのだろうか。
「まだ居たとは以外でした」 「うお!?きつくねーか、お前それ…」 「貴方が里に居る事態がおかしいんですよ。いつも花街に直行して、そこに入り浸っているのに今回はどうしたんです?あ、アカデミーにはちゃんと白粉の匂いは落として来て下さいよ」 「…あのなぁ」
がりがりと、寝癖で跳ねた髪の毛を掻き、レツヤはうう〜と唸る。しかし、目の前の人物には叶わないと悟ったのか、一つため息をついた。
「はいはい、気をつけますよ。んでよ、サイの奴しらねぇか?」 「サイですか?さぁ…最近色々忙しいみたいで今日はあっていませんよ」
何しろ、アスマ先生とカカシ先生に付きまとわれているみたいですから。 思わず失笑してしまいそうになり、イルカはそれを隠す。だが、当然レツヤはそれに気づいており、理由も知っているようだった。
「んじゃ、どうすっかな。俺この後出るんだよな」 「…そうでしたね」
レツヤは休暇を終え、この後任務に出る。勿論普通の任務ではない… 「黒の部隊」としてのだ。 本来ならば、自分も彼らと同じように動き回らなくてはいけないのに、それができなことが時々歯がゆくなる。アカデミーの教師をすることも、子供と触れ合うことも決して嫌いではないけれど、自分の立場と彼らに負担をかける現状に、イルカは自分の至らなさを感じてしまうのだ。
「…お前のせいじゃないだろ」
イルカの心情を察したようにかけられた言葉に、イルカは目線を上げた。そこには、イルカの真面目すぎる態度の呆れや、それゆえに心を痛めるイルカを気遣う瞳を見せるレツヤの姿があった。
「ったく、なんでも1人で抱え込むなって言ってるだろ?」
こんと、額を小突くレツヤにイルカは苦笑するしかない。 勿論年齢のこともあるだろうが、ずっと自分とサイの面倒を見てくれたレツヤ。彼の存在はいつもイルカに安心感を与える。それは親友のサイやいつもハラハラさせられるツバキ、真っ直ぐ前を向いているサガラとは違う。面倒見の良い兄のような。普段は自分達をからかい、腹立たしくさせているのに、いざという時にはさりげなく支え時には叱ってくれていた。
「…わかっていますよ」 「本当か?お前はいつも言いたいこと押し込める癖あるからな。ま、サイがいれば大丈夫だと思うけどよ。それじゃさ、悪いがこれあいつに返しておいてくれないか?別に腐るもんじゃないから、いつでもいい役に立ったて言っておいてくれ」
紙袋を渡されイルカはその重さに首を傾げる。
「なんですか?」 「本。忍術書だ。頼むわ、じゃあな!」 「あ!お気をつけて!」
ひらりと手を振るレツヤを見送ったイルカは、一体何の本を借りたのかと不思議がる。
ま、あいつの家には結構蔵書があるしなぁ。 サイの家を思い出しながら、イルカは興味を引かれて紙袋を開けた。
え?
それを見たイルカの顔がすっと変わる。本を紙袋に戻し、強く握り締めイルカはとうに消えたレツヤの方向を振り返った。
なんで…だ?なんでこんなもの… 今更見るのかイルカにはわからない。漠然とした不安がイルカを包み、彼はサイを探すべく職員室へと足を急がせた。
「…猿飛上忍〜もう勘弁してくださいよ」 「いや、ちょっと待て!もう一局だ」
じゃらじゃらと将棋の駒を並べるアスマに、サイはげんなりと視線を漂わせる。今彼のいる場所は上忍達の待機所。偶然廊下でアスマと出会った途端、彼に問答無用でここに引っ張り込まれたのだ。彼曰く、自分の教え子に何度も負けるのが勘弁ならねぇ。次こそは絶対勝ってやるから相手しろ。ということらしいが。
なんでおれがこんな目に〜 助けを求めて部屋を見渡すも、面白がっても救ってくれるような上忍がいるわけもなく、こうしてサイは逃げられないままもう2時間もここにいるのだが…
「失礼しますっ!!!」 「イルカ?」
思わず救いの手かっ!?と気色ばんだサイだったが、自分を見つけてこちらにむかってくるイルカに、サイの顔は怪訝そうになった。
「失礼します。申し訳ありません、アスマ先生。サイ…いいですか?」 「あ〜仕事か?仕方ねぇな」
う〜と唸りながら、それでも自分が負けている将棋盤を見つつアスマは了承する。だが、すいませんと笑いながらアスマに頭を下げるイルカに、サイは彼の機嫌が良くないことを感じ取っていた。
何かあったのか?
「サイ」 「あ…ああ」
ガサリ。 イルカの抱えている見覚えのある紙袋を見て、サイはあれ?と思う。問いかけるように視線を上げたが、イルカはそれに答えずサイの腕を引いた。
強い力で。
一体何なのだ。 ふっとサイは眉を寄せたが、イルカはここで話すつもりはないらしい。無言で外を促す彼に、サイは従った。 ぱたんと閉じられたドアにアスマは視線を向ける。
「…珍しく機嫌が悪そうだったな」
他の上忍は気づかなかったようだが、アスマはいつもと違うイルカの様子を敏感に感じ取った。ふうっとタバコを吸い、アスマは何事かを考えながら、再び将棋盤へと視線を落としたのだった。
「…どういうことだよ、これ」
イルカから差し出された紙袋を見て、サイはああ…と手を出すも、それが掌に落ちてくることはなかった。 紙袋を差し出しながら、離そうとしない、おまけに眉間にしわがよっているイルカに、サイはわけがわからなかった。
「なんでこんなものを貸したんだ」
一向に自分が怒っている理由がわからないらしい彼に、イルカは声を荒げた。サイが一瞬むっとし、イルカの手から袋を奪い取る。
「サイ!」 「見たいと言ったから貸しただけだろ。目くじら立てることか」 「サイ!」 「あいつだってそんなことは十分承知している」 「だがその本はっ!!」
尚も言い募ろうとしたイルカを、サイは睨み付けた。 暮れかかる夕日に、互いの顔がだんだんと見えなくなっていく。幸いだれも来ないような中庭の片隅にいる彼らだが、二人を知るものが来たならば、いつもと違う緊迫感に驚いただろう。
「あいつは『専門家』だ。何故知ることがいけない」 「別に知ることに文句は言わない。しかし、それだけは別だ。そんなのはお前だってわかっているだろう!」
サイはぐっと拳を握るイルカを眺め、紙袋を見下ろす。本の重たい感触を感じながら、彼は呟いた。
「だからって、いつまでも逃げるわけにはいかないだろう」 「けど…!」 「俺は」
イルカの言葉を遮って、サイは大きく息を吸う。 赤い空をよぎる鴉達。ねぐらに帰る途中なのか、彼らの声は次第に大きくなっていた。
「見たいと聞いたとき、ようやくかと思った。あいつ自身が乗り越える決心を付けたのかと」 「…」 「見たくないのは勿論、二度と聞きたくないと思っていたのは俺達以上。そのあいつが…自分から言ったから。言ってきたから俺は貸したんだ」
ぐっと袋を握りしめる手に力がかかる。視線を落とし、呟くように話すサイからイルカは視線を逸らし、アカデミーの影へ目を向けた。
「あの悪夢から這い上がるためだと思ったから…」
悪夢。 そうかもしれないと、イルカはぼんやりと思う。最近ではないが、過去としてしまうにはあまりに生々しく、辛い記憶。イルカとサイに取っても忘れることのできない人だった。だが、ずっと組んでいたレツヤなら尚更のこと。
「…わかった。取り乱して…悪かった」
そう言って、イルカは肩の力を抜いた。確かに、レツヤの気持ちを思ったら、サイのしたことを責めるべきではない。それなのに、本を見た瞬間頭に血を昇らせてしまった。
乗り越えてないのは…俺だけなのかもな。
「…悪かった。すまないサイ」 「いや。お前にも一言言えば良かったよ」
互いに顔を見合わせ、ふっと笑う。互いにわだかまりが消えた瞬間だった。
「それじゃ、仲直りを祝して飲みにでも行きます〜?」
その登場に、二人は完全に固まってしまった。 にっこりと笑って現れた上忍。 愛想よく笑っているカカシとは裏腹に、声をかけられた二人はそれどころではなかった。
「カ…カカシ先生っ!?いつからそこにっ!?」 「ちょっと前ですよ〜珍しく深刻そうなので、声をかけそびれてしまって」
全く気付かなかった…! 話しに夢中のあまり、カカシに接近されたことに気付いていなかった二人は青ざめる。目配せし、互いにまずいことは話していないと確認するのだが、仮にも「黒の部隊」に所属し、片方はそれを統べる【シキ】、もう片方は【黒の五色】の一人が気配のけの字も感じ取れなかったことに、ショックを受けてしまう。
「お…私はこれから用事がありますので!では失礼いたします!!」 「あ!サイっ!!!」
本を抱え、さっさと消えていくサイに、イルカは心で裏切り者〜と叫んだ。まぁ、彼の持つ本を見られてもまずいので、それが一番良いのだが、この状況でおいていくことはないと思う。
「あ〜まずかったですかね」 「い…いえ…そんなことは」
と笑顔で言うのだが、どもってしまった声は直らない。逆にまずいと白状しているものだ。
「カ…カカシ先生はこれから!?」 「うん。何もないですよ〜」 「俺ももう終わりなので、飲みに行きましょう!」
苦しい言い逃れだったが、カカシはそれに乗ってくれた。あれ以上聞かない彼の優しさに感謝しながら、己の未熟さをつくづく感じたのだった。
だが数日後、「黒の部隊」【赤】に属する忍から連絡が入る。 【セキシ】との連絡が途絶えたと。
(2004.2.18)
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取り乱した姿を見たのは初めてだった。 絶叫した彼の声を忘れない。 空に向かって叫んだ彼の姿を忘れない。 声をかけることもできず、触れることもできず、ただ立ちつくしているしかなかった。
彼から貰うばかりで、返せない、こんな時に彼を支えられない自分達が情けなくて。 情けなくて、情けなくて。 ただ悔しかった。
闇の中、風を切るようなスピードで走る複数の人影。 誰も言葉を発することなく、先頭を走る者に従う。
「【シキ】スピードを落とせ。暗部達がついてこられない」
ソウがそう声をかけると、僅かに苛立ちながらもシキはスピードを緩めた。ソウは自分の部下の蓮と葵(あおい)を振り返り、遅れている暗部を待つように促す。
「焦るな」
ソウの言うことはわかるのに、この気持ちが抑えられない。シキは立ち止まり、先の見えない森をじっと眺める。
【赤】の部隊がついていた任務は、小さな村の偵察が始まりだった。 任務途中の木の葉の忍が偶然見つけたもので、隠れるように奥深い山里にできた村は、どこからか逃げてきた人達が作ったような村だとは思えぬほど、異様な重苦しい雰囲気を纏っているという。それを見つけた忍も、本能的に近づくことを避け、確認だけで報告してきたのは正しかった。 その村は特殊な術を開発する村だったのだ。 村に住む人達は忍ではなく、呪札を作ることに長け、それを売ることで生計を立てているようだが、最近になって村の方針が徐々に変わり始めた。 勿論『呪』なのだから、人を呪い、貶めたり、命を奪ったりするものもあるだろう。だが、当初はそれほど強力でない札を売りさばいていた彼らが、即効性の強い、或いは残酷すぎる札を大量に売りさばくようになった。それに危機感を募らせ、火影が更なる警戒を強めた矢先に、彼らは自分の村を強力な結界で覆ったという。 これを放って置くことはできぬと判断を下した火影が、呪術の使い手【セキシ】の【赤】の部隊に命じた矢先、彼の行方がわからなくなったのだ。
「黒の部隊」だけでなく、暗部を一小隊連れて行けと言われた時、シキはいらぬとは言えなかった。自分の直属の部下は居らず、ソウの部下だけでは足りないのは十分承知していたものの、自分達のスピードついてこれない彼らに、どこまで使えるのかと思ってしまう。 いつもなら、こんな彼らを見下すような考え方はしない。 失礼だと自分でもわかっているのに、シキは隣を走ることもできない彼らに苛立ってしまうのだ。 ソウはそんな彼を落ち着くように、肩を叩いて促した。
「向こうについたらすぐに【赤】と合流する。俺達が付くまで十分な情報を得ているはずだ」 「…」 「それまでに、その余裕のなさを消せ。お前がそれでは部下が不安になるだけだ。それでなくとも、【赤】は動揺しているんだからな」 「…わかっている」
ソウの部下が離れているからこそ出した声。しかし、それはとても重苦しいものだった。
「心配してるのはお前だけじゃない。俺も同じだ…」 「…ソウ」 「責任を…感じるよ」
あの本。 どうして彼が読みたいのか、聞くべきだった。 考えてみれば、自分は勝手に彼の気持ちを想像していただけで、彼の本意は別のところにあったかもしれないのに。
禁術とされるあの術。
その惨さや威力の大きさなどから、封じられた術の一つ。だが、自分達はそれだけで、あの術を忌み嫌っているわけではないのだ。
あの術には嫌な記憶が染みついている。それは「黒の部隊」にいるとか、【黒の五色】だとかいう問題ではなく。
とても…悲しすぎる記憶だから。
「ソウ様。暗部が来ました」 「わかった」
待っていた「黒の部隊」へ、暗部達は僅かに息を乱しながら頭を下げた。休憩を取ると言えば、一緒に走ることができなかった彼らを、侮辱するとわかっていたので、シキは何も言わなかった。
闇を走る一団が再び走り始めた。
「忙しそうだね〜イビキ」
何をするでもなく、上忍室にいたカカシは珍しくやって来た大柄な人物へと片手を上げて見せた。隣にいたアスマと紅も同意を示し、イビキは僅かに苦笑しながら彼らの元へとやってくる。
「どうしたの?」 「カカシに用があってな」
そう言われた途端、カカシが見るからに嫌そうな顔になる。勘の良い彼はすぐさまイビキが何をしに来たのか悟ったのだろう。
「やれやれ…」 「がんばれよ〜」 「若いんだから、働きなさい」
アスマと紅にうるさいと一言言い置き、カカシはイビキとともに上忍室を出ていった。
「今手が足りなくてな」 「だからって何で俺のとこに〜引退したはずなんだけど」
暗部を指揮するイビキへと不満を述べるカカシだが、それほど暗部は忙しいのかと首を傾げて見せた。 暗部を引退したため、どのような任務についているなど知らないが、それでも一時期身を置いていたというカカシには、それとなく情報が入ってくる。その時、自分に声がかかるほどせっぱ詰まっているとは感じなかったのだが。
「昨夜急に大がかりなものが入ってな…そちらに人数を割かれてしまっている。悪いな」 「ふぅん…?珍しいね…そんなに大きなもの…戦争でもあるまいし」 「まぁな。運悪く、別の任務が重なっていてな…人数が足りないというより、指揮できるものがいない」 「それで俺ってわけ…?」 「そうだ」
アカデミーのとある部屋に入り、イビキは壁を押す。するとそこに入り口が現れた。 暗部達が使う道の一つがアカデミーにあるなど、限られたものしか知らない。そこから流れてくる空気に、カカシは目を細める。 昔は、いつも自分を取り巻いていた空気。 やはり、同じ忍であっても、上忍と暗部では、纏うものが違う。 暖かみの欠片もない、冷ややかで、静かで、重苦しい。 ここにいれば、自然とその雰囲気を纏ってしまい、それに染まり切っていた自分。それが当然だと、そう思っていた自分に鼻で笑ったあいつ。
「カカシ?」 「…今行くよ」
一向に階段を下りようとしないカカシに、イビキは訝しむ。昔に浸っていたわけではないが、少しだけ思い出してしまった。
やれやれ… 嫌悪しているわけではないが、居たいとは思わない場所。 直接触れているわけではないのに、足が冷たいと思うのは、こんな閉ざされた場所のせいだろうか。
あーあ、イルカ先生がいればイビキに捕まらなかったのに。 イルカが任務に出ていたせいで、上忍室で時間を潰していたのは失敗だった。
帰ってきたら、とことんつき合ってもらおーっと。 そんなことを思いながら、カカシは暗部しか入ることのできない部屋へ足を踏み入れた。
入ってきた人物を見て、そこにいた全員が背筋を質す。
もう暗部に属していないのにな。 上忍師となってなお、残っているカカシという影響力にイビキは苦笑せざるを得ない。暗部でありながら、暗部らしかぬ。選ばれたと言っても、暗部達の仕事は血を浴びることが多い。それなのに、彼は自分を見失うことなく、それでいて他人を気遣う心を決して失うことはなかった。 木の葉の忍。 彼の持つ特殊な目などではなく、暗部達はカカシという忍を尊敬している。 だが、本人はわかっているのか、いないのか。あいかわらず、気怠そうな姿勢を正そうとはしない。
「あ〜久しぶり〜」
呑気な彼の言葉に、イビキはやれやれと溜息をついた。
「今ここに、二小隊がいる。お前に任す」 「………はい?」
説明も何もなく、突然そう言われ、しかも決定事項にカカシは立ちつくした。彼以外の人は理由を知っているのか、頷き返してるし。
…説明もなしにそれ? むうっと機嫌の悪くなったカカシに、イビキは笑う。
「説明する」 「…当然でしょ。いきなりこんな人数…」
軽い気持ちだったが、カカシが思っていたより、任務内容は重いらしい。
Sランクとか言う〜?…聞いたら頷かれそうだから、黙ってよ。 「任務はSランクだ」
イビキの言葉でカカシのむなしい努力が砕け散った。
(2004.2.20)
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「くっくっ…無駄な努力は止めろよ。カカシ」 「あれ〜ツキヤ。あんたまだ生きてたの?」
ぶちぶちとイビキがいなくなってからも文句を言い続けていたカカシは、ぐったりとした自分の部下を解放し、入って来た人物を振り返った。
「あいかわらず失礼だな。人を勝手に殺すな」
するりと面を外したツキヤは、日に焼けた顔をさらして小さく笑う。年はカカシより上で、暗部時代よく組んだこともあり気安い中だ。当然上忍の実力はあるのに、特別上忍のままずっと暗部に身を置く変わり種。性格破綻者の多い暗部連中から慕われ、それ故に上忍に昇格させたい上層部連中が煮え湯を飲まされているとかいないとか。
「何、アンタと一緒なの?」 「というより、俺が暗部の責任者だ。一応お前の上司?」 「げー…こき使われそうで嫌だねぇ」 「若い癖に何を言ってる。働け働け」
ツキヤの登場とともに、その場にいた暗部連中は一斉に姿を消していた。いくらカカシでもあれ以上の愚痴は聞きたくないと言ったところか。 誰もいなくなったソファにツキヤは腰を下ろし、聞いたか?と声をかける。
「あーうん。ようやく暗部連中の駆り出しだね〜そんなに状況悪いの?」 「悪いというより、早期解決だな。今更、犠牲者を出しすぎたことに気付いたんだと」
今回の任務は商人達の叛乱。税金が高いと訴えても一向に意見を聞かない領主へ反発したらしい。 それが飛び火して、鎮圧しきれなくなった領主から暗部要請が来たのだった。
「そんなに税金取りしてたわけ?その領主」 「さー…高い安いなんてとそいつら次第だろ」
そう気のない台詞から、暴利をむさぼっていたわけでもないらしい。商人ががめつくなり、周りを煽ったということなのだろう。背景が何にせよ、雇われた自分達はそれを遂行するだけ。
「んで?出発はぁ?」 「今夜」 「急だね〜」 「暗部の任務なんてこんなもんだろ」
違いないと肩で笑い、カカシは部屋を後にする。
「遅刻するなよ」
その声にひらりと手を振り、カカシは消えた。
闇から闇へと飛び回り、感じるのは己の体温とたった今殺した敵の血しぶきか。
あ〜あ、やになるなぁ。 言葉も何もいらず、首一つで意志の疎通ができるのは手間がかからなけど、やはり人間味がなくなると感じる自分は甘くなったのだろうか。
うーんだけど、そんな自分は嫌いじゃないんだよねぇ。 なまいきな子供達や気の置ける上忍。同じ忍なのに、どうしてこうも違うのだろうと不思議に思う。 そんなことをあの人に聞けばどんな言葉か返ってくるだろう。 子供達を見る時が一番優しい目をする人。 どこまでも人が良く、許すことを知っている…
「終了しました」 「ん、お疲れ〜」
報告に来た部下に頷き返し、火に包まれた屋敷を眺める。商人達を仲間に引き込み、領主に楯突く先導役となった者。中心となった商人達は、今日一斉に木の葉の攻撃を受けているだろう。これで叛乱は終わりか。後始末は領主がすれば良い。
「それじゃ、戻るよ〜」
先頭を走るカカシついてくる部下達。森を突っ切り、集合場所へと向かおうとしていたカカシだが、ふいに何か引っかかるものを感じて足を緩めた。
「どうしました?」 「ん〜?」
部下達が聞いてくるが、カカシはそれを言葉にできない。何故立ち止まったかといえば…勘だろうか。
「ちょっと俺寄り道していくわ〜先行っていて」 「…はいわかりました」
得に問い返すこともせず、部下達はカカシを置いて行ってしまう。カカシは彼らを見送った後、辺りを見回しながら木を降りた。
「…最近のものかなぁ」
そこにあったのは、長い草で隠された細い道。光の下でも気付かないだろう道に気付いたのは、まさしく忍としての本能と言っていいだろう。
「行ってみましょうかねぇ」
トンと木の上から道を辿ると、やがて明らかに人の手が加われたと思われる洞窟が見えてくる。カカシはしばし木の上に隠れながら、辺りを伺い、誰も居ないことを確認した後中へ入った。
「誰がこんなものを作ったんだろうねぇ…」
固い岩の壁に嵌められた鉄格子。冷たいそれに触れてみれば以外と新しかった。 思ったより深いなとカカシが再び歩き出すと、奥からうなり声が聞こえてくる。
人…か? 掠れた、弱々しい、かすかに土をひっかくような音。 音の聞こえる鉄格子を覗くと、中には黒い塊があった。
ずっと放って置かれたためか、ひどく痩せていた男が、カカシを見て怯える。
「あ〜え〜と、これ付けてるから怖く見えるけど、大丈夫だよ〜」
面を指さすも、男は動けない体で必死に後ろに下がろうとしている。まぁ、当然だろうなぁと思いながら、カカシは声をかけ続けた。
「で?そちらさんは何をしてるわけ?」
そう問いかけられて男は始めて目の前にいる人間が、「違う」と気付いた。
「ら…助け…」
何かを伝えようと必死に口を開くも、声は掠れるばかりで。男は弱々しく手をカカシへと伸ばす。 害は無いと判断したカカシが、鉄格子を開け男に近寄ると男は必死な目でカカシを見上げていた。
「何?何か言いたいの?」 「たの…早く…」 「聞くからゆっくり言って?」
男の口に耳を近づけ、カカシは安心させるように言った。
「村…に…早く…」 「村?村ってどこの?」 「罪…前に…村に…」
赤い獣が目を覚ます前に。
「それはどういう…」
カカシが意味を問う前に、突然背後に誰かが現れた。
何っ!? ばっと男を抱えて避けたものの、こんな狭い場所で動ける範囲など決まっている。すぐに奥へと追いつめられ、カカシは舌打ちするしかなかった。
くっと聞こえた笑い声。 クナイを持ったまま、カカシが目を鋭くした時ガタンと突然足下がなくなった。
何っ!? 飛び上がることは難しくなかったが、カカシを襲う姿の見えない者が不気味で、下に落ちることを選んだカカシ。 嘲笑の声を聞きながら、カカシは覚えてろよ呟いた。
誰も居ない森でイルカ達は立ち止まる。 イルカたちに付き従っていてた暗部達は、何事かと辺りを探ったが彼らが警戒するものは感じ取れず、顔を見合わせ戸惑う。 だが。 突然辺りに赤い光が浮かび上がる。警戒態勢を取った暗部とは裏腹に、「黒の部隊」の四人はぴくりとも動かない。まるで何が起きるかわかっているように。 やがて赤い光は揺らめき、形を作っていく。驚いた暗部達の目の前でそれは人の形となっていった。
「【赤】か?」 「ご足労申し訳ありません」
ソウの言葉に一人の男が進みでる。 そして【シキ】の前に彼らは一斉に跪いた。
「【シキ】様」
シキは自分に頭を下げるその男に近づくと、ぽんと肩を叩いた。面の下から見える眼差しを見た男は、シキが自分達を責めてないことを感じ取り、更に深く頭を下げる。彼らを見守っていたソウは、もういいだろうと一歩踏みだし、シキの代わりに口を開いた。
「それで、状況はどうなっている」 「はいご説明いたします」
男は立ち上がった。
その村は豪(ゴウ)と呼ばれていた。
その村に張られた結界は強力で、用意にうち破れないものだとわかった。そのためセキシはまず近くの町などで情報収集を始めたのだが… そこから、人が消えるという噂を耳にする。 消えた人間のほとんどが身よりもない一人暮らしや孤児、おまけに人数も少なかったため、それほど問題にはなっていなかったのだ。 セキシは部下達から集められた情報を見ていたが、ふいにある報告書を見て顔色を変えた。そして、そのまま飛び出したという。
「一体それに何が書かれていたんだ?」
ソウが問いかけると、【赤】の部隊の若い忍が進み出てきた。彼がその報告書を伝えて来たのだろう。
「私が報告したのは、不可解な死に方をした人の話でした」 「不可解?」 「はい。私が聞いたのは…」
その忍の話を聞いたシキとソウは驚き息を飲む。セキシが飛び出した理由がわかったのだ。
「村の結界を見てくる。蓮は残れ。葵行くぞ」
ソウはそう言い置き、【赤】の部隊の忍とともに走り出す。シキはそれを見送った後、気付かれないよう溜息をついた。
まさか…再び聞こうとは…な。 シキはじっと村があるという方角を眺め、それを聞いたときのセキシの苦悩を考える。
外傷はないのに、焦げた臭いが鼻につく。 内臓だけを焼き尽くし、術を受けた人間は地獄の苦しみを味わい、悲鳴をあげるしかなかった。 救う方法はただ一つ。 死を与えることだけ…
自分がそれを見たとき、あまりの残酷さに身動きができなかった。 そのため、悲鳴を上げる人物を眺めるしかなくて、ただ見ているしかできなくて。 忍として失格だと言われようとも、正視など…できなかった。
覚えているのは、悲鳴と赤。 死という赤に彩られた…彼女と。その赤をもたらした…彼の姿だけ…
紐解く日が来たのかもしれない。 目を背けず、それを見る日が。だが…それをこの前セキシが見ていたのはなんという皮肉。
「あの結界を破るのは難しいな」
ソウが肩を竦めながら戻ってきた。一体あの中で何が行われているのか。 静まりかえる森の中で、ただ不安だけが満ちていた。 シキはすでに再び情報収集へと出掛け、一人しか残っていない【赤】の忍を見つめた。【セキシ】が率いる【赤】の隊長の一人。まだ十代と思われるのに、その立場についているということは呪術系の腕が優れているのだろう。彼はシキに見つめられて、少し緊張したようだった。
「…で?取りあえずセキシの痕跡を追うか」
シキが顎をしゃくる。どうやらあの若い忍も使えということらしい。術が得意な忍ならば手伝いぐらいできる、そして失態と思っている【赤】の部隊の気休めぐらいにはなるかもしれない。
「それじゃ…始めるか」
ソウの傍にいた蓮と葵がすっと離れ、【赤】の忍が近づいていく。
「名は?」 「は…クレと申します」 「クレだな。今から行う術の補佐に入ってくれ。まぁ…俺にチャクラを合わせながら、セキシのことを考えろそれを俺が追うから」 「は…」 「術系統が違うから少し辛いかもしれないけどな」 「大丈夫です…それでセキシ様が見つかるのならば」
クレの強い意志に答えるように頷き帰したソウ。シキの後ろにいる暗部は、これから何が起こるのかと、息を飲んで見守っている。
「…行くぞ」
ゆらりとソウの体からチャクラが浮かび上がった。
(2004.2.25)
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