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「青天の霹靂だわ…」
ぼそりと呟いたサクラの言葉に、ナルトとサスケが同時に頷く。
「…お前達ねぇ…俺だってたまには時間通りにくるよ?」 「それをいつもして欲しいってばよ」 「まったくだ」
少年二人にそう言われ、カカシは肩を竦める。
「さぁてと、行こうか。今日は遠出するぞ」 「遠出っ!?何っ何っ!!」
わくわくとナルトが期待を込めて、カカシを見上げる。カカシはにっこりと右目を細めた。
「隣町までの荷物の運搬〜」
「ええ〜っ!!!またそんな任務かよ〜」 「ちょっとナルトっ!!」 「………」
ぶーぶーと文句を言うナルトを叱るサクラだが、何も言わずに不服そうな態度をしているサスケも同じ気持ちのようだ。
「何言ってるんだ。これも修行のうちだぞ。忍者たるもの体力がなくては話にならないからな〜…」
そこまで言って、カカシがぴたりと動きを止める。その様子に、騒いでいた3人も何事かと沈黙した。 カカシの視線の先には、くの一を引き連れた男性の姿。彼の容姿に、サクラのみならず、ナルトもサスケも息を呑んだ。 だが、カカシの目は剣呑で、一番最初に我に返ったサスケは、そんなカカシを見て、戸惑った顔をする。
「おい…?」 「さぁてとそれじゃ、行こうか。依頼人は時間にうるさいからね〜遅れると怖いよ〜」 「それで、今日早かったのね」 「なさけないってばよ」
ようやくあの男性から目を離した二人は、歩き始めたカカシを慌てて追う。サスケは、何故か不機嫌な彼に考え込んでいた。
「人並みの行動は取れるようになったんだな」
え?と振り返ったのはナルトら下忍達だけで、カカシは止まりもしなかった。そこにいたのは、先ほど見惚れた青年。彼の横には首を傾げたくの一が微笑んでいた。
「…あの?」 「君達がイルカの教え子か。俺はサガラ、始めまして」 「兄ちゃんイルカ先生知ってるのか!?」 「ああ」
イルカと聞いて、ぴょんと青年に興味を持ったナルトは、笑っているサガラのもとへ駆け寄る。
「よく知ってるよ」 「へ〜本当ってばよ」
ぽんぽんとナルトの頭を叩いたサガラは、後ろにいるサクラとサスケにも好意的な笑みを見せた。サクラはそのあまりに綺麗すぎる笑みに顔を真っ赤にしながら、頭を下げたものの、サスケは目礼だけで、小さくなりつつカカシの後を追う。
「お前ら、行くぞ」 「え!?待ってよサスケ君!!失礼します!」 「あっ!!じゃ、サガラ兄ちゃん!!!」 「またね。ナルト君」
手を振る子供に片手を上げて、それを見送るサガラ。横にいるくの一が彼の腕にしなだれかかる。
「どういうつもりですか…?サガラ上忍」
2人とも、表面は笑みを浮かべて一見恋人同士に見せているが、交わされている会話はそこからかけ離れていた。
「どういうつもりって?何が?」 「どちらもですわよ。あの子供に声をかけたことも…そして、はたけ上忍にいつも嫌味を言うことも」 「嫌味?心外だな。こちらは本当のことだけしか言ってないんだが?」 「わざわざ出向いてまで声をかけるのを、嫌味といわないで何と言いますの?…それほどまでに、興味がおありですか?」 「…誰が」
吐き捨てるようにサガラは言い、彼はくの一を見下ろす。その目に光る冷たい眼差しに、彼女はぶるりと震えた。
失言したと、今さがらに気づいたくの一だが、サガラはふっと目を外し、何もなかったように歩き出す。
「殺しておくべきだよ。あいつはね…絶対に」 「サガラ上忍…?」 「絶対に…」
害にしかならない。 相手がどれだけ里に必要でも、害になるならば、消すだけ。そうするべきなのだ、あいつは…
「弱い奴は」
彼が何を見てるのか、彼女にはわからない。ただ、彼の動く理由を知っている彼女は、サガラを見上げ、唇を噛む。
…どうすればよいのだろう。 ずっと傍にいても、彼の行動をどう取ってよいのかわからなくなる時がある。彼の…執着を。ただ、一人に対する執着を。 それを恐れているのは、彼女だけではない。自分の仲間も同じなのだ。
機会があるだろうか。 …本来、自分がここにいるべきでないことは、十分わかっていたが、それでもここへ来たのは理由があった。 会いたい…会わねばならない人がいるのだ。だが、その人がどこにいるのかは、わからない。相談したかった、答えを言って欲しいのだ。
彼がこのままでよいのか。
「どうした?」 「いえ、何でもありませんわ…サガラ上忍」
サガラは彼女に口付けて、カカシと反対の方向へと歩き出す。まるで、自分はそれしかできないのではないかと、くの一は悲しかった。 (2003.9.9)
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「なぁなぁイルカ先生…サガラって人知ってるかってばよ?」
久しぶりに一楽へ行き、ラーメンを食べてる途中、ナルトから思わぬ名を聞いてイルカは少しむせた。大丈夫か?と店主が差し出してくれた水を一飲みして、イルカはぷはっと息をつく。
「何でナルトがサガラ上忍を知ってるんだ?」 「今朝会ったんだってばよ!へ〜あの兄ちゃん上忍なんだ!すごいってばよ!」 「会った?」 「そうだってば!任務に行く途中…」
意気揚揚と話していたナルトから突然笑みが消え、イルカは首を傾げた。しょぼんとしたナルトの様子に、何か合ったのかとイルカが問い掛けると、ナルトの目が悲しそうに揺れている。
「…カカシ先生今日ずっと機嫌悪かったってばよ」 「…カカシ先生?」 「うん…話してもあまり答えてくれなかったてばよ…」
昨日、サイから聞いたことを思い出し、イルカは小さく唸る。カカシの態度から言っても、あの噂は本当なのだろう。だとすれば、カカシは朝っぱらから見たくもない相手と顔を合わせたことになるのだ。…それは機嫌も悪かろう。
「サガラ兄ちゃんって…カカシ先生のこと嫌いだってば?」 「え…どうしてそう思うんだ?」 「だってばよ…サガラ兄ちゃんカカシ先生に会った途端…『人並みの行動取れるようになったんだな』って言ったんだ。俺最初どういう意味かわからなくて、それにすぐイルカ先生の話になったから、忘れてたけど…任務が終わった後、サスケがさ、あんなこと言われれてムッとこない奴なんていないだろうってさ…大人ぶったこと言いやがって…」
サスケもその言葉には反感を持ったらしく、珍しくカカシを擁護したという(本人は絶対認めなさそうだが)。
何…やってるんだ?サガラさんは… 彼がどういう理由で、そんな態度を取っているのか知らないが、それをナルト達の前でもするとは…よほど深い恨みでもあるのだろか。…そんなタイプにも見えないけど… イルカが考え込んでいると、ナルトが自分を呼ぶのに我に返る。
「大丈夫さ。きっと明日はいつもどおりだよ」 「…そーだよなっ!カカシ先生が落ち込むなんてないってばよ!!」
イルカの言葉に満面の笑みになったナルトに、苦笑しながら彼らはラーメンの残りを食べる。心配が払拭されたナルトはいつものように、楽しそうに今日あったことを話す。それに時々突っ込みながら、楽しそうにイルカも話していたが、彼の心をしめていたものは別の人のことだった。
一度…話をした方が良いかもしれない。 自分が口を出すことではないと、関わり合わないようにしていたが、それがナルト達に影響を与えてしまうとなれば別の話。それに、サガラとカカシの噂が中忍達の間でも広まってきている。上忍達があれだから、それは当然の結果だ。火影からは何も言ってこないが、これがエスカレートするのは不味すぎる。
「さてと、それ食ったらちゃんと家に帰れよ」 「あれ?イルカ先生は?」 「俺はまだ仕事があるんだ。アカデミーに逆戻りだよ」 「へぇ〜教師って大変だってばよ」 「…お前がそれを言うか…」
アカデミーの問題児だったナルトは、罰が悪そうに笑うと、それ以上怒られないよう、走り出す。
「んじゃね!イルカ先生!」 「おー」
駆け行く金色の子供を愛おしそうに見送り、イルカはアカデミーへと足を向ける。
「さて…と、なんかすること沢山あるな…」
ふぅっとため息をつきながら、近くの公園を通りかかった時。
「あれ…?」
イルカのよく知る二人の上忍が、ベンチに座っていた。
「何してるんだろう」
見ない振りするべきか、それとも挨拶をした方が良いのか迷っていると、銀髪の方の上忍が立ち上がり去っていく。
「よっ!イルカ」 「アスマ先生…」
当然気づいていたアスマが苦笑し、こいよと手招きしている。
「あの…お邪魔しましたか」 「そんなことねぇよ。話しなんてもんじゃなかったしな」 「はぁ…」 「それに、あいつお前だって気づかなかっただろうし」 「え?」 「誰か居るってことは知っていたさ。でもお前だとはわかんなかっただろうなぁ」
アスマの吐いたタバコの煙がふわりと空に舞う。アスマがそれを見てるので、ついイルカもそれを追っていたが、そんな彼にぼそりとアスマは呟いた。
「見かけによらず、結構参ってるな。あいつ」
イルカを振り返りもせずに、去ったカカシ。イルカはもう見えない背中を探すように、彼の行った方角に体を向けた。
「原因は…おわかりなんですか?」 「気になるか?」 「はい」 「だろうな。お前ら最近仲良いしな」 「えっと。あの…」
カカシから妙な頼みをされたことも知っているアスマに、イルカはしどろもどろになる。肩を震わせて笑うアスマを少し睨んで、イルカは鼻の頭を掻いた。
「俺は…嬉しいですけどね」 「そうかよ。それじゃ、案外カカシの一方方向ってわけでもねぇのか」 「…は?」 「いや、こっちの話だ」
アスマの言いたいことがわからなくて、イルカは首を傾げる。例の話のはずだったのに、いつの間にか自分達の関係へと話が移ってしまっていることに気づいたイルカは、話を逸らしているのかと思ったがそうでもないらしい。憎まれ口を叩いてはいるが、カカシのことを心配している面倒見の良いアスマに、イルカの唇が自然に緩んでしまう。
「それじゃ、お前も来いよな」 「…は?」
何をと問い返そうとしたイルカは、にやりと笑うアスマに自然と警戒して、一歩下がった。
「びくつくなよ。何も取って食おうとしてるわけじゃねぇんだし」 「べ…別に!!!びくついては…」 「んじゃ、約束な」 「?はい?」 「今日、ここで飲み会やるからお前もこいよ」 「…はぁっ!?な…なんで俺も…」 「紅曰く、久しぶりに騒ごう会。ただ酒が飲みたいだけかもしれないがな」
笑うアスマに、イルカはけれど…と辞退しようとしていたが、それを制するようにアスマは真っ直ぐとイルカを見る。
「…俺は…あいつのことを隅から隅まで知っているわけじゃねぇ。無論知りたいとも思わねぇしな、それはあいつも、紅やガイ達も同じ事だ。互いに信頼しながらも、一定の場所までは踏み込まない。それが上忍の…つき合い方だ。それだから…だからこそか、背を預ける相手は慎重になる」
この人も、カカシがサガラに弱いと言われたことを知っている… イルカは同意を示すようにこくりと頷いた。
「あいつとは、何度も何度も一緒に任務をした。当然、どの任務にも危険があり、命があぶねぇこともあった。だがな…不思議とあいつと組んだ時に思ったことはねぇんだよ。…自分が死ぬなんてな」 「アスマ先生…」 「あいつは、背中を預けられる相手であり、その背中を信じることができる奴だ。俺はそのことを身にしみて知っている。だから…理解できねぇし、納得しねぇ」
ふうっと煙を吐いたアスマは、澄み切った空を見上げる。
「あいつの『心』が弱いなんて…絶対に思わねぇよ」
その声は、青い空の中へと消えていった。
(2003.9.18)
Y
「イルカ」 「サイ?」
アスマと別れ、アカデミーに戻ったイルカを向かえたのは、顔はいつも通りなのにその目だけが、鈍い光を放っているサイだった。 瞬時に何かあったのだと、わかったイルカは、笑みを保ったまま、サイに近づく。
「…何だこれ」
誰もいないことを確認し、サイから渡された小さな手紙を読み、視線を上げた。
「俺の部下からだよ…昨日、任務に出た時渡されたそうなんだ。一応報告だけな」 「報告って…だが」 「お前が行っても仕方がないだろう。話すのは俺だからな。ま、そういうことだ」 「サイ…だが…」 「お前の方は」
何か言いかけるイルカを制し、サイはきっぱりと言った。
「傍にいろ。こちらも注意はしてるけどな」
息を飲んだイルカに、サイは手を挙げ足早に去っていく。
注意って…どういうことだよ。何で… 去り際に、手紙を抜き取っていったため、イルカの拳には小さな空間があった。それをぐっと握りしめる。
貴方は…どうしてしまったんですか。
…サガラさん…
『【黒の五色】【コウ】様のことで【シキ】様にお話したきことあり――』
「お前らね…あいかわらず、早すぎなんだよ」
呆れたカカシの声に、一際明るい声が挙がる。
「何を言うかっ!!!お前がいつまで立っても来ないから、仕方が無く始めてやったのだろう!!」 「…しかもなんでお前までいる」 「何を言う!!!永遠のライバルカカシ!!!今日は負けんぞーー!!」
びしっと親指を立て、歯をキラーンを輝かせたガイに、溜息をつきながら、カカシはその横ですでに一升瓶を3本ほど開けている二人を見下ろした。
「何でこいつも連れてきたわけ?」 「連れてきたんじゃねぇぞ。勝手についてきたんだ」 「そうよ。自分の取り分減るもの。好き好んでなんて連れてこないわよ」
紅の酷い言いぐさだったが、まだ大笑いしているガイには気にするべきものではないらしい。やれやれと、肩を竦め、カカシはアスマからコップを差し出されそれを受け取った。
「ま、飲めや」 「はいはい…と」
気のおける奴らだからと、覆面を下ろしてカカシは酒を一口含む。居酒屋の2階を貸し切って、わいのいわいのと騒ぎまくる上忍連中の所には、誰も近づいてこない。まさしく賢明だと思うが、騒ぎだしたガイや紅、アスマを横目で見ながら、カカシは隅の方に酒とつまみをもって避難する。
昼間、アスマに呼び止められて、久しぶりに騒ごうぜ?と言われたカカシ。 断ることを許さない、何気ない誘いの言葉だが、彼が自分を心配してくれたことだとはわかっていた。
毎日毎日、顔をつきあわせる度に言われる嫌み。 こちらが、避けようとしていても、向こうが探し出してくるのだから始末が悪い。 家に一日中閉じこもっていたいが、上忍師という立場上、遅刻はできても休むことはできない。そんなカカシの思惑などお見通しだとばかりに、現れてくる。
一体…なんなのさ… 確かに彼とは相性が良くない。だが、これほどまでに嫌われる覚えはなかった。何年か前に、里にいる期間が同じになったが、その時は互いに会わないよう自分達も周りも気をつけていたため、これほど疲労困憊することはなかったはずだ。
相手にすれば、余計にストレスが堪ることがわかっているので、無視するしかない。そうはわかっても、このイライラは日増しに強くなり、そのせいか殺気が垂れ流しになりそうになる。子供達もそんな自分に気づいているのか、心配したような、そして怯えたような目で自分を見てくる。そのことに、尚更自分の不甲斐なさと、彼に対する怒りが沸いてくるのだ。
「なんだーーカカシ!!一人でわびしいぞ!」 「うるさいね。いい加減そんなつまらないネタばかりやってないで、もっとマシなの見せてよね」 「なんだとーー!!!見ていろーー!」 「期待してるわよーガイ!」 「お〜やれやれ」
それでも、こいつらが居るだけマシだろうか。 決して心配しているなどどは(自分が反対でもそうだが)、口には出さない奴ら。迷惑そうな顔をしながらも、今だけは奴のことを忘れられると思うとほっとする。
「あれ〜何ようるさい連中がいると思ったらやっぱり、あんたら?。あたしも混ぜなさいよ!」 「うわっ。すげーことになってるな」 「もちろんだ!騒ぐぞ!これこそ青春だからな!」
アンコやゲンマが現れたのを皮切りに、馴染みの上忍連中が、次々と参加してくる。次第に音量が上がっていくのに、呆れた溜息をついていると、それを見とがめた紅がびしっとカカシを指さした。
「何一人でカッコつけているのよ!カカシ!暇なら酒の追加してきて!足りないわよ!」 「あ〜ああ?俺が?」 「おう!ついでにつまみの追加もな!刺身と、冷や奴と…適当になっ!」 「はいはい、わかったよ…」
紅とアスマに顎で使われるのは気に入らなかったが、かと言ってあの騒ぎの渦中に入る気もならず、カカシは覆面を戻すと階段を下りていった。
「どうしましたか?」 「ん、悪いけど酒とかの追加。あと適当になんか…」 「かしこまりました」 「五月蠅くて悪いね〜」
店員の女の子にそう言うと、彼女は慣れてますからと笑い、厨房へと消えていく。
「ここにある酒ってもって良い〜?」 「あ、はい!お願いします!」
一升瓶を二つほど抱え、カカシが2階に戻ろうとしたとき、ガラガラと戸が開いて、一人の男が飛び込んできた。
「うわぁ〜遅くなったぁ…」 「…イルカ先生?」 「あっ!カカシ先生!!」
どうしてここへと、目を丸くしたカカシに、イルカはすいませんと謝る。
「アスマ先生にお誘いを受けたんですが…長引いてしまって。まだやってますか?」 「アスマに…やってはいますよ。ほら」
カカシが上を指さすと、階段の方からは誰かの下手な歌が聞こえてきていた。
「それじゃぁ、行きましょうか」 「はい!あ、俺持ちます」 「ん〜、じゃ、そこの酒持ってきてくれる?」
イルカはカカシが一升瓶を二つ抱えているのを見た後、カウンターに置かれている一升瓶を眺めて、呆然とした。
ちょっと待て…まさかとは思うが。あの瓶に張られているラベル… お座敷用。それを見て、イルカの目が据わる。
「あ、助かります。一升瓶って重くて」
店の女の子が、厨房からひょいと顔を出した。
「あの…カカシ先生。どのぐらい飲むつもりなんですか?」 「それはね、上にいる連中に聞いて下さい。もうすでに10個ほどの一升瓶は開けてますから」 「は!?」
まさかと、ぐるりと振り返り、まだ封の開いていない10以上はある一升瓶を眺め…
「あれ、今日中に消えるでしょうねぇ。上忍連中の酒の量は半端じゃないですから」
カカシの指摘にイルカはぐらりと頭を揺らす。そんなイルカを見て、カカシがからからと笑った。
「って…安心してください。上にいるのアスマだけじゃないですから。紅やガイ…他の上忍連中もいるんですよ。まさか、二人で10瓶開けるなんて…できなくはないですけどね」 「そ…そうですよね!カカシ先生が、連中って言ってたのに…って!?え!そんなに他の方が居られるんですか?」 「まぁね。ま、気にせず行きましょう」 「え!でも!」
中忍の俺が…と続けようとしたイルカの口は、カカシに押しつけられた一升瓶によって防がれる。
「驚かないでくださいね〜上忍達の飲み会って酷いの一言ですから」
逃がしませんよ。 そんなカカシの目に、呆然とするしかないイルカだった。
暗部服に身を包み、サイは黒い面をつける。
「こちらです」
サイを案内するのは【黒の五色】【青】の部隊の一人。サイ直属の部下。【青】の部隊は、それを率いている【ソウ】が、滅多に里を離れる長期の任務につかないため、僅かな人数しかいない。そのため、普段は里の守護任についているが、他の部隊の手が足りない時は、協力という形で加わる。 【シキ】へと託された手紙は、この部下が受け取ったものだ。彼に手紙を渡した相手は…
「あそこです」
【黄】の【コウ】の部隊の者だった。 待ち合わせの一本杉には、地面に膝をつき頭を下げている忍が一人。部下とともに、ソウが近づくと、彼女は頭を下げたまま、呼びつけてしまった詫びを述べた。
「それはいい。私は【黒の五色】【ソウ】。生憎【シキ】様は来られぬが、私が用件を承る。…して?話したき、義とは?」 「はい。私は【コウ】様の部下の一人ですが…これからお話することは、彼の方の部下一同の思いと受け取ってくださいませ」 「わかった」 「どうか…【コウ】様をお助け下さい」
深々と頭を下げた彼女を見て、思わず部下と顔を見合わせてしまったソウだった。
「最近の【コウ】様はとてつもなく不安定で…それが里に戻ると尚顕著になりました。【ソウ】様も聞き及んでいる通り、はたけカカシへの敵愾心も上がる一方。我々にはその心中をどう受け取って良いのか…わかりません。そして、あの方はこうおっしゃられました」
あいつは殺すべきだと。
すうっと、面の下の目が細められる。 舌打ちしたい思いに捕らわれながら、ソウは溜息をはいた。
何を考えてるんだ…お前は… サガラが、カカシに良い印象を抱いていないのは知っていた。その現場を直に見せられて、聞いた以上だとは思ったものの、合わない相手や、嫌いな相手は誰でも1、2人はいるものだと、そう思っていたのだが。 その自分の気持ちを、部下達に悟られているばかりか、吐き出している彼の状況に、サイは彼の歪みを感じていた。「黒の部隊」に属する忍達は、上忍や暗部以上に自制心などを鍛えられる。どんなことが起きても、自分の心内を悟らせてはならない。その訓練をどこよりも厳しく訓練される。それが、【黒の五色】を名乗るのならば、尚のこと。例え数分後に死ぬとわかっていても、怯えや絶望などを絶対に相手に悟られないようにする。
どんな場所でも、そこを支配する者となれ。
その教訓を誰よりも頭に叩き込まねばならない自分達が。
「【ソウ】様」 「…わかった。【コウ】のことは【シキ】様にお伝えしよう。安心しろ。彼が不利になるようなことはしない…ご苦労だったな」 「はい…ありがとうございます。どうか…」
すうっと消えた彼女の気配。ソウはやれやれと、面を外して里を振り返った。
どうか、あの方をお助け下さい。
…同じ「黒の部隊」とはいえ、他の部隊のものにそんな言葉を言うのは、屈辱だっただろう。自分の上司を無能だと言ってるようなものなのだから。 しかし、それでも彼らはそう懇願するしかなかったのだ。後でどんな罰を受けようとも、自分の部隊を率いる者を、このままにして置くわけにはいかなかった。そして、そうするほど彼のことを慕っているのだとサガラは気づいているのだろうか。
「【ソウ】様…」 「ん…大丈夫だ。蓮。ご苦労だったな」 「いえ…私は」 「しかし…大丈夫でしょうか…その…」 「ああ…危ないかもな」
否定して欲しかった思いを肯定されて、蓮はぎょっとする。
「なんとなく…そろそろまずいなとは思っていた。普段、隠れていても探し出していた奴が、今日に限ってそれをしていなかったから…」 「それでは!【ソウ】様!!」 「今夜あたり、殺しにいくな」
はたけカカシを。
「…【ソウ】様…」
それ以上何も言わず、里を眺めるソウに、蓮は言葉もなく立ちつくした。
(2003.9.26)
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