憧れへの価値観


T  U  V


T

その者が背にしているのは、闇でも月でも星でもなく。

死。

一歩いや、半歩間違えれば、それは彼を抱きに来るだろう。死の神の吐息がかかる距離。誰もそんな場所へ来ることは望まないのに、その者は自らの意志でそこに来た。

無謀。

あんなのは勇気とは言わない。頭が可笑しくなったとしか思えない。

けれど。

血で切れ味が鈍った刀を捨て、その者はクナイを取り出した。

まだ相手をするというのか、その体で。


血にまみれた体を堂々と月にさらす。何も恥じることなどないと言わぬばかりに。
そんな彼に嫌悪と、怒りを持った自分は。


絶対に正しい。




「…で?どうなんだ?」
「…?何が?」
「何がってお前なぁ…」

隣で愛読書を読んでいるカカシを、呆れたような目で見ていたアスマは、タバコに火を付け大きく息を吐いた。

「…イルカのことだよ」
「…?イルカ先生?イルカ先生がどうしたわけ?」
「…どうしたってなぁお前。あれだけ人を巻き込んで…」
「ん〜あったっけそんなこと」
「お前っ!!!」

うがぁっと叫びたい気持ちになったが、これ以上言っても隣の男は動じることはないだろう。まだむかむかする気持ちを抑えながら、アスマはすうっとタバコをもう一度吐く。

「うまくやってるよ」
「あ?」

ぱたんと本を閉じて、カカシは立ち上がる。

「いいゴ友人デスヨ」

にこりと笑う右目を残して去った男。彼が居なくなってから、アスマは呟いた。

「…嘘くせぇ…」



「…聞こえてるっての」

アカデミーを歩いているカカシは、憮然とした顔でそう呟く。だが、覆面に隠されてるため、すれ違った人は気づかない。わかるとすれば、彼と親しい上忍の一部だろうが。

…イルカ先生ねぇ…そう言えばあれから、飲みに行ってないなぁ。
最近、カカシには手紙が良く来るようになった。その差出人はもちろん、あの兄妹。返事を書くことはできないと言ったのだが、それは慣れているしと言って、生意気な面を見せた彼ら。だが、そこにある笑顔は昔と同じで。
それを取り戻してくれたのは…イルカだった。

お礼…しなきゃねぇ
そういえば、とんでもないと首を振るだろうが、しかしカカシは本当に嬉しかったから。あの絆を再び取り戻せたことに、本当に嬉しかったから…

「今日は開いてるかな?」

受付所の方角にくるりと体を向けて、いつも笑顔で向かえてくれる中忍のもとへと向かったのだった。


「イルカ」
「…ん?何だ?サイ」
「ちょっといいか?」

書庫室で、同僚と一緒に巻物を探していたイルカは、手招きしている友人に首を傾げる。いいか?と同僚に了承を得て、入り口に向かえば、サイは話を聞かれたくないのか、少し歩くことを要求する。

「?何だよ、サイ」
「あのさ、さっき…レツヤから聞いたんだけど」
「?レツヤ?あれ、あいつまだ居るのか?」
「…居るのかって…お前なぁ…」
「だって会いにこないし、それにあいつ、休暇を貰っても里にほとんどいないじゃないか。だから…」
「あ〜すぐ女の所にしけ込むもんな。と、あいつのことはどうでも良いんだよ。それよりも…帰ってくるってさ」
「…誰が」

聞き返したイルカに、言葉は発せず、口の動きだけで伝える。

サガラ。

「…え?帰ってくるのか!?いつ!」
「うわっ!興奮するなよっ!教えるからっ!!!」

ぱぁっと満面の笑みになり、近寄って来たイルカを押し戻して一つため息。

「俺が聞いた時は明日だってさ」
「明日!わかった!!ありがとなっ!!!」

それじゃ戻るからっ!と書庫室に行ったイルカ。それを見送ったサイはひとつため息。

「…俺は会いたくないんだけどな」
「だったらツバキの方がマシってか?」
「…どちらも嫌だ」

後ろに現れた男にそう返して、サイは肩を竦める。レツヤは、あ〜同感と頭をがりがりとかいた。

「あいつら、得意技と同じで性格も攻撃型だからなぁ」
「ストレス発散に使われるのは勘弁願いたいぜ。しかも、あいつ俺にすぐ敵意向けるからなお嫌なんだよ」
「あ〜そう言えば」

二人で廊下を歩き、外に出る。別に約束をしていたわけでもないが、もう帰るばかりのサイと暇なレツヤの足は、自然と馴染みの居酒屋に向かっていて。

「気に入らないんだろ、自分じゃないことが」
「…別に俺なら代わってもいいんだけど」
「馬鹿言え。火影様が許すかよ」
「あいつらに吠えられるよりマシだね」

心底嫌そうに、顔を歪める彼に、レツヤは無理ないかと呟く。しかし、レツヤが言ったことは絶対で、誰が何と言おうとも変わらない。
イルカの傍にいるのはサイ。
彼が一番…

「今日、親父が新酒入れとくって言ってたぜ」
「へぇ?でも、親父変な酒もよく入れるからなぁ…当たりか、外れか、微妙だな」
「まぁなぁ」

少しだけ機嫌の直ったサイに、レツヤはにやりと笑い、ばんと背を叩いた。

「痛い」
「気にするなっ!ほら行くぞ!」
「…わかってるよ!ったく…」

この後頭の痛いことが沢山あるだろうけど、それはひとまず置いて、とにかく今は忘れたかった。

再びあの敵意が自分を貫くことから。




「ご機嫌ですね、イルカ先生」
「あっ…!カカシ先生!」

廊下で出会った覆面をした男に駆け寄って、イルカはその隣に並ぶ。

「お帰りですか?」
「いえ、イルカ先生にお会いしようと思って、受付所に行くところだったんです」
「え?俺ですか?何かありました?」
「ええ。久しぶりにね、飲みに行きませんかと思って」

どうです?と小さく首を傾げるカカシに、イルカは是非!と声を上げる。

「今日俺、これを火影様に届ければ終わりなんですよ、待っていてくれますか?」
「ええ、じゃあ、門の方にいますね」
「急いで行ってきます!置いていかないで下さいよ!」

笑いながら早足で去っていくイルカに、苦笑して、カカシはゆっくり歩き出した。始めは自分の都合の良い理由で近づいた相手だった。人が良さそうで、人の頼みを断れないような人。そう思っていたのに…

まったく、俺の人の見る目も鈍ったね。
親友以上恋人未満の関係でいたいなど、勝手なことを言っていたのか、自分が情けない。

もし…本気で友人になりましょうなんて言ったら、どうだろうか。
嘘偽りのないカカシの気持ちを、彼はどう思ってくれるだろう。まさか、自分がこんなに謙虚になるとは…そう思うと笑いが止まらない。

「何笑ってるんですか?カカシ先生」

一人門を背にし、くすくすと笑っているカカシに、不思議そうな顔でイルカが問いかけてきた。

「いえ…何でも。よろしいですか?」
「はい!行きましょう!」
「久しぶりですからね〜とことん飲みましょうか」
「望むところです。カカシ先生には負けませんよ」
「こちらこそ、受けて立つところです」

夕日を背にし、アカデミーを遠ざかる二人。彼らの姿が小さくなったころ、がさりと木の枝が揺れる。
彼らを見送る鋭い目。
小さく鳴った唇を噛む音が、誰もいない場所に響いていた。




「ふわ〜久しぶりにふわふわするなぁ」

よたよたと、夜道を歩くイルカは、くすくすと笑いながら家へ向かっていた。
今日の飲み会は今までの中で一番楽しかった。いつもはイルカの話を聞くだけのカカシが、ぽつりぽつりとだが、自分のことを話してくれたのだ。無論、それは何気ない彼の好物だったり、ちょっとした趣味だったりするのだが、前は聞いても言葉を濁されていた経験からすれば、少し心を開いてくれたようで、とても嬉しい。
しかも、帰り際に言われた台詞が。

「イルカ先生には、感謝してます。これぐらいしかできないこちらの方が心苦しいんですよ」

いつにない、優しい声音で、イルカの財布を止めたカカシ。あんな顔で言われれば、こちらも無理に出すとは言えないではないか。
ちょっと照れくさい気持ちで、甘えたイルカに、カカシはまた飲みましょうと言ってくれた。

「なんか…すげ〜いい気持ち…」
「ずいぶんと良いことがあったみたいだな」
「え!?」

突然かけられた声に、イルカがぎょっと顔を上げれば、家の前に立つ一人の男。
いつの間にか家に着いていたのに気づかないほど、幸せ一杯になっていたイルカは、くすくすと笑う男を見て顔を綻ばせる。

「サガラさん!!!」
「久しぶりだな。イルカ」
「はい…!貴方が居るということは、任務を終えたんですね!!お帰りなさい!!!」

サガラは、子供のような反応をするイルカが面白くてならないとうように、笑い続ける。カカシとの楽しい時をすごし、久しぶりに会えた人にイルカの機嫌はますます良くなる。しかし、いつまでも笑っているサガラに、少々イルカが呆れ始めた頃、彼はようやく笑いを止めイルカを真っ直ぐに見た。

「ただいま」

1年ぶりに会う美形の青年は、零れるような笑顔でそう言った。

(2003.9.2)



U

ちょっと二日酔いかなぁ。
昨夜は調子に乗って杯を進めすぎたと、少し反省しているカカシは、いつものごとく、遅刻をして、部下に怒られながら任務を終え報告書を出しに受付所に向かう。一日中胸がむかむかして、気分は最悪だったが、またイルカと飲みに行くとなれば、それを承知で出掛けていくだろう。

あらら、本当に気に入っちゃったのかもね。
自分でも珍しいと思いつつ、受付所にいるであろうイルカへ向かう足は軽かった。ところがカカシが 受付所に着くと、何やら中が騒がしい。いつもは、閑散としている場所。その中から、複数のくの一達の声が聞こえてくる。

「?何だ?」

ひょいと開いているドアから除けば。

…げっ…
珍しく、覆面のしていてもわかるほど、カカシが顔を歪めた。
中にいる人物。正確には、くの一達に囲まれている一人の男を見て。

うわ〜なんだよ、あいつ帰って来たのか…
はぁぁとため息を一つついて、どうしようとカカシは思う。できれば、中に入りたくない。このまま回れ右をして、家に帰って速攻寝たいほど。…いや、酒を飲んで(二日酔いでも)気を紛らわせて、忘れてしまいたいほど。
だが。
がさりと、自分の存在を知らせるように鳴った、報告書。これは、絶対提出しなければならない。

「うう〜」
「どうしました?はたけ上忍」

そこへ、天の助けとばかりに、一人の忍が通りかかる。アカデミーの教師で、イルカの同僚、しかも親友の…

「サイセンエイ?」
「セ…先生って…はたけ上忍…」

戸惑ったような、聞き慣れてない台詞に動揺したような彼は、慌てた様子で、手を振る。

「でも、イルカ先生って呼んでるから、サイ先生って呼んでもいいんじゃないの?」
「はぁ…ですが、イルカはともかく俺臨時ですしね〜ちょっと」
「だったら何て呼べば?俺あんたの名前知らないし」
「あ、そうですね。申し訳ありません。柊サイと言います」

礼儀正しく頭を下げた彼を見ながら、カカシは内心ふ〜んと呟いていた。

…以外。
自分を前にして動揺しない中忍なんて、つき合いのある者や、イルカ以外では初めてだ。カカシは、他国まで知れ渡っているその名から、いつも彼の前に立つと動揺する忍が多くて、それが当然になっていたから。だから、イルカの時も驚いたし、ちょっとはつき合ってみても良いかと思った。そんな人物が、他にもいるとは。

「んじゃ、サイ中忍。お願いがあるんだけど?」
「は…はい?」

名前で呼ばれたことに驚きながら返事を返すと、カカシはサイの前に報告書を出した。

「…あの?」

思わず受け取ってしまったが。サイは困惑したまま、カカシを見上げる。

「悪いけどさ、これ出して来てくれる?あ、全部記入してるから大丈夫だと思うんだよね」
「は!?ちょっと待ってくださいよ!!どうして俺がっ…あ、私がっ!!」
「別に敬語良いよ〜実はさ、絶対顔見たくない、いや、このままどっかにとんずらするか、酒にでも飲まれてでも記憶消したい奴がいてさ、入りたくないんだよね〜ということでよろしく!」
「えっ!?うわっ!!ちょっと!!待てっ!!!」

上忍のスピードで消えたカカシに、サイは手を伸ばすもその姿もはやなく。

「し…信じらんねぇっ!!!」

怒るもその相手はすでになく、サイの手元には報告書がひらりと待っていて。

「…ところで、中…中ってさ…まさか…」

騒がしい受付所を除けば。

「…恨むぞ。はたけ上忍…」

カカシと同じく、顔も見たくない人物が笑っていた。


「…あれ?サイ?どうした?」

受付所に縁のない彼が入ってきたことに、イルカはおやと顔を上げる。サイは、中央付近にある塊をどうにか避けると、カウンターに座っているイルカへ疲れた顔をして見せた。

「…ほい」
「…?え。サイ?これ、7班の報告書じゃないか。どうして…」
「…頼まれた」
「はぁ?」

よくわからないが、取りあえずそれを受け取ったイルカ。記入漏れがないか確認し、判子を押すと、サイはイルカが何か言う前に、部屋を出ようとする。が。

「今の上忍は、報告書を提出するのに中忍を使うのかい?」
「サガラさん」

隣に来たサガラに、サイはげっと顔を歪め、さっさとこの場を去ろうとしたのだが、肩に手を置かれてしまう。

「君も、受け取るから、いいように使われてしまうんだよ。気をつけるんだね」
「…ご忠告感謝します」

笑みたっぷりの嫌みに、サイの頭ががギギギと鳴る。そんな様子をはらはらと見ていたイルカは、で?とサガラに問いかけられた意味が一瞬わからなかった。

「いや、それで、中忍を使った上忍は誰かと思って。これから注意しておかないと、困るのは受付所の人たちだしね」

優しげな、中忍達を気遣う発言に、この場にいた人たちは、何て心の広い…と思っただろう。だが、彼の笑顔の裏にあるものは、サイは知っているし、イルカもなんとなく嫌な予感がしているようだった。しかし、全くそれに気づかない、隣にいた中忍が、相手の名前を言ってしまう。
それが、どんなことになるか知らずに。

「はたけ上忍ですよ」

…サガラの笑みが凍った。…いや、それは一瞬、目の前にいるイルカや、隣にいたサイぐらいしか気づかなかっただろう。

「ああ…『写輪眼のカカシ』ね…」

そして、その笑みの奥にあった、吹雪のように冷たい感情も。

「上忍達の待機所にいるかな…それじゃ、ありがとう」
「い…いえ!」

笑みを向けられた中忍は、顔を赤めながら、首を振る。サガラが出ていくと、それに連なるように、くの一達も出ていって、受付所は静かになった。

「…イルカ」
「…何?サイ…」
「…何かすごいやばくないか?」
「………」

あの一瞬凍った笑み。
綺麗すぎるあの笑みは。

「さてと、もう終わりだな」

何も知らないことの元凶の中忍は、満面の笑みで立ち上がる。

「おい」
「ん?何だ?」

声をかけられて、そちらを見た中忍は、ぴたりと動きを止めた。

「イルカと代われ」
「ちょっと変わってくれないか」

異様な雰囲気を漂わせ、そう言う彼らに、何が言えただろう。こくこくと頷いた彼後目に、イルカとサイは部屋を出ていった。

「な…なんだよ…」

情けない中忍の声が受付所に響いていたが、それを気にするものなど、ここにはいなかった。




「お!カカシっ!!」

上忍達の待機所に来たカカシを、アスマが慌てたように向かえた。何かと聞く前に言われたのは。

「聞いたか?あいつが帰って来てるって…」
「…見たよ」
「げっ…じゃぁ…」
「その前に回れ右したよ。あ〜ったく…」
「そうか…」

不機嫌そうに、椅子に座ったカカシにアスマは安堵の声。それを横にいた紅が怪訝そうに形の良い眉をしかめる。

「しかも何であんな所にいるのさ。ったく…」
「見つからなくて良かったなぁ」
「…ちょっと、その言い方止めてよ。俺が逃げてるみたいじゃない」
「あ〜でもよ、間違ってはいないだろ?」
「アスマ、殺されたい?ったく…俺は面倒が嫌なんだよ。あいつと関わるのは嫌なの!絶対!」
「一体何の話よ」

話しに加われなかった紅が、不満そうに唇をとがらせる。だが、カカシは説明する気もないようで、イチャパラを広げるとそれを読み始めた。すると紅の視線は、当然のようにアスマに向かい…

「あ〜実はな、すっげぇコイツと相性の悪い奴がいてよ。そいつが今帰って来てるんだ」
「相性の悪い?カカシと?誰よそれ」

飲みに行ったりのつき合いは狭いものの、以外と人受けの良いカカシ。そんな相手がいたのかと、少し紅が驚けば、珍しくアスマは同情したような眼をカカシに向ける。

「ああ、それが…」

ざわざわと、近づいてくる声に、アスマはまさかと口を閉ざす。紅や、他の上忍達が何事かと廊下へ視線を向ければ…

がらりと入って来たのは、髪の長い、美丈夫。その整った顔立ちに、上忍達も息を飲んだが、彼はそれに慣れているのか、一向に気にした様子はない。彼の視線の先には一人の男。覆面をし、額当てで左目を隠した…

「久しぶりだね『写輪眼のカカシ』」

本人が無視しているのにも構わず、彼の前にやってくる。隣のアスマが、やっかいだと言うように顔をしかめた。

「…まだ、生きていたんだね」

冷笑を浮かべた彼に、カカシは眠たそうな右目を上げた。

「…あんたもね」

小さな一言。だが、その声音は低く、いかに彼が不機嫌か、傍にいたアスマと紅は気づいた。冷たい睨みあいに、その場が止まる。戦闘なれしている上忍達も、緊張するほどの、この場。
顔を蒼白にしているものも少なくない。いつまで、これが続くのか。そう誰もが思っていた時。

「あのっ!失礼します!カカシ先生いらっしゃいますか!」

がらりと戸を開け入ってきたのは、イルカだった。
彼が入ってきたことにより、睨みあっていた二人の視線は外れ、緊張が解けた。誰もが、安堵のため息をついている中、のっそりとカカシが立ち上がる。

「どうしました?イルカ先生」
「あの、ちょっとお話が、今よろしいですか?」

今の雰囲気に気づいていなかったのか、イルカは申し訳なさそうに、カカシを呼ぶ。

「構いませんよ」

ちょうどこの場から出ていきたかったから。
右目が機嫌良く細められると、それにつられたように、イルカも笑う。

「良かった」

その途端、サガラから殺気が向けられた。上忍達がぎょっとする中、カカシはまったく気にせず、サガラに背を向けイルカの元へ行く。失礼しますと、サガラと上忍達にイルカが頭を下げ戸を閉めたが、殺気を放ち続けるサガラに、上忍達が悲鳴を上げていた。

(2003.9.4)



V

「あの…昨日はありがとうございました」

中庭で、そう頭を下げられたカカシは、 気にしないで下さいと、困ったように頬を書く。そんな仕草の彼に微笑み返し、今度は奢らせてくださいとイルカは言った。

「奢らせてって…イルカ先生。昨日のはお礼だって言いませんでした?」
「でも、私もカカシ先生にはいつもお世話になってますから」
「それはこっちも同じですよ〜それじゃ意味ないでしょ」
「でも!」
「いいじゃないですか、俺が人に奢るなんて珍しいんですから、素直に甘えてくださいよ」

ひらひらと手を振りながら、笑うカカシにイルカもようやく折れた。

「それじゃ…そうします。ごちそうさまでした。また一緒に行きましょうね。カカシ先生」
「勿論です。次は割り勘ですか?」
「当然」

微笑みあっていた二人だが、ふいにイルカはそう言えばと、ぽんと手を打ち、カカシを少しだけ睨む。突然変わったイルカの表情にカカシが驚いているとイルカが、こほんと咳払いした。

「ところで、カカシ先生。任務の報告書は担当した忍の方にお持ちいただくのが原則なんですが」

その言葉に、カカシがしまったと気まずそうに眼を反らす。中忍に睨まれる上忍の図というのもおかしなものだが、眼をきょろきょろさせながらも、何も言わないカカシをイルカはじーーっと見ていた。その眼に、観念したカカシは頭を下げる。

「…すいません。以後気をつけます…」
「はい、お願いしますね」

ふふふと笑ったイルカに、参ったなぁと呟くカカシ。ところでと、イルカは先ほどから疑問であったことを、カカシに尋ねた。

「あの…こんなことをお聞きするのも変なのですが」
「?何ですか?お詫びとしてイルカ先生の質問には何でも答えますよ〜」
「は?いえ…そこまでして頂く無くても…それにこれプライベートですし…」

それまではきはきと答えていたイルカの様子が一変したことに、カカシは軽く眉を寄せた。何か変なことでもしただろうかと、首を捻ったカカシに問いかけられた言葉は。

「カカシ先生は、サガラさんとお知り合いなんですか?」

すっと、辺りの雰囲気が一変し、イルカはうろたえた。 まだ空にある太陽や、暖かい日差し。何も変わっていないはずなのに、何故かイルカは肌寒さを感じる。困惑したように、眼を泳がせれば…そこに原因はあった。

「か…カカシ先生…?」

それまで、自分と笑いながら話した人が、今では敵でも見るような眼でイルカを見ている。何故そんな風に見られるのかイルカはわからなくて、少し怯えた。

俺…何かまずいこと言ったか…?
「…何故…そう思うんですか」
「えっ!?あのっ!!!それは…先ほど、受付所でカカシ先生の名前を知っている様子でしたので…」
「…ああ、なるほど…」

小さく呟いたカカシは、イルカの強ばった顔で自分が殺気を出していることにようやく気づいた。

「ああ、すいません」

カカシがおどけ気味にそう言うと、イルカを取り巻いていた冷たい気が緩む。イルカはほうっと息を吐き、上忍の殺気に激しく鳴る心臓と押さえようとしていると、カカシがぽつりと聞いてきた。

「イルカ先生は」
「え?」
「…あいつと知り合いなんですか」
「あいつって…サガラさんのことですか?」
「はい」
「知り合いというか…昔任務で一緒になったことがあって、その時お世話になりました」
「…そうですか」
「カカシ先生?」

一体どうしたのか。サガラの名を聞いた途端、変わりすぎたカカシにイルカは戸惑う。いつも、飄々とした余裕のある態度をしている彼が、それを取り繕うことのできないほど、自分の感情を丸出しして目の前にいる。

「あの…カカシ先生…俺…」
「すいません。驚かせましたか」

俺もまだまだだねと、軽口を叩く彼だが、彼の纏う雰囲気はまだ剣呑さが残っていて、イルカは自分が聞いてはいけないことを言ってしまったことに、ようやく気づいた。だが、そんなイルカの肩をカカシがぽんと叩く。

「イルカ先生。本当にごめんなさい。貴方を驚かせるつもりは全くなかったんです」
「そんな!俺こそっ!!!余計なことっ…」

ぶんぶんと子供のように大きく首を振るイルカに、カカシはようやく笑った。それにイルカがほっとしていると、カカシはため息をつく。

「…ただね、イルカ先生。俺の前でその名前は二度と言わないで」
「え?」
「勿論、イルカ先生がそいつと親しいのは自由だけどね、俺の前でそいつのことだけはもう言わないで欲しいんだ。じゃないと…俺また貴方を驚かせてしまうから」
「カカシ先生!?」
「でも、黙っていると貴方は気にするでしょうから、教えてあげますけど…俺はね、あいつのこと嫌いなんです」

きっぱりと、そう言い切った彼にイルカは息を飲む。

「あいつと、俺が一緒にいるところには近づかない方がいいですよ。危ないしね。…他の上忍達にも聞いてみるといい。よくわかりますから」
「カカシ先生…」

冷たい笑みを見せる彼に、何も言えなくて。イルカは自分の目をのぞき込む片目をじっと見ていた。


「俺とあいつ、『最悪の相性』ですから」


そう言って去る彼の後ろ姿をイルカは黙って見送る。いつの間にか隣にいたサイも、同じようにカカシを見送っていた。

「あの人があそこまで言うなんてよっぽどだな」

サイの言葉にイルカは頷くしかなかった。



「結構有名らしいぜ。最悪の相性」

サイが、職員室に戻ったイルカの隣で、どこからか仕入れてきた情報を教える。もうほとんどの人が帰ったアカデミー。カカシもあの後すぐに家に帰ったという。あれ以上サガラと関わりたくないとでも言うように。

「…どういうところがだ?」
「う〜ん、顔会わせれば、いつも殺気飛ばしまくり。お陰で、二人が一緒の任務になった時は、任務内容よりも顔を合わせない方に気を配る方が大変らしいってこと」
「…一体、何が原因なんだ?」

カカシもそうだが、サガラが何故あんなに人前で、険悪になるのかイルカにはわからない。
カカシは、最初からナルトを一人の子供として見てくれた人だった。『写輪眼のカカシ』と呼ばれる有名な忍でありながらも、里の大人達とは違い彼を否定せず、受け入れてくれた人。その後、彼のとんでもない提案によって好感度は大分下がったけれど、それでも彼が持つ仲間を大切にするという忍の心は、今でも尊敬に値するものだと思っている。そして、サガラは自分の仲間。かつては自分を指導し、今ではサポートをしてくれる頼りがいのある人。そんな二人が何故対立しなければないのか、イルカはわからないし、実際想像できないのが本音だった。

「う〜んそれがさ、原因を作ったのはサガラの方らしんだよな」
「ええ?どういうことだよ?」
「俺も詳しくはわからなかったんだけど…サガラが人前でカカシに言ったらしんだよ。『こんな弱い奴と組むのはごめんだ』って」
「…ええ?カカシ先生が弱い?何で?」

仮にも『写輪眼のカカシ』と他国にも名の通っている相手に、その言葉は。イルカの思いは、サイも同感だったらしい。複雑そうな顔をしていた。

「…で、そのことを知っている上忍達は、彼らが接触しないように注意してるわけ。あ、ちなみに、いつも何かを言うのはサガラの方が圧倒的に多いらしいぞ。はたけ上忍は、無視することが多いらしいから」

そうか…と返したものの、結局わかったのは、仲が悪いということだけ。どちらにも好意を持っているイルカは、どうにか彼らが仲良くならないかとも思ったのだが、サイの話を聞く限りは無理なようだ。

「でもなぁ…なんでそんなこと言ったのかなぁ…あいつってお前のことは別とすれば、大概のことは受け流すタイプなのに」
「…なんだよ俺以外って…」
「事実だろ」

きっぱりとそう言われたが、イルカは素直に頷けなかった。

「…そういえばさ、お前やレツヤも苦手にしてるよなぁ?何でだ?」
「…さぁ?」
「サイ」
「そんなの俺に聞かないで本人に聞けよ。その方が早いだろ?あ〜俺帰るわ。んじゃ」

そう言って、さっさと姿を消したサイ。後には憮然としたイルカだけが残された。

(2003.9.6)