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ザザザ…
はぁっはぁっ…
男は荒い息をつきながらも、走ることを止めなかった。忍としての資格は得ていながらも、ずっと研究者として働いていた彼の体力は、下忍と変わらないかもしれない。こんな時は怠けていた自分を呪いたくなるが、そんなことに時間をかけているより研究を一歩も二歩も進める方が重要だった。
「ここまでっ…くればっ…」
自分がを逃がすために犠牲になった実験体達。あれを失うのは痛かったがこの研究データーがあれば、いつでも同じものを作り出せる。
それにしても…あの忍はなんだったのか。 まだ実戦に出ていた頃でも感じたことの無い殺気。 冷たく、静かに、突きつけられたクナイ。 実力のある忍というのはああいうものなのかと、自分の知っていた世界がまだどれほど甘いのかと言う現実を突きつけられた気がした。
「ふん…まぁいいさ…さてどこへ行くか…」
戦い続ける忍。 意志も感情もなく。ただ、命令されるがまま。 痛みなども自覚しないのだから、まさに動けなくなるまで戦ってくれるだろう。 そして、それは他の里の忍を捕らえて使えばいいのだから、自国の里の戦力は減らない。
「くくく…なんという斬新な発想か。我ながら感服する…」 「へぇ?どんなことが?」 「!?」
ざっと振り向いた男は、そこに銀色の髪の男を見つけた。
「お…お前はっ!!!」
木の葉の額あて。顔の半分以上は覆面で覆われて、唯一見えるのは右目だけ、異彩の放った姿だが、その男の名はあまりにも有名で。 研究者である男の耳にも届いていた。
『写輪眼のカカシ』
木の葉の里が誇る忍の一人。 こんな奴がここに来ていたとは…
「あれ?俺のこと知ってるんだ。有名だね、俺も」 「ひっ!!!」
カカシが1歩近づいただけで、男は悲鳴をあげ後去る。
この男に狙われて、逃げられた者などいない。 自分は確実に殺される…!!!そう思うと、その震えは止まらない。
どうしよう。ドウシタラ…!!!
「言って置くけど、見逃す気はないから。あきらめなよ」
まるで自分の考えを見抜いたように言ったカカシ。男の震えはさらに膨れ上がり、彼はもう何が何だかわからなくなった。
「く…くるなぁっ!!!!」 「あ〜らら」
喚き、だっと逃げ出す男を見てカカシはのんきな声を出す。一度肩を竦め、たっと男の後を追った。
死ぬ死ぬ死ぬ…!!!
早くここから消えないと…!!!
「どこに行くのかな?」 「うわぁぁぁぁっ!!!!」
いつの間にか自分の進行方向の道に立っていたカカシを見て、男は悲鳴をあげた。後ろを振り返れば目の前にいる男と瓜二つの…
もう男の頭には、カカシの『影分身』だと言うことも思いつかなく、追い詰められた自分の状況にパニックになっていた。訳のわからない言葉を発する男に、カカシはすっと近づいて。
その首にクナイを突きつけた時。
男にはまったくその気はなかった。ただ、カカシが自分の傍に来るのを防ぎたくて。持っていた鞄を振り回しただけだった。 だから、緩んでいた留め口が開いて、瓶に詰められた白い粉が舞うなど、それがカカシにかかってしまうんなど、ぶつりと切れた意識の中でも思わなかったに違いない。
「うわっ!?」
ぶわっと目に入って来たそれにカカシが小さく悲鳴を上げ、飛び図去った。どさりと男が地面に倒れる音を聞くよりも、その粉を振り払うべく頭を振るう。
「なんだこれっ…くそ…」
ぱちぱちと涙目になった右目。手で擦ればどんどんと目が痛くなってくる。次第にずきずきと頭にまで痛みが届き、カカシはふらりと木に手をついた。
「カカシ先生!?」 「!…その声は…」
こんな時に…!! いることはわかっていたのだが、こんな時に見つけられカカシは心の中で舌打ちした。
「どうしたんですか!?」 「はぁ…ちょっと失敗しまして…」
目を擦っているカカシに近づき、イルカは大丈夫ですか?と心配そうな声をかけてきた。そんな彼に平気ですよ〜と軽く手を振るも、右目の痛みは一向に引いてくれない。
「ちょ…先生駄目ですよ!擦ったら!!!」
イルカはカカシの腕を掴み、その動作を止める。気配でじっと右目を見られているようだが、痛みと自然と出てきた涙で彼の顔を確認することはできなかった。
「近くに小さな泉がありましたから、そこで洗い流しましょう。いいですか!絶対に擦らないで下さいよ!!!」 「はぁ…」
珍しく強引なイルカに、カカシは素直に腕を引かれてついて行く。
おせっかいだねぇ… イルカの行動を迷惑に思いながらも、これがこの人なんだから仕方が無いかとあきらめる。少し歩けば、ぴちゃんと水の音が届いた。
「カカシ先生つきました。わかりますか?」 「ええ。大丈夫です」
膝を尽き、右目を洗うカカシをイルカは後ろで見ていた。さりげなく彼が辺りを警戒しているところを見ると、どうやら自分を守っているつもりらしい。
ご苦労様だねと思いながら、何度も水で洗うと先ほどより楽になってきた。
「あ〜楽になりました。ありがとうございます」 「もういいんですか?もっと洗った方が…」 「まだ死体を始末してませんんし。放っておくわけにはいかないでしょう」 「そうですが…ところで一体何をされたんです?」
…いやなことを聞くね。この人。 ただの興味か確認か。イルカにはカカシがした失態を掘り返している気など全くないに違いない。そんな鈍感さを苦々しく思いながらも、カカシがそれを表に出すことはしなかった。
「さぁ?何かの粉のようですが…偶然鞄が開いたんでしょうね。不可抗力ですよ」 「それは不運でしたね」
…慰めているつもりなのだろうか… まだ見えにくい右目をぱちぱちとしながら、そんなことを言うイルカにカカシはあきれる。それは上忍に向かって言うセリフじゃない…
いくら人より(見た目は)親しい関係だからって、あけすかなく言う言葉か?
「?どうしました?」 「いえ…」
そんなカカシの思いなど知らず、イルカは首を傾げた。まだ右目が痒いのかと、ぶしつけに覗き込んでくる。
「目の具合はどうですか?痛んだりしませんか?」 「…大丈夫ですって」
何だか苛立って、そっけなく顔を背ければようやくイルカは自分に態度に気付いたのか、すいませんと小さく謝った。それを恥じるように、先に前を歩いて行く彼の後姿を見ながら、カカシは小さくため息をつく。
まったく…イライラする。 こんな時、彼の親切心はあまり気分がいいものではない。それをさらりと流せない自分の未熟さもあるかもしれないが、それは取り合えず置いておく。
「…ところで先生。貴方どこにいたんです?俺たちは貴方が行方不明なったから派遣されて来たんですが」 「あ、そうでしたか!それは申し訳ありません!!!ご迷惑おかけしました!」 「いや…そうじゃなくて…」
くるりと振り向き、斜め45度。頭を下げる彼に再びため息をつく。
「俺たちということはもう一方いらっしゃるんですよね?」 「ええ。アスマと来ましたから…」 「アスマ先生まで…本当に申し訳ありません」 「いえ、だから謝るよりこちらの質問に答えて欲しいんですが」 「あ!そうですね。あの…例の花を摘もうとした時気を失ってしまって…気が付けばおんぼろの家に他に捕まったと思われる忍達とともに転がされてました…」
なさけないことにと小さな声で呟く彼に、内心まったくだと思いつつ、無事でよかったですよと心にもないことを言う。
まてよ…おんぼろの家って…
「もしかして、今にも朽ち果てそうな家…ですか?」 「ええ。ご存知でしたか。あそこにまだ気絶した時嗅がされた匂いのせいで、動けない忍がいるんですが…この騒ぎを起こした男を追うことが先決だと思いましたので置いてきてしまったんですよ…まずかったですか?」 「いや…まずくはないと思います」 「そうですか」
カカシが頷いたことでいくらかほっとしたイルカだが、カカシの眉は中央に寄せられたままだ。
騒ぎを起こした男って…さっき俺が始末した男だよな… トラップの嵐を潜り抜けた時見た影。それはその男だった。だとしたら、彼が飛び出した家はイルカと他の忍が捕まっていた所なのだろう。
「先生…そこにずっといたんですか?」 「え?はぁ…そうなりますが…」 「…俺男を追う前、家の傍を通ったんですよね。その時、自分と同じくらいかそれ以上の忍の殺気を感じたんです」 「え…」
びっくりしているらしいイルカだが、ふいに彼は何か思いついたように目を開いた。
「そういえば、誰かの強い何かを感じて…俺それで目を覚ましたんです。でも周りには自分と同じように倒れている忍だけで…その時外から誰かが走り去る音がしたので、体のふらつきが収まるのを待って追いかけたんですよ…」
イルカの言うことはおかしい所はないが、カカシの何かが変だと告げていた。しかし、探るよう彼を見ても嘘をついている気配など微塵も感じられず、イルカはただ首を傾げているだけだ。
これが演技なら大したものだけどね…万年中忍の彼がそんな芸当できるわけもないか。 そうですかとここで話は終わりにして、カカシはイルカを追い越した。もう命が尽きている男の死体を確認し、その存在をこの世から消し去る。
ごうっ…
暗闇にうねる紅い炎。それを二人は静かに見送っていた。ふいに、男がもっていた荷物が目に入り、カカシは散らばった研究データーらしきものを拾い上げる。
「イルカ先生」 「?何ですか?」 「貴方達に幻覚を見せたあの白い花…あれ『朧花』って言うようですよ」 「…それはあの男らしい名前をつけましたね」 「?え?そうでうか?」
意外だと言っているカカシの顔に、イルカは微笑む。
「あの男は最強の忍を作るのが夢だったみたいですよ。意志も感情も無い、ただ命令されるがまま動く忍を。でもそんな忍を生み出すなんて所詮は幻。空にある朧月のようなもの。もしかしたら…彼の存在さえも」
静かに。穏やかに。薄く笑うイルカ。 そんな彼をカカシは呆然と見た。 いつも陽だまりにいるような、暖かい笑みを浮かべて子供達を見るイルカはいなかった。そこにいるのは、この冷え冷えとした夜の森とその隙間を縫うように注がれる月の光と同化するような存在。
それは…
『誰か』と重なって…
「カカシ先生?」
どうしたんですかとイルカが不思議そうな顔をしていた。その声に我に返ったカカシの前にいるイルカは、いつもの彼で…
「すいません。なまいきなことを言ってしまって…」 「いえ…」 「それでは行きましょうか。カカシ先生」
いつの間にかイルカの手には、カカシがまだ拾い上げていなかった紙が集められていた。こちらに差し出す手は、カカシが持っている紙に向けれれている。それを無意識に渡すとふと後ろから何かの香りが漂う。 それはあの白い花…『朧花』の香りに似ていた。
「カカシ先生?」
一向に動かないカカシにかけられたイルカの声。カカシは軽く首を振り少し先にいるイルカの後を追う。 森を駆け抜けるカカシは、まだあの香りが自分を追っている気がしていた。 まるで何かを告げる言葉のように………
(2003.3.14)
X
「くそ…!!!カカシの奴何さぼってやがる!!!」
アスマは一人で無数の忍と対峙していた。彼が唸るような腕を持つ忍はいないものの、その数が半端ではない。しかも、どれも気持ちの悪いどんよりとした目をして、捨て身と思われる攻撃をしてくるのだから、たまらない。 すっとまた一人の忍が真正面から向かってくる。そして、アスマの横に居る忍達がチャクラを練り始めた。
「くそ…!!!」
まずそいつを倒そうとしたアスマだが、突然がくんと転ばされそうになった。下を見れば地面から出ている手。 いつの間にか誰か術を使っていたらしい。それを蹴り飛ばそうとしたが、一瞬動きを止めたアスマの動きを拘束する別の忍。
「相打ち覚悟かよ…!!!」
それよりも、自分の動きを止めている忍も術を唱えている忍も、自分が何をしているのかわかっていないのではないだろうか。
「ちぃ…!!!」
がんっと相手の腹部に重い肘を入れ、一瞬緩んだ手をひねりそのままぶん投げる。だが、まだ自分の足を掴む忍の手が残っている…!!! それから逃れるよりも、術の発動の方が早い…!!!
「っ…ぎゃあっ…!!!!」
術を受ける覚悟で身構えていたアスマの前で、次々と倒れていく忍。一体何が起きているのか理解できぬまま、足を掴む忍に膝けりをくらわし、その場から飛びく。 その間にも悲鳴は響き、アスマが地面に足をつけた時、立っている忍は僅かになっていた。
「…んだよ…これは…」
正体がわからぬ相手に警戒するアスマ。自分を助けたのかまだ確信が持てない彼は油断なく辺りを伺う。 と、最後と思われる忍がどさりと地面に打ち付けられる音。 そこに目をやれば、一人の細いシルエット。
木の葉の忍か…? 立っている忍の恰好は暗部。自分達以外にも派遣されていたのかと、僅かにアスマが肩の力を抜いたが、後ろ姿を見せていた彼がこちらを向いた時、彼の被っている面を見て驚愕した。
…マジかよ… それは、噂でアスマの耳にも届いていた。 普通暗部がつけるのは白い動物の面。だが、その中に「黒」い面をつける者たちがいると。 彼らは暗部に在籍しながらも、その存在は決して語られることなく、どこよりも暗い闇の中を走っていると。 彼らに命を下せるのは火影のみ。 その正体は誰なのかまったく知られることなく、木の葉の一番暗い闇にいると。 「黒い部隊」。 それが黒い面をつける彼らの呼び名。
ふと、アスマはその「黒い部隊」に在籍している忍の右腕にそよいでいるものが目についた。暗くて何かははっきりしないが、細い…紐のようだった。
「すべては終わった」
それを見ていたアスマは、突然彼が話し出したのに驚く。それが思いも寄らぬほど若い声だったことにも。
「…もう一人の忍の下へ行くがいい。後始末はこちらでしておく」 「…めんどうをかけるな」
ふうっと一息ついたアスマだが、肩の力は思ったように抜けてくれない。自分が思いのほか緊張していることに、アスマは憮然とした思いになる。
「俺達のほかに誰かが来ていると思わなかったな。…しかもそれが暗部の「黒い部隊」とは驚くばかりだ」 「………」
別に答えを期待したわけではない。ただ、珍しい、いや会いたいと思っても会えるような存在ではない彼に、ただ話し掛けてみたかっただけだった。現に、それ以上アスマも言葉を発する気もなく、彼の申し出の通り背を向けようとしていたのだから。
「あまり…調子に乗らないことだ」 「…ああ?」
突然の意味不明の言葉に、アスマは背けようとしていた顔を戻した。彼は僅かに眉を寄せたアスマに黒い面を向けていた。
「…何言っているんだ?お前…俺が…」 「ただの興味で手を出すことは許さない。そのふざけた態度を改めないと後悔するだろう」 「…何のことだ…いや、誰に言っている?」
アスマは彼が自分に言っているのではないと瞬時に理解した。腕を組み、彼を見返したアスマに、忍は無言のまま。
「…もしかして…カカシのことか…!?」 「…友人を失いたくないのなら、注意することだ。この警告は俺からの好意と受け取ってもらおう。だが、他の奴らならそれをするのも面倒だと思うだけだ」 「どういうことだ…あいつが一体…」 「俺の言葉を伝えるか否かはお前が判断するがいい。…こちらも注意するがな…警告はしたぞ」 「おい!?」
ドンッ!!!!
森をすべて焼き尽くすような、強い炎が上がった。それを腕で防いだアスマだが、その炎はすぐに消え去る。 後にはあれだけいた忍の姿など一つも残らず、ただ焦げた地面と彼が言っていた言葉の意味がわからず、立ち尽くすアスマの姿だけだった。
男の研究内容は、意志、感情、その他ものもろの自我をすべて奪われ、ただ命令者の言葉のみ反応する忍を生み出すこと。 だが、精神を崩壊寸前にまで追い詰めるため、その寿命は短くその忍本来の動きなどは半減――― 彼の実験に使われた忍は、霧隠れ、砂隠れなど際限なく集められていた模様。ただその中に木の葉の忍は見当たらなかった。
忍達を集めていたのは『朧花』と呼ばれる、彼が品種改良によって作られた花であることが判明。その花粉には幻覚作用を引き起こす要素があり、精製するとその威力がますようだが、その花の寿命は短く、次代へ種子を残すまでには至ってなかった模様。 精製したものも、一週間のうちにはただの粉に変わり、使い物にならなくなる。その花の再現も難しいと思われる―――
「…カカシ先生」 「?はい?」
イルカに呼ばれて振り返ったカカシは、何故か複雑そうな顔をしているイルカに首を傾げた。
「どうしました?先生」 「どうしたって…何で報告書書いているんですか?」 「アスマに押し付けられちゃったんですよ。まったく…こっちだって忙しかったのにめんどくさいとか言って…」 「そうなんですか…って俺が言いたいのはそこじゃないんですが。何故それを俺の家で書いているという疑問なんですが」 「駄目ですか?」 「いや…駄目ってわけでもないですが…」 「なら問題ありませんね」
にこりと笑われたイルカはため息をついた。
アスマと合流してまだ眠ったままの忍を起こしたり、連れて帰ったりしたイルカ達は明け方木の葉の里についた。疲れていたイルカだが、何故かカカシもついてきて、彼は人の家でかりかりと報告書を書いている。
「あ、先生お茶下さい〜」
しかもあつかましく、そんなことを言うし… イルカは何を言っても無駄だとあきらめ、しぶしぶ台所へ向かった。ガスにやかんをかけながら、俺は一体何をしているのだろうと思いながら。
早く眠りたい… アカデミーが始まるまでもう数時間。その前に少しでも眠っておきたかったがそれは適わぬ夢のようだ。
「イルカ先生」 「はっ!?はいっ!?」
トロンとしていたイルカは、後ろからカカシに声をかけられ飛び上がった。どうやら一向にイルカがこないので見に来たらしい。やかんがぴーっと鳴いているのに慌てて、ガスを止める。
「久しぶりの任務で疲れましたか〜」 「はは…」
そう思うならさっさと帰って欲しいと思うイルカ。お茶を入れようとしたイルカの前に、カカシはひょいっと何かを差し出した。
「カカシ先生?」 「これでどうですか?」
イルカはカカシが先ほどまで書いていた報告書を読んだ。思いのほか丁寧で綺麗な字に驚きながら、大丈夫ですと頷くとカカシは良かったと笑ったようだ。
「それじゃ、それ出しておいてもらえます?俺帰りますんで」 「は…?」 「イルカ先生今日受付入ってますよね。そのときについでに出しておいて下さい〜お願いします〜」 「ええっ!!?そんないけませんよ!!!!」 「どうしてですか?イルカ先生も任務についていたんだから問題はないでしょう?」 「そっ…それはっ…そうですが…」
どうやら。 カカシは報告書を出しに行くのがめんどくさくて、イルカの家でそれを書き上げイルカに出してもらおうと思っていたらしい。
この… ふつふつと怒りが湧いてきたイルカだが、カカシが目を擦ったのを見て、はっと我に返る。
「カカシ先生…目…」 「大丈夫だとは思いますが〜一応病院に行った方がいいかな〜」 「ああ!そうですね!その方がいいです!是非そうしてください!」 「それじゃ、報告書の件…お願いしていいですか?」 「ええ!まかせておいてください!」
こくこくと頷くイルカを見て、カカシはそれじゃあと玄関に向かう。
「あ、先生お茶…」 「折角ですが帰ります…これ以上イルカ先生のご迷惑になりますし。ではまた」 「あ、はい」
ばたんと閉じられた玄関のドア。 やかんの口から出る湯気を見て、じゃあ何故お茶が飲みたいと言ったのかと首を捻る。
「…よくわかんない人だよな…」
そのまま水にするのももったいなくて、イルカは自分のためにお茶を入れることにした。
「はぁぁ…眠い…」
欠伸をして目を擦りながら、カカシは自分の家に急ぐ。今日はちょうど受け持っている七班の任務もなく一日中寝ていられるだろう。ただ、イルカの場合は今日も授業があるようだが。
ご苦労様だね〜 少しづつ登り始める太陽を見ながら、カカシはこれから入る安眠に顔を綻ばせた。
「…無事戻ったようじゃな」 「申し訳ありませんでした。火影様」 「何を謝る。お前はわしの命で行ったのじゃ。問題はない」 「…はっ…」 「元気がないところを見ると、あやつに叱られでもしたか?」 「………」
無言の彼に火影は笑い声を上げる。
「まったく…融通の聞かぬ奴よ。のう?セキシ」 「!!!」
火影が呼んだ名前に驚き振り返った彼は、壁に止しかかる自分と同じ黒い面をつけている男を見て息を飲んだ。
「俺がいて良かっただろう?ソウ。これであいつに怒られなくてすむからな」 「…いるならさっさと顔を貸せ。お陰でこちらはいらぬ苦労をしただろう!」 「やれやれ、素直に助かったと言わないかね」 「お前にはありすぎるほどの貸しがある。それの一割返しただけだと思え」 「…ひどい言い草…」
言い合う二人に火影は苦笑する。 これが最強と言われる暗部の「黒の部隊」の者だとは誰も思うまい。 闇の中の闇に存在し、影の中でもさらに影に身を潜める。 火影自身によって選ばれた彼らは火影の命だけに動き、それだけを実行する。その存在を明かすことなく存在し続けるもの。そして誰よりも里を愛している者。
「ほれそのぐらいにせんか。まったくお前らは顔を合わせるといつもそうだの…ソウ。ご苦労じゃった帰って休め。その間セキシをこき使ってやるから遠慮はするな」 「はい。わかりました」 「そんな火影様…」 「お前はしばらく里にいろ。任務が終わると一定の休暇があるとは言え、お前は遊び過ぎだ。ちょうどコウも戻ってくる久しぶりに顔を合わせるのもよかろう」 「「!!!!!」」
さらりと言った火影の言葉に、二人は硬直する。ぴたりと口を閉ざしたのを怪訝そうに見る火影に、ソウは恐る恐る聞いた。
「火…影様…今なんと…」 「ん?コウが戻ってくると言ったんじゃ。ようやくあの砦も落ちたと先ほど連絡があってな…」 「火影様!!!今すぐ俺に任務を下さい!!!!」 「なんじゃセキシ…」 「逃げる気かっ!!!!セキシ!!!」 「うるせぇ!!!!火影様!!!なんでもやりますから、今すぐっ!!!お願いします!!!」
詰め寄るセキシとそうはいくかと止めるソウ。火影は二人の攻防をやれやれと首を振りながら立ち上がった。
「火影様っ!どこへ…!!!」 「わしはもう寝る。あとは二人で好き勝手やっておれ」
後ろでまだ何か言っていたが、火影は無視して無常にも扉を閉めた。
「イルカ先生おはようございます〜」 「おはよう!今日も元気がいいな、お前は」
挨拶をする生徒に声をかけながら、職員室へ向かうイルカは、小さな欠伸をかみ殺した。 あれから、一時間ぐらい仮眠を取ったがやはりそれぐらいではこの眠気は取れそうもなかった。
きついな…もつかな俺。 そう思いながら歩いていると、なにやら暗い気配を背負った人が一名。
「…?サイ??」 「え?ああ…はよ…」 「おはよう…ってどうしたんだお前。その顔は」 「ああ、ちょっとね…人生の不条理さを再確認していたところさ…」
わけのわからないことを呟き続ける彼。さっさと職員室へ消えた彼の後姿を見送り、イルカはふと窓の外を見た。
はらはらと花を散らす里一番の早桜。 無常にも風に飛ばされる花びらだが、それはまた来年見ることができるだろう。しかし、あの白い花は…もう二度と咲くことはないのだ。まさに『朧花』。
「イルカ先生〜職員会議始まりますよ〜」 「あ!今行きます!!!」
慌てて職員室に入ったイルカの後を、どこから入り込んだのか一枚の花びらがふわりと舞い廊下に落ちた。
朧花の言葉・完 (2003.3.16)
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