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はらり、はらり。
目の前で散る白い花。透き通るほど薄い花びら。中央にある黄色の花弁。
はらり、はらり。
その花が散って行く…
目の前に広がる白い群生。自分が決していけぬ極楽浄土のような世界だと、ぼんやりとする頭で思う。
手を延ばす。 届かない。 動かない。
ああ…
自分はここで死ぬのだと、彼はそう思いながら目を閉じた。
…早いなぁ
カリカリと鉛筆を走らす音だけが響く教室内。初めてのテストを受けているアカデミーの生徒達は一心不乱に用紙に書き込んでいる。 それを監督しながら、ふと窓の外に目を向けた時、ひらひらと舞うピンク色の花びらがあった。 アカデミーの傍には里で一番早く咲く桜がある。その花が咲き始めると誰もが春の始まりを感じるのだ。そして、それにつられるように里の至るところにある桜が次々と咲き始める。里は薄いピンク色で彩られ、冷たい雪の気配をすべて吹き飛ばすよう。 だが、一番最初に咲くということは散るのも一番ということで。
それが窓の外を見たイルカの目に入った。 今年入ったばかりの生徒達も一ヶ月もたてば学校に慣れて、いたずらをしはじめ、教師を困らせる生徒も多数。元気のいい証拠だと思いながらも頭痛の消えない日はない。
「そこまで」
授業の終わりのベルの音は同時にテストの終わりをも告げる。イルカの声に生徒達は様々な声を出し、良くも悪くもテストが終わった開放感に包まれた。
「裏にして後ろから前に回してくれ。これで今日の授業は終わりだ、寄り道して帰るなよ」
ええ〜という不満の声を聞きながら、テストを抱えてイルカは教室を出た。
「よ、テストか?うわ、なつかしいなぁ」 「なら、お前も受けるか?あまってるぞ」 「…何を抜かすんだ。お前は」
冗談じゃないと、前髪の長い黒髪の青年は肩を竦めて見せた。臨時だが、イルカと同じく教師の立場にいるサイは、どこかのクラスの体術の授業を終えた後らしい。ガキの相手は疲れると、ため息を見せてはいるが、生徒には人気があるようで時々彼を呼ぶ子供の声が職員室に響く。
「この後、受付か?」 「いや、今日は珍しくないんだ。久しぶりに家でゆっくりできるよ」
テストの採点もしたいしね、と嬉しそうに微笑むイルカを見ていたが、サイはそう美味くいくかな…と心の中で呟く。
「あ!イルカ!火影様が呼んでいたぞ!」 「………」
サイの予想は見事に当たった。
「行方不明ですか」 「うむ。もう3人になる…連絡も途絶えて久しい」
一枚の紙を手渡され、それを読んでいたイルカの眉が曇る。 それは、とある村へ赴いた忍が誰一人戻らないというものだった。新種と思われる花が見つかり、それを採取するために向かった忍達。Cランクどころか下忍でもできるDランクに分類されてもおかしくないほど簡単な任務のはずだった。 故に、その任務に派遣された忍は中忍の成り立ての者が多い。しかし、その地へ向かった彼らは戻ってこない。はじめは他国の忍に襲われたかとも思われたが、そんな気配もない。
「何か問題が起きたかも知れぬが…まだはっきりとせぬ限り、人を裂けん。すまないがお主が行ってくれぬか?」 「はい。わかりました。それで…その花はどうします?」 「何もなければ、任務どおり花を持ってきてくれ。だが、あくまでも最優先は戻らない忍の探索だ」 「承知しました」 「これがその場所だ。早速向かってくれ」
イルカは一礼して火影のもとを辞した。
「真っ白な、透けるような花びら。中央にある花弁は黄色。群生して咲き、今の所1ヵ所だけに確認できる…何ですか?この花」 「うわっ!?カ…カカシ先生っ!?」
突然後ろからかけられた声に、イルカは飛び上がった。驚かせてすいませんと、すまなそうに唯一見える右目を細めている男は、木の葉の忍びでも有名な上忍だ。 「写輪眼のカカシ」と呼ばれ他国まで名を馳せているこの男は、この春アカデミーを卒業したナルトの上忍となった。それが元で付き合いが始まり…とある頼みごとをされたのがつい先日。
「任務ですか?」 「ええ。先ほど火影様に呼ばれましてね」 「へぇ。新種ですか?見たことの無い花ですね」
簡単にだが、絵も書かれている。そうらしいですと答え、イルカはその紙を懐に仕舞う。
「じゃあ、今日はお誘いできませんねぇ」 「そうですね、申し訳ありませんが」 「いえいえ、任務なら仕方が無いです」
気にしないで下さいと首を振るカカシだが、なんとなくその様子が嬉しそうなのは気のせいか。
「それじゃ、がんばって下さいね」 「ありがとうございます」
軽く頭を下げたイルカに手を上げて、カカシは去って行った。それを見送りながら、静かなため息一つ。
…ううう…
カカシが去った後、残ったのはぴりぴりとした視線。もう毎度のことなのだから、馴れろと自分でも思うが、そうもいかないのは性格のせいか。その視線から逃れるように、イルカは職員室に戻り荷物をまとめ準備をするために家に帰った。
「…イルカはどうしたんだよ」 「ん〜任務だって」
帰ろうとしていたところをカカシに捕まり、無理やり居酒屋に付き合わされたアスマは不機嫌そうにタバコを吹かす。
「だからって何で俺なんだ。酒ぐらい一人で飲め」 「え〜だって、一人だと味気ないし、ほら俺寂しがりやだから」 「るせぇ、言ってろ。あ〜うぜぇ」
居酒屋に入った途端、注がれた視線。もちろん、それは上忍であるからと言ったこともあったのかもしれない。だが、これまでの経験から言って、それだけではないとアスマは言える。 ちらちらとカカシに注がれる視線は圧倒的に女性の者が多い。それは話し掛けようか、それとも話し掛けて欲しいのかのどちらか。カカシは昔から男、女に問わずもてていた。よって夜の相手は忍びなら誰でも知っているほど派手だった。だが、どうしたことか、最近のカカシはとある一人の忍びに夢中になり、周りが驚くほど派手な関係をぴたりと止めている。それがアカデミーの中忍だと知った時には、二重の驚きだった。 しかし、そんなことアスマは信じていないが。
「何企んでやがるんだか」 「ん〜何???」 「んでもねぇよ…それより俺はもう帰るぞ」 「ええ?まだいいじゃない?待ち合わせでもあるの〜?」 「お前と飲むのが嫌なだけだ」 「冷たいねぇ〜」
ひどいひどいと言いながら、一人で酒を飲むカカシ。
「たまには誰かと気兼ねなく飲みたかったのに」 「…おい」
にやりと笑ったカカシを見て、アスマは自分の想像があたっているのを感じた。
「それってあの先生のことかよ」 「ご機嫌取るのも大変なんだよ?」
大体一週間に一度は飲みに連れて行くことがカカシなりのお礼。その度にすまなそうな顔をするものの、話を振れば楽しそうに色々なことを話してくれる。 だが、それをカカシも楽しんでいるかと言えばそうでもない。彼がイルカに奢るのはあくまで自分との関係のお礼であり、楽しく時を過ごさせるのも自分の目的のため。あまり里から離れないイルカの話といえば、アカデミーの生徒などのことばかり。 毎度毎度そんなことを聞かされても、カカシには興味のないことだった。
「静かにのんびりってないからねぇ…あの人話好きだし」
だが、さも嬉しそうに相槌をしなければ、イルカはすぐに迷惑だと思って恐縮してしまうだろう。その後そんなことはありませんと何度も何度も言わなければ彼は元に戻らない。 …それはかぎりなくめんどくさい。
「ふん。自分のせいだろうが。自業自得だ」 「そう言わないでよ」
からりと店の戸を開く音がして、一人の忍がやって来た。きょろきょろと誰かを探しているらしいが、二人を見てほっとした表情。
…おい
「お二方、火影様がお呼びです」 「「………」」
はあっと二人はため息をついたが、それは周りも同じだった。
「これがその花か?見たことはないけど…別段問題はないよなぁ…」
特に問題もなく、例の花の場所に着いたイルカ。辺りに誰かいるかとしばらく伺っていたがその気配も見当たらない。おまけに、行方不明になっている忍の気配もなく、イルカはどうするべきかと困惑していた。
とりあえず、この花を摘むか。 真っ白な花びらを持つ、名も知らぬ花。 まるでその場所だけが別の世界のように。 イルカは土をよけ、根を傷つけないよう手でそっと掘っていく。
「…ごめんな」
群生して咲く花を、一つだけ切り取る罪悪感を持ちながら、イルカはその花たちに謝った。白い花達は仲間が連れて行くことなど知らぬように、そよそよと風に吹かれてその首を動かす。
そよそよ…
そよそよ…
はらり。
イルカの目の前で掘っていた花の花びらが落ちる。
花を傷つけたのかと驚くイルカをよそに、次々と落ちてゆく白いもの。
はらり、はらり。
散ってしまう…
イルカは思わずその花に手を伸ばした。…いや、延ばしたつもりだったのに。 気付けば自分はその白い花の中に埋もれていた。 いつ倒れたのか、まったく気付かなかった。しかし、それよりも問題なのはそれを不思議と思っていない自分…
真っ白で包まれた視界。静寂な、初めて見る…
眠りなさい。
どこからか聞こえる優しい声。
眼を閉じなさい…
その声に導かれるように、イルカは目を閉じた。
(2003.3.8)
U
「イルカ先生も行方不明?」 何だそれはと火影に呼び出されたカカシは、右目を細めた。
「イルカのついた任務は説明したな?その花のもとへ着いたら連絡をよこすよう言ったのだが、それが来ぬ。それがお前なら特に心配もせぬが、真面目なイルカがそれを怠るのはおかしい」 「…俺ならって…」 「普段の行いのせいだな。カカシ」
くくくとアスマが笑い、憮然とするカカシ。
「ともかく、イルカの他に3人行方不明者をだしておる。こうなってはあまり楽観もできまい」 「…で?俺たちにお鉢が回ってきたというわけですね」 「手が開いているのはお前達ぐらいだからな。頼むぞ」 「「了解しました」」
すっと頭を下げて消えた上忍二人。彼らの気配が完全に消えた後、火影はぴくりと瞼を動かした。
「お主か」
無言で現れた一人の忍。彼は火影に軽く頭を下げたが、どこか苛立った気配を見せていた。
「俺も行かせて下さい」 「…めずらしいことよの。お前が自ら動こうとは」
理由を知っているくせにそんなことを言う火影に忍は拳を握り締めた。
「すまぬ。だが、お前がそう言ってくれて助かる。…行ってくれるか?」 「もちろんです。ありがとうございます火影様…ただ、勝手な願いを出して何ですが…貴方様の傍を離れること不安でなりません」 「ほ。見くびる出ないぞ?これでも火影だ。そこらの奴にわしの命は取ることは出来ぬよ。それに暗部もおるしの」 「…はい…」 「そう心配するでない。お主はわしの命によって動くのだからな」 「…はい。では」
すっと消えた気配に、苦笑する火影。
「やれやれ…相変わらず若い奴には甘い方ですね」 「…おや、まだお主いたのか」 「いたって…またそれはひどいお言葉ですね」 「現にそうじゃからの。お主がまだ里におったとは」 「里に居て良かったと申して下さいよ。お陰であいつは怒られずに済むんですから」
暗部と同じ恰好をしながらも黒い動物の面をつけた忍は、壁に寄りかかりながら苦笑した声を出す。左足の太ももには五色の紐が揺れている…
「この前の任務はご苦労だった。依頼した大名からも大層感謝されたわ」 「…何年も呪詛を受け頭が狂った人を守り、元に戻すなど…始めは正気の沙汰かと思いましたがね」 「そなたの呪術の腕は里一だからの。お前の部下も見事呪詛していた者を見つけたものよ」 「優秀ですから」
しれっと言う忍だが、彼の言葉に膨張も謙遜もないただ事実だけが込められていた。
「ところで、お一つお聞きしたいことがありましたが」 「なんじゃ」 「…あいつは【コウ】はいつ戻りますか」 「?珍しいの。お前があやつを気にするなど…」 「あいつが戻る前に里から消えようと思っていますので」 「…なんじゃそれは」 「…色々あるんですよ」
よくわからない忍の言葉だが、火影はもうすぐとしか言わなかった。
「そろそろ例の砦も落ちるとの伝達が来ておる。そう遠いことではないだろう。そんなことよりも、ちゃんとわしを護衛するのじゃな。【セキシ】」 「…わかっていますよ」
憮然としたセキシの声に火影はカラカラと笑った。
…体がだるい… ぼーっとした頭の中で、どうにか意識を保とうとするのだが、何かに邪魔されているようでそれができない。それでも全神経を集中して辺りを伺えば、いくつかの人の気配を感じ取れる。
…誰か…いる? 自分は一体どうしたのだろう、思い出そうとするのだが、やはりそれは難しい。そのとき、こつこつと自分の傍に近づいてくる誰かの気配。 霞んだ目が手らしきものを認識する。
ネムリナサイ
イルカが気付いたのを感じ取ったのだろうか。とても華美な声。それに甘えるように眼を閉じる。すると誰かは満足したのか近くにいる誰かの傍にいったようだ。
…く…辛いな… 眠った振りをしてそれをやり過ごしたが、それを保つにはなみならぬ努力を必要とした。一瞬でも気を抜けば、すぐさま眠りの世界に引き込まれてしまうだろう。
そっと眼を開ければじょじょに辺りの景色が見えてきた。どこかの小屋のような場所に寝転がされている自分。手を動かそうとしたが、後ろで縛られているようだった。
くすくすと聞こえる笑い声。それが男なのか女のかわからない。しかし、その人が言ったことはなんとも恐ろしい。
「最強のものを作らねば。最強の人を…我の手となり足となり、動く最強の人間を…」
ふわりと漂ってくる香り。甘くて痺れるような感覚についにイルカも抗えなくなった。
く…そ… 重たくなる瞼はイルカの意志を無視して閉じられる。その時、その人が何かに気付いたようだった。
「また来たね…くくく…」
「ここだね。忍達が行方不明の場所は」
カカシは目の前に広がる森を眺めながら、辺りを伺った。だが、彼の神経に触れるものは何一つなく、警戒しているのが馬鹿らしいぐらい。
「ただの怠慢じゃないの?何かのトラップにひっかかって出られないとか」 「新人の中忍ならともかく、そんなものにイルカが引っかかるかよ」 「でも、あの人とろそうじゃない?」 「…本人がいないとお前はとことん貶すな」 「事実でしょう?」 「…やれやれ」
付き合いきれんと、アスマはざっと枝を蹴る。大柄な体が遠くなって行くのを見ながら、カカシは肩を竦めた。
にしても、アスマってイルカ先生を庇うよね〜好きなのかな?だったら悪いことしたなぁ。 アスマが聞けば、馬鹿かと言われかねないセリフを思いながら、カカシは彼の後を追う。
んとに、めんどくさいね。こんなものに上忍を派遣しないでよ。まったく… 折角あの後誰かに声をかけて見ようかなと思っていたのに。 夜の森を駆け抜けながら、カカシはとことん役に立たない忍だとイルカのことを思う。真面目で、お人よしで、いつもにこにこ笑っている。の割りには、相手の心に敏感だけれど。
まぁこれで、またイルカ先生に借しができたかなぁ? 覆面のしたでくつくつと笑っていると、アスマが気味悪そうな視線を向けてきたが、何も言わない。多分、関わりあうのが嫌なのだろう。
ふと空を見上げると、半月になった月が見えた。 淡く地上の夜を照らすその光に、思い出すのは【彼】のこと。 ようやく会えて、名前も聞くことができた。子供のように懇願した自分の行いに、後で罰が悪かったけれど、彼の唇に触れた手がどこか暖かい気持ちにさせてくれる。
いつの間にか魅せられていたのだと。ようやく自分の気持ちに気が付いたが、気が付いた所でまた会える保証がないことに苦しむ。 暗部に所属しているはずなのに、その存在を一向に見せることの無い「黒の部隊」。彼らがどのように選ばれて、どんな者達がそこについているのか誰も知らない。 知っているとすれば火影だろうが、彼が自分ごときに言うことはないだろう。
会いたい。また彼に。
だが、その未来が見えることはない。 初めて彼を見たときは偶然、次に会えて名前を聞くことができたのは奇蹟。 三度目の正直と言うけれど、それが本当にあるのかはわからない。 奇蹟が何度も起こるのだと…思わないから。でも、あきらめられない自分。
シキ
黒い髪とそれを縛る五色の紐がカカシの脳裏には大切に刻まれている。 一言も話さない訳は知らないが、彼がしてくれた丁寧な手当を見ても、彼がとても優しい人なのだと感じられた。最強と言われる「黒の部隊」に所属している忍に使う言葉ではないのかも知れないが。
「この辺りか」
アスマはざっと木から飛び降り、目的のものを探す。ふと止まった彼の首の視線の先を見ると、そこには真っ白な花が咲いていた。
「あれが、例のやつだな」 「見たいだね…」
ふと何かが引っかかって、カカシは辺りを見回した。 そよそよと、小さな風が吹き、月の光に浮かび上がるように咲いている花が揺れだした。
はらり。
花びらが落ちる。
はらり、はらり…
花が…
どさりと二人の体が倒れた。ぼうっとした焦点の合わない目で、白い花を見つづけている二人…
「くす…簡単なものだ…」
呟きながら現れた男は、満足そうに彼らを見つめる。歳の頃は20代後半ぐらい。薄汚れていながらも、目だけが異様にぎらぎらと光っている。
「ほう…?これはいい掘り出しものだな…」
どう見ても、これまで捕らえた者たちより核上の二人。 いいものが手に入ったと、男は手を伸ばした。
(2003.3.9)
V
「…何をやっている!!!!」
バァンと鋭い衝撃が頬を打ち付け、イルカは目を開けた。朦朧とした頭でもその痛みは異様にはっきりしていて、霞みがかかった意識を浮上させる力があった。
「何だこのざまは!!!」 「…お前…」 「お前じゃないだろうっ!!!」
自分をがくがくと揺する目の前の男は、非常にご立腹なようだ。だが、イルカの上半身を起こし壁によしかからせた手はイルカの体を労わってくれている。
「何でお前がここに…?」 「そんなことを気にしている場合か!この…っ!!!!」
彼がここにいる理由は聞かなくてもわかっていた。きっと戻らない自分を探しに来てくれたのだろう。だが、今自分がここにいるなら彼は絶対に里から動いてはならないはずだ。
「ソウ」
イルカの声が冷たく響く。 ただ一言言っただけなのに、この場の温度がぐっと下がった気がした。 暗部の服に身を包み、黒い動物の面を被っている男は、動けなくなる。 言い訳も、行動の正当化など絶対に許さない雰因気。ソウは震えそうになる唇をぐっと噛締めながらも、どうにか声を出した。
「…火影様から許可は取った…」
震えそうになる声を絞ったが、そこに含まれる恐怖は隠し様がなかった。イルカは目の男をしばらくの間じっと見て、すっと肩の力を抜き目を閉じた。途端、ソウの体に脱力感が襲い掛かる。ただ、彼に見られただけなのにこの体の疲労感は…
「…すまない…」
ようやく、いつものイルカの声に、ソウは安心して彼を見返した。ありがとうと礼を述べ微笑んだ彼の顔が照れくさくて、つい顔を背けてしまう。
「それよりも…何だこれは」
立ち上がり、振り返ったソウの前には、イルカと同じように何人もの忍が床に転がされていた。行方不明だった木の葉の忍も含まれている。誰もが目を覚ましているのかわからない姿。ぴくりとも動かない体。両手が背中で縛られているが、こんなもの普通の忍ならば簡単に解けるというのに。
「わからない…花を…摘もうとしたら…意識がなくなった…」
まだどこか辛そうなイルカの声。そう言えば誰かいたようだと思い直し、イルカは自分の記憶を必死に手繰り寄せる。
何かを作ろうと…言っていたような…
「…誰かくる」 「え…?」 「お前と連絡がつかなくなった後、派遣されたのは上忍二人だ。きっとそいつらだろう」 「そう…なのか?」 「二人ともお前もよく知っている。取り合えず俺は外に出る。お前の無事が確認できれば良かったからな」
自分が来たと気付かれぬよう、イルカの体を床に横たわらせる。そして、ソウはすっと消えた。
男は倒れている忍に手を伸ばしかけたが、ぴたりと首に触れている冷たい感触に動きを止めた。
「掘り出し物ってどういう意味?」
恐る恐る振り向けば、そこには目の前に倒れているはずの男が、唯一見える右目で笑っていた。どいういうことだと問いかけようとした男の前で、倒れている二人の姿がどろんと消える。
「『影分身』だ。あんな幻術にひっかかるわけないだろう」
髭を生やした大柄な男がタバコを吹かしながらやってくる。 でも、それにひっかかったから行方不明なんだよねぇと言った銀色の髪の男に黙れと言いながら。
まんまと罠にかかった自分を恨めしく思いながら黙っていると、銀色の髪の男はで?と聞いてくる。
「捕まえた忍はどうした?まさか…殺したとか言わないよね?」 「ま…まだ生きている…!!!」
自分を押しつぶそうとする殺気に悲鳴をあげながら、そう言うと二人は満足そうに頷いた。
「じゃあ、そこに案内してよね」
クナイを突きつけられながら、男は頷くしかなかった。
「どっちだ」 「こ…こちらです…」
男が1歩足を踏み出した時。
「アスマ!!!」 「!!!」
二人がその場に飛びのくと、カカカッとクナイが突き刺さる。ぎゃあっと案内させようとしていた男の悲鳴に、カカシは小さく舌打ちした。
口封じか…!!! 攻撃してきた相手を探すが、気配は森の中に同化していて。アスマと二人背を向け合って辺りを警戒する。
「思っていたより大物ってことだな…」 「…最近の情報収集甘いん出ないの?帰ったら火影様に文句言わなきゃね」
軽口を叩きあいながらも、彼らが気を緩めることはない。二人は前触れもなく同時にその場から飛び去った。
…!見つけた! アスマと分かれたカカシは、森の木々に隠れる僅かな影を見つけ、それに向かってクナイを投げつけた! カカカッと木の幹に刺さる音と同時に飛び出した陰に向かって印を切る。
ごうっと炎が影を追いかけ、まさかそんな早さで向かってくると思っていなかったらしい影は、悲鳴を上げ炎に包まれた。カカシが物言わぬ塊となった躯の傍に行けば、額には忍の額当て。
どこの忍の仕業だ… 焼け焦げてしまった黒いすすを払うと、それは霧隠れの里のもの。カカシはそれを確認しアスマを探しに動こうとした時。
…あれは? ぼうぼうと草に埋もれるように建つ一軒の家。ほとんど土と同化しているが、そこから複数の気配を感じ取ることができた。カカシがそこに向かって飛び出した時、ギンという小さな音がして、足元から爆発が起きる。
トラップか…!!! 土ぼこりは浴びたものの、傷一つ負うことなくそれを避けたカカシに次々とトラップが襲い掛かってきた。
ずいぶんと…いい性格をしてるじゃないか! カカシは覆面の下で小さく笑い、素早く印を切りはじめた。
「ずいぶんと腕のいい忍が来たものだ。そろそろ潮時かな」 家に入って来た男が自分の仕掛けたトラップが次々と破壊される音を聞きながら呟いた。彼はまだ床で倒れている忍を残念そうに見渡した。木の葉、霧隠れ、砂隠れ…と一貫性もなく集められた忍達。これから自分の実験に命を捧げるはずだったの彼ら。 男は机の上にあった白い花を手に取る。
「それにしても…これほど役に立つとは思わなかったな」
ここから立ち去る準備をはじめようと、鞄を掴んだ。
「その花は一体何だ」 「!!?」
男は指一本動けなくなった体を緊張させて、自分に近づいてくる気配を確認しようとする無駄な努力をした。振り向けない。だが、無視できない殺気。 こんなに冷たくて、底冷えのするような殺気を向けられたのは初めてだった。 男が鞄につめようとしていたノートを手に取る誰か。自分が連れてきた忍だということはかわるものの、彼らはこの花のせいで意識を持てないはずなのに…!!
「幻覚作用の花か…花弁に含まれる成分を精製すれば普通より何十倍もの威力を持つ薬になる…風を起こし目に見えぬ花粉を飛ばし、それを被った忍が動けなくなった所を捕らえて来たのか…だが、あそこまで見事に抵抗力を失わせた所を見ると、同時に幻術も使っていたようだな?」
花の作用を見ただけで、ぺらぺらと自分のしたことを言い当てる誰かに男は恐怖する。
「術が使えるところお前は忍だな」 「………」 「だが、こんな実験に手を染めている所を見れば、研究者と言ったところか…」 「………!!!」
もう限界だった。男は蒼白になりながらも、気力を振り絞って、右手の中指をどうにか動かす。その指に嵌められていた指輪がちりんと小さな音をたてた。
「!?」
がたんと天井が動き、そこから複数の忍が襲い掛かってくる!男はぷつりと解けた金縛りに歓喜するよう振り返り、彼らに命を下した!
「そいつを殺せっ!!!我が忍達よ!!!」
イルカは男の声に従うように自分に向かってくる忍達を見た。
なんだあの目は… 淀んだ濁った汚水のような色の目。だらしなく口を開けたままだが、繰り出してくる動きは忍のもの。
操られているのか…? そうは思ったものの、今にも逃げ出そうとしている男に複数の人間を操るほどのチャクラを持っているとは思えなかった。そんなイルカの疑問を察したように、男は外に出る扉に手をかけにやりと笑った。
「そいつらは俺の実験で、見事生ける屍となった忍だよ。精神を崩壊寸前まで追い込んで俺を守ることに命をかけるよう設定してある。俺の命令は何でも聞く、死ねと言えば喜んで死ぬ最強の忍」 「貴様…!」 「何がなんでもそいつを殺せ!いいな!」
外にでる際、勝利の確信した笑みを見せ、男は消えた。 男が去った後、忍は彼の命令を実行するように次々とイルカにクナイを向ける。一瞬、イルカは彼らに哀れみの表情を向けた。だが。
彼が一度目をつぶった後、それらはすべて消え去った。
あとどれくらいあるんだ…!!! 潰しても潰しても一向に減らないトラップに、カカシは次第にイライラし始めた。だが、気持ちが高ぶれば高ぶるほど、それは油断となりかねず、自分を冷静にさせる努力もしなくてはならない彼は、いつもより神経を研ぎ澄まさせる。しかし、それもようやく終わりに近づく。遠くに見えていた家から飛び出す一つの影をカカシは確認していた。
誰かね?あれは。 最後と思われるトラップを見事に片付けたカカシは、タンと木の枝を蹴り、その影を追う。
ん…? その影が飛び出した家の前を横切ろうとした彼は、中に複数の人の気配を感じ取る。そしてその中に殺気が…
「!!!」
びりりっとカカシの体に突き刺さったその気配は、上忍の彼が無視できないもの。自分と同じかそれ以上の忍がいる… 思わず止まりそうになった足。だが、そうすればあの影を見失ってしまう。 カカシはその気配を気にしながらも、ともかく影を追いつづけた。 それを木の上で見ていたソウは、カカシが去った方向とは別の場所を振り返る。
…まだ始末してないのか。 遠くから感じられる戦いの気配。ソウは真下の家を見下ろし、ふっと姿を消した。
(2003.3.11)
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